Act1 別つ旅路
二人は各々の道を歩み出す。
二つの運命が動き始める。
しかし、人類に残された時間は僅かしかない・・・
二人の運命が動き始めた。
別たれた二人の旅路が始りを迎えたのだ。
人の世を悪魔から守らんとする者・・・
自らの存在理由を知らんとする者・・・
二つの運命は互いを求め、二つの宿命は想いを異にして。
やがて惹かれ合う様に交わるのか?
その時、地上に人の姿は残されているのだろうか?
・・・人類消滅まで、残り168日・・・
核の脅威が地上を席巻してから2週間が経とうとしていた。
荒廃した街の中で、二人と一匹が佇んでいた。
元々が機械の兵を造っていた工場の跡地・・・いいや違う。
ここは彼女が死にかけていた墓所とも言える因縁の場所。
機械の身体が潰え、魂まで奪われる処だった瓦礫と化した工場だ。
壁の僻地に焦げた跡が残る。
炭化した跡・・・そこに残っていたのは。
「ここで・・・私が?」
マントに身を包んだ娘が訊く。
「グランと倒れていたのですね?」
傍らに居る防護服の男へと。
「シュコー・・・シュコー・・・そうだよ。
二人共ここで・・・黒焦げだったんだ。身動きもしないで」」
マスクから漏れる息遣いが、悲し気な娘へ真実を告げる。
ずっと娘から離れない機械の犬を見下ろして。
「がぅう・・・」
グランにも教えるように、小さく頷くと。
「もし、グランの口の中で光りが零れなかったら。
ボクだって助けてあげれなかっただろうね」
見つけた輝によって死んではいないと分かったのだと。
「この子が・・・私を守ってくれていたのですね?」
「シュコー・・・断ち消える寸前の命を炎に捲かれなくするようにね」
微かな記憶に残された惨劇の果て。
喰い破られて千切り取られた心臓部には、自分の命があったのだと言う。
グランは自分が壊れてでも守ろうとしてくれていたのだと教えられた。
「燃え盛る炎に巻かれてでも、ミハルさんを護りたかったんだろうね」
「そうだったのねグラン。
そうまでしても私を・・・ありがとうグラン」
マントを翻して機械の犬へと感謝を告げて、
「教えて頂いてありがとうございます、ルシフォルさん」
自分が機械の身体だったと教える防護服姿のルシフォルへ振り向く。
「これではっきりしました。
私は人間ではなかったのだと、ロボットだったんだって」
被っていたフードを外して、微笑で応えるのだった。
新たな身体を与えてくれた恩人へと。
「見掛けはね。
でも、本当に機械だったのかは、今以ってはっきりとはしないよ。
君の記憶には人間としか思えないモノが多過ぎるから・・・」
防護服のマスクのレンズ越しに、ルシフォルの紅い瞳がミハルを見詰めて。
「ミハルさんはロボットの身体を手に入れた人である可能性もあるんだよ。
何かの理由で機械に封じられたとも考えられるから・・・」
自分の想い人の姿を模った、新造人間に宿る娘の運命を探るように。
「その答えは。
きっとあの娘が握っているんだろうね」
グランの記憶に残されていた少女を指すのだ。
「はい・・・逢いたいです」
自分がどうしてこの場で倒れてしまう事になったのか。
なぜ、ロボットだったのかも。
「会えば・・・分かる筈ですから」
蒼銀髪の髪を風に煽らせて。
<ミハル>と名付けられた娘が遠くの空を見上げた。
ミハルとルシフォル、それにグランがフロリダの地に留まっていた頃。
パスクの街から落ち延びて来たリィン達一行は。
「マクドノーの兄貴、もう直ぐガリアテに着きますぜ」
運転手の声で目を覚まされる。
恐怖から逃れられた安心感からか、マクドノーへの信頼からなのかは分からなかったが、いつの間にかうとうとと眠ってしまったらしい。
「魔女殺しの奴等は補給の為に離れると言っているようですが?」
黒服の運転手さんがマクドノーに伺いをたてている。
「仕方あるまい。お嬢には後でその旨を伝えるとしよう」
アタシがまだ寝ていると思ったらしい。
「補給が済み次第、ガリアテまで来るように伝えておけよ」
「合点承知の助ですぜ」
助け出してくれたお礼を伝えるのは後になるみたい。
「あの方達は何処で補給を?」
聞いていたから訊いてみた。
「お嬢・・・起きておられたのですか?」
Yシャツ姿のマクドノーが見下ろして来る。
いつもの上着を脱いでいるのは、アタシに被せてくれていたから。
「うん、少し前に・・・ね」
後部座席で微睡んでいたアタシへ、上着を被せてくれていたのだと分かり。
「ありがと、マクドノー」
起きたから返そうと手を出したら。
「あ・・・お返し頂くのは。
あ、あの。上着のファスナーを挙げて頂いた後で・・・」
言い難そうに顔を赤らめたマクドノー・・・?
