生贄にされた私は生贄制度が嫌いな龍神様と一緒に去ります ~置き土産に呪いを掛けました~
短編を書いてみました。
「今年の龍神様への供物はお前だ、更紗」
村長のその言葉に更紗は目の前が真っ暗になった。龍神様の供物になった人は帰ってこない。そして、供物になった人の恋人は早々に村を出て行ってしまっていなくなってしまった。もうこの村には若者は数える程になっている。
助けを求めるように恋人の秀人に目を向けたが、ばつの悪そうな顔で視線を逸らされてしまった。そして絶望する。
(秀人は生贄について異論も言わない。私を連れて逃げてもくれない)
瞳から涙が零れ落ちた。
「…………………わかり、ました」
結局決まったことは覆らない。更紗は唇を噛み締め、村長の決定を受け入れるしかなかった。その日から更紗の日常は一変した。妙に優しくなる村人たち。更紗は数日で龍神様に捧げられる運命だと言うことを悟る。
そして3日後。
「ほら、さっさとしろ!」
肩を押され蹌踉けながら山道を歩いて進む。龍神様と呼ばれるその存在は、村の近くにある霊峰 龍谷山にいる。そこまでの道程は厳しく徒歩で向かうしかない。
昨日まで優しかった小父さんは今、更紗の肩を押しながら山道を歩いている。村を出るまでにこにこしていた小母さんも、一歩外に出たら更紗を睨み付け、「二度と帰ってくるんじゃないよ!」とさっさと家に帰ってしまった。村人の手の平返しにすっかり意気消沈して、更紗は山道を更に進んでいる。その足取りは重かった。
「ここからはひとりで行け!」
思い切り背中を押され地面に転ぶ。
「あっ…」
「龍神様に会うまでに転ぶんじゃねぇ!」
「おじさんが押すから」
「口答えするな!逃げないように見張ってるからな!」
人を殺しに行くのでは?と思える形相で更紗を睨み付けていた。
トボトボと先へ歩き始める更紗。中は真っ暗で壁に手を付け先に進むしかなかった。しばらく進むと拓けた場所に出る。
「ここは…」
光の差し込む空間を眺めていた。
「いないじゃん、龍神様。何でこんなことに…うっ、ぐすっ…ふぅぅ…」
込み上げる喪失感が更紗を襲う。仲良かった友人達が自分を避け、年長者達はやたらと親切にしてきて、出発の日に辛辣な言葉を掛けてきたのだ。
「何で、こんな、生贄なんて…うぅ…」
更紗はしばらく泣き続け、泣き疲れ眠ってしまった。
「おい、お~い…」
更紗を呼ぶ声。
「秀、人…?」
「秀人?違う…ってか、お前誰?俺の寝床で何やってんの?」
「え!?」
顔を上げて声の主を確認する更紗。月光に照らされ、漆黒の鱗が輝く龍がそこにはいた。
「龍神様…」
更紗の声が思わず漏れる。
「俺の名前は馨尚。姓を持たない龍だ」
「姓を持たない?」
「あぁ、昔に逆鱗と姓を剥奪された龍族だよ」
つまらなそうに馨尚は呟いた。そのまま眠りにつこうとする。
「あ、あの!龍神様、私にお役目を務めさせてください」
「務め?」
「は、はい!龍神様の生贄」
「生贄、だと?」
首を上げ馨尚が更紗を睨む。
「どういうことだ?」
「ずっと続いてますよね?毎年16になる乙女がこちらに来てませんか?」
「いや、そんな雌は来てない。それは間違いか…途中で番となる雄が迎えに来ていたな」
「迎え?」
「あぁ、そこに横穴があるだろ?」
更紗は馨尚が視線を向けた方に視線を移す。
「はい」
「あの横穴から番が迎えに来て、毎年帰って行った」
その言葉を聞き、更紗は絶望する。
(番ってことは恋人ってことよね?待って。生贄になった人もその恋人も帰ってこないと言うことは…逃げた先で幸せに暮らしているってこと?嘘!)
