Act53 終わりの始まり
二人を見送るリィンとレィ。
今迄教えられなかった秘密を話す時が来た。
それは一本の電話から始まってしまった。
「警察の方ですか?お願いがあるんです」
ニューヨーク市警に掛かって来た電話が事態を急変させる事になる。
数台のパトカーが巨大なタワーに乗りつけて来た。
電話によりオーク社員が帰宅して来ないから調べて欲しいと報告を受けて。
通常ならば鶴の一声でうやむやにされただろう。
だが、今回は横やりが入らなかったのだ。
オーク社の幹部からの嫌がらせを受けなくなった警察が、文字通り小躍りして踏み込もうとしていたのだ。
これまで幾度となく行方不明者を出して来たオーク社ならば、事件の鍵を握る奴が居るだろうと。
しかし。
市警を待ち受けていたのは・・・
「どうしても扉を開けないというのなら、強制執行に移るぞ!」
固く閉じられた出入り口だった。
これだけのビルに出入りする者が居ないのもおかしな話だったが、相手が頑なに門戸を開放しないとあれば。
「おい、カッターで焼き切れ!」
一部のドアを破壊しても内部への侵入を試みようとした。
それが人類へ向けた第1撃を躍起してしまうなど思いもかけず。
「「愚かな・・・まだ破滅には早かろうに」」
地上を見下ろす紫の珠から、嘲りが毀れた。
「「無駄に屍を晒すというのなら・・・仲間に因って絶えてしまうが良い」」
嘯く珠からの声が、何かを動かした。
フォンッ!
怪電波が辺り数キロにわたって放たれる。
「おい、機械達の様子が・・・」
同行させていた警察用の機械兵が、備えられていた武装を勝手に作動状態に変える様を見てしまった。
「本部!何をやってるんだ?
操縦をちゃんとやらないか!」
市警に配備されている機械兵は、統括部門で指示運航されている筈だったが。
「お、おい?!何をする気なんだ?」
急に自分達目掛けて銃口を向けてくる。
強行犯を駆逐する目的で銃には実弾が装備されていたが。
ドドドドドド!
数体の機械兵は、自分達の仲間である警官に発砲を始めてしまった。
<目標は人間。全て排除する>
機械兵は怪電波により狂ったように乱射し始めた。
まるで殺戮者のように。
タワーに来た警官達にだけでなく、電波の届いた全ての機械兵達が襲い掛かったのだ。
居合わせた全ての人類に対して。
瞬時に起きた大惨事を見下ろす珠が、笑っていたのは言うまでもない。
・・・フロリダ宇宙開発局・・・
秒読み状態になったシャトル。
第一弾ロケットブースターの点火が行われる。
「行っちゃうんだね・・・・」
「はい、二人が」
小高い丘に立つ二人の眼に、白い巨体が映っている。
カウントダウンが<ゼロ>を指す。
ドドドドドドド!
猛烈な爆焔が噴射され、構造物がシャトルから離れる。
瞬きする間も無く、宇宙船は地上から旅立っていく。
白い白い噴煙だけを残して。
澄み亘る空に、光跡が伸び上がって行く。
地上への別離を惜しむかのように、白い煙を残して。
「さよなら・・・エイジ」
指輪を手渡してくれた人への想いが口に出る。
「生まれ変わっても・・・愛してるよ」
死んで後、再会できるのなら・・・と。
填められた指輪を胸に沿え、
リィンは今生では二度と逢えなくなるかもしれない人へと贈る。
「それは私に対する嫌味じゃないですよね?」
伸び上がって行く白煙を見続けながら、リィンに話しかける。
「そろそろ・・・良いのではないですか?」
秘密を曝け出しても、と。
少女人形に宿ったレィが訊いているのだ。
「そうだね・・・レィちゃん」
二人っきりになった今、隠す必要が無くなった。
レィの身体をエイジに託せた今だからこそ。
「これから話すのが嘘だと思うのなら無視して。
本当だと思うのなら・・・聞き流して」
どちらにしても聞き返さないでと言っている。
「はい・・・内容によってですが」
もうロケットの光点が見えなくなった。
だから話しかけてくる人に顔を向けた。
想いは同じだったのか、二人が同時に向き合った。
「今迄秘密にしていたのはね、エイジに知られたくなかったの。
勿論レィちゃんにだって同じだけどね。
でも、月でカードを観てくれたら分かる筈だから・・・」
「やはり・・・あのカードに秘密を?」
質されたリィンは頷くと、
「最期くらいは嘘を吐きたくないじゃない。
ただでさえ約束を破ってしまうんだから」
蒼い指輪を大事そうに胸へ押し当てる。
「その意味は?
