Act10 奪還
リィン奪還!
男達は唯一つの目的を手中に出来るのか?!
機械達の巣窟に潜り込めた。
パスクの街は、さながら機械の根城と化していた。
「おい、奴等には俺達が機械と映っているようだぜ」
マクドノーがビクつく運転手の黒服に言って聞かす。
「本当に魔女殺しって奴は魔法使いみたいだぜ」
殿を務める戦車に乗っている4人の傭兵達を揶揄して、
「この調子なら、バレずにお嬢の元まで行けそうだぞ」
上機嫌で目的の教会を眺めていた。
ナビに突然画像が映し出されるまでは・・・
「パスクッチ隊長!近くで電波を出しているようです」
咄嗟に緊張が奔る。
無線手のキャミィが通信を傍受したようだ。
「どうやら通信電波のようですけど・・・」
ヘッドホンを片手で押さえたキャミィの表情が曇る。
「映像と音声を垂れ流してやがるようです・・・うッ?!」
傍受した画像と音声に顔を歪ませてから。
「奴等・・・捕虜に何てことをしやがるんだ?!
観てください隊長も、みんなも!」
全員のモニターに受信した映像を廻して声を荒げるのだった。
皆の眼にキャミィから廻された映像が映る。
そこには背後に十字架を掲げた場所で、茶髪の少女が手枷足枷を填められた状態で吊り下げられていたのだ。
周り中を機械兵達に囲まれ、一体の魔女の前に晒されて。
たった独りの無抵抗な少女に、十数体の巨躯が今にも襲い掛からんとする光景は。
まるで見世物小屋で磔にされる少女のよう・・・
これから始まる地獄絵図を嘲笑うかのように。
餌食にされようとする少女を、機械兵共は機械の眼で犯しているかのように群がってる。
あらゆる角度から、戒めを架せられた少女が苦悶する姿を捉え、一つの表情も逃すことなく備えられたカメラで記録しているのだ。
それは、この後に起きる宴の余興とも思えた。
「酷い!なんてことを!」
アルが自分の身体を掴んで眼を背ける。
何かに憑かれたみたいにブルブルと震えて。
「このままじゃぁ、あの娘は・・・」
ラミアでさえ怒りでハンドルを握った手に力が籠る。
「あいつ等は・・・こんなことをする為に仲間の支援を求めたのか?!」
十字架を背にした魔女が少女の顎を掴み、少女へ覚悟を仄めかす言葉を投げかけている。
「何が処刑だ!機械の分際で人の娘を辱めるだと?!」
「ケダモノ!奴等は悪魔だわ」
「人間の少女に機械の相手が務まる筈がないだろうが!」
最後に言ったラミアが砲手席に振り返り、俯くアルを観てしまう。
「あ・・・すまん。悪かったなアル」
自分の身体を強く掴み、目を閉じて震えている砲手アルへ。
まるで自らが茶髪の少女に成ったかのように耐えている姿。
過去に何かがあったのか・・・機械達に何かを奪われたのか?
「ううん、もう過去の話ですから・・・ラミアさん」
か細い声で答えて来るアルの表情には、悲痛な過去が見え隠れしていた。
「奴等の中には本当の獣型はいませんから・・・」
ぎゅっと手を太腿の付け根に添え、思い出した翳を払拭しようとしている。
「アル・・・忘れられないよな。あんな目に遭わされたら」
キャミィがポツリと溢した。
「アタシだったら死んでいたかもしれない。
尤も、耐えられたのはアルだったからこそ・・・だろ?」
「いいえ、隊長が助けて下さらなかったらきっと・・・死んでいました」
死ぬほどの苦痛を受けても尚、アルはまだ戦い続けると言うのか。
その理由とは?なぜ戦いに駆り立てられ続けるのか?
