第23話 距離感おかしくありませんかね
お母様への近況報告を終えて礼拝堂でジョエル様と合流すると、なんと喫茶店に誘っていただきました! 高級ショップが並ぶサンフラヴィア街の、南端にあるお店です。ケーキの種類が豊富だそうで、少し休憩しようかと言ってくださったのです。
なんで美味しいケーキの情報をご存じなのかしら、なんてちょっとモヤっとしてしまったのですけど、ジョエル様もとても美味しそうにケーキを召し上がっています。ただの甘党だったみたい……!
「ここのズコットは絶品なんだ」
って笑ったお顔がもう、精霊様の寵愛を一身に受けたのじゃないかと思うくらい素敵で、正面にいるのが恥ずかしくなってしまいました。絶品のはずのズコットのお味がもうよくわかりません。
先に食べ終えたジョエル様は、ゆったりと窓の外をご覧になっています。まつげ長……。
彼の視線がこちらを向いてないことにホッとして、やっとケーキの味が分かって来た頃、ジョエル様が外を眺めたまま口を開きました。
「社交の場に出たことはないと聞いているが、貴族に知り合いは?」
「いません、家族やエレナたちを除けばロヴァッティ伯爵だけです」
「なるほど」
小さく頷くと長い指をジャケットの内側へ滑らせてペンを取り出します。テーブルに用意された紙製のナプキンになにやら書き付けたかと思うと、それをこちらへ滑らせました。白い紙に踊る青い文字は活版刷りかと思うほど均等の取れた美しさです。
ズコットの最後の一口を飲み下し、紅茶で口の中をサッパリさせてから紙を手に取りました。
「これ、魔法の術式ですね」
応用に応用を重ねたと思われる難解な術式がふたつ並んでいます。まだ基礎から学んでいる最中の私には、これがどういった効果をもたらすものなのか読み解けません。
「ロヴァッティ卿に聞きながら、練習だと思ってどうにかするといい」
「練習って、そんなレベルの術式じゃないですけど」
「君ならきっとどうにかできる。ああ、でもそうだな……せっかくだから付与対象となるアイテムも買いに行くか」
「アイテムって――えっあっ、えっ?」
紙から目を上げた私の視界に飛び込んで来たのは、前方から伸びて来た長い指。ジョエル様のスラリとした指は私の口元を拭って離れて行きました。
えっ……? 口元を拭っ……? え?
しかも当然のようにその指先をジョエル様の舌が舐めとります。すごい自然な仕草。
えっ……、いやいかに自然でもスルーはできませんけどっ? スルーできなくても指摘はもっとできないのでスルーせざるを得ませんけどっ!
「さあ、それを飲み終えたら出ようか」
「えぇっ? あっ、ハイッ!」
慌てて紅茶を飲み干し、それをアピールするように勢いよくソーサーへカップを乗せました。ジョエル様はふっと息を吐くように笑って立ち上がります。
「すまない、急がせるつもりはなかったのだが」
「い、いえっ!」
喫茶店を出て、付与術の授業に用いるアイテムを求めて連れて行っていただいたのは宝飾品店でした。入店するなり商談用と思われる奥の応接室へ通され、ついつい身体が強張ってしまいます。だってサンフラヴィア通りの中心にある、見るからに高そうな宝飾品店で、特別な扱いだなんて!
でもジョエル様はもちろん当然といったお顔です。ですよね。
お母様、身分相応の仕事や責任は喜ばしいと思っていましたが、身分相応の暮らしには一生慣れることができそうにありません。
室内のソファーに座るなりすぐに支配人と思われる男性が入っていらっしゃいました。挨拶を済ませると、早速ジョエル様と男性とで話を進めていきます。
場違い過ぎる……と緊張が最高潮に達したとき、スタッフの女性が平べったい箱を私とジョエル様の目の前に置きました。箱には様々な形のクリスタルが並んでいます。そのどれからも強い魔力を感じ、魔石であることがわかりました。
その中のひとつをジョエル様が指差します。
「そうだな、これにしよう。彼女に似合うデザインでシンプルな首飾りにしてほしい」
「へぁっ! 首飾りですか? え、練習用のアイテムって――」
「ああ。だからデザインについてしっかり話し合っておけ」
ジョエル様が視線で指し示した先で、女性のスタッフがにっこり笑っていました。手には首飾りのデザインばかりが描かれたカタログらしきものも。
つまり……付与した後は自分で身に着けろということでしょうか。一体どんな術式なのーっ?
授業に用いるアイテムですからいりませんとも言えません。ご厚意と言っていいのかわかりませんが、ご厚意に感謝してスタッフの方とデザインについてお話を進めます。はい、できる限りシンプルにしてくださいしか言ってないのですけど。
ジョエル様は引き続き支配人の方と熱心にお話をされているようでしたが、私がデザインを決めて顔を上げたときにはもう、ゆっくりとお茶を楽しんでいらっしゃいました。
テーブルの上からカタログと魔石の入った箱がどけられ、代わりに小さな箱がそっと置かれます。箱の中には濃紺のクッションに載った立派な真珠が。
しかもただの真珠ではありません。これはエレナからの聞きかじりですが、イージュラ大陸のさらに南西に位置する一部の海域でしか採取できない金色の真珠です。
まったりとした輝きも、そしてこの柔らかな金の色味も、ジョエル様の瞳にそっくりでした。
「これは……?」
「君の黒い髪に似合うだろうと思ってな。金真珠で髪飾りを手配したところだ」
「ジョエル様っ! そんな、受け取れませ――」
「ははっ。やっと呼んでくれたな、俺の名を。褒美ということで受け取ってほしい」
えーっ! 待って、今日のジョエル様は一体どうしたっていうんでしょう……っ!




