Act 2 目覚め
誰かの瞼が開く。
だが、目覚めた時に気がつくのだ。
自分が誰であったのかが分からなくなっている事に・・・
霧の中に居るように霞んでいる。
白い霧に包まれた中、誰かが呼んでいるような感覚に囚われる。
「誰?私を呼ぶのは!」
何度も相手に叫んだ。
でも答えは返って来ない。
しかも自分を呼んでいる筈なのに名前が呼ばれていない事にも不安が過る。
呼ぶ声は次第に掠れ、やがて襲い来るのは・・・
「や、やめて!なぜ剣を突きつけるというの?」
霞む先に居る相手から、紅い剣先が突きつけられる。
そして・・・紅い剣が。
その瞬間に決まって聞こえるのは自分を呼んでいた声の叫び。
誰かが自分の代わりに叫んでいるような不信感、不安感。
確かに自分へと剣が突き入れられるというのに、自分ではなく声の相手が叫ぶのだ。
「誰?そして・・・私は?
私の名は?どうしろというの?」
何もかもが翳んでいる。
自分が誰なのか、呼んでいるのは誰というのか。
そして剣を突き立てるのは、一体?
シュゥン・・・シュゥン・・・
何かの音が聞こえてくる。
「これでもう目覚められるだろう」
誰か・・・男性らしい低めの声も。
「ががぅ?」
なにか・・・獣のような呻きも。
「私は席を外すよ。後は君が見守ると良い」
男性らしい声が聞こえ、しばらくすると扉が閉じる音も聞こえた。
ー 不思議。なんだか遠い昔に感じていたような肌の感覚・・・
耳が聞こえるようになって初めて思ったのは、肌を通して衣服やシーツの肌触りを感じられている事への不安感。
ー まるで私ではないような感覚。
なぜだか分からないけど、人では無かったかのようにも思えてしまうの・・・
瞼を開けるのが躊躇われて仕方がない。
自分の姿を見てしまうのが怖くなる。
ー もしかすると私は人間ではないのかも。
もしかすると・・・化け物なのかもしれない
それに・・・と思うのは。
夢か幻で観た剣先。
あれは自分を貫いた・・・間違いなく。
だとすれば生きていない筈とも感じたから。
ー 一体私は何者なのだろう?
思い出そうとしても何も浮かばない。
唯、何かに急かされているような焦燥感だけが心の底に蟠っている。
ー 何かを誓わされていた?誰かに託されていた?
駄目・・・何も分からない。自分が誰であったのかさえ・・・
自分が誰であったのか、名前さえも分からなくなっている。
それが焦燥感を募らせる原因なのか・・・どうかさえも。
身を捩らされるほどの焦燥感。
動けるのなら誰かに訊いてみたいくらいだった。
自分がどうして此処に居るのかを。
ー そうだわ。どうして此処で寝ているのかを訊ねれば・・・
先程聞こえた男性に訊いてみれば何か思い出せるかもしれない。
そう考えた瞬間だった。
「ががうぅ~?」
左耳に犬のものらしい声が飛び込んで来た。
「ひゃッ?!」
思わず驚いて声が迸ってしまう。
「がう?!がうううぅん!」
吠えたてられたような感覚に飛び起きてしまった。
そして・・・目を見開いた。
「あ・・・眩しい」
見えたのは電灯の灯り。
今迄観たものの中で一番明るく感じられた気がする。
白色光で彩られた室内。
何かの機械が稼働している音と起きた寝台の軋む音が聞こえる。
やがて瞳が光に慣れてくると。
「あ・・・私の足・・・だよね?」
シーツをかけられた足が見える。
人間の足に間違いない、白い肌の指先も。
「これ・・・私が動かしている指だよね」
そして手の平を観て動かしてみた。
思い通りに動く・・・白い指が。
そしてまた不思議な感覚に囚われる。
「ちゃんと・・・肌の感覚がある」
それが人間なのだと、どこかで思いながらも。
なぜかそれに違和感を覚えている自分が不思議にも思えて来た。
不安感が襲うのを避ける為に、片手の肌を抓ってみる。
「痛い・・・本当に痛みを感じる」
肌には抓った跡が残る。
でも、何かしらおかしいとも思えた。
「痛みには無縁だった様な気が・・・それこそオカシイというのに」
そしてもう一つ気が付いたのが。
「あれ?私の声ってこんなだったのかしら?」
夢の中ではもう少しトーンが低かった。
呼ばれた時に聞き返していた声は、今話している声より1オクターブ低かった筈。
「それに・・・なんだか体のサイズも違う気がする」
手を併せた時に観えた、胸の盛り上がりも記憶とは違うと感じる。
段々と不安感が募って来た。
自分がどうなっているのかが皆目分からなくなってしまい。
「がう?」
「ひゃんッ?!」
突然吠えられて、また悲鳴を上げてしまった。
犬の泣き声に我へと返され、やっと横を向く気になって・・・
「え?」
そこに居る犬らしいモノを観てしまった。
「え?ええッ?!」
人懐っこそうな犬が舌を出して異聞を観ているのは分かる。
顏はシープドッグにも似た牧羊犬らしいのも分かる。
だが、その肩から下の姿に目を向けた時。
「ひぃッ?!」
機械の身体が眼に飛び込んで来た。
ロボットの胴体に犬の首が載っている・・・としか映らない。
それがとても怖く思えてしまう・・・のは何故だろう?