「こうして此処に居られるのも・・・
パスクッチ隊長が新たな身体を与えてくれたから」
震える身体を無理やりキューポラの隊長に向けて。
「生きていられるのもパスクッチ・オーリア隊長のおかげ。
こうして機械共に仇が討てるのも、魔女殺しでいられるのも。
みんなあの時、隊長が助けてくだされたからですもの」
心からの感謝の眼差しと秘めた想いを滲ませて言うのだった。
「そりゃぁな、アタシだって同じさ。
この左腕を潰され、耳まで奪われたのを新しいのと換えてくれたんだし。
感謝しかないよ隊長には・・・ね」
自分だって同じさ・・・と、キャミィが振り返る。
過去に助けて貰って生き残れたのだと。
「アルやキャミィだけじゃないぞ。
私だって両足を奴等に奪われたんだ。
死にかけた私を救って頂いたんだからな隊長には!」
二人だけではないと言って、
「それに、私等だけじゃぁないのを知ってるだろ。
隊長に拠って数多の命が間一髪で救われたのを」
パスクッチの功績で沢山の命が救われたのを忘れてはいないと言う。
「俺は人一倍、お節介野郎なんでな」
抑揚のない声がキューポラから返って来る。
「それに理不尽な奴等が許せないだけっだってことさ」
モニターに映る少女の顔を目に焼き付けて。
「丁度この娘くらいの歳だった。
助けられなかった唯一の子は・・・」
面影を重ねたのか、それとも大事な人だったからか。
「だが、二人目は作りはしない。
必ず無事に奪還してみせるぜ」
胸に手を添え、奪還すると誓い直すパスクッチに。
「アイアイサー!」
3人娘が唱和した。
茶髪の少女が戒めを填められていた・・・
「うッ?!」
映し出された強制的な放送画面に声を失ったのはマクドノーだけではなかっただろう。
率いられた奪還隊の面々は、全て息を呑んで画面へ釘付けになった。
悲痛過ぎる少女の姿に。
群がる機械共に取り囲まれ、黒髪の戦闘人形らしき後ろ姿の前に居るのは。
「お嬢ッ!」
やっとのことでマクドノーが叫んだ。
「キサマ等ぁッ!俺のお嬢に何てことをしやがるッ!」
やつれた顔を観させられてしまった。
苦悶の表情で機械兵に吊り下げられ、手と足に枷を填められて。
その上で黒髪の人形に蔑まれているのだ。
「糞ぉッ!今に見ていろよ畜生め!」
早く助けて差し上げねば、もっと酷い映像を見せられかねない。
焦るマクドノーは部下達に突撃を命じたくなるのだが、まだ居場所を確定出来てはいなかった。
何か居場所を特定できる物は映されていないか・・・と画面に食い入る。
「あれは・・・十字架?!教会の中ではないですかい?」
街にあるのは尖塔を構えた一つの教会だけ。
リィンの背後に映っている十字架の影が、居場所を表していたのだ。
それは神が救援に赴いた者へと贈った十字架にも思える。
「加護があらしめたのか・・・」
マクドノーは神など崇拝しなかったが、この時程神の存在を実感できたのは無かった。
「いいや、これは母君であるミカエル様の為せる業だ!」
娘を想って自分に知らせて下さったのだと。
「魔女殺し達にも知らせろッ!
俺達は今より突撃を敢行すると!
死んでもリィンタルトお嬢をお救い申し上げると!」
「イエッサー!兄貴」
もう機械兵の群がっているのも気にはならなくなった。
何が何でもリィンタルトお嬢を救出し、無事にお連れするだけにしか気が回らなくなった。
それはつまり、仲間が何人死のうとも目的を達成するだけしか道がなくなったと同じ事なのだ。
そう・・・決死隊となったのだ!
だが・・・マクドノーの足を停める者が居た。
ガララララッ!
突然、前を走っていた装甲運搬車が暴走を始めたのだ。
「なにぃッ?」
出足を砕かれたマクドノーは、咄嗟に殿の戦車に眼を向ける。
「な・・・なんだってぇ?!」
振り返ったマクドノーが眼にしたのは、
「搦手に廻れ・・・だとぉッ?」
暴走した装甲運搬車とは別の方角をキューポラから伸びた手が差している。
「そ、そうか!あいつ等が囮になってくれるってのか!」
囮になるのは戦車なのか運搬車なのか、そんな事はどうだってよかった。
「おい!教会の裏に廻れ!」
突っ込んでいく運搬車には銀髪の魔女が載せられてあった。
髪を吹き流し、死に絶えたように身動きを見せずに。
「教会に魔女が突っ込むなんてな。
まるで3流ホラーみたいじゃねぇか!」
パスクッチの作戦。
指し伸ばされた手は、自分達へ救出を任せて来たのだと分かった。
「よしッ!正面はお前達に任せたぜ!」
運搬車を突っ込ませ、機械達の注意を向けさせた隙に乗じる。
僅かな時間のチャンスであるのは承知。
一瞬の差誤も許されない。
だが、やるのは今より他は無いのだ!
