Act55 炎の宿命 中編
周りを機械兵に囲まれてしまう少女人形レィ。
リィンを護る為に敢えて身を挺したが・・・
そこにやって来るのは?
重装甲の機械兵5体と渡り合っていた少女人形の耳に、リィンの叫び声が・・・
「やめてぇーッ!」
自分を突き飛ばしたレィが傷を受けてしまった。
過去のトラウマが呼び覚まされてしまう。
再び惨劇が繰り返されてしまう・・・と、心の傷が叫びとなったのだ。
「レィちゃんから放れなさいよぉ!」
起き上がったリィンの必死の叫びが少女人形に届く。
千切れ舞う衣装の破片の蔭に、護るべき人の姿が垣間見れる。
突き飛ばして離した筈のリィンが、駆け戻ろうとしている姿が。
ー こ・・・来ないでリィン。私は痛痒を感じない体なんだから・・・
右腕を壊され、背中と腹部に痛撃を浴びた今でも痛みは感じていない。
唯、各部の損害が警告音を伴って頭脳を支配し始めているだけ。
5体に囲まれ、リンチのように痛撃を浴びている姿を見せてしまった方が、少女人形には辛く思えるのだ。
それにリィンを機械兵達が見逃してくれるとは思えなかった。
「こ、来ないでリィン。脱出して、早く!」
強靭な機械兵に囲まれた今、二人揃って逃げるのは無理かもしれない。
だが、機械兵達が自分に集中している今なら、リィンだけでも逃げられるだろう。
自分が犠牲になれば、リィンだけは守れる筈だと思った。
「嫌ぁッ!一緒じゃなきゃ嫌だよぉ」
でも、リィンは少女人形を見捨てて逃げるなんて考えもしていない。
機械兵達が人間の少女が駆け寄ってきても、対処する事なく少女人形だけに攻撃を加えようとしていた。
それが、唯一与えられた命令だと言うかのように。
ゴキッ!
もう一撃を受けた少女人形が地面を転がり、駆け寄って来たリィンの前で停まる。
「レィちゃんッ!」
這いつくばる少女人形を抱きかかえ、必死の表情で呼ぶリィンに。
「な、なぜ・・・逃げてくれないの・・・よ?」
喉のスピーカーにも損害を受けたのか、少女人形の声が掠れて聞こえる。
「だって!あたし達は一緒だって言ったじゃないッ!」
蹴られて5体の輪から抜け出た少女人形を抱きかかえて叫ぶリィン。
「置いてなんか行ける訳がないじゃないッ!」
迫りくる機械兵を前に、リィンが少女人形を庇う。
「やめ・・・るんだ・・・リ・・・ィ・・・ン」
立ち上がることぐらいしか出来ない状態にまで損傷を各部に受けてしまった。
音声も途切れ途切れにしか出せない位に。
このままでは二人揃って機械兵の餌食となってしまう・・・最悪の場合。
機械兵達の影が二人を飲み込む。
しかも先程までは5体だけだったのに、いつの間にか数倍にまで膨れ上がっていた。
5体が近くに存在していた仲間を呼んだのか、それとも人間の姿を感知した機械兵が集まったからなのか。
どちらにしても、最早逃げ場は無い様に思える。
そして二人の前に居た機械兵が両腕を高くつき上げて、振り下ろそうとした。
「一緒に・・・最期まで一緒だよ」
最期が来ると覚悟したリィンの声が聞こえる。
「リィン・・・リィンだけでも逃げて。
私は必ず逢いに戻る・・・から」
「え?!レィちゃん?」
護れるのなら死んでも良いと少女人形は足掻く。
庇うリィンを押し退け、自分を盾にしようと立ち上がった。
振り下ろされて来る機械兵の剛腕。
受けてしまえば、少女人形だとしても無事で居られる訳がない。
もろに喰らえば、後ろに逃がしたリィンをも巻き込んでしまう。
「きゃッ?!」
腕が当たる前に、後ろからリィンが短く叫ぶ声がする。
背後から何かがリィンを捕らえ、意図しない叫びとなったのだ。
ゴッ!
少女人形を叩く金属音が響く。
ドサッ!