・・・ん?・・・んん?ファスナーって?
「あッ?!」
気が付いた・・・今更だけど。
破られたシャツから胸もお腹も丸見えだったのを。
「ご、ごめんねマクドノー!」
「い、いやいや。何も謝られなくとも・・・ですな」
真っ赤になって顔をアタシから逸らす厳つい男が、なんだかとても純情に思えて来る。
パーカーは無事だったから急いでファスナーを引き上げてから、マクドノーの上着を返したけど。
「お召し替えをご用意しておりませんでしたので。
俺の服でしか隠せませんでしたので・・・失礼だとは思いましたが」
顔を反らしたままで受け取るマクドノーの言葉に、アタシへの労わりを感じ取れる。
服を被せなくったって、パーカーのファスナーを挙げれば済むのに。
このマクドノーと言う男は、アタシに触れる事さえ遠慮したのだと分かった。
まぁ、こんなに顔を赤くしているのも頷けるよね。
「アタシに触れるのを懼れたと言うのなら。
それはそれで失礼な話だよマクドノー?」
「は?」
小首を傾げて訊き返されちゃった。
うん、全然分かっちゃいないみたいだね。
「助けてくれた時は、しっかり抱き締めてたじゃないの。
脇も腰も・・・それに口だって押えていたのではなくて?」
「あ、ああ、あれは!そうするより仕方がありませんでしたので」
あはは・・・困らせちゃったかな?
でも、あの時。アタシに教えてくれたんだよマクドノーが。
「善いよマックになら。
触れられたって怒らないから。
だって助けてくれた恩人なんですもの・・・ね」
あの時感じたのよマクドノー。
人の絆ってモノは、あんなにも優しいんだって。
だからアタシは、あなたを頼りにしてるんだよ。
「マ・・・マックってお呼びになられるのですか?」
あれ?そっちに気が回っちゃったのか。
「嫌なの?」
嫌で聞き返して来たのではないことぐらい分かってたけど、
「アタシをリィンと呼んで構わないから」
これからも宜しくって意味も込めて、愛称で呼んだんだけど。
「いえ。そう呼んで下されるのは二人目なので」
またもや赤い顔になったマクドノー・・・もとい、マックが。
「お嬢の母君も。俺をマックと呼んでくださいましたから」
「そうか、やっぱり・・・あの時の声はお母様だったんだ」
助け出してくれたマックへ向けて放たれた謝意。
あの一瞬だけ、誰かの言葉が口から出たんだと思えた。
自分じゃない温かい言葉がマックへ向けて放たれたと思っていた。
救出してくれたマクドノーを、その時だけマックと呼んでいたから。
「俺にもそう感じられましたよお嬢。
ミカエル様の想いが届けられたのだと・・・」
「ミカエルお母様の想い?」
確か、あの時って・・・
~ あなたは約束を守ったのよ・・・マック ~
こう言ったよね、アタシ?
「約束・・・って?」
訊いてみても良いかなって。
今ならきっと答えてくれると思うから。
「それは、ミカエル様と交わしたからですよ、お嬢」
「お母様と?どんな?」
二人の間に何があったかなんて深入りはしない。
だけど、約束を守るとはどんな意味があったかを知りたいから。
「お守りするのが俺に課せられた務めだったんです。
どんな犠牲を払ってでも、お守りしなければならなかった。
一度は果たせず、今度だけは死んでも護らねばならなかったんですよ」
眼差しを細めてアタシを見下ろして来るマック。
「お嬢がミカエル様の娘だと知ったからには。
再び不幸な目に遭わせてしまわないように、お守りしなければならないのです」
真摯な瞳で。
何よりも尊い誓いを宿した眼差しで。
「それが約束なのですよ、リィンお嬢」
少しだけお道化られて。でも優しい口調でリィンと呼んでくれた。
「教えてくれてありがとう、マック」
それにマックが地上に居る誰よりも頼もしく思えて。
年嵩のボディーガードだ何て、思えなくなってきて。
「大好きだよ・・・マック」
とんっと、頭を大柄な男の胸へと触れさせてみた。
「いやあの・・・困りますなリィン・・・お嬢には」
純情なるオジサンは、アタシに顔を紅くするだけだったけど。
5両の車列がガリアテの街に入った。
ここはマフィアであるオーク家の支配地でもあった。
街中が一家に組みし、敵対する者から防衛する為の仕掛けが至る所に施されている。
まるで街を要塞と化したみたいに。
リィンを載せたRV車が、街で一番のビルに横付ける。
5階建ての堅牢なビルには、オーク家の紋章が掲げられていた。
停車した車の前に居るのは、どうやら街を支配している幹部らしい。
