Act7 優しい眼差し
今より語られるのは、まだ平和だった2年前の世界。
21世紀末の、とある近代化された都市で起きる事件の発端・・・
それでは語りましょうか。
第1部 零の慟哭 少女人形編 第1章 不穏な足音
ここからが本当のスタートです?!
21世紀初頭から始まったオートマタ革命の波は、時代の求めに応じて進化を続けた。
人類は機械を駆使する事に因り、多くの利益を享受し続ける。
だが、その一方で富める国と貧しき国との格差が開き、何度かの紛争が勃発してしまう。
各国は自国の利益の為と称し、紛争解決を放置してしまった。
国際連盟も国際裁判所でも、両陣営が対立するだけで何も出来なかった。
紛争当事国は国民を巻き込んだ戦争に発展させ、やがてそれは難民を造り出すだけになった。
兵士が足りなくなった。闘える人間が不足してしまった。
争い続けることが不可能となり、漸く紛争も終わるかに思えた・・・
だが。
人類はそこで<パンドラの箱>を開いてしまう。
兵士が足りないのなら、新しく作れば良いと。
人間を?不足した兵士をどこから補充するというのか?
傭兵か?それとも外部の国から兵器共々援助されるとでも?
貧しき国であろうと戦争を行うには資金が必要。
どれだけ国民が飢えようとも、執政者達は考慮もしない。
唯、紛争に勝つ事しか頭に無かったのだろう。
人類は機械という操り人形を手にしていた。
富める国の中には、機械を戦争の商品とする輩が居た。
武器だけではなく兵士の代わりとして、機械を用いようと企てた。
そして・・・産まれたのが機械兵。
初めは無限軌道を填めた機動性の悪い鉄の塊に過ぎなかったモノが、どんどん進化して行き。
やがてそれは一つの完成体となった。
遠目では人の容にしかみえない。
二足歩行する兵士となんら変わらない。
近寄られるまでは・・・外観を目で確認するまでは。
それは鋼の兵士。
人間と同じ骨格を有するが、機械で動く兵士だったのだ。
入力された命令を何らの憂いなく実行する・・・冷徹無比な金属の兵士。
老若男女を問わず、人の命を奪う殺人マシーン・・・ターミネィト。
命令を下す者の心さえも悪魔に墜とす・・・機械兵。
やがて。
紛争相手国同士がお互いに機械兵を放った事に因り、二つの国が瓦解して果てた・・・
悪魔にも等しい行いであっても、儲けを出した企業が更なる機械兵を生み出し続けた。
しかも・・・だ。
機械兵を造る企業は、隠密の内に性能を強化させ続けた。
次なる儲け話で他社を圧倒出来るようにと。
人間の代理で闘わせる場面を用意し、若者達に正当性を植え付ける為に。
リアルな容姿を外観に持たせ、リアルな戦闘を娯楽と思わせるように。
そう・・・富める人類に享楽を与え誤魔化し続けようとしたのだ。
自分達が<パンドラの箱>を開けたとも知らずに・・・・
・・・・2097・・・・
・・・ユナイテッド・ステーツ・・・
・・・ニューヨーク・・・
黒髪をボブに刈った女性が公園にやって来た。
何をする訳でもなさそうだが、辺りを見回してからポケットに手を伸ばす。
スッとポケットから掴み出した箱を片手で開けると、一本の白いステックを口元へ。
「ちょっと・・・早く来過ぎたかな」
咥えたステックに細い指先を添えて呟いた。
「どうせ・・・遅刻するんだろうから。あの娘は」
ふぅっとため息を漏らすと、後ろにあるベンチへ腰を落ち着かせる。
「今はちょうど・・・決勝戦の最中だろうから」
そう呟いた彼女に、良く晴れた空から暖かな日差しが降り注いでいた。
「まぁ、あの娘のことだから。当然勝つだろうけど」
公園に居る彼女の耳には、決勝戦を待ちわびる観衆達の声など聞こえる筈も無かった。
WA~~~~~ッ
「「世界決勝!この勝負で世界一が決定されるのです!」」
リングアナウンサーが高らかに宣言する。
特設リングを傍観しているのは、世界各国の同好者。
それに・・・
「「方やイリノイのオーク社製、巨漢ゴリアテ!
