Act9 メデゥーサボール
天井からぶら下がる怪異。
赤黒い巨大な目玉・・・それは?
(別にミハルが異世界に転移した訳ではありません)
トンネルの闇の中。
ライトの光に炙り出されたのは天井から垂れ下がる巨大な目玉。
何本もの触手器官を生やした不気味な姿。
赤黒いバケモノのような姿は、神話に出て来る悪魔の化身<メデゥーサ>にも見えてしまう。
本物のメデゥーサだとすれば、瞳に捕えた相手をたちどころに石化させてしまうだろうが。
「これが・・・機械なんですか?!」
恐怖に慄くミハルが、眼を抉じ開けて観た相手の姿に。
「バケモノじゃぁないですか!」
畏怖を越えてしまったのか、それとも闘う気力を奪われてしまったのか。
「こんなの・・・ゲームの中で遭遇するボスキャラでしょう?!」
いや、呆れてトラップしてしまったようだ。
「落ち着いてミハル。
これはゲームの中でも夢でもないんだ。
相手は人が造った機械で、今はボク等の前に現存しているんだよ」
ぎゃいぎゃい喚くミハルの傍で、冷静なルシフォルの声が現実を直視しろと諭したのだったが。
「落ち着けますかッ!
こんな相手とどうやって闘えば良いんですかぁッ!」
パニくったミハルは動揺を隠せず。
「ゲームなら魔法とか剣なんかで闘う場面ですよ?!」
混乱して異世界に紛れ込んだのだと錯乱し続けている。
「うん・・・この際ミハルさんは放置しておこうかな?」
戦力と見做さなくなったルシフォルは、痛い目でミハルを観てから。
「グランは奴の左側面へ。
ボクは反対側に回り込むから」
拳銃を握り、多方向からの攻撃を目論むルシフォル。
「ミハルはそこに居るんだよ」
敢えて混乱しているミハルには動くなと頼んで。
「触手が襲ってきたら、捕まらないように逃げてね」
相手次第で逃げ回れと教えたのだが。
「え?!逃げるって言われても・・・どこに?」
「捕まらなければ良いから、兎に角逃げるように!」
狭いトンネルの中で逃げ回れと言われ、どうしたら良いのかも分からない。
「捕まらなければ良いんですよね?
逃げ回っていさえすれば良いんですよね?」
「そう!ボクとグランが何とかしてみるから」
答えるルシフォルは、ミハルを囮にするつもりなのか?
逃げるだけのミハルが時間を稼げれば、グランとルシフォルが攻撃できるのか?
「わ、分かりましたぁ~!」
でも、まだ混乱中のミハルはルシフォルの言葉を鵜呑みにするだけ。
ズルル・・・ズザザザ・・・
赤黒い伸縮器官が何本も暗がりの中から湧きだして来る。
「ひッ?!」
1本や2本なら、怖さを押し殺して逃げ回る事も出来ただろう・・・が。
「こんなの無理ぃ~!」
襲って来る触手の数は、
「どうして?!8本もイッペンにぃ?」
あらゆる角度から伸びて来る8本もの伸縮器官。
「「まず手始めに・・・軽装備の人型を調べる。
犬型は間違いなく機械。もう一体の人型は防護服でガードしているからな」」
メデゥーサボールの人工頭脳は、手始めにミハルを選んだようだ。
機械の身体なのか、人であるのかを調べる気なのだ。
つまり・・・その方法とは?
捕まらないようには努力したつもり。
努力はしたが、相手が悪かった。
1本目はどうにか凌げたが、2本3本と繰り出されては・・・
「嫌あぁ~?!」
着ていたマントに触手が掴みかかる。
それを振り解こうとした右手にも。
「いッ?!痛っ、痛いッ!」
直径が6センチもある野太い触手が絡みついて来る。
「くぅッ?」
脇腹に採り付いて来た触手が、ミハルの胴を締め上げて・・・
ブチ!ビリリィ~!
マントのボタンを引き千切り、抵抗する暇も与えず奪い去る。
「きゃんッ?!」
更に右手に絡み付いていた触手も・・・
ビリリリィ~!