「行け!俺達のお嬢を取り戻すのだ!」
突っ込む運搬車の後ろから5両のRV車が離れる。
2両目の装甲運搬車が、自分達と反対側へと突っ込み始めたのを最期に観たのだった。
「全車突撃開始!」
運搬車を操っていたキャミィが誘導装置を解除して教える。
「私等も突っ込みますか?」
ラミアが戦闘に介入するかを問う。
「砲戦準備完了!」
接近戦だから徹甲弾よりも榴弾を装填させてアルが攻撃するかと訊いた。
だが、隊長であるパスクッチは。
「ラミア、全速離脱!
進路2時の方角、親爺達の後を追え!」
交戦せずに逃げると言ったのだ。
「奴等が気付くよりも早くに、この街から脱出するぞ!」
「え?!あ・・・はい!」
ラミアがクラッチを切って増速させる。
「アル!砲塔を6時の方角に廻しておけ」
「は?・・・はいッ!」
砲塔を回転させて後ろに廻すアル。
「キャミィは奴等の無線をジャミングしておけ」
「ら、了解!」
通信装置を妨害する雑音交じりの電波を出させるキャミィ。
そして隊長パスクッチは・・・
「あの娘が重要ならば。
生かしておかなければならないのなら・・・追手を差し向けるだろう。
間違ってもミサイルなんかで攻撃は出来ないだろうしな」
マクドノー達が奪還に成功すると踏んでの話で・・・だったが。
群がる機械兵は為す術も無く人質を奪われるのだろうか?
ドガガァンッ!
魔女が載せられていた装甲運搬車が壁をぶち破って教会になだれ込んだ。
ガガン!ガガガガッ!
リィンを囲んでいた数体の機械達を轢き潰して。
ドゴンッ!
停まったのは入って来た真逆の壁に突き当たったから。
巻き込まれた不運な機械兵達を下敷きにして。
猛烈な粉塵が辺りを覆う。
教会の中はまるで霧に包まれたかのようになってしまった。
しかもどうした事か、機械達の眼も眩まされてしまったのだ。
カメラに映るのは自分達と同じ機械の身体を持つ者だけ。
何かが影を落としたようなのだが、人間だとは感知出来なかった。
「「なんだこの紙片は?」」
機械兵の中で、ソレに気付いた者は少なかった。
突っ込んで来た運搬車から舞い散った紙片。
銀色に光る紙かと思えたが、全く違うのだ。
アルミ箔に熱を放つ酸化鉄を塗ったモノ。
温感センサーを狂わせ、レーダーをも無効化していたのだ。
舞い散ったアルミ箔が床へと落ちた時、異変に気付いたのは軍団の長でもある死神人形だった。
そこに居る筈の人間の娘が見当たらなくなってしまったから。
「探せ!見つけ出すのだ!」
将の命令が飛び、一斉に兵が動き始めた時だ。
ブロロロロー!
教会の裏でエンジン音と急発進するタイヤの軋み音が聞こえて来た。
それに連れて将たる死神人形が吠えたのだ。
「奴等を逃がすな!囚人を取り戻せ!」
人間達がいつの間にか襲撃して来ていた。
気が付かない内に捕えてあった娘を奪われたのだ。
全くの奇襲。
想いもしない略奪撃に。
機械の兵達には、追う事すら即時に出来よう筈が無かった・・・
5両のRV車が奪還に成功した。
殿を守る戦車を露払いにして。
全速力で荒れ地を爆走するのは、嬉しさの表現だったのか。
人類が喪い掛けた希望を奪い返したかのように、喜びに飛び跳ねていた・・・
捕らえられていたリィンの救出に成功したマクドノー!
だが、死神人形から逃れられるのか?
決死の救出劇は首尾よく完遂できるのだろうか?
次回 Act11 母の想いは奇跡を呼ぶ
マクドノーはリィンに死せる彼女を併せ見ていた・・・