第2章 奪うモノ 奪われるモノ Act1 まだ生きているのなら
第2章 奪うモノ 奪われるモノ
あの日。
確かに奪い去られた。
あの日。
誰かが後を追いかけた。
あの日・・・何もかもが始まりだった・・・
隊列を眺め降ろして溜息を吐く。
のろのろと進む行列に、心底苛立つ。
「いつまで経っても危害範囲から抜け出せないじゃないの!」
始まりの一撃が齎した核汚染。
その爆心地から放たれた放射線の影響は、機械兵の一部に損傷を与えていた。
「どうして速力が上げられない?
機械兵共のスピードが遅いのは放射能で腐食が進んだからとでも言うの?!」
苛立ち紅い髪を逆立てるのは、将である死神人形だった。
配下の機械兵軍団が、一週間も掛かってフロリダから抜け出せないのに怒っている。
「あ~もぅ!こんなのろまだとは・・・
こいつ等を置き去りにして危害範囲から抜け出そうかな」
でも、そう愚痴ている死神人形にも放棄できない訳があった。
「この軍団の将を引き受けてしまったからねぇ。
のろのろと歩む軍団が本部迄帰着する間に・・・」
機械兵の一団を指揮統率するのは良いとして。
「あの娘を甚振るつもりだったんだけどねぇ」
護送車に隔離状態で載せた茶髪の娘を思い起こして。
「人間は放射能には勝てないものねぇ。
被曝してしまったら、後々不味い事になりかねないもの」
放射能から保全する為に護送車内に軟禁した娘を指して。
「もう少しだけの我慢か。
間も無く危害範囲から抜け出せる。
そうなったら機械兵共の前でリィンを辱めてやろう。
周り中を兵達に囲ませて、あらゆる方向から録画する。
身悶えるリィンの純潔を、私が奪ってやるんだ!」
人間だった頃からの邪なる願望を叶えようと目論んでいる。
「リィンを私だけのモノにする時が来るのよ!
誰の邪魔もなく、この手で染め上げてみせるんだからねぇ!」
ギャハハと嗤う死神人形。
間も無くフロリダから抜け出した後。
荒野の中で夜宴を催す気なのだ。
リィンを辱め、欲望を満たそうと。
「どこかの誰かがリィンへ贈ったのは知った。
どこかの馬鹿が私のリィンにちょっかいを出した。
だけど・・・リィンを手に入れた私が勝者なのよ!」
一頻り嗤うと、軍団全体を見渡す。
「チッ!ホント・・・廃棄してしまえば良かったのかも」
長い行列は数キロにも及ぶ。
損傷を受けた機械兵のスピードと、無傷の兵の速度が開き・・・
「これだけ長い間隔になるとはね。
まるでアリの行列にも思えてしまうわ」
密集隊形などは思いもよらない。
ばらばらの行軍が延々と続いている。
「2000の兵とは言え、側面を突かれれば脆いわね」
長蛇の列は、側面が弱い。
仮に人間達が攻撃して来るとすれば、その弱点を突かれる虞があった。
「取り敢えず・・・近辺の魔女達を応援に呼ぶとするか」
数十キロ離れた場所にある、人形工場には仲間がいる筈だと考えて。
「ナンバー持ちの戦闘人形に、一時配下に入って貰うとしよう」
死神人形の特権を利用して、部下でもある魔女を呼びつけようと考えたのだ。
「そうだな・・・蒼穹の魔女が良い。
ナンバー05をここに呼ぶとしよう」
ニヤリと笑い、護送車の中へと向けて言い放つ。
「01<ファースト>からの命令だと伝えろ。
第3軍団の配下に入り、護送車を護衛しろと言うんだ!」
「「了解シマシタ」」
音声が復唱し、命令が直ちに送られる。
「ふふふ!05が到着する頃には危害範囲から抜け出せているだろう。
不測の事態には05を宛て、私はゆっくりとリィンを辱めれる。
05ならば人間共に後れを取ることはないだろうからな」
自分独りだけでは、落ち着いていられないとでも考えたか。
仲間を守護に当て、自分は邪な宴を楽しむと言うのだ。
「後・・・2日くらいかしらね。
それまでの間は惰眠をむさぼるが良いわリィン」
流し目を贈る死神人形。