堪らず倒れ込む少女人形。
もし後ろにリィンが居たら、間違いなく巻き込まれたであろう。
しかし、そこにリィンの姿は無く倒されたレィが転がっただけだった。
「ああッ?!レィちゃん」
リィンが呼んでいる声が頭上から聞こえた。
それにより少なくとも無事であると判ったが・・・
身を晒して庇うレィに、リィンが手を伸ばそうとした瞬間だった。
何かがリィンの身体を掴み、その場から飛び退いたのだ。
「きゃッ?!」
短い悲鳴を上げるのが精一杯。
殴りつける機械兵とレィを観るだけが、出来ることでしかなかったのだが。
「え?!」
お腹に廻された手に因り、レィから引き剥がされた。
視界の端に映る腕が見え、目の前に居る少女人形の衣服と同じだと分かった。
だから思わず掴んだ相手を観てしまった。
「嘘?!どうして?」
振り返った先に居るのは。
「レィちゃん?!どうしてもう一人レィちゃんが?」
黒髪を靡かせる少女人形が居た。
ガシリ
倒れた少女人形レィを掴み上げ、とどめを刺そうとする機械兵。
引き付けた腕を相手に叩き込もうとする・・・寸前。
「もういい。お前達」
リィンを掴んだ黒髪の人形が命じた。
ピタリ・・・と、レィを掴んだままで機械兵の腕が停まる。
「後は私がヤる」
掠れた声がリィンの耳を打つ。
その声色はどこかで聞いた事があった。
「ま、まさか?!」
驚きの声をあげた時、自分を掴んでいる少女人形そっくりな人形が顔を向けた。
「おやぁ~?気が付いちゃったのかい、リィンタルト」
流し目を自分に向けて、黒髪の人形が嗤ったのだ。
「?!眼・・・目が赤い?」
レィにそっくりだが、瞳は紅く澱んだような色。
「確かフューリーは青かった筈なのに?」
声はフューリーだが、姿はレィに瓜二つ。
唯、瞳は悪魔のような赤黒さ。
「さすがはリィンと言った処ね。
その通りさ、私はフューリーだった死神人形」
「どうして?どうして此処に?」
ニューヨークで見失ってから僅かの間でという意味と、姿が全く違うのは何故かと訊いたのだ。
「フフフ・・・私を嘗めちゃ駄目だよリィン。
復讐の為なら何処にだって現れる。
受けた恨みを晴らせるなら、どんな姿にだって成れるんだよ」
悪魔のように口を歪めて答える死神人形。
「その為にはアークナイト社製のプロトタイプの外郭だって手に入れる」
「あなたが人形達を連れ出したのね?!」
社からの報告にあった通り、人形達を行方不明にしたのが死神人形だと睨んだリィンの問いに。
「察しが良いじゃない。
そう!タナトスが私にも仲間に命令を下せるようにしてくれたのよ」
「仲間?人形や機械兵が仲間だと言うの?!」
この工場に居る機械兵を操っていたのが死神人形の仕業なのかと問い詰める。
「フ・・・」
質された死神人形が口元を歪めて右手を差し上げ、
「そのくたばり損ないを放り出せ!」
レィを掴み上げていた機械兵に命じる。
ブン・・・・ドサッ!
放り出せと命じられた機械兵が、少女人形を玩具のように投げ捨てた。
地面に叩きつけられたレィの身体は、壊れた人形のようにバウンドして横たわる。
「ああ?!なんて惨いことをッ!」
ボロボロにされたレィの姿に思わず叫ぶリィンへ、これ見よがしに死神人形が嗤いだして。
「あ~はっはっはっ。
なんて無様なのかしらねぇ、レィ・・・いいや麗美」
機械兵に命令を下せるところをリィンに見せつけた。
「酷いッ!レィちゃんはもう闘える身体じゃないのに!」
必死に訴え、掴まれている身体を捩ってレィの元へ行こうとするのだが、死神人形の拘束からは逃れられない。
「あれぐらい、私が受けた辱めに比べたら軽いわよ。
人間だった私が監獄で受けたリンチに比べればね」
逃げようとするリィンを睨み、更に口元を歪めて教えたのだ。
「どうせ復讐するのなら、同じ位傷めてけてからにしてやろうと思っただけ。
監獄送りになった原因を造ったんだからねぇ、レィって女が!」
恨みで見境がなくなったのか、自分の犯した罪を忘れてしまったのか。
全てを他人の所為にする悪魔が此処に居た。
「なんてことを言うのよフューリー!
