第11話 真実を知ったところでどうということはない
王城の煌びやかなパーティー会場で、「何事もない日々が続いている」と殿下に答える。
これは王室の用いる魔道具を製作する付与術士のリストに、新たなメンバーを加える式典……の打ち上げパーティーみたいなものだ。
ファウスト勲章。それは付与術士にとって最も誉れ高い称号で、ファウスト付与術士団へ叙任されることで得られる。
主役であるエリゼオは多くの人間に囲まれていて、しばらくは挨拶などできやしないだろう。
「つまり婚約者殿がいるのに生活に変化はないって?」
「何事もない、というのはアリーチェ嬢が大きな問題を起こしていないという意味であって、変化は少なくないですよ。屋敷のいたるところに花は飾ってあるし……」
殿下は溜息をつく俺に満足そうに笑った。
これでもメイドの真似事をしたがる発作の頻度は減ったのだ。マッテオの発案で高度な淑女教育を開始したおかげではあるが、それを言えばまたこの王子が喜びそうなので黙っておくのがいいだろう。
「君の心境に変化は?」
「……殿下が期待するようなことは何も」
俺は俺で、食事の際にアリーチェ嬢から「どんな花が咲いたか」とか「貿易の歴史とファッション文化の変遷」とか他愛のない話を聞くのが苦ではなくなっていた。
このように問題を起こさず迷惑をかけず日々を過ごすことができるのなら、この結婚は概ね成功と言えるだろう。問題があったとしても血筋を繋ぐことさえできたなら、金だけ渡して婚姻を解消すれば良いかと考えていたが、そこまでする必要はなさそうだ。
「エリゼオの体が空くまでもう少し時間がかかりそうだね。君も久しぶりの社交なんだ、周囲を睨みつけて威嚇ばかりしていないで、交流を持ったらどうかな?」
「俺の目は生まれつきコレですよ。周りが勝手に怖がってるだけだ。まぁ、少し外の空気に触れてきます」
殿下のそばを辞して会場を出る。
王家の主催であるせいか、それとも新たなファウスト術士が目当てか、社交期から外れた時期にも関わらず参加者は多い。
庭へ出てもそこかしこに参加者と思われる貴族の姿が見え、彼らの世間話を聞くともなく聞きながら静寂を求めて歩を進めた。
「ねぇ、アリーチェ様のお話ご存じ?」
「ああ! フォンタナ公爵のところへ押しかけて散財を続けていらっしゃるとか」
「それはそれは自慢げに侍女を連れ歩いてらしたそうよ」
……またおかしな噂が流れているらしい。しかしこれはなんの根拠もないデマであると断言できる。散財どころか、金を使ってくれとエレナが頼むレベルだと聞いているからな。
よくよく考えてみれば、男狂いだという噂もおかしな話だ。相手をしたはずの男側の話が一切出て来ないのだから。
そもそも社交を禁じられた貴族令嬢がどこで異性と出会うと言うのか。仮に平民が相手だったとして、それをなぜ貴族連中が知っているのか。
「妹のミリアム様は気苦労も絶えないでしょうね」
「あらそのせいかしら、ここ最近ミリアム様ったらいつもの加護魔法を披露なさらなくなったそうよ。きっと疲れていらっしゃるんだわ」
「お水で作った蝶々やお花でしょう? 繊細なコントロールが必要だそうですものね、おいたわしや……」
対して妹は社交界の人気者か。
だが不思議なものだ。ミリアム嬢は身体が弱く、アリーチェ嬢の結婚準備と療養とを両立できないのではなかったか?
にも関わらず「ここ最近」と言われるほどに度々社交の場に顔を出しているとは。
いや、不思議なことなど何もないか。
メイドの真似事に存在意義を見出そうとするアリーチェ嬢の身体には虐待の痕跡があり、病弱なはずのミリアム嬢は問題児の姉に苦労させられる社交界の花。簡単な話じゃないか。
つまらない真実に気づいてしまったせいか、思わず笑みがこぼれる。だから人付き合いは嫌いなんだ。
人の気配が少ない方ばかりを選んでさらに奥へ進むと、どこからか男女の話し声が聞こえてきた。人目のない場所で逢引きをする輩がいるのは今に始まったことではないが、ここはまだ人目がないと言うには浅瀬だろうに、と思う。
近寄らないようにと声のするほうへ背を向けたとき、それが知った名前であると気付き足を止める。
「なぁミリアム、頼むよ。好きなんだ」
「無理よ。あたしはマリーノを継がないといけないんだもの」
「それが別れる理由にはならないだろ?」
よくある痴話喧嘩だ。
ただ、婚約者の妹が当事者となると放置していいのかどうか悩ましいところではある。
「あなたはマリーノに相応しくない。それで十分でしょ?」
「待てよ!」
「ちょ、やめて。離してっ」
悲鳴にも似た声と、揉み合うような足音。さすがに見て見ぬふりにも限度があるか。
声のするほうへと駆け寄り、男女の間に割って入った。
「な、なんだおまえっ!」
「力づくは褒められた行為ではない」
ミリアム嬢を背に隠し、男と対峙する。茶色の髪に茶色の目、整ってはいるがこれといって特徴のない顔だ。
相手の顔に見覚えがないのはいつものことだが、相手もまた俺の顔にピンと来ていないらしい。であるならば騎士団員ではないし、要職に就くような人物でもないということになる。
「部外者は黙ってろ」
男がそう言ったとき、遠くからいくつもの足音が聞こえて来た。警備の者たちが異常に気づいたのだろう。
ほどなくして警備兵が我々を取り囲んだ。
「フォ、フォンタナ公爵閣下! これは一体……」
「痴情のもつれってやつだろう、詳しいことは当事者から聞いてくれ」
人間関係のごたごたに巻き込まれるのは御免だ。
さっさと警備兵に後を託し、会場へと戻ることにする。もちろん、ミリアム嬢が「フォンタナ公爵……」などと呟くのも聞こえない振りだ。やはり、放置しておけばよかった。




