Act2 傅く男
囚われたリィンを奪還するために。
スキンヘッドなマクドノーは時機を待ち焦がれていた。
必ず助け出すと心に秘めて・・・
機械が人類に対して反旗を翻して7日が経っていた。
最初の一撃は各国に核の炎を撒き散らし、数十億の命が灰燼に帰した。
人類が放棄しなかった悪魔の兵器により数多の命が消されてしまったのは、神の怒りに触れたとでも言えば良いのか・・・
全人類の過半数が核と機械達に因り命を奪われても、残された人々は地獄のような世界で死の恐怖と闘っていた。
生き続ける為に・・・生き残る為に。
殺戮を繰り広げる機械兵達に抗い・・・僅かな可能性に縋りながら。
生きることを諦めず、再び人間の世界を取り戻すべく闘っていたのだ。
それが終末戦争の始り。
そして時が来れば・・・新たな人類を創造する者が生み出される・・・・
・・・人類消滅まで 残り173日・・・
フロリダから内陸部へ15マイル。
ここは核の脅威が届いていない辺境地帯。
だが、機械を狂わす電波は届いていた。
つまり、人間を襲う機械が存在する。人類を敵だと認識する機械が居るのだ。
数台の車両がキャラバンを組んで走っていた。
その車両は自動運転機能など積載されていよう筈も無い程の旧式だ。
それぞれの運転席には人が居て、ハンドルを握っている。
平坦な道だろうとも、運転者がアクセルを踏まなければ前には進まない。
ハンドルを切らなければ悪路に突っ込む。
衛星からのナビも、衝突回避機能も全く宛てには出来ない。
運転者が独自に判断し操縦しなければならないなんて、まるで100年前に戻ったかのようだった。
前を進む車両に続き、数両が速度を調節する。
「遅い・・・奴等に追いつくには遅すぎる」
一番前の車両を睨みつけるスキンヘッドな男が愚痴を溢す。
「発見が3日も遅れたのだぞ。
情報を得たのも遅かったし、用心棒を雇うのも遅きに失した。
それなのに、この体たらくだ!」
ガンッ!
苛ついた男がコンソールを殴りつける。
左側でハンドルを握っている黒服がビクついて顔を引き攣らせ、
「マクドノーの兄貴、今からそんなに怒っていたのでは・・・」
止せば良いのに余計なことを言ってしまった。
「馬鹿野郎ッ!そんなことだからお嬢を奪われてしまったんだ!」
マフィアの内でも名高いボディガードのマクドノーが、怒りの矛先を不運な男に向ける。
「俺はお嬢を護ると誓ったんだ。
ロッゾア先代ボスの、たった御一人の孫娘なんだぞリィンタルト嬢は!」
「ひぃッ?!わ、分かっておりますです」
喚き散らすマクドノーに、完全に怯えかえる運転者。
「それになぁ・・・ミカエル様の娘なのだぞ。
あの姫の・・・忘れ形見なのだから・・・」
サングラス越しにマクドノーが瞼を閉じるのが分かる。
遠い過去へ想いを巡らすかのように。
「そうだ、俺は姫様を助けられなかった。
あんなにも麗しい姫を、護れなかった・・・」
呟くマクドノーの瞼に、過去の情景が映る。
マフィアの内部抗争が一段落を終えた頃だった。
敵対する勢力からも、一時的にではあったが停戦を勝ち取れた。
そんな頃、オーク家幹部の家に生まれたマクドノーは、一人の姫に恋をした。
武闘派だったマクドノーの初恋の相手とは・・・
「あら?マックじゃない。今日も護衛に来たのね」
金茶髪碧眼美少女のミカエルがにこやかに向い入れてくれる。
「お嬢。俺はバーガー屋じゃぁ、ありませんぜ」
眼を併せるだけでときめいてしまう。
声を聴くだけで幸せに浸れた。
幹部の息子とボスの娘であるミカエルとの間には、近寄る事も畏れ多かったのに。
「あはは!マックがバーガー屋さんだったらご馳走してくれたかしら?」
これ以上ない程の微笑を与えてくれたのだ。
「俺はお嬢のボディガードです。それ以上の何物でもありませんぜ」
その笑顔を観るのが唯一の憩い。
殺伐とした世界に居るのに、ここにだけは天使が存在していた。
通っておられた学校への行き帰り。
おてんばだった姫が突然寄り道をした時だって、陰から見守っていた。
それが俺の務めでもあり、たった一つの人間らしい心の表れでもあった。
「姫を護るのが、俺の生き甲斐。
姫様の傍に居られるのが俺の全て」
そう心に誓っていたのだ・・・あの日までは。
フェアリー家の嫡男とミカエル様がお会いになってしまわれるまでは。
政府の晩餐会に出席された姫様が、恋に落ちてしまわれるまでは。
「ねぇマック。
私はあのお方の元へ奔るわ・・・見逃してくれないかしら?」
