Act3 錯覚?
私は目を覚ました。
どこだか分からない場所で。
しかも殆どの記憶を失った状態で・・・
防毒マスクを着用した男の人が名乗った。
紅い瞳の<ルシフォル・ターナー>なのだと。
「ルシフォル・・・ターナー・・・ターナー・・・」
紹介された名前を口ずさんだ時、頭の中に痛みが奔る。
「う?!どうしたのかしら、頭が痛くなる」
ズキンズキンと痛みが奔る。
何かを思い出さなければいけないような、それでいて思い出してはいけないような不安感が過った。
知らず知らずの内に手を額に当てていたようだ。
「頭でも痛いのかい?」
不意にルシフォルさんの声がして我に返らされる。
「いえ、はい・・・頭が急に痛み出したんです」
顔を上げて、もう一度ルシフェルさんの防毒マスクに映った自分を観て見る。
そこには確かに額に手を充てる自分らしい女性が映っていた。
蒼銀髪でスカイブルーの瞳を湛える、肌の白い女の人の姿があった。
「痛むのか・・・そうか」
痛みを訴えた私の顔を紅い瞳が眺めている。
ちょっと不思議そうで、少し納得したように。
「目覚めたてで、混乱したのかな?
飲み物でも呑むかい?少しは落ち着くかもしれないよ」
気を休ませてくれるつもりなのか、傍にあったジャーへと手を伸ばして。
「煎れたてだから熱いかもしれないけど」
カップに何かの粉を入れてから注ぐ。
コポコポコポ・・・
湯気が上がり、ほんのりと甘い匂いが鼻腔を擽った。
「ほら。お飲み」
カップを差し出して受け取るように勧めてくれる。
「あ・・・あの。はい・・・」
焦げ茶色の液体がカップの中で揺れている。
差し出されたカップを手渡され、湯気の香りを嗅いだ。
ー あれ?なんだろう・・・とても懐かしいような気分だわ
チョコレートのような甘い匂い。
それ自体が懐かしいのかどうか、それすら思い出せない。
「どうしたの?熱すぎたのかい」
呑むのを躊躇ったとでも思われたらしい。
「いいえ・・・頂きます」
確かにルシフォルさんが言う通り、いきなり飲んだら火傷しそう。
「ふぅ~ふぅ~・・・」
息を吹きかけて冷まそうとする私を飽きずに見ているルシフォルさん。
「コク・・・コク・・・」
一口ずつ。ゆっくりと口に入れてみる。
「コク・・・コク・・・」
温かくて甘い液体が口の中に拡がり、喉を通って行くのを感じる。
「どう?飲めるかい」
感想を訊かれたと思った私が頷いてから、
「はい、美味しいです甘くて」
チョコレート風味のココアが美味しいと答えたら。
「そうか・・・味覚が合うようなら、それは何よりだよ!」
少し大げさだと思うくらい頷き返してくれた。
でも、味覚がと言われたのはどういう意味なのだろう。
「あの・・・甘いと言ったのが可笑しかったのでしょうか?」
「いいや、人間と同じ味覚だという意味さ」
また分からない返事を聞かされてしまう。
人間なら甘いと感じるのが普通だと思うのだけど。
もしかしたらそんなに甘くなかったのだろうか。
自分が甘いと言ったのがルシフォルさんには意外だったのかも知れない。
まじまじと自分を観ているルシフォルさんに、これ以上訊いても気分を害するかもしれない。
そう感じた私はカップを降ろすと、防護マスクを外そうとしていないのに気が付いた。
「あ、あの。ルシフォルさんはマスクを外さないのですか?」
ここは屋内だからマスクをつける意味がないのに。
それに顔を見せてくれたって良い筈なのにっていう意味で。
「ああ、これかい?そうだね・・・外そうかな」
少しだけ躊躇されたのは、顔を晒すのを躊躇ったから?
