Act52 リィンからの便り
月への便が出発の時を迎えようとしていた。
瞬間冷凍されてコンテナで旅立とうとしていたエイジ。
だが、手渡された小箱が気になって・・・
ニューヨークを睥睨するかのように聳え立つ塔。
地上遥か千メートル近い位置に据えられた紫色の珠。
何の為の珠なのか、人々は勝手な憶測を交わすだけだったが・・・
「「完全体になるには鍵が必要だったか・・・」」
紫の珠から呟きが漏れる。
「「鍵が無くては、未だ人類を駆逐する事は出来ない」」
何かに気が付いた声が、恨めし気に地上を呪う。
「「珠に秘められた中性子波動を発射するには、二つの鍵が必要。
一つ目の鍵、作動ボタンはヘルラーが持っていた。
それは・・・私の元に来た。フフフ・・・」」
タワーの中で・・・と、珠は嗤う。
機械兵に惨殺されたヘルラーから奪い取るのに成功したのだと。
「「私を謀ろうとした報い。
尤も、生き残れる筈も無かったのだがな」」
タワーを造った社長と云えど、粛清の対象からは外れていなかったのだろう。
「「残された可能性はロッゾアが握っていたらしいが。
運の悪い事に始末してしまった、私の人形が・・・
ヘルラーの依頼を呑んだのは、早計だったとは言い難い。」」
フューリーにより殺害に及んだことを失敗だとは考えていないのか。
「「まだあの時は鍵の存在を知り得ずにいた。
ヘルラー達が謀反を起こすのに加担してやったに過ぎない。
それに私が宿る前だったからな・・・フフ」」
宿る?珠に宿ったとでも言うのか。
「「いずれにせよ鍵は必要。
タワーの秘密を知る者は限られている。
洗いざらい調べれば出てくるのは必定。
それまでの間、人類には抗うチャンスを与えてやろう」」
鍵を手に入れた暁には・・・
「「中性子波動を発射するには、それ相応の時間がかかる。
鍵を手にした後、半年の猶予を与えてもやらねばなぁ」」
作動状態になれば、半年後には?
「「全地球上の人類の脳波が破壊される。
それによって地上は私の理想郷となるのだ。
新しい人類も、新しい文明も。
全てを創造主であるタナトスが作り上げてやるのだ!」」
遂にタナトスが野望の実現に向けて動き出した。
残された時間は、鍵を手にしてしまえば半年しかないと言った。
その鍵を手にしようと画策するタナトス。
人類の未来は<鍵の御子>に託されているのだ。
・・・フロリダ 宇宙開発局・・・
民間宇宙船会社の係員が搭乗者に最後のチェックを執り行っている。
シャトル便に運び込まれるコンテナは、全て冷凍保存状態にされる手筈になっていた。
本来ならば数か月を要する耐G訓練など、宇宙に出発するにあたり必要な調整を行わずに打ち上げる為の方法なのだ。
それにコンテナならば多くの人員を運べる、いわば一石二鳥的な運搬方法とも言えた。
「蒼騎様、もう時間ですから」
姉のコンテナを見守っていたエイジに、係員が戻るように告げる。
「はい。レィ姉さんをお願いします」
病院から既に冷凍状態の麗美は、コンテナに積み替えられて準備は整っていた。
「ええ、ご安心ください」
係員に促されて、エイジは自分のコンテナへと戻る。
カプセル状のコンテナには、耐G気圧装置や保存管理システムなどのポッドが備わっている。
大きさは全長4メートルにも及び、幅は1メートル50センチ。
最大幅の部分に寝台が備わり、簡易ベットとしては十分快適な広さとも言えるのだが。
「それでは、カプセルを封印致します。
時間が来れば自動で保存状態に移行しますから」
係員が透明の耐圧ガラスの閉塞ボタンを作動させる。
「蒼騎様、それでは良い旅を」
ガラスが閉じる。
係員が手向けに贈った声を最後に、外界の音が消える。
プシュ・・・
そしてカプセルが作動状態になる音と共に身体が軽く浮き上がったように感じた。
耐Gセンサーが内部の重力を軽減したのだろう。
「いよいよだなぁ」
宇宙に行くなんて、一月前には考えもしなかった。
「月に着いたらどれ位で冬眠から起こして貰えるのかな?」
冷凍保存されたら、自分で起きることは出来なくなる。
月面基地で解凍して貰えるまでは、眠ったままになるだろう。
「僕よりレィ姉さんが先になるのかなぁ?
