Act5 約束
聖戦闘人形レィは目的地へと奔る。
自分の存在意義とも言える<約束>を果たすために・・・
途切れる前に、一瞬だけ瞳に捉えることが出来た。
ブラックアウトしたモニターを震える体で見詰めていた。
「約束・・・守ろうと?」
涙で霞む。
言葉を絞り出すのがやっと。
「もう・・・逢えないかと思っていたのに」
マリンブルーの瞳が観たのは。
「レィちゃん・・・来てくれたんだ」
聖戦闘人形の名を、震える唇が紡ぎ出す。
「最後に交した約束を守って」
キーボードに入力する手を停めて、リィンは思い出に浸る。
嘗て、彼女と何があったというのか。
悪魔に抗う乙女と聖戦闘人形との関係とは?
カツ カツ カツ・・・・
周り中をモニターで囲まれた、リィンの居る集中制御室に誰かが入って来る。
「あなたの言っていた通り・・・ね、リィンタルト」
掠れた女性の声がリィンへ投げかけられる。
「あいつは蘇った・・・死に損ないのプロトタイプは」
モニターの灯りに照らし出されたのは・・・
「フューリー・・・いいえ、<ファースト>と呼んだ方が良いかしら」
彼女に気付いたリィンが応える。
「相変わらず嫌味を言う娘ね・・・リィン」
腰に下げた剣の柄に手を置いて、フューリーと呼ばれた死神人形<ファースト>が立ち止まる。
「観たでしょうリィン。あいつは此処に来る気よ」
そして、あからさまに嗤った。
「また壊されると分っているのに・・・ねぇ?」
リィンへ同意を促すフューリー。
「あなたも覚えている筈よ、私に歯向かっても太刀打ちできないことぐらい」
薄ら笑いを浮かべ、リィンへも蔑視を向ける。
「そう・・・かも知れない。でも・・・」
唇を噛み締めたリィンが、記憶を蘇らせて認めようとしたが。
「でも?・・・なに?」
途切れた言葉を訝しむフューリー。
「レィちゃんは・・・約束を果そうとしているわ」
「約束・・・リィンと交わしたという・・・あの?」
蔑む様にフューリーが答える。
レィがリィンの元までやって来るのを知っていたのだろう。
「そう!レィちゃんは必ず私に逢うって。
もう一度・・・私の元へ現れるって約束したの」
悪魔に組みする戦闘人形<ファースト>へ、リィンは必死に答えるのだった。
「あーっはっはっはっ!
唯逢う為だけに蘇ったのか、あの死に損いで不完全な人形は」
しかし、フューリーは嘲り嗤う。
「逢う為だけに、ここまで来るなんて。
少々チャンスに恵まれて来ただけなのに、バベルの塔まで辿り着けると思うのかしら」
集中制御室にフューリーの嗤い声が木霊する。
「残念でしょうけどねリィン。あいつはあなたに逢えないわ。
だって・・・私が殺すのだもの」
身体を捻ってリィンへと背を向けるフューリー。
「不完全な戦闘人形ってことを・・・もう一度分からせてやる。
この最強で・・・唯一無比の存在である私が・・・完全に破壊してあげるわ」
レィが来てくれることに期待しているリィンへ向けて言い放つ。
「観ているが良いリィン、あいつが完膚なきまでに壊されていく様を。
そして私こそが・・・全能なる創造者に選ばれた者だと認めるのよ」
何も言い返せないリィンへと、過剰な自信を見せつけて。
「フューリー・・・どうしてあなたは?」
歩み去ろうとするフューリーに対して、リィンはなぜだと訊いた。
「フフ・・・前に言っただろう。
私はレィが<蒼騎麗美>だった頃から憎かったのだと」
背中を向けるフューリーが、掠れた声で答える。
「人間だった頃からずっと・・・レィを殺してやりたかっただけよ」
立ち止ったフューリーと名乗る死神が、呪われた紅い機械の眼でリィンに振り返った。
「前は破壊しきれなかったけど・・・今度は完全にあいつを滅ぼす!」
