Act5 軍議は踊る
ガリアテの街で。
リィンとマックは、オーク家幹部であるジュノーの前に居た。
伺候した後で、これから何を成さねばならないかを命じるために・・・
オーク家の首領ロッゾアの血を受け継ぐ者として。
世界を統べるべき、鍵の御子を名乗り。
傅くジュノー等の前で、純白のドレスを纏うリィンが命じたのは。
「世界を破滅へと導こうとする奴の元へ。
我等が行く手を阻む者に鉄槌を下すのよ!」
機械達の巣窟、ニューヨークのオークタワーを目指し、阻む者を排除せよと。
「敵は機械だけに留まらない。
邪魔する者は悉く打ち破って進むの!」
人の形を採り、機械に味方する者。
人形・・・つまりは人形に身を堕とした者を意味していた。
「普通の機械より手強い奴等だけど、負ける訳にはいかないのよ」
戦闘人形の手強さを、誰よりも熟知しているリィン。
人間が束になっても敵わないけど、戦法一つで倒せるのも知っているから。
広間に集うジュノー達へ、闘い攻め上れと命じて。
「奴等を倒さなければ、半年後には何もかも失う事になるのよ」
勝利しか進む道はないのだからと付け加えるのだった。
宗主家の跡取りであるリィンからの命令を、ガリアテの主であるジュノーは黙して聴いていたが。
「あのタワーへ辿り着けるのか。
ニューヨークは機械達が支配したと聞き及んでいる。
生半可な心つもりでは完遂するなど論外だと思うのだが」
政府軍でも奪還が難しい程の勢力で君臨している機械の巣窟へ、如何にして辿り着くのか。
地方のマフィアにしか過ぎないジュノー達が、どんな方法で勝てると言うのか。
「リィンタルト嬢を奉じて闘うのは我等の望む処だが。
如何せん、武力も勢力も足らな過ぎる。
その足りない力で敵の本拠迄辿り着けるかが問題だ」
この地の主、ジュノーはリィンの求めに応じたいのは山々だが、彼我の戦力差を計って躊躇しているようだ。
リィンの傍らに居るマクドノーは、煮え切らないジュノーをサングラス越しに睨みつけ。
「いきなり攻め上るとは言ってはいない。
至急に敵を打ち破るだけの戦力を整えて、進撃すれば良いだろうが」
味方を集う方法を考えてはどうだと進言し、
「お嬢は残された時を、慮られておられるのだぞ」
人類を破滅させると嘯く敵が与えた時間には、限りがあるのだと知らせるのだ。
「その事は承知している。
そうだからと言って闇雲に攻めても、損害ばかりが出てしまわないのか?」
ジュノーの言うのにも一理ある。
味方を募ると云っても、オーク家の力だけでは如何ともしがたいのが分っても居たからだ。
「付近に居る一族や、息のかかった部族等を寄せ集めても。
烏合の衆とまでは言わないが、戦力とは言い難いのだぞ」
正規軍には程遠い武器、戦闘能力を鑑みて。
「どれだけ待ったとしても、機械を相手に戦え抜けるとは考え難い」
つまり、リィンの願いは果たせないと考え及んでいるのだ。
マクドノーが進撃を求めるのに対し、ジュノーは頑なに考えを翻そうとはしなかった。
軍議は平行線を辿り、双方の意見が対立するだけになってしまう。
このままではジュノーを説得でき兼ねると思われたのだが。
「ニューヨークのオークタワーに往く。
ロッゾアお爺様の遺言を果さねばならないのアタシは」
険悪な空気を引き裂いたのは、オーク家の嫡子リィンタルトの声。
「喩えアタシ独りででも、究極兵器を停めてみせるから」
凛とした声が、リィンの決意を示す。
「ジュノー達は、このガリアテで戦力を整えてから進軍すれば良い。
アタシは共に往く者とだけでも出発するわ」
場に居合わせる者を睥睨するかのように見廻し、
「異を唱えることはロッゾアお爺様に背くと思いなさい」
既に軍議は決したのだと言い除けた。
「俺はリィンタルトお嬢に付き従う。
我と思わん奴は嬢の志に傅くが良い」
即座にマクドノーが臣下の礼を捧げる。
居合わせた黒服達も傅いて令に服する。
「待て!リィンタルト嬢がそこまでの決意ならば。
如何に我等とて、無碍にできよう。
即刻、方々に使者を送り味方を掻き集めようではないか」
進撃を躊躇っていたジュノーも、リィンの決意を汲んで。
「取り敢えずは今暫く、準備が整うまでお待ちを」
リィンを擁して軍を起こすと誓ったのだった。
「武器弾薬、そして食料。
掻き集め次第に出発することにしましょう」
ジュノーは側近達に手配を命じる為に広間から辞去していく。
広間に残ったのはリィンに傅く黒服達と、