そう仰れた・・・俺の想いを知りつつも。
「でもねマック。
私はアナタも好きよ。それだけは信じて欲しいの」
罪作りな言葉だと感じた。
「もしも私の身に何かがあれば、助けに来てくれるかしら?」
その上で願われたのだ。
「いつまでも慕ってくれると言うのなら。
私に子が授けられても変わらないと言うのなら。
私と子を護ってくれないかしら・・・」
いつまでも・・・変わる筈が無いというのに。
そう・・・俺には姫しか居なかったのだから。
だから俺は答えた。
「勿論ですお嬢!誓って御守りいたしますぜ!」
手の届かぬ相手だとは知りながらも、俺にはミカエル様しか居なかったのだ。
あの惨劇が起きてしまうなんて・・・予見できなかった。
幸せそうな姫様に、あんな悲劇が訪れてしまうなんて。
フェアリーの嫡男が訃報を知らせて来た。
いの一番で亡骸を受け取りに行ったのは言うまでもない。
亡くなられて数時間が経っていたというのに、まだ生きているかのように微笑まれた顔を観て。
・・・俺は心底悔やんだ・・・
なぜ護れなかったのかと・・・なぜ傍に居られなかったのだと。
俺の姫を殺した奴を赦しはしなかった。
フェアリー家の糞野郎を同じ目に遭わせてやろうと、密かに毒を盛ってやった。
あの色気違いの親爺を、毒殺してやったのだ。
そしてロッゾアのボスも俺と同じ復讐を目指すようになった。
だが・・・ミカエル様の亡くなられたお姿を思い出すにつれ、俺は間違ったのではないかと思うようになった。
暗殺されたのに、苦しみの表情も残さなかったのは・・・何故だと。
毒を盛られても、誰も怨まなかったのは何故だと。
気が付くのが遅すぎた。
俺の姫様は、後事を誰かに託して逝ったのではないかと。
誰かに大切なモノを託して・・・安らかに逝ってしまわれたのではなかったのかと。
大切なモノ・・・一番の宝物。
そう・・・あの娘を観る迄は分からなかった。
麗しい蒼い瞳。
ミカエル様譲りのピンクのリボンを結った髪。
気高い眼差しも、あの声さえも・・・
瓜二つに思えて。
「あれがロッゾアボスの孫娘。
あの娘がミカエル様の一粒種。
フェアリーの名を持つ・・・ミカエル様の娘」
ロッゾアボスが認めたように、俺だって認める。
「リィンタルトお嬢こそが、誓いを遂げさせてくれる唯御一人の姫。
必ず御守りし、ミカエル様への報いと変えるのだ!」
そう・・・成る筈だった。
俺が眼を離した隙に居なくなられるまでは。
機械共が暴走し、街中を火の海に変えるまでは。
「今度ばかりは死んでも御守りする。
二度のしくじりなど、あってはならないのだ!」
黒服の横で瞼を開いたマクドノーが吠えた。
「ミカエル様にも、ロッゾアのボスにも逢わせる顔がなくなっちまう!
奪い返して笑顔を観る迄は、死んでも死にキレないのだ!」
車列の前方を睨み返して、敏腕ボディガードのマクドノーが断言する。
大陸内部の都市には、未だに平穏な場所もあった。
あまり裕福ではない辺鄙な街には、機械兵達の姿も無かった。
一部の機械が暴走したが、兵でもない機械達は悉く破壊されていたのだ。
尤も、今迄は・・・の話だが。
ガコン・・・ガコン・・・
重い足音が近づいて来る。
ズシン・・・ズシン・・・と、段々と数を増やして。
砂煙が立ち上り、何かの群れがやって来るのが見える。
数珠繋ぎの隊列。
まるで昔の騎兵隊の如く、まるで軍隊の行進の様に。
「丁度良い。あの村落でナンバー05を待つとしよう」
望遠された街並みを観て、
「斥候を出せ!人間共が居たら駆逐しろ!」
死神人形が配下の機械兵に命じる声が響いた。
「足の速い軽装甲の部隊に向かわせろ。
30体もあれば事足りるだろう?」
将からの命令は、部下の斥候隊長に下された。
「「了解しました、ファースト」」
即座に隊形を整えにかかる機械兵隊長。
その足で向かうのは、人間が暮らす田舎町。
「「人類を殲滅し、本隊を迎え入れます」」
戦闘隊形に移行しながら、目指すのは<殲滅戦>・・・
そう、彼等機械兵の任務は唯一つ。
「「歯向かう者も逃げる者も。一人足りと見逃すな」」
人類の駆逐の他に在りはしなかった。
戦車兵4人組は何者だろうか?
たった1両の戦車を用いて、2000の機械兵に勝てるのか?
戦車?
それはどんな車体なのか。
旧式であるのは間違いない・・・が?
次回 Act3 救助隊<騎兵隊>
君達は戦場の戦女神だとでも言うのか?あの名をつけられた戦車に乗り込んで?