「うきゃぁッ?!」
肩口から白いブラウスを破り去った。
破り去られた衝撃で、ミハルは堪らず倒れ込んでしまう。
「うう、グスン。
酷い・・・ルシフォルさんから頂いた大事な服だったのに」
破かれた袖口を観ては涙ぐみ。
「マントだって旅には欠かせないんだから!」
痛む脇腹を押さえてメデゥーサボールを睨む。
敵愾心を燃え立たせるミハルに対し、破った側のメデゥーサは。
「「これで内部までスキャン出来よう」」
意に介さず触手攻撃を続行する・・・かに思えたが。
ジュルリ・・・
8本の内、6本がミハルを取り巻いて。
「な、なに?今度は何をする気なの?」
身体を固くするミハルににじり寄り・・・
ジトリ・・・
と。
触手の先についているカメラで観測し始めるのだった。
「う?!ジロジロ観ないでよ変態!」
赤外線を照射したり、温度センサーで体温を計測されたり・・・
「観ないでって言ってるでしょう!」
まるで身体の全てを透視されているみたいで。
「ヤダヤダヤダァ!観ないでってばぁ!」
服を着ているのに、裸を見られているような感覚に戸惑う。
サーチを続けられて、恥ずかしさに身悶えてしまう。
身体を丸くして、極力晒さないように蹲る。
「私は機械の身体を持っているってのが気付かないの?!」
自分は魂を宿しただけの機械なのだと教えられていたから、サーチされ続ける理由が無いと思った。
少し調べれば機械だと分かる筈なのにと。
「「珍しい・・・実に珍しい検体だ。
確かに機械に因り造られたと分かるが・・・」」
透過した映像を調べる人工頭脳が、更に詳しく調べる必要があると認識して。
「「内部まで侵入して情報を得ねばなるまい」」
ズルルル・・・
数本の触手をミハルへ向けて伸ばしていく。
「ちょッ?!待って・・・まさか?」
近寄った触手達の先端部分が形を変える。
内蔵されたカメラが奥に窪み、先端が尖り始めたのだ。
ギュリギュリ・・・ギャァアアァン
しかも、さながらドリルの様に尖った部分が回転を始めると。
「い?!嫌、嫌ぁッ!そんなので串刺しにされたくないよぉ」
恐怖で引き攣った顔を背け、
「た、助けて・・・」
悲鳴を上げようとした。
「そこまでだなメデゥーサボール!」
間一髪でルシフォルが間に合った。
「ミハルから手を引け。さもなくば・・・」
チャキ!
拳銃を目玉に突き付けていたのだ。しかも1メートルも無い距離で。
「「むぅ?いつの間に」」
ルシフォルがどうやって接近したのかが分からず、メデゥーサボールが反応を調べ直して。
「「むむ?!この防護服はステルス性能を有しているのか?
探索レーダーの反応は・・・残されているが?」」
人工頭脳はステルス性能を有してはいないと判断したが、それならどうやって近寄れたのだと演算を繰り返して。
「「そうかなるほど。
この検体も実に奇妙。しかも複雑怪奇。
人型にして敵とは判断されなかった・・・つまり機械だと認識された」」
識別は機械。ならば近寄られても無害だと判断された結果なのだと。
だが、この検体は銃を手に持ち逆らっている。
もう1体の検体を調べているのを邪魔しようとしているのだ。
「「判断を反転させる。
この検体は危険、因って排除するものなり」」
ルシフォルへの認識を改め、敵として対応するにあたった。
ズルル・・・
ミハルに向けられていた触手をルシフォルへと向け直し、
「「我に逆らう者は敵と認識する。
攻撃せよ、直ちに攻撃せよ!」」
忽ち触手に拠って応戦の構えを執ったのだ。
「遅い・・・グラン!」
触手が防戦するよりも早く。
「がおぅッ!」
反対側に居たグランの牙がメデゥーサボールの背後から襲い掛かった。
ガキッ!
「「おおぅッ?!」」
全くの奇襲を浴び、メデゥーサボールの反応が一時的に固まる。
「噛み砕け!グラン」
呼応したグランの一撃が、背部の一か所を噛み千切った。
「よし!後はボクに任せて」
内部の構造が覗きこめる。
外殻部を千切られて、内部にある装置が丸出しになって・・・
「電子装置をショートさせれば・・・どうなるかな?!」
拳銃に込められてある延焼系弾。
それは的に当たると高熱を吐き出して火災を誘発する。
機械装置などの重要部分を破壊するのに有効な特殊弾だったのだ。
「終わりだよメデゥーサボール!」
至近距離では外しようがなかった。
僅かに1メートルしか離れていないのだから。
ドム!
穴目掛けて発砲され、忽ちの内に・・・
ボムッ!
内部に火が点いてしまう。
「「おお?!おおおッ?!」」
内部が高熱で炙られ、数か所の機能が瞬く間に作動できなくなって・・・
グラ・・・ドシャッ!
天井に貼り付いていた触手が剥がれ、大目玉諸共に路面へと落下してしまった。
「わぁ!やりましたねルシフォルさん」
窮地を救ってくれたルシフォルとグランへと駆けだそうとした。
触手を伸ばしていた目玉の怪物が斃れ去ったと思ったから。
路面に墜落したメデゥーサボール。
完全に破壊出来たものとばかリ思い込んだとしても不思議ではなかった。
・・・のだが。
ズザザザーッ!
墜ちた目玉の陰から、触手が弾を撃った相手に襲い掛かる。
「うっ?!」
ルシフォルへと。
ズルルル~ッ!
反対側に居たグランへも。
「ギャンッ?!」
一瞬、自分の眼を疑ってしまった。
勝ったと思った矢先の出来事に、声をあげる事さえ出来なくなり。
ドサ・・・バタ!
ルシフォルとグランが弾き飛ばされるのを、唯、見守ってしまうだけだった。
「嘘・・・」
倒れたルシフォルが動かない。
「嘘ですよね・・・ルシフォルさん?」
力なく手が差し出され、愛しいと感じる人の名を呼んで。
「嫌あぁぁーッ?!」
奪われる恐怖に叫んでいた。
倒せた!・・・と、思いきや?!
やっぱりそこは中ボスだから?
一旦は倒されたかに思えたメデゥーサボールですけど、やはり腹に一物持ってましたか?
これで形勢逆転?
窮地に立つミハルは?
次回 Act10 蒼髪の乙女
大切な人を傷つけられた時、彼女の記憶が蘇るのです・・・