「やはりリィンお嬢は、生来の姫ですな」
微笑ましそうに擁護したリィンを称えるマクドノー。
「それって、褒めたの?」
両手の上に顎を添えるリィンが、
「アタシに居れ知恵したのはマックじゃないの」
ロッゾアを喩えに出して話せと教えたのはあなただったでしょ・・・と、苦笑いを浮かべていた。
「いやいや、リィンお嬢のお言葉には重みがありますからな」
「それを言うのなら、演技力は役者並みってことね」
すっとぼけるマックに、リィンも応じて。
「でも良かったわ、拒否されずに済んで」
ジュノーの出方次第では、マクドノー等黒服達を従えただけで行かなければならないと思っていた。
それが良い方向に話が進んだのも、マクドノーが教えてくれたからだと。
「ありがとうマック。
あなたが傍に居てくれて良かったわ」
参謀でもあり、身を警護する騎士様なマクドノーへと感謝を述べて。
「後はどれ位で出発出来るかだけね」
ジュノーの準備が整うまで、どれ位を要するのかと慮っていた。
「まぁ、2、3日は懸かるかと。
それまでの間に、我々も準備しておかねばなりますまい」
「そうね・・・」
急いでいるのは残された時間だけの話では無かった。
「なるべく早く。
出来れば機械達が襲撃して来る前に・・・出発しないと」
自分達がガリアテに居るのを、既に察知されたかもしれない。
もしも出発前に襲われれば、計画が頓挫しかねないと危ぶんでいた。
「俺もそれが気懸りです。
要塞都市とは云えど、機械達の前では無意味にも思えますからね」
もしも機械の軍勢が押し寄せて来たら、ガリアテは凄惨な戦闘を余儀なくされると踏んでいるのだ。
戦闘に慣れないマフィア程度に、本格的な防衛戦など無謀極まりないとも言えるから。
「出来れば、機械軍団なんかに来て欲しくないわ」
機械兵が群れて襲い掛かって来れば、手の施しようもないとリィンも憂うのだが。
「下手に防衛する位なら、街から撤退した方が良いかとも思えるから」
これから攻め上るのに、兵力を奪われたくはなかった。
それならいっその事逃げるのも一手かな・・・と。
「いや、簡単に逃げたりすれば、仲間を集うどころの話じゃなくなりますぜ。
折角旗揚げするお嬢の評判を落とす事にも繋がりますんでね」
逃げるのは最期の手として措き、襲い掛かった敵を追い返す方策を練らねばと諭して来るマックに。
「もしも機械達が攻撃して来たら。
相手が相手だけに・・・」
リィンは追い返せるだけの力があるのかが分からず。
「街の中へ招き入れるのだけは避けたいわ」
要塞化された街と言えども、一旦入城されてしまえば持ち堪えるのは不可能だと思うのだった。
「できれば・・・街の外で闘う方が賢明よね」
「接近される前に、郊外で迎撃出来れば・・・可能かと」
二人が来襲されると踏んで、意見を交わし合っていた。
迫る脅威に備え、どうすれば防衛できるのかと悩んでいるのだが。
「考えるより先に、やらなければいけないのではないのか?」
不意に広間の入り口から男の声が投げられて来た。
「こんな所でグダグダ話しているよりかは賢明だと思うのだがな」
入り口のドアに背を預けた男。
金髪で蒼い瞳の男が二人を眺めている。
「戦闘は現場でしか分からない事もある。
常に臨機応変で対処しなければ、相応の結果が訪れるんだぜ」
見慣れない軍服らしきユニフォームを纏い、額から零れる髪で片目を隠し。
「救出の時だってそうだったろう・・・マクドノー?」
スキンヘッドなマクドノーの傍らに居るリィンを見てもいた。
「な?そうではないのかい鍵の御子・・・リィンタルトさんよ?」
髪に隠されていた左の瞳でリィンを射て。
「お初にお目にかかる。
俺は魔女殺しのオーリア。
オーリア・パスクッチ・・・ストライカーズの隊長だ」
蒼い瞳がリィンを見定める。
左の蒼き瞳に映るリィンが、何者なのかを探っている。
「君が・・・リィンタルトという御子なのだろう?」
魔女を狩るべき者の左目は、人工網膜を蠢かしていた・・・
ジュノーを説得できたのは、マックの知恵に因るものだった。
こうしてニューヨークまで攻め上る事にもなるのだが、問題は戦力が足りない事。
機械兵達と互角に渡り合うには、まだまだ力が足りないと思われた。
そんな折、声をかけてきたのは<魔女殺し>の隊長、パスクッチだった・・・
次回 Act 6 魔女殺しと鍵の御子
君が望むのは<希望>か、それとも<野望>なのか?