Act4 業火の中で・・・
白銀髪のルシフォルさんは観ていたのだろうか?
私と犬型ロボット。
そして黒焦げにされた人形ロボとの関係を?
目の前に居るルシフェルさんの紅い瞳。
そして夢の中で剣を突きつけていた相手も紅い瞳だった気がして来た。
霧の中のようにぼんやりとした記憶だったけど。
ズキンズキンと傷みだす頭。
思い出そうとすればするほど、夢と現実が入り乱れて。
痛みに耐えかねて瞼を閉じる。
紅い瞳が私を睨み、剣を突きつけて来た・・・でもそれが夢なのか記憶なのか。
ルシフォルさんはこうも言った。
私と黒焦げのロボットとの繋がりは犬型ロボットが知っているのだと。
犬型ロボットと私。
それに黒焦げのロボットの関係とは?
ー そう言えば。
どうしてルシフォルさんは犬型ロボットが私を護っていたと言うのだろう?
それに最期の瞬間までとも言っていたのは?
瞼を閉じたままで考えてみる。
ー この犬型ロボットとロボット。
そして私を含めて助けてくれた?
ならば、ルシフォルさんこそが知っている。
どのような状況だったのか。
でも、私は重要なことを忘れている気もしていた。
防護服を着ているルシフォルさんを観ていながら。
焼け爛れていた場所で、黒焦げのロボットと私の関係も観ていた筈だけど?
「あ?!ル、ルシフェルさん。
私って防護服を着ていたのでしょうか?
放射能から身を守る為の服を着ていたのですか?」
気が付いた。
ここの外で倒れていたのなら、放射能を浴びてしまっているだろうことに。
人間ならルシフォルさんのように防護服を着ていなければ無事には済まない筈だから。
でも、私の問いに首を振るルシフェルさん。
「え?!じゃぁ・・・」
放射能で汚染された場所に居たのなら、私は被曝している?
悲鳴にも似た声をあげた私に、もう一度首を振ってから。
「君には被曝なんて関係がないだろう。
あるとしたら放射線でメモリーに異常をきたすかも知れないことぐらいさ」
黒焦げのロボットと私を交互に観て、
「まだ分からないのかい?
ボクはこの犬から君の記憶を受け取って移植したんだよ。
作り上げていた人造人間である、君という身体の中へ」
信じ難い話を聞かせてくる。
「君の事が分からなかったから試してみたんだよ?
単なるロボットだったとすれば機械同士が仲違しただけの話だけど。
この犬が決死の覚悟で守ろうとした様子から見て、そうではないと思ったんだ。
心臓部を必死に噛み取り、何かから守ろうとしているのが判ったからね」
呆然とルシフォルさんが語るのを聞いていた。
私が黒焦げのロボットだったなんて・・・信じられる訳が無いから。
「あ・・・は・・・は。
冗談ですよね?私がロボットだったなんて・・・」
悪い冗談を聞かされたと思った。
だけど、ルシフォルさんの瞳は嘘偽りを語っていない。
「そうだね。
確かに君の言う通り、ロボットでは無かったのだろう。
なぜなら、先程君は飲み物を躊躇する事なく飲んだし片頭痛を起こしたのだから。
機械の身体だったら分かり得なかった筈なんだ、人間だけが知りえる味や痛みなんて」
「あ・・・じゃぁ?」
やはりロボットなんかでは無かったのかと、一瞬ほっとした処へ。
「ががぅ・・・」
呻き声をあげる犬型ロボットが進み出て来た。
「人間らしいけど、ロボットの身体を持っている。
一体どうして、君は機械の身体を手に入れてしまったの?」
歩み寄ったロボット犬の頭を撫でてやりながら訊いて来るルシフェルさん。
そんなことを聞かれたって答えられる筈もない。
「分からないんです、本当に記憶が曖昧で・・・」
これと言った確証も無い。はっきりとこうだと言える記憶も無かったから。
「だとしたら・・・この犬だけが知り得るということだね。
確かなことは言えないけど、君から未だに離れないのを観れば記憶している筈だよ」
「そう・・・ですね」
犬が覚えているというルシフェルさん。
だとしても人の言葉を喋れる訳も無い・・・私はそう思った。
不安気に答えてしまった私を見ていた犬型ロボットが、
「がうぅ~!」
私達の会話が分かるのか、一声鳴いてから右側の耳を立ててみせるのだ。
まるで話を聞けとでも言うように。
「そうかい?良いんだね・・・分かったよ」
するとどうだろう。
ルシフォルさんは脇にあるモニターと接続してあったコードを立てられた耳に差し込むのだ。
ー 何をする気なの?
