第18話 王子様の圧が強いのですが
ファビオ王子殿下とエリゼオ・ロヴァッティ伯爵とおっしゃる方がいらっしゃいました。護衛の騎士様もいらっしゃって、応接室が狭く見えます。
挨拶を済ませ、ソファーに向かい合うように座っているわけですが、心なしか王子殿下や護衛の騎士様から好奇の視線を感じます。どうして。
「わぁ、奥方がこんなに小柄な人だったなんてねぇ。ジョエル、潰しちゃうんじゃないの?」
「まだ『奥方』ではありませんし、潰しません」
隣に座る公爵様に、先ほどの悲しそうな様子はもうどこにもありません。言い方こそぶっきらぼうですが声音は優しくて、王子殿下と良い関係が築けているのだろうというのが感じられます。
「いやぁ、でもほんと、思ってたのと違ったなぁ。いや、いい意味でね。それで本題なんだけど、我々はアリーチェ嬢に付与術士の可能性を感じてるんだ」
「付与……術」
オウム返しの私に、ずっと微笑んでいるだけだったロヴァッティ伯爵が頷きました。ポケットからコロコロした可愛らしいカタチのペンと何らかの文字列が記載された紙を取り、テーブルの上で押しやるようにしてこちらへ差し出します。
「フォンタナ公爵のお話からその可能性にいきついたのです。まずはそれが正しいか確認してみましょう」
「確認ですか?」
首を傾げた私に、公爵様の指示でメイドのひとりがキャンドルを持ってきました。
謎は深まるばかりなのですけど?
「キャンドルの底面に、その紙にある文字を一言一句違わず書き写してください。もし可能なら、そのキャンドルに火が点っている様子を想像しながらね」
「えっ……えっ?」
周囲を見渡しますが、王子殿下も公爵様もただ無言でこちらを見つめるばかり。ロヴァッティ伯爵もそれ以上の説明は不要とばかりにニコニコしていらっしゃいます。
うーん、よくわかりませんが、とりあえず言われたとおりにしてみましょうか。
紙に記載された文字列は呪文のような、どこかで見たことがあるような気がします。
火が点ったキャンドルをイメージしろって、言われなくてもしちゃうと思うのですけどね。
っていうか、これ……。
「加護魔法の術式だ」
「そうです。よくご存じですね、加護魔法は扱えないと伺っていましたが」
「子どもの頃、必死で勉強したんです。もちろんこんなに複雑なものではないですが。ミリアム……妹はすぐに加護魔法を使えるようになって、私はできなかったから」
どれだけ勉強しても私に加護魔法は使えませんでした。だから初期の段階で諦めて、というより父に諦められて今にいたります。
加護魔法が使えさえすれば家族として認めてもらえる、そう考えていられたのは本当に最初だけ。そのうち、家族と認めてくれなくてもいいから、家にいることを認めてほしいって。
「あ、書き終わりました」
ペンとキャンドルとをテーブルの中央へそっと置きました。まるいペンが転がってカララと音がします。
「ありがとうございます。では、注目」
公爵様と王子殿下が息をのむ気配が。
ロヴァッティ伯爵は柔和な表情のまま私たちを見回して、そして……。
バチンと手を叩く音。
なにごとかしらって驚いて目をシパシパさせたわけですけど、音の出どころを探るよりもキャンドルに火が点っていることのほうに意識がいきます。それはそうです。だって誰も火を点してないのに点ってるんですから。
「わぁ本当に火がついたね」
「これはもう疑いようがないな」
「えっ、えっ? な、何がですか? いや何が起きたんですか?」
全員の視線がロヴァッティ伯爵へと向きました。
「マリーノ家は水の精霊の系図ですから、加護魔法も原則として水に関するものしか使えません。ですが、付与術は別だ。水の方がより強大でより繊細にコントロールできるのは確かですが、他属性でも付与できる」
「はぁ。え、つまり、これは私がキャンドルになんらかの魔法を付与したってことですか?」
「察しが良くて助かります。今回の術式は手を叩く音で発火し、再び手を叩くと……」
パァン! と小気味よい音が室内に響きました。
テーブルの真ん中では、キャンドルから細く白い煙が1本立ち昇っています。勝手に火が消えてる!
「詳しい説明は省きますが、これは簡易術式なので誤作動も多く魔道具として機能させられないので、底の術式は消しておきますね」
ロヴァッティ伯爵がキャンドルを手に取ってひっくり返し、ハンカチでゴシゴシと磨いてしまいました。彼の横で王子殿下が残念そうに頬を膨らませています。
「温室の魔道具が動いたのも、君にその才があったかららしい」
「って言われてもよくわかんないよねぇ。だから、これからエリゼオを家庭教師につけるから付与術について学んでほしいんだ」
公爵様の言葉を引き取るようにして、王子殿下が太陽のような笑顔でおっしゃいました。王族の言葉には「はい」しか言ってはいけないと知っています。「してほしい」という言い方であってもそれは「しろ」と同義だと。
「は、はい。承知しました」
頷く私の横で、公爵様がロヴァッティ伯爵へ顔を向けます。
「付与術士を複数輩出するロヴァッティ家の俊英に聞きたいことがある。少し時間をもらえるだろうか」
「ええ。わたしにわかる範囲のことなら、なんなりと」
おふたりはアイコンタクトで同時に席を立ち、応接室を出て行ってしまいました。私に聞かせられないお話なのだと思うのですけど、えっと、ちょっと待って、王子殿下とふたりきりって!
縋るように殿下の背後の護衛騎士様に視線を向けましたが、彼らはまるで空気のようにどこか一点を見ています。ですよね、そうなりますよね。
社交を知らない私に王子殿下のお話し相手なんて、ちょっと、荷が重すぎるというか。窒息して死んでしまいそう!
頭から血の気が引いて目の前が白っぽく見えて来た頃、殿下が目をいたずらっ子のように細めながら口を開きました。
「ジョエルの秘密、知ってる?」