全高3メートル、自重1トンを誇り外観はオークそのもの!
まさにぃ~狂獣戦士!」」
アナウンサーが対戦相手を紹介する。
社運を決める決勝ともあれば、社を代表する者も臨席していた。
オーク社の代表であるでっぷりと肥えた男が、自信たっぷりに対戦相手を眺める。
「これで我が社のゴリアテが優勝すれば。
次の国防予算は我が社に落ちるだろう・・・むふふ」
細く笑む男は、狂獣戦士が戦闘機械兵として認可されるだろうと目論んだようだが。
「「方やニューヨークのアークナイト社製、リアルドール<ZERO>
超柔シリコン製の肌がそそるぅ~少女型ドールであります!」」
対戦相手のロイドは、如何にも華奢に映ったから。
「あんな小娘人形にゴリアテが負ける筈もないわ!」
闘ってもいないのに、もう勝った気になっていた。
「う~ざぁ~・・・あのリングアナ。
変態みたいで気色悪いぃ~!」
対戦する少女型人形から音声が漏れる。
「とっとと始めれば良いのに。こっちは時間が無いんだってば」
イライラした感じがする、オクターブの高い声だが?
「ねぇエイジちゃん。まだ始まらないの~?」
固まったように動かない少女人形が誰かに訊いているようだ。
「そっかぁ~、それじゃぁ・・・戦闘準備に入ろっかな」
誰の声も返されなかったが、少女人形は応える。
「シンクロ・・・全能力解放・・・レェディ~・・・」
特設リングは四方が100メートルに及ぶ空間。
完全に密閉された空間に観客の姿は無い。
だが、観客席にはモニターとカメラが張り巡らされていた。
つまり観衆全てがオンラインで観ているのだ。
モニターには観客自身の姿が映し出されて、リアル感を醸し出していた。
決勝戦の開始は、パロラマビジョンに映し出されているカウントダウンにより。
「「さぁ~!いよいよですぅ~」」
5カウントから始り、ゼロを迎えた瞬間。
「「ファイト!」」
「レェディ~~~~ゴォ!」
アナウンスと同時に少女人形の瞳に火が点る。
「戦闘ッ!」
巨獣ゴリアテもまた。
重量1トンもある巨体が、少女人形を掴もうと動き出した。
捕まえてしまえば、華奢なリアル人形なんてどれ程の事があるか・・・と。
「とぅ!」
だが、重量が違い過ぎて巨獣の腕は虚空を薙ぐ。
掴みかかられる前に少女人形が飛び退いたからだ。
勝負が始まった瞬間、少女人形の頭部から降りたバイザーが敵を捉える。
暗視装置を含んだバイザーが、ゴリアテの弱点を探る。
「重量の割に動きは良い方ね。
それに大きいだけあって装甲も厚いし・・・」
赤外線で骨格である鋼の身体を探る少女人形。
「ウィークポイントを確実に突かないと・・・ね」
一旦離れて探りを入れていた少女人形目掛けて狂獣戦士が突っ込んで来る。
「まぁ、頭の方は大したことは無さそうだけどぉ~」
遮二無二突きかかるだけの狂獣戦士へ、
「身体が大きいからって・・・舐めないでよね!」
悪態を吐く少女人形。
引き寄せれるだけ引き寄せ、
「鬼ごっこでもしたいのかしらぁ~?」
くるりと背を向けて走り出した。
身軽に突き出された手を掻い潜り、ひらりと体を躱す。
相手のスピードを読み、捕まりそうになると飛んだ。
まるで弁慶と牛若丸の、五条大橋での一件の様に・・・
見守る観衆の間から失笑が漏れる。
オーク社の狂獣戦士を任されている操手は、真っ赤になって暴れさせるだけ。
社運を委託している代表も、頭から湯気をたてている。
「ウィークポイントはねぇ・・・あなた!」
少女人形はとうに見切っていた。
狂獣戦士には見つからなくても、操る者が失敗を犯すのを。
避け廻る少女人形に業を煮やした操縦者が、禁じ手を使って来るのを。
「ぐぅおおおおッ!」
雄叫びをあげる狂獣戦士が、伸ばした右手に左手を添えて。
ガコン!