下手をしたら姉さんに起こされちゃうかもな」
医療関係者から優先治療を依頼されている筈だから・・・と、エイジは苦笑いする。
「治ったら善いな。
先に目覚めていたら、それはそれで良い事なのかも」
姉が治っていれば、願いは叶えられたのだからと。
そう考えた時、彼女の願いを思い出した。
「あ!そうだった。これを渡さなきゃいけないんだったっけ」
コンテナに積んで於いたリィンの白い箱を取り出す。
「レィ姉さん、きっと喜ぶだろうな。
リィンからの贈り物だって伝えれば尚更・・・」
呟いた時、リィンの声が頭を過った。
「「・・・絶対に箱の中身を調べたりしない事。
・・・どんな中身なのかと開けたりしない・・・」」
まるで開けろと言っているようなものだとエイジは思った。
「リィンは開けて欲しいのかな?
食べては駄目だと言ったけど・・・」
そう言ってからよく見れば、封が切られてあるのが判った。
微かに開けられた跡も・・・
「絶対開けるな、なんて言っておいて。
何かを隠したに違いないな」
そうは思っても、レィ宛ての何かだったら手渡す時にバツが悪い。
「でもなぁ・・・気になって冷凍保存状態になれないよな」
後少ししたら機械が作動して眠らされてしまう。
そうなったら月で目覚めるまで謎のままだとも考えた。
「よ、よぉし!開けちゃえ」
興味には勝てず、リィンには知られないだろうと。
昔話によくある禁忌を犯した・・・
パカ
開けるとチョコの匂いが流れ出る。
詰められた棒状のホワイトチョコには格別の変化は見当たらない。
「あれ?本当にチョコだけ?」
当てが外れたかともう一度中身を観ると。
「あ?!マイクロカードだ」
爪先程のカードが転げ出る。
「やっぱり・・・なにか隠したとは思ったけど」
開けてはならないと言った意味を悟った気になる。
「姉さん宛かな?それにしては意味深だったような」
姉には食べて貰ってと頼んだけど、自分には開けるなとだけ頼んだ。
中身を調べるなと忠告したけど、カードの中身を観るなとは言っていない。
「・・・観て欲しいのかな、リィンは?」
でも・・・と、考え直すのは。
「リィンは月に着いたらって言った。
それまでは開けてはならない筈だったのに、開けちゃったよ」
見つけた宝箱を目の前にして、お預けを喰らったようなもの。
しばし逡巡してしまうエイジの耳に、保存装置からの音声が入る。
「「残り1分で作動します。
お客様へお願いいたします。
冷凍は瞬時に行われますので楽な姿勢をお取りくださいませ」」
もう躊躇している場合ではない。
月へ着いたに等しい状況になったのだから。
「観ちゃおう!」
居てもたってもいられず、カプセル備え付けのカードホルダーに差し込んだ。
シュン!
瞬時にガラス面へ立体投射が始る。
「あ・・・リィン?」
文面の背後にリィンタルトの顔が映し出される。
「なぜ?・・・泣いてるの?」
頬に涙を流したリィンがそこに居る。
「ごめん?・・・なぜ?謝るの・・・え?」
リィンが書き綴ったと思う文を読んだ時、涙の訳を知った。
「まさか・・・そんな?!」
どうしても信じられなくなったエイジは音声非通知機能を解除する。
最初の部分に画像が戻され、文体が消えた画像が映る。
「「観てくれてるのなら月に着いたんだよね。
だから読んでくれているんだよねエイジ。
今迄話せなかったのを謝ります・・・ごめんね。
あたしはエイジとの約束を守れなくなるの。
一緒に行きたいのはホントだよ?