ペタリと座り込む。
「お前の番はいつ来るんだ?」
悪気のない馨尚の質問が胸に刺さる。
「……………来ません」
「え?」
「私が生贄になった途端、離れていきました。今頃は別の恋人がいると思います」
更紗は泣きそうな顔で呟いた。
「はぁ?お前の番は逃げたのか?とんだ臆病者だな!」
「いえ、次期村長としては掟に従うしかなかったんだと思います」
「そっか、人間ってのも大変なんだな」
頭を撫でられ、更紗はびっくりして顔を上げる。いつの間にか馨尚は人と同じ姿になっていた。吸い込まれそうな漆黒の瞳に漆黒の髪。身に着けている服装も黒だった。
「龍神様?」
更紗が問い掛ける。
「馨尚だ、お前の名は?」
「更紗…です」
「更紗か。良い名前だな」
馨尚の初めて見せた笑顔だった。
きゅん…
更紗の胸が高鳴る。
(私、秀人が好きなのに…)
高鳴る胸に戸惑いを感じる更紗。
「そう言えば、村長の名前は何て言うんだ?」
「晏竜 燵人様です」
「何だと?」
ぞくりと更紗に悪寒が走る。
「龍神様…?」
「あのクソ野郎!」
急に馨尚の纏う空気が突き刺すような冷ややかなものに代わった。
「俺から逆鱗を奪いこの地に留めた挙げ句、不要な娘まで送りつけるとは…許せねぇ」
ドサッ…
馨尚の放つ殺気にあてられ更紗が気を失って倒れてしまった。慌てて馨尚は放っていた殺気を抑え、更紗に駆け寄った。
「おい、大丈夫か?更紗!」
通常、龍族の殺気にあてられてしまうと呼吸を忘れ死に至る。しかし、更紗は気にあてられてしまい気絶しただけだったようで「んっ………」と声を出した。それ見てをしばらく思案する馨尚。
「彼の者の真の姿を示せ」
更紗に向かい龍族のみが使える術を使用した。キラキラと身体が光り出す。一際強い光が更紗を包み消えた。
「嘘、だろう…?」
更紗の姿が龍に変わっていた。しかも、その姿は今は同じ龍族ですら姿を見ることが出来ない光龍だった。馨尚の瞳から涙が一筋流れる。そっとその涙を拭い、更紗を元の姿に戻し微弱な雷を更紗に落とす。
「ひぃっ」
変な声を上げて更紗は飛び起きる。馨尚を見るなり土下座が始まった。
「申し訳ありません!居眠りをしてしまったみたいで…」
「いや、良い。それより聞きたいのだが、更紗の母親はどうした?」
「母、ですか…?わかりません、孤児でしたから」
「そうか…」
悩み出した馨尚。その様子を見ていた更紗が唐突に声を上げる。
「あ!龍神様、先程逆鱗を奪われたと仰いましたよね。私、見たことがあるんです」
「本当か!?」
「はい。秀人に連れられて燵人様のお部屋に忍び込んだときに、黒々と光る何かを見ました。あの時は何かわからなかったのですが、今ははっきりとわかります。あれが龍神様の鱗だったと」
「そうか。やはりまだ持っていたのか…。更紗、俺は逆鱗を取り戻しこの地を去る。お前も来ないか?」
馨尚からの申し出。更紗は迷うことなく頷いた。
「私もご一緒します。今更あの村に未練はありませんから」
弱々しく笑う更紗。馨尚は頭を撫で「無理はしなくて良い」と言った。その優しさに涙が溢れてくる。久し振りに与えられた優しさは、人ではなく龍だった。秀人を想うと少しだけ痛む胸。けれどきつく唇を噛み締め、その想いと決別した。
「更紗、悪いが逆鱗の場所まで案内を頼む」
「わかりました」
「それと…俺の名は馨尚だ」
「馨尚、様…」
「様はいらないが…」
「めめめめ、滅相も御座いません」
「まぁ、いい。好きに呼べ」
馨尚は更紗の様子に大きな溜息を吐く。更紗は自分より高位な存在なのだが、彼女が自身の正体を知らない以上下手にそれを口にすることはないと思い至った。
更紗の入ってきた道には見張りがいる。馨尚の言う番用の横穴から洞窟を抜け出し、更紗の村へ戻っていく。途中、馨尚が夜隠しの術を使い闇夜に溶け込み先を急いだ。
「龍神様は不思議な術を使われるんですね」
「あぁ、龍族特有の力だ」
「凄いです」
「それと″癒やしの波動″。これで疲労を感じなくなる。先を急ぎたい、大丈夫か?」
「はい、術のお陰で身体が楽になったので大丈夫です」
馨尚は更紗を気遣いつつ先を急ぐ。闇夜に紛れ奪われた逆鱗を取り戻し村から離れる。それだけを目指して。
◇◇◇
村まで問題なく辿り着き、今は村長の家へ忍び込んでいる最中だった。馨尚の夜隠しの術は足音や気配まで消してくれている。そのお陰で更紗は1人で村長の家に行くことが出来、そして以前、秀人に見せて貰った逆鱗の場所まで難なく忍び込むことに成功した。
(これが…逆鱗。馨尚様をこの地に縛る枷…)
更紗は無事逆鱗を手にすると、来たときと同じように慎重に帰って行く。声を出さないのは、夜隠しの術が解除されてしまうから。どんなに驚こうが更紗は只管声を出さず、馨尚の元へと急いだ。
(家は脱出できた、後は馨尚様と落ち合うだけ)
颯爽と駆け出す。足音は夜隠しの術、疲れは癒やしの波動が作用していたからだ。今まで更紗は自分から何かをするということを諦めていた。孤児だったことがその性質の大半を占めていたが、彼女の人生においてそういう機会がなかったのだ。
(あと少し…!)
