Act49 嗤う死神
リィン達がフロリダへ旅立った後、ニューヨークのフェアリー家で。
「分かりました。後ほど報告を入れてください」
手短に連絡を終えるユーリィがフォンを切ると。
「ロナルドお父様、先程オーク屋敷が襲撃を受けたようです」
車椅子に座り庭を眺めている父へ教える。
「そうか。誰の仕業なのか分かったかね」
「いいえ。詳細を入れるように求めた処です」
襲撃の規模では、マフィアの権力抗争なのかもしれない。
「オーク家の内ゲバかとも取れますけど」
ユーリィは表立って権力抗争が始ったかもしれないと考えたようだが。
「違うな・・・恐らくは・・・」
ロナルドが庭を見詰めながら自分の考えを述べようとした時、何かを観て言葉を区切った。
ユーリィも父の答えが遮られたのを不審に思って庭先を観ると・・・
「あら?単独で来るなんて」
そこには黒髪を靡かせている少女人形の姿が。
「リィンタルトは傍に居ないわ。珍しいわね?」
傍らにいる筈の妹の姿を探したが、どうやら人形だけで現れたようだ。
黒髪の少女人形がこちらへと向かって歩いて来る姿に、二人は不審を抱かなかった。
「何か特別な事情でもあるようね。言付けを頼まれたのかしら?」
テラスに居るユーリィとロナルドに近寄って来る人形。
間違いなく二人だと認めて向かってくるようだが。
ニヤリ
口元が歪に曲がる。
前髪の間から垣間見える目が、妖しく光る。
「少女人形だったかしら。リィンタルトは一緒じゃないの?」
目の前まで来た人形に質すと無く訊いたユーリィ。
「む?その瞳はどうしたのだ?」
いち早く気が付いたのはロナルドだった。
「確かリィンの人形は、瞳が蒼かった筈だが?」
「え?!」
車椅子の父が訊いた時、ユーリィもやっと気が付いた。
「まさか?違う人形?!」
良く見れば、姿形は同じように見えても細かな部分が違っているのに気が付いたのだ。
前髪を垂らし、顔の半分を隠している・・・漏れ見える瞳の色は。
「誰?!お前は誰の人形なの?」
紅く澱んだ瞳。
醜いまでに歪んだ口元。
同じなのは髪の色と少女人形の衣服だけ。
誰何された少女人形が、恭しく腰を折り曲げて応える。
「御存じの筈ですが。
ロナルド様もユーリィ姉嬢も・・・私の事を」
ハスキーな声で答える黒髪の少女人形。
人形の胸に設えられた赤のリボンには、黒い標識ブローチが光っている。
黒いブローチに浮かび上がっているのは<01(ファースト)>の文字。
「知らないわよ!
操手なんでしょ?名乗ったらどうなの!」
人形に魂が宿ったなどとは想像も出来ないユーリィが質し直す。
すると何を思ったのか、少女人形は・・・
「ぎゃははははッ!操手ですって?」
嘲るように大声で笑い、続けてユーリィを睨むと吠えるように名乗る。
「私だよ!アンタ達に雇われていたフューリー。
フェアリー家のメイド、フューリーなんだってば!」
「ば・・・馬鹿な?!フューリーがどうして人形操手なんかに?」
ユーリィは飽く迄操手だと思い込んでいたが。
「言ってるだろ~?
操手なんかじゃないって。
これが生まれ変わった私の姿なんだって」
睨む少女人形が、ユーリィの考えを覆す。
「復讐を遂げる為に、地獄から舞い戻ってやったのさ」
「ふ・・・復讐ですって?」
聞き返すユーリィに、口元を歪める人形が顎を引くと。
「そう。
フェアリー家を滅ぼしてやるのが第1の復讐。
そして人間共・・・全ての人類に対しても恨みを晴らす。
私は・・・死神人形になったんだからねぇ!」
二人の前で宣言する。
「エリザとリマダを殺ったのは私だ。
その後ロッゾアも・・・3人を殺したのは私なんだよユーリィ」
これまでの犯行を晒し、
「次はアンタ達の番だってこと・・・さ」
ここに来た理由を告げる。
「なぜ?!私達フェアリー家に恨みが?」
殺すと宣言されて後退るユーリィが訊き咎める。
「なぜぇ~?
そんなことも分からないのかい、ユーリィ嬢ちゃんは?」
溜息を吐くように、身体を仰け反らせて人形のフューリーが毒吐く。
その態度は、明らかに馬鹿にし、また怒りを表していた。
二人が言い争う間、何も声にしてこなかったロナルドが割って入る。
「それは私の不徳が招いた・・・そうだろうフューリー」
車椅子からの声に、人形少女の顔が歪む。
「エリザやリマダを放置していた私に全責任があるのだからな」
「そ、そうよ!アンタが手を拱いていたから。
お父さんやお母さんを殺してしまったのよ!
何も口出ししなかったから私を牢獄にぶち込んだんじゃない」
責めを享受すると言ったに等しいロナルドに、喚き散らすフューリーの声。
「仮にも父だったら、二人の愚行を停めなければならない筈でしょうに!
どうして二人をのさばらせた?
なぜフェアリー家の当主としての務めを果たさなかった?
せめて、裁判の時だけでも手を伸ばしてくれていたら・・・」
恨み辛みを口にする少女人形に対して、
「すまなかった・・・だが、何もかも遅すぎるのだろうフューリー?」
「そうよ!その所為で私は・・・復讐に染まるより他なかったのよ」
謝罪しても遅すぎたのだとロナルドが答えると、狂気に染まった紅い瞳が応える。
「そう・・・ロナルド様には救って頂いた恩があったのに。
孤児になった私をガルシアから連れてきていただいた恩が・・・
なのに・・・なぜ?