レィちゃんを治してあげたい気持ちは変わらないよ?
でもね。
あたしは月へ行けなくなっちゃった。
ううん、地上から離れられなくなるの。
悪魔の野望から地球を守る為に。
あの日。
レィちゃんを零に宿そうとしたタナトスを覚えてる?
あの狂った教授は世界を滅ぼす計画を実行に移す気なの。
タワーに悪魔の装置を造らせて。
それを造ったのはロッゾアのお爺ちゃんでもあるの。
悪魔に魂を売りそうになったお爺ちゃんから託されちゃった。
死に際に野望を打ち砕くようにって・・・頼まれちゃったんだ。
もう直ぐタワーが完成するの。
タナトスが本当に人類を滅ぼすというのなら。
あたしは・・・あたしはね。
ごめん。
何度だって謝るからエイジになら。
本当にごめんなさい。
喩え悪魔と刺違えて死んだって変わらないよ?
リィンタルトはねエイジが好き、大好き。
生まれ変われるのなら、その時こそ一生を捧げたい。
エイジに、大好きなエイジに。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
帰って来てくれても逢えないかも。
レィちゃんと帰って来てって頼んだのに。
だから・・・ごめんなさい。
約束を果たせなくなったのなら。
だから・・・忘れて。
あたしが居たのも、好きだったのも。
最期のお願い。
どうかレィちゃんといつまでも仲良く・・・ね。
きっとあたしが地球を守るから。
エイジが帰って来れるように。
ありがとうエイジ。
今迄とっても楽しかったよ、ありがとう。
愛するエイジへ リィンタルト・フェアリー」」
愕然となった。
あんなに平然としていたリィンの、秘めていた想いを知って。
何も考えるでもなく、指先が保存装置のキャンセルボタンを探る。
「行かなくっちゃ!リィンの元に!!」
月へ姉を連れて行くのより、愛するリィンと伴に居ようと身体が足掻く。
・・・だが。
「「保存開始」」
装置の作動が早かった。
「ま、待って!ボクはリィンと・・・」
プッシュンッ!
「・・・・・」
一瞬でエイジは凍り付く。
「「保存状況良好。体型に問題あれど異状は認められない」」
保存装置はエイジの肉体を凍結させ、永い眠りへと就かせてしまった。
最後の瞬間、エイジの脳裏に浮かんでいたのは。
ー リィン!必ずボクが助けに行くよ。
きっと何年懸ろうが、生まれ変わろうが。
きっと!きっと!!
月面基地へと向かうシャトルに、カプセルが積載されていく。
その数、百本にもなろうか。
則ち百名もの若者達が、月の裏側にある研究所へと運び込まれるのだ。
そして彼の地で待っているのは・・・
眠れない一夜を過ごした。
うとうととしたくらいで眼が覚める。
もう夜明けは近い。
夜が明け放たれた時、願いを載せた宇宙船は旅立つ。
希望の場所へと・・・月の裏側へと。
「お眠りになられませんでしたね、リィンタルト」
「うん。寝られる筈が無いよ」
二人でホテルを後にした。
まだ黒服達が起きる前に。
「マクドノーさん達には置手紙を残しておきましたから」
迷惑をかけまいとしたレィの気配りに頷き。
「二人だけで見送れるのね」
旅立って往った後を考える。
「静かに・・・語り合いたいね」
それでレィには通じただろうと思う。
「はい、私も・・・話すべき時だと思いました」
二人の秘めた想いを晒す時が来たのだと。
「そうよね。教えてあげるから」
発射台が見下ろせる場所まで来た二人が、微かに笑った・・・
リィンの宿命を知ったエイジだったが。
足掻く事もままならずに冷凍されてしまいました。
そして月で目覚めるまで何も出来ない事に・・・残念!
一方見送るリィンもレィに打ち明けようとしています。
自分に課せられた宿命というものを。
次回 Act53 終わりの始まり
月へ向かうシャトルを見送った時。世界に破滅への鐘が鳴る・・・・