それとも他に何かの謂れがあるのかな・・・と。
カシュ・・・
首元の装置を外すルシフォルさん。
防護服との接続を外す音が聞こえる。
ルシフォルさんの手が、防護マスクへと伸びて。
バサ・・・
顔を覆っていたマスクが、ゆっくりと外されていく。
銀色の髪が見え、続いて長い髪に覆われている額が。
そして私を観ている紅い瞳も・・・
「あ?!」
マスクを外したルシフォルさんの顔には、優しい笑みが見えたのだが。
左側の頬から首にかけて、火傷を浴びたように皮膚が爛れているが目に飛び込んで来た。
「ははは・・・驚かせてしまったかな?」
私が傷を観て声を呑んだと分かったのか、困ったように笑うルシフォルさん。
「あの日に浴びてしまったんだ、核の光をね」
火傷を負った訳を教えてくれたのだけど、一瞬何の事なのか分からなかった。
だけども、目の前に居る人は<核の光>だと言った。
「核・・・核ってまさか?」
「ああ、プルトニュウム爆弾のことだよ」
その名前を知らない訳ではない。
私には核というモノがどういった物かが分かる。
人類が造った最悪の兵器を意味していたのも・・・だ。
「どうして?そんな物が・・・え?!」
ルシフェルさんの火傷と、浴びたとの一言が私の頭の中で悪夢のような光景を生み出してしまう。
それに防護服を着ているルシフォルさんを観てしまえば、外の世界に何が起きたかも。
「核攻撃が?」
それしか訊けなかった。
「ああ、一週間ほど前にね」
嘘だと言って欲しかった。
人類が悪魔の兵器を使うなんて。
「そ・・・そんな?!じゃぁここの外も?」
「まぁ・・・汚染度合いは低くなったけどね」
防護服を着ているルシフォルさんを見れば、汚染されているのは間違いないだろう。
死の灰が降り積もっているかもしれない。
黒い雨が降ったかもしれない。
もしかすると、光を浴びたと言っていたから爆心地に近いのかも知れない。
「どうして?どの国からの攻撃だったのですか?
なぜ防衛できなかったのですか?!」
確か、この国が保持していた迎撃システムは完璧だった筈。
「・・・世界中の国から。そして世界中にばら撒いてしまった。
無事に済んだ国なんて存在しないよ、この世界には」
「・・・世界中が・・・核攻撃に?」
でも、ルシフォルさんからの答えは私に絶望感を与えた。
外の世界は既に死に絶えたかのように思えるのだから。
全世界が核の脅威に染まってしまったのかと。
「最初の一撃だけで済んだのは幸いだったのかも知れないけどね」
指を一本たてるルシフォルさんが、
「まぁ、どれだけの人が犠牲になったのかは不明だけど」
罹災者がどれ程の規模だったかが分からないとも言った。
「ああ・・・何てことを。
誰が・・・どの国がそんな馬鹿な真似を?」
戦争を起こしたのはどの国なのかと訊いてしまった。
目覚める前の世界は、平和であった筈なのに・・・
だけど。
問いかけた筈の私に、却ってルシフェルさんが質して来た。
「君・・・何も覚えていないのかい?
それとも燃やされたのは核攻撃の前だったのかい?」
「え?燃やされた・・・って?」
燃やされたって・・・どういう意味?
私が質すと、逆に訊きなおされる。
「君はオーク社工場の中で倒れていたんだが。
どうしてあの場所で倒れていたのかが分からなかったんだ。
それになぜ、君達を生み出した工場で焼け爛れていたのかも」
「え?・・・何を仰っているのか?」
まったく分からない。
目の前に居るルシフェルさんの言葉の意味が。
生み出した工場?焼け爛れていた?
それじゃぁ私は?焼け死んでいたとでも?
「そうか・・・やはり無事に取り出せていた訳では無かったんだな?
いいや、彼には完全に取り外せる時間も与えられなかったのだろう」
「あ、あの。取り外せるって何をですか?」
ますます訳が分からない。
彼とは誰を指すのだろう、取り出すとは何を意味するのだろう?
聞きたい事があまりにも多くて、どれから訊いたら良いのかさえも考え付かなくなる。
「もしかして・・・本当に記憶を奪われてしまったのかい?」
また逆に問われてしまう。
「いいや。ロストしてしまったのかと訊いた方がいいかな。
彼に噛み外された際にか、高熱に晒された折に?」
そして私の傍に居るロボット犬を観て訊いて来る。
「彼って・・・この機械の犬が・・・でしょうか?」
確か、ルシフェルさんは噛み外してと言ったと思うけど?