馨尚が待つ村の端まであと少し。更紗は速度を上げる。
しかし─────。
「そこまでだ、盗人よ」
更紗の足元に明確に矢が放たれた。「きゃあっ」と更紗が声を上げ、夜隠しの術が消えていく。月明かりの下、更紗は矢を放った相手に姿を現してしまった。
「更紗!?」
驚く村長の燵人と秀人。更紗は彼等と少しでも距離を取ろうと動こうとするが、直ぐに足元に次の矢が打ち込まれ、身動きが取れなくなってしまう。
「更紗!何でお前がここに!」
「龍神様の元から逃げ出したのか!」
責めるような二人の声にビクリと肩を震わす。
「更紗を責めるでない。私が許可した」
更紗と同じように闇夜から急に姿を現す馨尚。怯える更紗の肩を抱き、燵人と秀人を睨む。
「誰だ、お前!部外者が口を出すな!」
秀人が馨尚に高圧的にそう告げた。その様に馨尚はクツクツ喉を鳴らす。更紗から逆鱗を受け取り、人でいう喉仏の辺りにそれを当てた。スゥ…と吸収され消える逆鱗。
「止めなさい!秀人」
一連の馨尚の行動を観察していた村長の燵人は、秀人を制した。彼の思考がある一つの仮説に行き着く。
「彼は、龍神様だ。止めなさい」
「え!?」
威勢の良かった秀人と燵人。二人は馨尚に頭を垂れた。秀人は両の手を震わす始末。
「逆鱗は返して貰った。これで俺は長き因縁より解き放たれ自由だ。更紗、行くぞ」
踵を返し歩き出す馨尚と更紗。そこへ一本の矢が放たれる。馨尚はそれを掴み地に捨てた。
「何の真似だ」
「行かせません!貴方はこの地を守護する神。行かせるものか!」
燵人が斬りかかる。が、馨尚は障壁を作りそれを交わした。
「くっ!妖術か。秀人、掛かれ!」
「っ、は、はい」
馨尚に1対1では敵わないと悟り、燵人は秀人を焚き付けた。秀人は真っ直ぐ馨尚─────ではなく、更紗に襲い掛かる。
「人質になって貰うぞ、更紗!」
「きゃっ!」
「更紗!」
燵人の相手をしていた馨尚は反応が遅れる。秀人も燵人も更紗を捉えたと確信し、ニヤリと笑った。
「あがぁっ!」
捉えられたのは秀人だった。更紗から淡い光が放たれ、龍族の証である″術″が使えるようになっている。
『人質を取ろうとは…考えることがゲスよの』
更紗から空気を震わすような威厳のある声が発せられる。秀人は拘束術を掛けられ、近くの気に縫い止められた。馨尚がハッと気付き、燵人と距離を保ち更紗に近寄る。
『晏竜 馨尚か。久しいな』
「お久し振りにございます」
馨尚が頭を垂れ挨拶した。その様子を見ていた燵人が近付いてくる。
「更紗、幼少の頃よりお前を可愛がってきた。わかるだろう?」
「燵人!畏れ多いぞ、この方は…」
更紗(?)が馨尚を制する。
「その力でその下等な龍族を従え、私に恩を返しなさい」
燵人はペラペラとそう告げた。怒りを露わにする馨尚に対し、更紗(?)は涼しい顔をしている。
『恩?返すような恩などないはずじゃが…』
「孤児のお前を慈しみ育てたであろう?」
『それは妾を拾った老夫婦がしたことじゃな』
「っ!その夫婦が亡くなった後も村に住まわせてやっただろう?」
『妾が近隣の富豪に見初められ、贈られてくる金銭を横取りするためであろう』
「我が息子、秀人の婚約者にしてやったじゃないか!」
『愚息を通じ妾を支配するためであろうが。それも、そこの愚息には通じておる番もおるようじゃな。村の中心、そなたの家の方から芽吹いた命の鼓動を感じるわ。世継ぎが出来たら、妾を不要者と見なし、供物としようとした。今更このような戯れ言でここに縛り付けようとは…穢らわしい』
冷ややかな視線を村長に向け、更紗(?)は燵人にも拘束の術を施す。この騒ぎで寝静まっていた村人も起きて、桑や鉈を持ち、更紗(?)と馨尚を取り囲んでいた。
「今まで優しくしてやったのに!」
「村長様からあんなに大事にされていたのに!」
口々に更紗(?)へ辛辣な言葉を掛ける。元の更紗ならこの時点で怯え許しを請うていただろう。
