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第12話 どうやら稀有な才能だったらしい


 会場へ戻るや否や、王城で働く侍従によってファビオ殿下の元へと案内された。メインホールから繋がる遊戯室で、案内されたソファー席も特に仕切りがあるような場所ではない。しかし近衛の位置とその醸し出す空気が会場の中で他と隔絶されているように感じられた。


「庭が騒がしかったようだけど、大丈夫かい」


 俺の到着に気づいた殿下が、自分のはす向かいに座るよう手で促しながら言う。

 対面にはエリゼオが座っていた。


「ええ、何も問題ありません」


「それなら良かった。彼がエリゼオ・ロヴァッティ、今日の主役だ」


 殿下の紹介でエリゼオが軽く頭を下げた。顎の下まであるチョコレート色の癖毛が耳からこぼれて顔の右側を隠す。


「ジョエル・フォンタナだ。今日は貴殿の知恵をお借りしたくファビオ殿下に仲立ちを頼んだ」


「なんなりと」


 予想よりいくぶんか高音の声がふわりと通り抜けて、狐のように底の見えない瞳が細められた。

 狐。そうだな、この男は狐だ。


「壊れた……正確には記述された術式が風化してかすれ、機能しなくなったはずの魔道具が特定の使用者によってのみ正しく機能する、という事象はあり得るだろうか」


「ふむ……」


 エリゼオはしばし腕を組んで考える様子を見せたが、思いついたように目の前のワインを飲みほした。

 ジャケットの内側からボディのまるまるした樽のような形状の万年筆を取り出し、グラスを裏返してプレート部分に細かく文字を刻んでいく。


 書き終えると同時に記述された文字列が一瞬だけ青く光った。まさか魔道具の製作過程を見ることができるとは。


「これは傾きのない状態に置かれ、かつ人の手が触れていることを条件に、新鮮な水が湧き出るグラスになりました」


 テーブルへ戻したワイングラスに、エリゼオが持ち手となるステムを指しながら触れるよう目で促す。伸ばした指がステムに触れると、みるみるうちに水が湧いてボウルの8割ほどのところでぴたりと静止した。


「わお、すごいね」


 楽しそうな殿下にふふと笑いながら、エリゼオは別の空のグラスを俺の目の前へと差し出した。意図を理解し、水をそちらへと注ぐ。ステムを持った状態であっても、傾けたグラスから水が湧き出ることはない。

 なるほど、魔道具というのはなんと便利なものか。


「ね、面白いでしょう。ではこれを術式が機能しない程度に文字を薄くしてみましょうか」


 矯めつ眇めつ眺める俺の手から、エリゼオがグラスを取り上げる。ナフキンを手に再びグラスを裏返し、様子を見ながら慎重に文字をかすれさせていった。


 再び目の前に差し出されたそれは、俺が触れてももう水など出ては来ない。ファビオ殿下も興味津々で手を伸ばしたが、やはり同様だ。


「わー、便利だからあとで貰おうと思ったのに、残念だなぁ」


「これを便利に使おうとするなら衛生面が不安になりますよ」


「それもそうかー」


「さて、使い物にならなくなった状態を確認してもらいました。では特定の人物ならどうか……ということでしたね」


 エリゼオの白く細い指が伸びる。アリーチェ嬢よりよっぽど女のような手だ。それがステムに触れると、水が湧きあがってボウルの8割を満たした。


「これは一体どういう原理で?」


 俺が問うと、エリゼオはどこから話すべきかと悩むように腕を組んだ。が、ほどなくしてゆっくりと口を開く。


「我々のような付与術を扱う人間は、自発的な加護魔法の行使を不得手とする傾向にあります。我々の特性として、元々ある力を倍増させることに秀でている」


「えー、それは魔術士隊にいる強化術士たちとは違うのかい?」


「方向性は同じです。だが彼らは強化もできる、という程度でしかない。フォンタナ公爵閣下が『魔法も使えるが剣士が主軸』であり、魔術士ではないのと同じでね」


 適性の問題ということか。

 精霊の末裔である以上、俺の加護魔法は強力だ。だが魔術士として国を守るには魔力量が心もとないし、難易度の高い魔術の修得には不向きとされていた。


「なるほどー。それでかすれた術式であっても補完してしまうんだね」


「アリーチェに付与術士の可能性があると? だが付与術士は希少だ、可能性があるのならもっと早く――」


「希少すぎると、その可能性さえ疑わないものです。幸いにも我がロヴァッティ家は過去に何度か付与術士を輩出していますから、加護魔法と同時に付与術についても学ばせます。だが普通の家はそうもいきますまい」


「こうやってファウスト勲章が話題になると、世間も一時的に付与術に触れてみようとするものだけどね、そう簡単に次代の付与術士なんて見つからない。だからまた忘れてしまうのさ」


 それはその通りだろう。付与術士が希少だからこそ、国をあげて育成するような土壌さえ育たない。我こそはと思った人物が付与術士に弟子入りするのが普通だ。


 エリゼオは笑みを深めてこちらを見た。


「アリーチェ様とおっしゃいましたか、彼女と接することで加護魔法に変化があったことは? 例えば威力が増す、というような」


「それは――」


 俺が返事をするよりも先に、背後でガラスの割れるような大きな物音がした。振り返れば男が走り去るのが見え、また床にはグラスの破片が広く散らばっている。

 給仕がそれを片付けようと慌てて駆け寄っていた。


「おやー? あれはマリーノ伯爵に見えたけど、違うかなー」


「一瞬だったのでなんとも」


「まいっか。でさぁ、提案なんだけど、エリゼオに家庭教師になってもらったらどうかな」


 は?

 思わず殿下の顔を二度見する。家庭教師って、アリーチェにか?


「いいですね。付与術士は多いほど国も民も豊かになるはずですから」


 俺は構築すべき人間関係が増えてしまったことを悟った。最悪だ。





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[良い点] でんか [一言] ゆうのう?
[一言] お、チート的能力のカホリが強くなってきた
[良い点] 家庭教師! これはドキドキしちゃいます! ビシビシ厳しくいくのも、穏やかに導くのも両方萌える!
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