声が喉迄出かかった時だ。
ブゥン!
犬型ロボットから機械音が鳴り、繋がれてあったモニターに何かが映し出された。
どうやらあの耳の中には記憶を取り出せるソケットがあるみたいだ。
「ほう?君もなかなかに手際が良いね。
巻き戻したのは、君が最後を迎えそうになった場面か。
でも、損傷が激しいようだね・・・少し修正してみようか」
私と同様に画面を見たルシフォルさんが、荒い画面を調節する為にキーボードへ何かを入力する。
すると、モノクロに近かった映像に色が付き始める。
画面に映し出された光景は、どこかの工場のようだったが。
「ううむ・・・やはり機械達が暴れ回っていたようだね」
火災が辺りを火の海にしている。
その中で動き回っているのは人の容を執るロボット達。
破壊行動を執りながら、腕から火炎を放射している。
「それにしては君は異常をきたしていないようだけど。
同じ機械だというのに暴走しなかったのかい?」
耳にコードを差し込まれた犬型ロボットが、コクンと頭を下げて肯定した。
「ふむ?暴走では無くて誰かの命令で動いていたのか。
その命令を聞かなかった・・・そうだね?」
訊き直されても、前と同様に頷く仕草を見せる。
「その理由は?
君には主人が既に居たという事だね?
ロボット犬は主人以外の命令を拒否するようにインプットされるからねぇ」
そしてまたまた・・・今度は思いっきり大きく頷くロボット犬。
「偉いぞ!それでこそ人の傍に寄れる忠犬だよ」
一頻り犬型ロボットの頭を撫でてやるルシフェルさんが褒めて。
「それじゃぁ続きを見せて貰おうかな」
一旦停止されていた画面を再稼働させる。
画面には延々と破壊行動が映し出されている。
しかもパノラマのように全周囲を隈なく眺め渡している処からして、何かを探しているかのように感じた。
音声状況が悪く、爆発音だけが轟いている状況だったが・・・
「た・・・す・・・け・・・て・・・」
爆音の狭間から、微かに誰かが助けを求めているのが判った。
この状況から考えて、一刻の猶予も無いと思えるのだが。
悲鳴にも近い女性の声を聞き取った瞬間だった。
途端に画面が暴れ始めた・・・と云うか、猛烈な勢いで走り始めたのだと分かる。
「なるほどね、あれが君の主人だったのか」
女性の声が危急を告げていたのを聞いたルシフェルさんが、声に導かれて走り出した処から推察されたのだろう。
画面に釘付けとなる私には、飛び込んで来る画像の全てが恐く思えて来ていた。
この後に待ち受けている展開に、記憶と夢がごっちゃになり始めていたから。
「うん?あれは・・・」
ロボットの群れが一か所に集まっている。
何かを取り巻くように群れ、場の中心へ体勢を向けているようだ。
どんどん近付くにつれ、画面が何かを探すかのようにぶれ始める。
「黒い髪の・・・少女。いいや、あれは?!」
ぶれる画面を凝視していたルシフェルさんが、一点を観て唸った。
私もロボット達の間から観れ見えている姿に気が付いたのだけど。
ー あ・・・あ?!あれは・・・夢で見た剣を下げている?!
手前に居る黒髪の少女が右手に持っている紅い剣に、身に覚えがある。
夢の中で突きつけられていた剣と同じだったから。
ー だとしたら・・・その先に居るのは?!