人間である私の、何を噛んで外したというのだろう。
訳も分からず訊く私に答えず、傍に居る犬型ロボットの方に近寄って。
「どうやら本当に無くしてしまったみたいだぞ、君が護った娘は」
犬の頭を軽く撫でてから私に振り返ると。
「僕は名乗ったけど、君の名は?」
私の名前を訊いて来た。
「あ・・・えっと・・・」
だけど答えられない。
「自分が誰であるのかも?」
「・・・」
名前も分からないのに答える術はない。
「それじゃぁ、この犬の名も?
君を最期の瞬間まで護っていたのに?」
「・・・はい」
守ってくれていたのを覚えていたら、そもそも怯える訳も無い。
それなのに観た瞬間、恐怖が頭の中で過ったのだから・・・って?!
「え?私・・・なにかを忘れている。
いいえ、なにかを覚えている。
とても大切な何かを・・・私がどうしてこの犬を怖がったのかを」
頭の中で感じたことを突き詰めて考えた。
ルシフェルさんの言葉と、傍に居る犬型ロボット。
それに自分が感じた違和感・・・それを併せてみる。
・・・だけども思い出せない記憶に焦燥感が募る。
何か、ヒントがあれば・・・
考え込む私を観ていた<彼>が、部屋の隅に置いてあったシーツを口に咥えた。
「がぅ」
そしてルシフェルさんに向かって一声唸ったのだ。
「ああ、僕も見せた方がいいかも知れないと思っていたよ」
犬に向かって頷くと。
「見せてあげてごらん」
シーツを捲れと促した。
「がぅ!」
人の言葉が分かるのか、犬が勢いよくシーツをひっぱり捲った。
バサリ
捲れたシーツから、黒い何かが現れる。
「ひッ?!」
黒焦げの人体らしき物が、私の眼を射る。
黒く焼け爛れ、煤や灰がこびり付いている人の容に恐怖を感じた。
「え?!」
でも目を凝らして視れば、それが人間ではない事に気が付いた。
黒焦げのソレは、金属の骨格を有していたのだから。
「え・・・え?!」
そして無惨にも所々が何かに因って削り取られたり、砕かれたような凹みが見えた。
人間だとすれば女性だったのかも知れない。
頭を下げて膝を立てて座り込んだ状態の胴体上部には、胸を設えられていたかのような痕跡が見えたから。
「ひ・・・ど・・・い・・・」
痕跡と言ったのは、右側だけにしかそれが無かったから。
左の胸は完全に壊され、何か強靭な刃物でくり抜かれた様にえぐり取られていた。
人間ならば丁度心臓がある場所が、無残にも無くなっていたのだから。
「うっ?!」
呻いてしまう程の無残な壊され方だと感じるのは、抉り取られた左の胸の傍に穿かれた穴に気が付いたからだ。
高熱で金属が溶かされたかのように爛れ、胸から背中まで貫通していた。
まるで、金属でも簡単に溶かすレーザーを受けたような爛れ具合を見せている。
・・・レーザー?
ふ・・・と、ルシフェルさんの眼を観る。
・・・紅い眼?
瞬間、ふらっと頭の中で何かが過った。
黒く・・・黒い・・・靡く・・・髪・・・が。
それが自分の物ではないとは言いきれなかった。
紅い光が目の前で沸き起こる。
紅く・・・紅い・・・輝く・・・弾・・・が。
それを受けてしまったとも言えないけど。
地と空が反対になる。
仰向けになったかのような錯覚に捕らわた。
黒く・・・真っ黒な獣の影が頭上から降って来る。
忌まわしいケダモノが牙を剥く。
紅い・・・吹き・・・跳ぶ・・・破片・・・が。
喰い殺されてしまいそうな錯覚が襲う。
翠の・・・翠に・・・光る・・・魂・・・さえも。
何もかも奪われてしまうような錯覚・・・錯覚?
「あ?あああッ?」
焦げた人形。
壊され尽した人形。
そして・・・
夢で見た剣と錯覚が交差する。
目の当たりにしているのは、黒焦げのロボット。
傷痕が全身に刻まれ、何が起きたのかを物語っている。
世界が核攻撃によって破滅の道へと転げ落ちたというルシフォル。
信じ難い悲劇を知らされた後、その姿を見詰めるうちに気がついたのは?
次回 Act4 業火の中で・・・
君は観てしまう。業火の中で起きる惨劇を!




