Act3 リィンのガーディアン
黒い感情がリィンを染めた。
堕ちかける心が闇に支配されそうになる。
たった一つの宝物を奪われ、取り戻そうと足掻く。
もしこのままなら、きっと憎い相手の思う壺に嵌められてしまうだろう・・・
不思議な感覚に眼を覚まされた。
どこか懐かしいようで、何故だか見知らぬ気がして。
それに・・・とっても危険な匂いがしているみたいで。
フッと体を起こして辺りを観て見る。
「あ・・・良かった」
ルシフォルさんは横になったままだ。
寒さ除けの薪が、まだ微かに燃えてもいるから。
そして番犬となっているグランも、直ぐ傍で私の顔を観ている・・・って?
「がぅ?」
「わッ?!」
観てくれているのは良いけど・・・近いよ、グラン?!
起きた処の私の顔から5センチも離れていないから。
「がぅ~」
驚かせたと思ったのか、直ぐに顔を引っ込めるんだけど。
「がぅ・・・がうぅ」
何か言いたいのかしきりと私に吠えて来る。
「なに?ねぇ何が言いたいの?」
きっとこの子は、私へと教えたい事があるんだろう。
さっきの感覚と謂い、なんだか心配になって来た。
そんな私にグランが・・・
「ががうッ?!」
一瞬何が起きたのか分からなかった・・・けど。
「ひゃんッ?」
グランが私を押し倒しただけ・・・だけ?
ヒュン!
と、傍らを何かが過り去った音が?!
「グラン?」
押し倒して来たグランを見上げて、やっと理解出来た。
「助けてくれたのね?」
過ぎ去った物が少し離れた地面に突き立っていた。
月の光を受けて、妖しく光っているのはナイフ?!
「誰?!誰なの?」
いきなり投げられた刃物を観た瞬間、さっき感じた危険を孕んだ匂いを思い出した。
「がぅううぅ~ッ!」
私を狙って来たナイフ。
それを投げてきた相手を見つけたのか、グランが唸り声をあげる。
「誰なんですか!どうしてナイフなんかを?!」
私達にどんな恨みがあると言うのでしょう。
もしも突き刺さっていたら、死んでしまうかもしれないというのに。
それよりも、どうして私達が此処に居るのを知ったのでしょうか。
機械達に見つからないようにと、灯りが漏れない谷間で休んでいたのに。
「どうして?」
私は姿を見せない相手に問いかける。
いつの間にか野営している谷合に、忍び寄って来たのは誰なのだと。
「がぅううぅ~ッ!」
グランが吠える先に、ゆらりと黒い者が現れ出た。
人の形を採って・・・
・・・人類消滅まで、残り167日・・・
ジュノーのビルで・・・
「良いわマック、着替えたから」
外で待っているボディーガードへと入るように言ってから。
「誂えたみたいにちょうど良いわ」
着替えた姿を鏡に映して。
ジュノーが用意してくれた純白のドレス・・・には袖を通さずに。
黒い下着が映っても目立たない濃紺のナイトドレスを着たアタシへ。
「ほぅ?姿だけでも貴婦人になられましたか?」
「失礼ねマック。アタシはもう不尽よ」
マックとしては純白のドレスが好みかも知れないけど、指輪の事実を知ったアタシは黒が似合いになったのよ。
「婦人・・・ですか、リィンお嬢?」
フジンの意味が違うけど、まぁそう言う事にしておきましょう。
「いやしかし、お嬢も艶めかしい服を選ばれましたな」
そう?そんなに気になるかな?
肩を出してロングの手袋を填め、半透明のスカートを穿き、ヒールを履いてるだけじゃない?