夢と同じなら・・・その前に居るのは・・・私の筈。
黒髪の少女が剣を挙げて、誰かに何かを話しているようだけど聞き取れない。
悪い事に画面では剣を突きつけた相手が映っていない。
きっとそこには私がいる筈なのに・・・私の姿がある筈なのに。
と・・・画面が赤く染まる。
まるで夕日を浴びたかのように。いいえ、鮮血に染まるかのように。
ぐるぐる辺りを探っていた画面が一点に向けられる。
そこに映っているのは、茶髪か金髪の少女らしい娘が手を指し伸ばす後ろ姿。
髪を後ろで結っていたピンクのリボンが印象的な姿。
ズキリ!
目に飛び込んだ姿を見た瞬間、胸の奥が締め付けられるように痛む。
ー あれは・・・誰?・・・誰なんだろう?
指し伸ばされた手が、何かを取り戻そうとするかのように宙を掻いている。
ー もしかしたら・・・私の友達なの?
夢の中で呼んでいた相手が、この少女だとしたら。
ー なんていう名前?どんな娘?
思い出そうとすればする程、胸の奥が痛み出す。
ー 知りたい。知らなければいけない!
焦りと苛立ちが募る・・・自分に対して。
思い出せない自分が恨めしくなってしまう。
少女の姿を記憶に刻みつけて、どんな小さなことでも見逃すまいとしたのだったが。
「え?!」
次の瞬間に、私は悲鳴にも近い叫びをあげてしまった。
「ううむ・・・何て惨い」
ルシフェルさんの声すら耳に入らなかったほど、画面に映された無惨な姿に声を呑んで見入ってしまったから。
黒髪の少女が剣を降ろし始め、画面の奥に居るもう一人の黒髪の少女が斃れて行く。
その胸には・・・大きく穿かれた穴が?!
人間なら致命傷だろう傷を受け、少女は仰向けに倒れた。
・・・その瞬間。
「ひぃッ?!」
画面が暴れたと思うや・・・
「や・・・やめてッ?!なんてことを?」
倒れた少女に向けて躍りかかる・・・画面が。
そして・・・私は目と耳を塞ぎたくなった。
バリッ!ビリリィッ!ガリリィッ!バキバキッ!
少女の顔が大写しになり、今度は左の胸が。
そして次々に衣服が舞い・・・引き裂かれていく。
剥き出しになる金属の身体・・・噛み砕かれる胸。
ピィン・・・ピィン・・・
くり抜かれた左胸に観えたのは、心臓に位置したメインコンピュータ。
画面が一時的に動きを停めて、光を放つ部品を捉え続けていた。
まるで躊躇うかのように、逡巡しているかのように。
だが。
ゴォオオオオオオッ!
次に飛び込んで来たのは劫火。
画面全域を覆い尽す火の海。
「あ・・・あああ?!」
焼け始める少女の衣服。
もはや逃れる手立ては離れるしかないというのに、画面は変わらず光を放ち続ける部品を観ていた。
そして・・・画面が部品をアップに映した後。
「咥えて外そうと・・・守ろうとしたんだね。
自分を犠牲にしてでも、助けようと試みたんだね」
呆然としている私の頭に、ルシフェルさんが教えてくれた。
この犬型ロボットが、黒髪の少女型ロボットの心臓部を助けたのだと。
つまりそれは・・・
ー 唯の一瞬だったけど見えた。
黒髪の少女の顔が・・・あれが私で・・・この焦げたロボットなんだわ!
繋がった夢と記憶。
ルシフェルさんが言っていた、私がロボットだということ。
この犬型ロボットが私を護っていたのだと言っていた訳も。
すべてが繋げられた。
「そう・・・私は剣で貫かれて死にかけていたんだ。
あの茶髪の娘の前で・・・」
蘇らされた悲惨な事実。
記憶を奪われるきっかけとなった惨劇を、目の当たりにしてしまった。
そして・・・思い出した。
「あの娘に。
あの茶髪の少女に・・・もう一度逢わないといけない」
名前は思い出せなかったが、どうしてもそうしなければならないと感じていた。
見せられた映像。
そこに居たのは黒髪の人形少女と茶髪の少女だった。
悲惨な最期に心が締め付けられたが・・・
自分が人間ではないと教えるルシフォルに、どうしても信じられなかったのだが?
外の世界に出るように薦められて・・・
次回 Act5 朱に染まる空
人類は自ら滅ぶ運命だったのか?捨てきれなかった武器の為に・・・