Act2 穢された瞳
落ち延びられたリィン。
やっとのことで落ち着けたかに見えたのだが。
我に還った時、気がついたのは・・・
フロリダの街から僅かに30キロ程離れられただけだというのに。
もう辺りは一面、真っ暗闇になった。
つまりは夜になっただけなんだけど。
「灯りが一つも観えないですね」
街灯も家の灯りさえも。
機械達に因って電気を停められているのだろうか?
それとも襲撃を懼れて点けないだけなのだろうか?
「この辺りは放射線が残っているようだからね」
ルシフォルさんのガイガーカウンターが教えていた。
まだ危険な状態なのだと・・・人間にとっては。
こんな街から離れた所にも、放射能の汚染が降り注いだのだって。
「逃げ出したんじゃないかな、多くの人は」
灯りが漏れない理由の一つとして考えられるのだけど。
「でも、逃げ遅れたら・・・死が訪れるんだ」
防護服を着ていなければ、生きてはいられない筈だとルシフォルさんは言う。
シェルターに逃げ込んでいたにしろ、遅かれ早かれ死に絶えるのだと。
「それが核兵器を捨てられなかった人間への報いなんだろうね」
「そうでしょうけど・・・」
悪魔の兵器を捨てなかった報いが、なぜ関わりの無い人へ齎されるのか。
「神様は人への罰を人災として堕とされたのかもしれないね」
人災の一言で、こんな理不尽な世界に貶められたと片付けられる訳がない。
星の灯りでさえ見え辛くなった。
吹き上げられた塵や灰で、空が汚されたから。
まるで21世紀初頭の途上国で、スモッグに覆われたのような空を見上げて。
「神様は悪い人だけを罰するべきでした」
悪い人・・・ミハルが言ったのは核兵器を捨てなかった権勢者を指す。
「せめて関りが無い子だけでも・・・救うべきではありませんか?」
悪くない人は、すべからく神の子なのだからとも。
「神様も全能ではないと言った処かもね」
喩えに神を使ったルシフォルだったが、ミハルへの答えには否定的だった。
「尤も、この世に神が居たのならだけど・・・ね」
夜の闇に支配された風景を眺めて、二人は人の業を思い知らされていた。
悪魔の兵器により多くの罪もない人の命が絶たれてしまったのは、神が罰を与えようとしたからではなくて、悪魔に魂を売った者が為したのだと。
その悪魔に身を堕とした者とは?
「きっと・・・世界を変えようと試みたんだろう。タナトス兄は」
ルシフォルの兄タナトス。
「まだ間に合うのなら・・・助けてあげたいですねルシフォルさん」
悪魔から取り戻せるのなら、ルシフォルと共に助け出そうと願う。
「早く辿り着きたいですよねルシフォルさん」
潰えかけていた命を救ってくれた人と共にあらんと願い、辿り着いた先で身体を失う事になっても良いのだと思い。
「ああ、そうだねミハルさん」
二人は手を携えて歩んでいくのだった。
オーク家配下の街、ガリアテ。
この街は未だに機械達の手から逃れられていた。
辺境だという事もあるが、なにより防御が並外れていた事もある。
街の到る部分に要塞かと見間違えそうな武器が置かれ、あちらこちらにトーチカ状の観測点が設えてあった。
尤も、それは敵対する人間に対する備えだったのだが。
汚れを落とす為だけに浴びている訳じゃない。
頭の先からつま先までもが、醜い奴に穢されていないかを調べたかったから。
身体に何も纏わず、鏡に映し出される自分を観ていた。
「どこも・・・大丈夫みたい・・・」
そっと身体を撫でて確認したけど、懼れていた仕打ちの後は見当たらなかった。
「良かった・・・まだアタシはエイジに逢えるんだ」
もしも貞操を奪われでもしていたのなら、二度と逢う事は出来なくなっただろう。
月からエイジが戻ったのなら、捧げようと秘めていたのだから。
ほっとして想い人から贈られた宝物を手に取った。
「エイジ・・・逢いたいよ」
叶わぬと知りながら、声に出してしまう。
「ねぇ・・・エイジ・・・え?」
と、指輪を見詰める目が見開く。
「え?!え?」
エイジと口ずさめば翠の光を溢す筈だった。
それを気が付いたのは捕えられていた車両の中でのこと。
朦朧とする意識の中で、助けを求めて名を呼んだ。
すると指輪が蒼く光り自分に答えてくれたのだ。
あの日、エイジが言った通りに。
この指輪がアタシを護ってくれるのだと・・・蒼い輝きを放って。
それなのに・・・・
「なぜ?!いつの間に?」
どうしてなのか、いつの間に挿げ替えられてしまったのか。
「光らないッ!エイジの声が聴こえないよ!」
偽物だと分かっても、アタシは縋るように叫んでしまう。
「アタシの大切な宝物を・・・奪われてしまった?!」
彼が戻るまで肌身離さず着けておこうと決めていたのに。
今も、シャワーを浴びている間でも着けていたというのに。
「こんなもので誤魔化されていただなんて!」
抜き取って壊してやろうと・・・思ったけど。
「なぜよ・・・どうしてこんな目に遭わせるのよ」
死神人形と化した旧友フューリーを想う。
あの憎むべき人形ではなく、人だった頃の面影に。
「こうまでしてアタシを?アタシから全てを奪い去りたいの?」
穢そうとしてきた死神人形へと面影が掠れ、その手が胸元へと伸びて来て。
「嫌よぉ!思い出を穢す奴の手に奪われちゃうなんて」
いつの日にか、穢され尽してしまうのではないかと怯えてしまう。
「返してよ・・・アタシだけの宝物なんだからぁ」
エイジとの想い出も、レィとの絆も・・・全て奪われた。
「取り返せるのなら・・・ううん違う。
奪い返してやるんだから!悪魔の手先から」
偽物の指輪を填めたまま、アタシは決めた。
この時に。
「闘ってやるんだから!
あの憎い人形からは、絶対に逃げたりはしないんだから!」
闘志なんかではない、奪われた者だけが秘められる感情。
恨みや呪いなんかでもない、たった一つの願い。
取り戻す事だけに執着し、奪い返す為だけに闘うと決めた。
「タナトスを封じても辞めないから。
お前から奪い返す迄、アタシは闘い続けてやるんだから!」
復讐者と成り果てたフューリーに対しての憎悪。
奪われた者だけが宿せる報復の炎。
その火が心の中に揺らめいているのなら、消えないのならば。
「必ず奪い返してやるんだ!
取り戻せなかったらエイジには逢えないんだから!」
その時アタシは奪い返す事だけしか頭に無かった。
もし死神人形が指輪を捨てていたのなら・・・なんて考えもしなかったから。
「赦さない!
アタシへの希望を奪った奴を。
だからアタシは命を賭けて奪い返す」
アタシを闘いへと駆り立てたのは・・・奪い返すという報復。
意味は違えども、死神人形に堕ちたフューリーと何ら変わらなかった。
そう・・・アタシの瞳に宿った炎は・・・穢されてしまった。
穢された心。
奪い返す事への執着が、リィンの心を闇へと変えた。
それは死神人形へと堕ちたフューリーにも似て。
このままでは復讐に身を焦がすだけに堕ちてしまう。
人類の希望が暗黒面へと貶められる?
それを防ぐには・・・
次回 Act3 リィンのガーディアン
護る者はすぐ傍に居た?!姫を護りし騎士は暖かな目で闇を祓う!