右手の手首があらぬ方に捻られた?!
「来るわ!エイジちゃん」
バイザーで火器管制警報を察知する少女人形。
ドガガガガガガガガッ!
あろうことか右手に仕込まれた機銃を連射して来たのだ!
ビュッ!ビュシュッ!シュンッ!
躱す少女人形。
ドドド!
射撃を止めない狂獣戦士。
ガン!ガガンッ!
外れた弾が、観衆のモニターを薙ぎ払う。
「「違反です!火器は使用を認められておりません。直ちに・・・」」
リングアナが警告を発したが、狂獣戦士を操る者には届いていないのか。
ドドドド!
射撃を続け、
バリン!
リングアナのカメラとモニターまでも破壊してしまう。
「あ~あ。やっちゃったね~」
跳び来る銃弾を避け続け、少女人形がため息を吐く。
「でもさぁ?こっちにだって得物があることぐらい分からないのかなぁ」
避け続けるだけの少女人形には、これといった武装は見当たらないのだが。
「そっちが銃火器なら・・・エイジちゃん!」
どこかに居るエイジに対し、何かを求める。
「私の武装を出して!」
武装?!それは如何なるモノ?
「鋼も焼き切る・・・ヒート剣を!」
どこに?剣があるというのか?
その答えは・・・少女人形が右手を突き出すと。
黒の手袋を突き破り、手の平に現れる。
右腕内部に内蔵されていた剣の柄が、手の平にせり出したのだ。
「パワーオン!」
短剣の柄だけかと思われたのに、少女の声がそれを稼働させる。
紅く光る刃が現れた!
「加熱温度上昇!臨界まで残り10秒」
ヒート剣とは?
強力な電磁力を用いた一種の溶鉱炉のような物。
灼熱の刃で装甲板をも焼き切れる破壊剣だった。
但し、用法は非常に難しいようで。
「残り8秒・・・突っ込むわ!」
使用に際しては10秒しか持たないようだ。
銃撃を躱して突撃する少女人形。
躱すだけでは近寄れないのは重々承知の上。
「加速装置!全力全開」
フルパワーで突撃する?!
「よっく観てなさいよぉ~!これが私の全力全開ぉーッ!」
と、少女人形が変わる?!
高速で走り抜ける少女の髪が・・・蒼く染まった!
自身の動力を最大まで高めることに因り、髪の色まで染めるのだ。
蒼き髪へと・・・気高き女神の如く。
黒髪から蒼髪となった少女人形は、目にも留まらぬスピードを繰り出し・・・
「天誅ぅ~!」
狂獣戦士の目前で宙を舞った。
勢いを着けて飛び上がり、狂獣戦士が対処不能な速度で・・・
「たぁ~りゃぁ~ッ!」
胸部装甲板と首の付け目に突き立てる。
そこは暗視装置に因り動力源が隠されているとされた、ウィークポイントでもあったのだ。
ズブッ!!
ヒート剣が装甲板を穿つ。
ドンッ!
灼熱の烈波によって、内部が焼き爛れて。
グワンッ!
崩壊した動力源が煙を吐く。
キュウウウウゥン・・・・・
火を吐いていた機銃が止む。
ガクン・・・
重量1トンもある身体を支えていた両足が地に着いた。
それはつまり・・・
「V!」
少女人形の勝利を意味した。
「「勝者・・・アークナイト社製<ゼロ>!」」
回線をつなぎ直したリングアナが高らかに宣言した。
「とぉ~ぜんの結果よね。えっへん!」
少女人形は胸を反らして睥睨したのだが。
「「・・・とはなりません。両者失格となります」」
「は?!」
唖然とした声をあげる少女人形。
「「両者とも火器を使用したのですから・・・失格です」」
「え?!・・・マジ?」
唖然を通り越して呆然とした声が漏れ出た。
「そ・・・そ、そ、そ、損なぁ~ッ?」
戸惑う声が少女人形から・・・出て?