「あ、そうか。
ジュノーさんに痣を見せる為に胸元を広めに取ってあるからか」
バストを強調した訳じゃないけど、ロッゾアお爺ちゃんの紋章を見せたくて。
ストールで隠しておいても良いんだけど、部下の人達へも知らせておきたいから。
「アタシが特別な存在なんだって・・・ね」
もう敵にも正体が知られてしまったのだから、隠しておく必要も無いから。
それにオーク家の幹部ならば、お爺ちゃんの遺言に背く筈が無いと思うから。
「お嬢は元々特別ですよ、俺にとってはね」
「あら。嬉しい事を言ってくれるじゃないマック」
今迄とは少し背伸びをした言葉を選んで喋るように心掛けた。
だって知らない相手に見くびられたくは無いもの。
「リィンお嬢・・・すこし無理をし過ぎじゃないですか?」
でも、あっさりマックには知られちゃうんだけど・・・
「ごほん!ジュノー親分に唯のお嬢だなんて思われたくないもん」
・・・あ。やっぱり無理かも・・・てへ( ´艸`)
ジト目で観て来るマックが一言。
「・・・リィンお嬢はいつもの通りで居てください」
「うう~、やっぱり?」
折角大人じみた姿に化けたのに・・・ねぇ?
でも、紋章を見せるのは辞めないよ。
「マックに訊きたいんだけど、この紋章って目立つかしら?」
胸を突き出して印象を訊ねてみた。
ナイトドレスの谷間に見え隠れしているオーク家の紋章だけど?
「う・・・良いかと。い、いや、目立ちますとも」
「ホント~?ぜんぜんこっちを向いてないじゃない?」
真っ赤になってそっぽを向いているマックに観えているのかなぁ?
「ほら!ちゃんと色や形が分かるのか、観てよ!」
だから、マックの隙をついて左手で曳き・・・
「ほぉ~らぁ!」
ぐいっと胸の谷間にマックの顔を引き寄せてみた・・・ら?
「・・・観えませんって、お嬢」
冷めた声が返って来ちゃった。
「近すぎて・・・観えません」
あ・・・そう言う事ね。
だったら少し離れれば良いだけでしょうに。
不意打ちを喰らわせたのは、確かにアタシが悪いけど・・・
「遺憾、遺憾ですぞ!リィンお嬢ぉッ!」
「ひゃぁ?」
がばっとアタシの肩を掴んで、マックが吠えるけど?
「俺の貞操が危機を覚えますんで!」
「はぁッ?!」
まさかの逆貞操の危機?そんなに危なかった訳?!
・・・って。マックって・・・もしかして?
「此の歳まで頑なに守り通して参りましたのに!
このような危険な振る舞いをされましては・・・・」
「あ・・・そう」
キョトンと目を丸くしてしまう・・・けど。
なぜだか物凄っごく納得感が。
車の中で真っ赤になっていたのを思い出し、今も鼻を押さえて悶絶する姿に。
「マックって・・・童貞さんだったの?」
毒気を抜かれて、アタシは含み笑いをしちゃう。
「てっきり、一人や二人は喜ばして来たのだとばかリ」
厳ついガタイにナイーブな心を持つ男だったら、女の人の一人や二人は堕ちただろうと思うけど。
「いけませんッ!リィンお嬢」
声を荒げて叱られちゃった。
「それ以上仰れては・・・男の立つ瀬がございません!」
「ひゃッ?!ごめんなさい」
アタシの肩に乗ってるマックの手が震えてる・・・怒らせちゃった?
「俺はミカエル様とも約束したのです。
如何なることがあっても傅くのだと・・・誓った身ですからッ!」
「ニャ~ッ?!ごめんよぉ~」
怒ってなんていないのだと、直ぐに分る。
だってクスクスと肩を揺らして笑っているんだもん。
だから普段のアタシに戻って謝っておいたわ。
「ク・・・あはははは!」
「プ・・・ひゃはは」
アタシの肩を持ったままでマックが噴き出す。
肩を揺すられたアタシは、自分を取り戻したように笑えた。
「それで良いんですよリィンお嬢。
笑えたのなら、もう大丈夫です。
お嬢には黒い衣装なんて似つかわしくありませんぜ。
今迄の通り、清い衣装を召されるのがお似合いですから」
びっくりした、マックの顔を見上げて。
「招き入れられた瞬間に分かりました。
お嬢は誰かを憎んだのだと。
何者かによって穢れた物を仕込まれそうになっているのだと。
だから・・・少々お道化て見たんですぜ?」
「あ・・・」
この男は、アタシにかけられた呪いを打ち破ろうと?