なぜだか思い出せないけど、大事な物を食べられそうになっていた気がして。
「い、嫌ッ・・・来ないで」
恐怖に苛まれた私は、逃れようとしてシーツを開けさせる。
「がぅうん?」
犬は私を追い詰めるかのように寝台に足を載せて来た。
「ひぃッ?!やめて、食べないで!」
なぜだかそう言うのが当たり前のように思えた。
どうしてかは分からないけど、怖くて仕方が無かった。
でも、犬が私の足を押さえて来る。
逃げられなくするように・・・
「い、嫌っ!殺さないで・・・殺さないでぇッ!」
恐怖で錯乱してしまった。
叫ぶ声に動揺したのか、犬の足が除けられた。
「がぅ・・・がぅん」
と、犬が見る間にしょげて行くのを見て。
「あ?なんだか・・・どこかで見た様な」
頭の芯で、この姿をどこかで見た様な錯覚に捕らわれる。
「もしかして・・・君は私の事を覚えているの?」
懐いていた訳に思い当たった。
「怯えちゃってごめんね。
なぜだか怖くって、食べられちゃうかもしれないって思えたの」
それにどう見ても襲い掛かって食べられるなんて思えない。
自分が目覚めたのを喜んでいたのが、尻尾を振っている事に表されてもいたのだから。
「ごめんね君。
どうやら私・・・記憶が。
思出せなくなってしまったようなの」
記憶の喪失・・・それが犬に怯えさせたとは考えにくい。
記憶の混乱が招いたのだとは思えたが。
事実、目覚めた時から自分が誰なのかは分からなかったが、人の言葉を聞き分け話せることからして喪失では無いとも言える。
「ががううぅッ?!」
記憶の混乱を告げた途端、犬が耳を立てて首を傾げる仕草を見せた。
「あ?君って私の言葉が分かるの?」
犬なのに・・・と言ってから、また不思議な感覚が襲って来た。
この子は人の言葉を理解しているのだと分かってしまったから。
「わ・・・私って一体・・・」
記憶を失う前は何者だったのかが、更に思い出せなくなって来る。
混乱して頭を振った時、
ファサ・・・
髪が肩から零れて来た。
「?!」
薄く青色に色付いた銀髪が。
その途端、混乱が頂点に達する。
「誰?こんな髪色だったとは思えない。
一体私はどこの誰だったの?」
蒼銀髪を見詰めて口に出した・・・動揺を誰かに停めて貰いたくて。
ギィ
と、音がする方へ顔を向ける。
いつの間にかドアが開き、影絵のような黒い影が入って来ていた。
「やぁ!目が覚めたんだね良かった」
さっき聞いた男性の声が自分に向けられる。
ゆっくりと室内に入る影が電灯を受けて色付く。
「あ?!」
その姿は想像外だった。
マントを頭から被り、防護マスクを着けているのだから。
「なんとか息を吹き返せて良かった。
もう少し遅かったら消えちゃっていたかもしれないね」
そして意味が分からない事を話すのだ。
「あ、あの?」
どうして私は此処に居るのか、その前にあなたは?
そう言った意味の声をかけるつもりだったが、防護服のマスクにあるレンズに映った姿を見てしまった。
「え?!誰・・・」
目の前に居る人のレンズに映るのならば、それが物語るのは自分でしかない筈。
でも、記憶に居た自分とは別人としか映らなかった。
蒼銀髪を腰まで垂らした・・・蒼い瞳の女性。
その姿がレンズに映っていたのだ。
「先ずは僕から名乗ろうか。
君を見つけて此処まで運んだんだよ、このルシフォル・ターナーが、ね」
レンズ越しに見えるのは赤味を帯びた瞳。
自分を観ている男性の声が教えたのはルシフォルという名。
「こうみえても機械博士なんだよ?」
明らかに敵意を感じさせない男性の声が、頭の芯に突き刺さった・・・
新しい姿。
そして少女人形編からの伏線が?!
謎の男ルシフォル登場!
彼が教えるのは、君が何者であるかということだけ?
次回 Act3 錯覚?
もしかしたら君は人間になったのか?それとも・・・