やや神経質そうな顔をしている年嵩の男の周りには、部下らしい男達が数人居たのだが。
運転手さんが初めに降り立ち、後部ドアを開くと。
「リィンお嬢は暫くお待ちを」
マックがアタシを制して来る。
「え?あ、うん」
訳が分からずに車内に留まる事にしたのだけど。
反対側のドアを開いてマックが降り立ち、幹部らしい人の前に行くと。
「ジュノーの叔父貴、ロッゾア前ボスの孫娘をお連れしました」
恭しく頭を下げてアタシが居るのを知らせる。
「おう。前もって連絡されていたからな。
確かあの会議でもお会いしていた、リィンタルト嬢だったか」
眉間に小皺を寄せていた人が、マックに頷いて。
「あの会議では話す機会もなかったが、
さすがはロッゾアの孫だけはあると感心したもんじゃわい」
開け放たれたドアを覗きこむようにしてアタシを観ようとしていた。
「ジュノーの叔父貴。
急遽お連れしたので着替えを所望したいのですが」
それを邪魔するかのようにマックが口を挟んでいる。
その時やっと先に降りるなと言われた訳が分かった。
破れた衣服をアタシが着ていたから・・・相手にもアタシにも失礼だと思ったのだろうと。
「そうか、それは大変だったな。
フロリダの工場で被災でもしたか?」
「まぁ、そんなところです」
苦笑いを見せるマック。
言われたことに少々腹を立てたみたいだけど。
「リィン・・・タルトお嬢のお召し替えを」
先ず初めに着替えを所望したいと繰り返して。
「その後で叔父貴達に、御目通りを・・・と」
車から降りて来ないのは、衣服の乱れからだと教えたの。
つまりジロジロと観るなと含んだみたい。
「宜しい、了承したわい。
我がオーク家の嫡子に、不快な思いはさせたくないからのぅ」
世界中が核の炎に巻かれた後だと知っているからか、それともフロリダで何かが起きたと感じたからか。マックからジュノーと呼ばれたガリアテの親分さんは部下の人達にも場から立ち退かせて。
「ゆっくりと着替え為されると良い。
長旅じゃったろうから、身体を清められたら如何かな?」
気を効かせてもくれた。
「ありがとうございます、叔父貴」
アタシよりもマックが謝意を返してくれる。
そして5両の仲間達へも目配せして、伺候は後にすると言うのだ。
「いやいや、お前達は嬢様を連れて来てくれたのだ。
こちらが礼を言うべきだろうて。
なにせこのガリアテが、オーク家の本拠になったのじゃからなぁ」
あ。
そうか・・・このジュノーさんはアタシが来たことで側近中の側近に成れると踏んだみたいね。
まだ人間の世界が続けばの話だけど。
大袈裟に笑ったジュノーさんがビルの中へと入って行き、
「リィンお嬢、もう出て来られても宜しいですよ」
ジュノー達に恥ずかしい姿を晒さなくても良いのだと教えてくれる。
やっぱり、マックはアタシを庇ってくれていたんだ。
所々が破れたパーカーを着たアタシの姿を晒さないように、敢えて車から降りないように言ってくれたのだと。
「うん、ありがとうマック」
やっと地面に足を降ろせた。
約1週間ぶりに地面へと、自分の足で立つ事が出来た。
少しふらつくのは躰の所為?
少し感情が高ぶるのは不幸から逃れられた嬉しさから?
「お嬢、こちらへ」
アタシがふらふらしていたから。
「俺がお連れしますよ」
ひょいッと掴み上げられた、前の様に横抱えでは無くて。
「ひゃぁ?!」
ちょっとだけ・・・ほんの少しだけ心が揺らいじゃったかな。
マックはふらついて歩けないアタシを見越し、抱きかかえてくれたんだ。
「すみませんけど、少しの御辛抱ですから」
辛抱?これのどこが辛抱しなければいけないと言うのよ?
アタシをお姫様の様に抱きかかえておいて。
「ふんッ!辛抱させる気なら、もっとゆっくり歩きなさいよね」
でも、いつもの癖で・・・アタシって奴は。
「そうですか・・・それじゃぁ、ゆっくり歩きましょうかね」
本当は嫌な気なんて欠片も無かったけど、ついつい天邪鬼が顔を擡げる。
でも、サングラス越しにマックが笑ってくれている。
「もぅ・・・しょうがないわねぇ」
だから。
アタシもとびっきりの笑顔で・・・剥れてあげた。
始まる旅。
それはミハルにとって人に寄り添う旅路でもあった。
本当の自分は何者なのか?
ロボットだった?でも、記憶の中には人の可能性も?
真実はあの子に会えば・・・・
一方救出されたリィンは、オーク家の幹部ジュノーの元へ。
一旦は此処に落ち着く予定なのだが・・・
次回 Act2 穢された瞳
リィンは気付く。奪われたのは自分の方だったのだと・・・