このフェアリー家に呼びこまれてしまったのです?!」
一瞬だけ。
そう、ほんの僅かだけ。昔のフューリーの声に戻って質して来る。
「今は・・・なにをどう言おうが言い訳に過ぎない。
それが私の答えと受け取って良い」
「御当主様・・・真実を飲み込まれたままで逝くつもりなのですね」
瞼を閉じた少女人形が、ロナルドとの想い出を瞼に映す。
両親が無惨にも惨殺されて数日後。
二人の亡骸を手厚く弔ってくれたのがロナルド自身だったのだ。
遠い紛争地であるガルシアまで来たロナルドが、娘達の愚行の末に殺められた人々を弔っていたとは知る由も無かった。
そして独り生き残ったフューリーを、親代わりとして手元へ置く事にもしたのだったが。
「さればあれ。フューリーに・・・いや。
ガルシアの民に粛罪を求められるのであれば、甘んじて受けよう」
「御覚悟を召されましたか?」
覚悟を仄めかしたフューリーが、手を後ろに下げた剣へと伸ばす。
「なれば・・・お別れです」
ゆっくりと抜き放つ少女人形。
その仕草は、微かな悲しみを表したかのようにも見えた。
父に注意が注がれている間、ユーリィはポケットに忍ばせてあるフォンを探り通信を開く。
後僅かすれば、フューリーを名乗る人形が何をするかを悟って。
一番先に知らせなければならない・・・妹へと。
だが、ユーリィの試みは留守録となって適わなかった。
「リィンタルト・・・逃げて。
最後に残ったあなただけでも・・・逃げるのよ」
繋がらない電話へ、最期の言葉を残し。
見下ろす死神を暗くなる瞳で見詰めて。
「ユーリィ嬢に訊く。
ロッゾアの残したデバイスはどこ?
あれが無ければ人類全部を滅ぼす事が出来ないと云うのよタナトスが。
だから在処を教えて貰えないかしら?」
斬られる前から聞かされ続けた。
死の直前まで質され続けている。
「知らないというのなら、もう一人残った娘に訊くしかないわよ?
オーク社の馬鹿者達は今頃、あの塔の中で死んじゃってるんだからね」
しかも、非業の最期を遂げるのは自分達だけでは無いとも言ったのだ。
「リ・・・リィンタルトだけは・・・」
殺さないでと言いたかった。
あの子には罪が無いから・・・と。
だが、死神は容赦なく死に逝く人間に告げる。
「リィンは私の物。
気が向いたら殺さずに飼ってあげるわ。
でも、リィンは死を求めるでしょうけどね。
全人類が滅んだと知ったのなら・・・あはははは!」
悪魔・・・そう、本物の死神だと感じた。
「あなたは・・・死神よ。
獣以下の、穢れた悪魔だわ!」
「そう?褒めてくれてありがとうユーリィ」
ニマリと笑う貌に浮かんでいたのは人為らざる悪魔の笑み。
「死んで・・・親子水入らずの時を過ごすが良い」
ザゥッ!
そう呟いた人形が手にした剣を突き立てる。
「フフ、あははッ!
これで残されたのは、あなただけになったわ。
あの少女人形共々、殺ってあげるからねリィン」
空虚な笑いを溢して立ち去る死神人形。
フェアリー家の庭先に転がる二骸を置き去りにして・・・
オーク社が数十億ドルもの資金をつぎ込んで竣工させたビル。
この日は竣工を記念しての催しが開かれる手筈だったが。
屋外からの立ち入りが制限されていた。
だから誰にも分からなかった・・・惨劇が。
ビルは完全無欠の要塞と言える程の強度を誇っていた。
内部で何が起きているか、誰も不審に思わない程の防音を兼ね備えていたから。
ギュルルル
無限軌道を填めた機械兵が生き残りを探す。
腕に備えた機銃をポイントしながら。
ガッシャン ガシン!
重い足音を残し、人型ロボットが人間を探す。
屍のどれかが隠している鍵を見つけ出そうとして。
ガシン!
機械兵が打ち倒された者の中から一体を見つけ出す。
眼鏡をかけている男の亡骸を掴み上げると衣服に隠されてあったボタンを探り当てた。
「「愚かな・・・これが人間というあさましいモノ。
欲に吊られる獣ということの顕れ」」
ボタンを取り上げた機械兵が、社長ヘルラーの亡骸を放り投げる。
「「ヘルラーには感謝しなければならんな。
私の想像を超えた塔を造ってくれたのだから」」
機械兵の中から、タナトスの声が嘲た。
「「そして遂に。
私の宿願を叶えてもくれた。
機械の機械に因る人類の粛清・・・」」
機械兵からの声が周りに屯する仲間達を指す。
「「これより後、機械こそが世界を操る。
この塔で起きたように駆逐してしまうのだ。
人類に対しての反逆の狼煙となるのだ」」
ビルに居た人間を悉く殺害して果てたのは機械兵達。
それを為さしめたのは・・・
「「そして、私が世界を変える。
人類に死の鉄槌を下し、地上の文明諸共破壊し尽くしてやるのだ!」」
人類の再構築を目指す悪魔、タナトス・ターナー。
惨劇が起きたのも知らず。
リィンは二人を見送ろうとしていた。
最期になるかもしれないと、想いを秘めて・・・
唯、一途な絆を白い小箱に託して。
次回 Act50 愛のゆくえ
願いを託した小箱。君は愛するが故に自分をも誑かす?!