「てへぺろ」
バイザーを髪に跳ね上げる。
私の栗毛に。
「こんな感じぃ~?エイジちゃん」
操縦補助室に居る彼女の弟君に笑顔を向ける私。
「上出来じゃないかなリィンちゃん」
「にゃへへぇ~!これで依頼も完遂だよね」
笑顔の私に黒髪のエイジ君が拍手してくれた。
「オーク社の武装ロイドは全世界に明かされたんだから。
リィンちゃんがゼロを有効に使えたからだよ」
で。この大会に仕組まれた事件の決着を告げるんだ。
「いやいや~!アークナイト社の協力があったればこそだよぉ」
私の分身でもあるあの娘を、ここまで強化できたんだもん。
「そうそう。それだけどね、お父様から直々にお呼び出しがかかってるよ?」
「ニャ?!・・・そ、それは。困るぅ~」
こんな時に限って・・・ヴァルボア教授の差し金なんじゃないの?
あの堅物のお父様が、私を呼び出すなんて。
「ご褒美なんかじゃないよね?」
私とお父様との間柄を知っているエイジちゃんへ訊くと。
「まぁ・・・そうだろうね」
あっさり認められちゃった。
「だとしたら・・・とんずらするっきゃない!」
「そうした方が良いと思うね、僕も・・・内緒だけど」
それで・・・問題ないかな?
「だって・・・待ち合わせてるんだろ。ウチの姉さんと・・・さ?」
「エイジちゃんの・・・って?!忘れてたぁ!」
すっかり、ぽっきぃ~~~?!忘却の彼方だったw
飛び上がるように装備を外す私。
慌てて操手パイロットスーツを着替えて。
リアル武闘人形選手権大会闘技場の外で待たせている人の下へと駆け出す。
少女人形をエイジちゃん達に託して。
「いっ、行ってきまぁ~すぅ」
待ち人の元へとすっ飛んで行くのでした。
ニューヨークの昼下がり。
公園の片隅に居るボブな髪の女性・・・
私はお目当ての人を発見すると、背後から近づく・・・バレないように。
こっちが先に見つけたって・・・教えてあげるんだ。
そ・・・
両手で彼女の眼を塞ぐ。
「だぁ~れぇ~だぁ~?」
目隠しして訊ねてみる。
「・・・言わずとも分かってる」
ブスッとした声が返され、私は怒らしちゃったのかと心配になった。
でも・・・ね?
「リィンタルトしかいないだろう。私にこんなことをする奴は」
ちゃんと名を呼んでくれる・・・でしょ?
隠していた眼から手を退けて、私は素直に認める。
「うん!アタシだけだもん。レィちゃんに悪戯できるのは!」
優しい彼女ちゃんが微笑んでくれるから。
「いつも言っているだろう?外ではちゃんと麗美と呼べって」
「良いでしょ~、今は二人っきりなんだもん」
ちょっと拗ねたように頬を膨らませてみたら、
「省の無い娘だ、リィンは」
レィちゃんも親しみを含ませてリィンと呼んでくれる。
「うん!リィンはしょうがない子だよ~」
前屈みになって私は甘えてみた。
優しく私に接してくれる乙女へ・・・・
やっと始まりを迎えられました。
ここからが本当の<零の慟哭>魔砲少女ミハル・エピソード・Zero!
未来の地球で何が起きるのか?
機械文明が行き着く先とは?
人間は神には逆らえぬ、だが人は悪魔に成れる。
次回 Act8 お嬢様って呼ばないで
あたしはリィン。でも本当の名前はね・・・リィンタルト・ほにゃらら~W