それはあなたの勝手な逆恨みじゃないッ!」
なんとかして死神人形から放れようと藻掻くリィンに、
「分かっちゃいないねぇリィン。
復讐者がどれだけ闇に堕ちているのかを」
嗤いを停めて言い放つ。
「だから・・・分からせてあげる。
あなたの目の前で。あなたの希望も願いも粉々に打ち砕いてあげるわ」
その眼は地面に転がる人形少女へ向けられていた。
「ま、待って?!まさか・・・」
「そう・・・解ってるじゃないリィンタルト」
口を歪に曲げた口から零れたのは・・・
「始末してやるのさ、リィンの前でレィをな!」
「や、やめて!やめてッフューリー!」
一番畏れていた一言を、事も無げに言う死神人形。
捕まっている手を必死に押さえ、レィに近寄らせまいと抗ったが。
「この娘を捕まえておけ。
間違っても危害を加えるな、いいか!」
逆に放り出され傍に居た機械兵の拘束具に填められてしまった。
「嫌ぁッ!放して、放しなさいよぉ!」
リング状の拘束具を身体に填められ、暴れようとしても身動きできない。
出来るのは叫んで抗うだけ。
リィンが拘束される姿を観ていた死神人形が、また一頻り口を歪めると。
「ああ、それからな。
その娘の顔を私がこれからする処刑から背けないようにしておけ」
レィの最期を看取らせろと命じたのだ。
「希望を断たれれば、抗う気にもなれなくなるだろう?」
にやりと邪な笑みを浮かべて。
「鬼ッ!悪魔!!絶対に赦さないからッ!」
絶望と拒絶する声を出すリィン。
少女人形の元へと離れていく死神人形が微かに振り返ると。
「そう・・・私は悪魔に魂を売った女よ」
感情を表さない低い声で答えた。
ジャリ・・・
舗装されてあった路面を人形の靴が踏みしめた。
「起こせ・・・そいつを」
一言命じてレィを掴み上げさせる。
周り中を機械兵に取り囲ませた、黒髪の死神人形が腰の剣を抜き放つ。
ゆっくりと剣を正面に向け、機械兵によって無理やり立たされたレィへ。
「お前には散々コケにされて来た。
今迄の恨みを今、晴らす・・・決着の時だ」
リィンには笑い顔を見せていたが、レィの前では感情を表さなくなっている。
無表情で、淡々とした声で。
そして・・・
「闘いに感情を挟まない・・・それを教えてくれたのがお前だ。
ロッゾア邸でお前は私を殺せなかった・・・いいや、殺さなかった。
なまじ情けをかけてしまえば、後の禍根となると分からなかったのか?
復讐に身を焦がすものを倒し切らなければ、いつかは己を滅ぼす。
それが現実となった・・・漸く解っただろうがな」
己の甘さが身を滅ぼしたのだとレィを罵倒して、
「己だけでなく、大切な者をも奪われるんだぞレィ。
漸く私の願いが叶うんだ、リィンをこの手で好きに出来るんだ。
どうだ?悔やむだろう、恨めしいだろう?
今度はお前が苦しむ番だ!
そして・・・辛苦と共に果てるが良い」
向けていた剣に力を込める・・・と。
剣が上下二つに分割される。
パカ・・・シュウウン・・・
上下に割れた剣の真ん中に細い棒状の銃身が現れ、内部からの圧力で紅く染まり始めたのだ。
紅い光は赤外線照射装置などではない。
死神人形がどこかから奪い取って来た究極の武器、レーザー光線銃だったのだ。
剣先をレィの胴体に向けていたが、徐々に腕を上げていく。
その狙いは・・・心臓か?
「一撃でメイン機構を破壊してやろう・・・かと思ったが。
苦しみと絶望を感じる暇を与えるのも一興。
苦しみ悶えて死に絶えるが良い、レィ!」
少女人形の中枢部である左の胸から、僅かに逸らした剣先。
「お前と同じなどと思うなよ。
一思いにヤラナイのは、完全に勝利した私だからこその余裕なんだ。
悪魔の機械になった私だからこそ手に出来るんだ、この瞬間を。
だから・・・機械の世界を生み出す礎に成るが良い、レィ!」
死神人形の指が、剣のトリガーにかかる。
目の前には復讐の対象である少女人形が声も無く立たされている。
無抵抗で、魂の抜け落ちた人形そのもののように。
「さらば・・・旧友よ・・・」
呟き、トリガーにかけていた指を引き絞って行く・・・その時。
「お・・・おね・・・が・・・い・・・フュ・・・リ・・・
リ・・・ィ・・・ン・・・だ・・・け・・・は・・・
殺・・・さ・・・な・・・い・・・で・・・」
まったく動きを停めていたレィの声が。
「?!馬鹿な・・・動力が停まっているだろうに?」
話せる訳がないのに・・・聴こえて来た。
「そうか・・・そういうことか。
レィの魂が最期の願いを言葉にしたか」
人間だったら魂の声を相手に伝えれるという。
死に逝く魂が、最期の訴えを相手に伝えたのだと思った。
「ユーリィも・・・同じように頼んだんだがな」
死神人形は瞼を閉じる。
自分が殺して来た人間を思い浮かべて。
「だが・・・私は死神!
死を振り撒く者なのだ、レィ!」
戟鉄を引き絞る・・・
死神人形ファーストが嗤う。
もはや身動きできないまでに傷ついたレィに。
そして剣を突きつけてくる!
最期の時、君が観るものとは?!
次回 少女人形編<復讐者の挽歌>
Act56 炎の宿命 後編<最終話>
宿りし者は生き続けることが出来るのか?!ラストは君の目で見守れ!




