第15話 そんなサプライズは心臓に悪いのですが
お昼ご飯をいただいて少し食休みをしてから、お屋敷に飾るお花を探しに行きました。
本当なら午前中にするつもりだったのですが、ミリアムが来ましたからね……。
エントランスホールの隅っこで、温室やお庭からとってきたお花の余分な葉っぱを取り除く作業です。水を張った桶の中での作業ですから、周りを水浸しにしないように気を付けなくては。
これを終えたら、飾ってあるお花の中からまだ元気なのを集めて、切り口を整える作業が待っています。手早くやってしまわないといけません。
エレナさんがやって来ると、気まぐれに薔薇を1本摘まみ上げて、私の手元を見ながら葉っぱをむしりました。
「アリーチェ様、お水は冷たくありませんか? 葉をとったり茎を切ったりするのはわたくしどもでやりますのに」
「えと、これは私の仕事ですか――あ、仕事だから大丈夫よ。……です」
「アリーチェ様ぁぁああ! わたくしどものために話し方を……ッ」
またぎゅっと抱き締められました。ぐるじい。
空いた手でバタバタと桶のふちを叩きます。
「あっ、失礼いたしました! それでは温かいお茶を用意しておきますねーッ」
私の体から手を離したエレナさんは、正面の階段の両脇に飾ってある花瓶をふたつ、近くまで運んでくださいました。そして跳ねるようにキッチンへ。
その背中を見送って、私は運んでいただいたお花と対峙します。
公爵家へ来てから今日で8日目。お花を飾るのは実はこれが二度目になります。というのも、お花の生命力がとっても高いのです! この花瓶に活けられた花もまた、萎れているのはほんの一部だけ。なのでこの7日間はお水を換えたり、傷んだ葉っぱをとったり、その程度のことばかりやっていました。
お花を活けるのは初めてのことでしたが、こんなに長く綺麗なままでいるものなのですね。花の命は結構長い、とはどなたが言ったのだったかしら。
ですから元気なお花は切り口を整えて、まだまだ頑張ってもらわないと!
「ふんふふーん」
むかし乳母が口ずさんでいたメロディーをなんとなく辿りながら、作業を進めていきます。
お花を桶に移し、花瓶の水を換え、元気なお花は水の中でパチンとハサミを入れて。そして出来上がりをイメージしながらまた1本1本花瓶へ挿していきました。
「らららーらーららーん」
「随分とご機嫌だな」
「はい、お花ってすごく……わわわわっ! こ、公爵様!」
顔を上げてみれば横にいたのは公爵様です。思わず5歩くらいザザっと離れてしまいました。びっくりした、心臓がどこかに行ってしまうかと思いました。
いつもならもっと遅い時間にお帰りになるのに……ああそう言えば今日は早いと思うとエレナさんも言ってましたっけ。
「おっ、お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございます」
「で、花がなんだって?」
「え?」
「いま何か言いかけたろう、『花ってすごく』、なんだ?」
公爵様が、私に質問を……?
何度かお食事をご一緒する中で、多少の世間話はできるようになっています。と言っても沈黙を恐れた私が一方的に喋り続けて、公爵様は相槌を打ってくださるばかりでしたけれど。
だからこうしてご質問いただくのはとても珍しくて、でもすごく嬉しくて、私は飛ぶように大きく一歩前へ出ました。
「お花って、すごく元気をくれると思いませんかっ? 見た人に頑張ろうって思わせたり、ホッとするというか、慰めてくれたり。綺麗で逞しくて……あっ、ごめんなさい。お帰りになったばかりでお疲れのところ、喋り過ぎました」
「いや、構わない。……花のある生活も悪くないものだ」
ホッホと笑いながらマッテオさんがいらっしゃって、公爵様は外套を彼に預けました。
私は胸がホクホクするのを感じながら、作業を終えた花瓶を花台へ戻そうと……、
「わっ、きゃっ」
思ったより花台が高い!
何度もやってきたことなのに、完全に目測を誤ってバランスを崩してしまいました。
花瓶、花瓶だけでも守らないと! 絶対すごいお値段しますから、この花瓶!
大きな花瓶をぎゅっと腕に抱え直して、ちゃんと背中から倒れられるよう祈りながら目を閉じます。花瓶が割れませんように、あと、あんまり痛くありませんように……っ!
「あ……あれ?」
「花瓶ひとつ持ち上げられないとは貧弱過ぎはしないか?」
「ひっ……! 公爵様っ」
私の背中は公爵様が支えてくださってました! なんてこと!
さっきまで数歩離れたところにいらっしゃったし、なんならこちらに背を向けてませんでした? え、なんという反応。なんという力強さ。
胸がバクバクうるさいのは、花瓶を落としかけたからに違いありません、ああもう、私のばか!
「あり、ありがとうございます。すみません」
マッテオさんが花瓶を受け取ってくださり、そのまま花台へ戻してくれました。
身体を離した公爵様がじろりと睨みつけます。わぁ、ちょっと怒ってる。
「手が冷たすぎる。あとどれくらいあるんだ、この作業は?」
「えと、入れ替え作業はまだ始めたばかりと言いますか……。全室残ってまして……」
私の回答を聞いて、公爵様は深いため息をつきました。どうしましょう、要領が悪いとか叱られたりするでしょうか?
「半分でいい、残りは明日にしろ。で、優先的に手を入れるべき部屋はどこだ?」
「優先……でしたら応接室や遊戯室のようなお客様が出入りする可能性のあるお部屋と、」
「わかった、さっさと終わらせよう」
「へ?」
公爵様はジャケットを脱ぎ、袖を捲り上げました。マッテオさんは相変わらず楽しげに笑ってますし。
え、いや、どういうことでしょう?
戸惑う私を尻目に、公爵様はまだお花を挿し終えていない花瓶の前へ。
「さぁ、どの花をいれればいいか指示してくれ」
え、ええっ?
これは一体どういう状況ですかっ?