『優しくとはこの数日話し掛けてきたことか?それとも、それ以前の暴言のことか?』
「っ!」
『どちらも、と言うことか。ふむ…』
更紗(?)は手を掲げ、一人の少女を喚び出した。
『世継ぎを孕んだ女子は主か…』
「更紗!?ねぇ、何でこんなことをするの…?」
悲しみに満ちた顔の、その人物は更紗のよく知る人だった。
『何で?それはお主が一番理解しているのではないか?のう、楓よ』
楓と呼ばれた少女は顔を真っ青にする。
『村長の愚息と通じながら、妾と親しい友人の振りをして…さぞ滑稽であったろう?しかも、今その腹には命が芽吹いているとは…二人して妾を嘲り笑ろうておったのか!』
涙を流しながら更紗(?)は楓を喚び出したままの状態で拘束を続けた。
「楓様を離せ!」
村人が更に包囲を縮めてくる。更紗(?)はふっと笑った。泣きながら笑ったのだ。その異様さに誰もが怯んでいる。
『こうしようか。妾と馨尚を見逃せば楓は離そう。どうする?』
「許さぬ!龍族が我等を見捨てるなど!」
黙っていた燵人が叫ぶ。村人もそれに続き、口々に汚く罵った。
「いやぁぁぁぁぁあああ!」
突然、楓が発狂する。
「何をした!楓に、何をしたぁぁぁ!」
拘束されたままの秀人が更紗を睨む。
『何、今お主等が発した言葉を自身が言われたように変換してやっただけのこと。ずっと妾が受けていた仕打ちをこの者へ譲ってやったのじゃ』
「な、何て事を…」
「卑怯だぞ!孤児の癖に!」
「やだぁぁぁぁぁあああ!」
村人が更紗(?)に敵意を向け何かを言えば、それは全て楓に返っていく。秀人も村人も何も出来ず歯を食いしばった。
『さて、どうする?』
苦虫を噛み潰した顔で燵人は言葉を紡ぐ。
「わかった。言う通りにする!」
囲う村人を下がらせ、各々の家に帰らせた。それを見届ける馨尚と更紗。ここには燵人と秀人、楓しか残っていなかった。
『さて、後は』
更紗(?)は燵人と秀人の喉、楓の喉と腹に光る何かを埋め込んだ。更に村全体に発光体を散蒔いた。
『前まで馨尚が一方的に受けていた物に近い物を授けようぞ』
クツクツと笑う更紗(?)。満足したのか彼女を纏う光が弾け消え、がくりと体勢を崩す。馨尚は素早く更紗を抱き止める。
「更紗、行くぞ」
「は、はい」
フラつく更紗を伴った馨尚が、燵人達に背を向ける。
「巫山戯るなよ!死ねぇ」
秀人が更紗に斬りかかる。その瞬間─────。
「うがぁぁぁぁぁあああ」
奇声を上げ秀人がその場に倒れる。慌てて楓が秀人に駆け寄った。
「や、やだ。事切れてる…」
呆然と楓は燵人を見た。瞳から大粒の涙が溢れてくる。燵人も秀人に近寄ったが、楓が言う通り事切れていたのだ。
「何故…」
「呪いだ。龍族を殺そうとすれば自身が死ぬ、そういう呪いだ」
馨尚が秀人の死因を語る。
「それだけじゃないですよ。他の村に害をなそうとすれば、それは全て返ってきます…そう呪いました」
更紗が淡々と語った。
「今までの分、十分に苦しむと良いですね」
更紗は綺麗な笑顔で笑った。楓はガタガタと震える。
「まさか、まさか…」
「そのまさかです」
「何で!!」
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いですよ」
「あ、あぁ…やだぁぁぁぁぁあああ」
お腹を擦りながら楓は泣き崩れた。燵人も呆然としている。その姿を確認して馨尚と更紗は去って行く。振り返ることは無かった。
数年後、或る山に小さな集落が誕生した。龍族の住まう集落。初めは二人しか居なかったが、傷付いた同族を呼び集め、人と交わること無くひっそりと栄えたという。
そして反対に消えた村があった。昔から村に住む人間しか信用しない村。そこから野心を持ち出ようとすれば息絶える、崇めていた龍神様に見放された村。子々孫々まで続く呪いに、遂ぞ己を振り返ることは無かったという。