リィンはエイジとの約束を果たせないと?」
「うん。守りたいけど無理っぽいかな」
答えるリィンが薄く微笑む。
「どうしてなのですか?」
「それが秘密の答えだよレィちゃん」
知らせて来なかった訳。エイジに贈ったカードに書かれてあった秘密。
少しだけ黙って少女人形の顔を見詰める。
まだ幸せだった頃を思い出して。
「ねぇレィちゃん。
あたしってちゃんと謝っていなかったよね。
タナトスの陰謀に加担して人形に宿らせてしまったのを」
「え?!なにを仰るのです」
びっくりしたようにリィンの声に反応するレィへ。
「ごめんなさい、レィちゃん。
本当なら月で目覚めるだけで済んだ筈だったのに」
頭を下げて謝罪する。
「謝らないでリィン。
此処に居られて良かったのですから」
此処という処に想いを載せる。
<此処>は、リィンの傍を意味しているから。
でも、リィンは首を振る。
「ううん、謝るのはこれからだよ。
月に行って治ったレィちゃんと逢う事が叶わなくなりそうなの。
エイジと同じように約束を守れなくなりそうなんだ」
「私との約束を・・・なぜ?」
訊き直されたリィンがすっと指輪を翳した。
陽の光に反射する蒼いリングを眩しそうに見てから、怪訝な表情のレィへ向けて。
「あたし・・・ね。
塔のタナトスと刺違えるかも知れない。
人の世界を守る為なら、身を差し出さなければいけないの。
その時が来てしまったら・・・死んでも停めなきゃならなくなったの」
「・・・?!」
声を出すのがこれ程苦痛だとは思わなかった。
目の前に居るリィンは死を覚悟していると言ったのだから。
「な、なぜ?なぜリィンが・・・」
やっと喉を通って出て来たのは、混乱と慚愧の声。
「知りたい?知りたいよね?」
薄く瞼を閉ざしたリィンがシャツを開けさせると。
「観て・・・レィちゃん。この痣を」
胸元を指したのだ。
白い肌に蒼い模様が浮き上がって見える。
「これ・・・何だか分かる?
紋章・・・破滅兵器を操れる最後の鍵の在処を指しているの」
「?!な、なぜ・・・リィンに?」
同い年の子より豊かな胸元に、くっきりと蒼い痣のような物がある。
「これ・・・オーク家の紋章だよ。
ロッゾアお爺ちゃんが秘密裏に造らせていた鍵なんだ。
オーク家の血を引く者でしか操れないように仕組んであったみたい。
だから・・・託されちゃったんだ」
「ば、馬鹿な?!なぜリィンが?」
血の気を引かせたレィが、拒絶するかのように叫んだが。
「馬鹿はお互い様じゃない?
レィちゃんだって消え去るのが分っていて闘おうとしたんじゃないの?」
「あ・・・・」
またも声を呑まされた。
「知っていたよあたし。
レィちゃんが言わなくても、教えてくれなくても。
あたしに心配をかけないようにって・・・思ってくれてたのも」
「そ・・・それは」
今更嘘を言う必要も無いが、知っていたと言われてしまえば拒否したくなる。
「万が一の話だったんだ。
相手によってはそうならざるを得ないと・・・」
「同じ。そう言っても居たよねレぃちゃん。
何かを背負わされたのかって訊いたよね。
だから、同じだって言ったの」
閉じていた瞼を開けて訴えかけられた。
これでお相子なのだと、これから起きることに抗うのは同じだからと。
「だ、だからといって!
なぜリィンにだけ世界を託されるんだ?!