決然と言い放つ悪魔の戦闘人形。
レィが元々は人間の名を冠されていたのを知っているようだが、フューリーも元は人間だったのだろうか。
「フューリー・・・あなたはタナトスに言い包められただけでは無かったの?」
背を向ける<ファースト>へと、リィンが訊ねる。
「世界を混沌へと貶める悪魔に魅入られただけではなかったの?」
戦闘人形へと堕ちた者へと。
「タナトスは・・・私の願いを聞き入れただけ。
私は望んで・・・この躰を手に入れたのよ!」
吐き捨てるように答えるフューリー。
そして最後にもう一度言うのだった。
「人間では叶えられない事も・・・出来るのだから。
憎いレィに再び鉄槌を下せる・・・血も涙も無く・・・無感情で。
機械の身体だからこそ、冷徹極まる行為だって平気なのよ。
だから・・・観ていなさいリィン。
アイツが粉々になる様を。あなたのレィが無惨に変わり果てる様子を!」
憎しみを滾らせる死神人形がリィンへ告げた。
聖戦闘人形レィを打ち破ると。
「二度のしくじりは・・・ないわ」
声を喪うリィンへ向けて、完全決着を果すと断じた。
「リィン・・・最後にもう一度だけ訊くわ。
あなたも機械の身体を手にしてみない?」
死神人形であるフューリーが立ち止らずに質す。
「出来れば・・・あなただけは救いたいのだけど?
あと数時間もすれば、ケラウノスが発動されてしまうのよ。
そうなったら、只の人間でしかないあなたは・・・死ぬ事になるわ」
世界を破滅へと齎す兵器の発動が迫っている。
もしも発動してしまえば、人類は最期を迎えるのだ。
だが、抗う乙女は首を縦には振らなかった。
「いいえフューリーみたいには成りたくない」
断わられるのが分っていたのか、フューリーは無感情に。
「そう・・・」
それだけ言って制御室を後にした。
後に残ったリィンは、嘗ての同胞を見送り呟く。
「レィちゃん・・・待っているから」
悪魔が設えた塔の最上階で、リィンは彼女を想う。
「最期の瞬間を迎える前に・・・逢いたいね」
蒼き瞳の乙女は、人類最期の瞬間を思いもした。
「だから・・・月に居るあなたの為にも。
私は最期の賭けを諦めないから・・・」
最期の賭け?
一体何を為そうというのか。
リィンは制御室で何を目指しているというのか?
防御火器をものともしないで突き進む。
今、約束の地へと入った聖戦闘人形は限られた時間の中、闘い続けている。
胸の宝珠に描かれた緑のゼロのデジタル文字から、一本が消えた。
「残り・・・50分。
戦闘動力が潰えるまで・・・僅か50分しかない」
全力戦を挑まなくても、残された時間と動力は使い果たしてしまうのか。
「でも・・・あの人から貰った最後の希望が、私にはあるから」
紅き剣を揮い、敵機械兵を撫で斬りつつも。
「リィンとの誓いは果たしてみせる」
戦闘人形として生まれ変わった身体を駆使し、彼女は目指す。
このビルに彼女が居ると信じて。
地上6百階の頂に、きっと待ち人が居ると信じて。
レィは駆ける・・・唯がむしゃらに。
戦闘人形の脚力で、唯一つの約束を胸に。
押し寄せる機械兵を蹴散らし、同じ戦闘人形達を打ち倒して。
そして目的の最上階まで残り4階まで来た時。
広いスペースに躍り出た。
ビルの最上階にある紫の球体を護持している防振階は、太い柱が林立した空間だった。
開け放たれた空間に、鉄骨が剥き出しになっている場所で。
「待っていたぞ・・・死に損ないが!」
黒い戦闘人形が立ち阻んでいた。
塔の中に居るリィン。
もう直ぐ逢える筈だったが?
その前に立ちはだかる者は・・・死神ファースト。
今、宿命の輪が解き放たれる!
次回 Act6 拭えぬ過去
戦う宿命を背負うのは君だけではなかったのか?その訳とは・・・