邪なる欲望の果て、人である事すら忘れたのか。
「あ~っ、楽しみだわぁ!リィンが恥辱に顔を歪ませるのを観るのが」
ギャハハと高笑いを繰り返すだけだった・・・
身体の自由が奪われた。
手と足に戒めが着けられ、逃げ出すことの出来ないように鎖で繋がれる。
殺されなかったのは、フューリーの欲望の所為。
悪魔の化身に堕ちた戦闘人形フューリーの贄にされる為だろう。
人間型のロボットに拘束されて、暗い場所に閉じ込められてしまった。
一番最初に分かったのは、何かが起きようとしている事ぐらい。
完全に密閉状態の室内が激しく揺さぶられ、猛烈な音が聞こえて来たのだけは覚えている。
その音は、あたしの疵と同じ音。
目の前で炎が吹き付ける・・・悲劇の最中で。
燃やされてしまう人形・・・喪いたくない人の姿。
涙で霞む炎を観た時と同じ音が聞こえてきた。
揺れや音が収まると、次に来たのは静寂。
暫くの間、天井部に着いているファンの音だけが支配していた・・・が。
突如、発動機の唸りが聞こえて。
ブロロロロ・・・ガクンガクン・・・
エンジン音が高鳴り、そして激しく動揺し始めて判った。
ここは貨車の中なのだと。
トラックか何かの中だと判断出来る。
ー あたしをどこかへ連れて行こうとしている・・・
その目的地が何処なのかは分からないけども、フューリーがニューヨークへ戻ろうとしているのではないかと考えるに至った。
ー それなら・・・あたしの目的地と同じ。
奴の内部処へ辿り着ける・・・かな?
世界を機械のモノとすると、勝手な妄想を実現に移そうとする奴の元へあたしは行かねばならない。
ー あたしにはロッゾアお爺ちゃんとの約束があるのだから
悪魔の化身となり塔の機械に同化した者に思い知らしてやるのだと。
ー タナトス!あなたには地の底で償って貰うから。
あたしがどうなろうとも、絶対に赦したりしないんだから!
目の前で大切な人の容が燃やされた。
愛する人を地上へと帰還させてあげる為にも、悪魔は滅ぼさなければいけないと。
ー あたしは決して諦めない。
どんなに理不尽なことをされたって、耐えて・・・
耐えて、耐え抜いて。
最期には勝ってみせるんだから!
決意を溢した時、何故だか急に睡魔が襲い掛かって来るのに気付く。
霞んでいく眼を見開こうとしたが、次第に意識まで薄れていくのを停められない。
ー あ・・・エイジ・・・助けて。
天井のファンから染み込んで来る麻酔ガスに、強制的に眠りにつけられて。
ー レィちゃん・・・逢いたいよ・・・
燃やされた人形を想い、差し出す手が面影へと伸びる・・・が。
ぱたり・・・と、床に倒れてしまった。
それから・・・丸一週間が経っていた。
対核兵器護送車両の中で戒めを填められた状態のまま眠り続けていたリィンに、僅かな間だけ意識が戻るようになっていた。
薬物の連続投与で、作用が薄れて来たのだろうか。
ー エイジが言ってくれた・・・きっと護るからって・・・
夢の中で愛しい人に話しかけられでもしたのか。
震える指に填められたままの蒼き指輪に・・・
「護ってよ・・・エイジ」
大好きな人の名を呼び・・・
「あたしを・・・リィンを・・・聖なる力で奪い返して!」
蒼いリングへ口づけを与える。
それは愛しい人へと贈るのに等しい。
護るべき者へ贈られた指輪を目覚めさせる行為と重なった。
蒼き指輪が息衝く。
リィンの為に目覚めんと・・・青く光る
リィンは生きている。
奪い去られた運命の娘は、未だに見つけられては居なかったが。
リィンを追い求める者が存在した。
世界を救える唯独りの娘を、再び解き放とうとして。
いよいよ戦いの幕が開き、人類の希望が歩み出すのです。
闇と聖なる者との戦い・・・その行方とは?
次回 Act2 傅く男
救出を目指す者が誓ったのは唯一つ!約束は秘めた想いに通じていたのだ!