どうして一人だけで立ち向かわなければならいんだ!」
思わず掴みかかりそうになって気が付く。
既にリィンはこの世の先を観ている事に。
「ねぇレィちゃん。
生まれ変わるってどんな気分かな?
記憶を残せるのなら死んでもまた逢えるよね?」
「・・・リィン?」
死を超越したのなら、それはもう神とも言うべき存在だろうか。
「あたしはね、約束を守りたいの。
喩えこの世界から消えたとしても、想いだけは留めておきたい。
それが出来るというのなら、世界を変えたって構わないんだよ」
「・・・リィンが神になるのか?」
タナトスのようにとは言わない。
リィンならば優しい世界を目指すだろうから。
「ロッゾアお爺ちゃんも同じ事を訊いたよ。
だけどあたしには分からない。
神に成れるのか悪魔に堕ちるかなんて」
「いいや、リィンならきっと微笑みの女神になれる」
そう答えるのが必然に思えた。
「そうかな・・・ありがとうレィちゃん」
頬に浮かんで見えるのは決死。
瞳に映るのは敢然たる死を超越した清浄さ。
この時少女人形に宿った意味を知った気がした。
「だが、そうは簡単に神へは成らす訳にはいかない。
私が居る限りリィンだけに闘わせるものか。
リィンの言った私の秘密は削除する事にしたのだからな!」
「え?!どういう・・・」
レィが急に言い出したのを不思議そうに訊いて。
「まさか?!あたしと一緒に?」
「その・・・まさかだよリィン」
眼を見開いて少女人形の声を聴いた。
「私が一緒について行く。
決戦の時、私だけでも傍に居るから。
一人だけじゃ寂しいじゃないか、遠くに旅立つのなら尚更」
死ぬのなら一緒に・・・そう聞こえたから。
そう・・・喩え死を迎えるにしたって。
「ば・・・馬鹿よレィちゃんってば。
弟もそうだったけど、姉は輪をかけたくらいの大馬鹿よ!」
「あら?知らなかったようね。
私はそん所そこ等に居る馬鹿とは桁が違うのよね!」
向かい合って指を突きつけ合う。
そして、二人して笑えた。
もう、なにも隠し事など無いとばかりに。
二人で何時までも歩もうと。
と、宇宙船が地球の引力圏を抜けた頃だった。
ウウウウゥ~ッ!
遥か彼方からサイレンの響きが流れて来たのだ。
「なに?あのサイレンは?」
なぜだか急に心臓がざわめくリィンが、流れて来る方角に顔を向ける。
それはオーク社工場がある方角からだった。
「工場で何かが起きたのでしょうか?」
咄嗟に少女人形のスイッチに切り替えるレィも。
そして望遠レンズに切り替えた時映ったのは。
「工場から煙が立ち上っています!」
火災らしい煙が何本も。
「大変だわ!消防に連絡しなきゃ・・・え?!」
そしてリィンが気付いた。
工場にも自動消火装置が備えられてあったことに。
一か所の煙なら分かるが、何本もの煙が同時に上がるなどあり得なかったからだ。
「工場には従業員達もいるのに、なぜ消化できないの?」
その答えが意味しているのは・・・
「まさか・・・もう始まったの?」
顔を上げて工場火災を見詰める瞳に、焦燥感が滾っていた。
「それなら、逃げ遅れている人を助けなきゃ」
分かっているのは、そこで何かが起きている事だけ。
自分の眼で見なければ実情も分からない。
「レィちゃん!工場へ向かうわ」
「分かりました!お供します」
そう。
始まりの日がついに来たのだ。
そして二人にとっての終わりの始まりが・・・やって来ようとしていた。
二人は一緒だと約束した。
レィは運命の神子であるリィンと共にあると・・・
だが、宿命は二人に牙を剥く。
火災現場へ向かう二人が見ることになるのは?
次回 少女人形編最終話 Act54 炎の宿命 前編
(最終話は前・中・後編に亘ってお贈り致します)
二人が向かった火災現場であるオーク社工場。
最新設備の自動消火システムも意味を成さない・・・なぜなら。
これがリィンとレィの運命だったのか?!