「もしもお嬢が何者かの呪いを受けているのなら。
このマックが代わりに呪われてでも、お救いしなければなりませんのでね」
「あ・・・あ?!」
何もかも見抜いていたというの・・・マックは?!
「俺が思うに・・・右手に何かを秘められましたね。
先程から一度足りと右手を差し出されない、如何ですか?」
「そこまで・・・見破っていたのね、マック」
もう、マックには隠し事はしないでおこう。
こんなにも真摯な目で心配してくれるのに、どうして嘘を言えるのよ。
「これ・・・アタシの宝物だった・・・偽物なの」
右手に填めたロンググローブを外して見せる。
蒼い指輪を・・・蒼いだけの指輪になってしまった偽物を。
「奪われちまった・・・と、言う事ですね」
「うん、間違いなくあの人形に・・・」
肩を落としてアタシが真実を告げると。
「取り戻さねばなりませんな、リィンお嬢?」
「そうしたいけど・・・危険よね?」
呪われた状態だったら訳も無く奪い返すと喚いたかもしれない。
だけどナイトに呪いを消された今は。
「奪い返すだけの自信が無いの・・・」
相手はあの死神人形だから。
しょんぼりと答えてみたら、
ポン
頭の上にマックが手を置いて・・・
クシャクシャクシャ・・・って、髪を撫でられた。
「え?」
背の高いマックが屈んでアタシを観てる。
「お嬢は闘う勇気がありますか?」
「ほぇ?」
間の抜けた返事を返したとは思う。
「取り戻す為ならば、闘えると思われますか?」
「え・・・うん」
少しだけ・・・自信が湧いてくるのは何故?
「だったら、俺が傍に居ますから。
いつも傍でお守りしますから、絶対に奴から奪い返してやるんですよ」
「マックが・・・居てくれる?」
窮地から救い出してくれた男が?
「ええ、死んでも御守りいたしますぜ、お嬢を!」
「マックが!アタシのガーディアンに?」
この先もずっと護ってくれるって!
「約束しますぜ、俺だけのお嬢に」
「うん!うん!マックと一緒なら奪い返せるわよね」
純情で効かん気で、朴訥でそれでいて情熱派で。
頼りになって、愛おしくて・・・・
・・・まるでエイジみたい・・・
年嵩のボディーガードなマックは、この時からアタシだけのガーディアンになった。
オーク家にも属さず、鍵の御子であるリィンタルトだけの騎士様になった。
ああ・・・アタシにマックを贈ってくれたんだね、ロッゾアお爺ちゃんが。
いいえ、ミカエルお母様かしら。
「ありがとうマック。全てを終えたら・・・あげても良いよ」
心から想ったもの。
マックにナイトの称号を与えても良いんだと。
でも、マックには別の意味に聞こえたみたい。
「おっほん!嘆かわしいですぞお嬢。
いけませんって言いましたでしょうが!」
・・・ははは。やっぱり、童貞はホントみたいだわW
でも、好きよマックの事が。
アタシはもう一度着替え直して場に臨んだ。
純白のドレスに身を包み、ジュノーさん達に伺候したの。
それはアタシの望みを告げる場でもあり、機械達への報復を誓う場でもあった。
そう!
アタシに力を貸してタナトスの野望を砕けと命じたの・・・
アタシも闘うからと。
アタシが往かなければならないから・・・って。
厳つい男は以外にナィーブ。
母の面影を映すリィンに傅くマック。
でも、今はリィンこそが姫なのだと。
彼こそが、姫に傅く騎士となったのだから・・・
一方、谷合で野宿していたミハルに襲い掛かる危機。
彼女に向けられた凶刃が鈍く光る時・・・
次回 Act4 燈る想い
薪の灯がほのかに照らし出すのは・・・二人の想い