Act44 跡目選び
オーク家は裏ではマフィアとして名が通っていた。
つまりは会長でドンのロッゾアが全てを握っていた訳だが・・・
次期当主が権力を掌握出来るかに託されていたのだが?
・・・ニューヨーク郊外・・・
オーク社会長ロッゾア・オークの死去が公表されたのは、事件の起きた数日後のことだった。
世界に君臨する軍事企業の経営トップが突然死去したのだから、今後の影響を考えれば当然だったのかもしれない。
勿論、その数日間で起きた諍いは公表される事は無かったのだが。
・・・リィンが言う処の楽園で・・・
リビングに据え置かれた基礎台から下着姿の少女人形が降りてくると。
「元通りだろ、レィ姉さん?」
修復を終えたエイジが訊ねる。
左腕と腹部を撫でた少女人形が頷きながら、
「うん、まぁね。外観だけなら」
見た目は元通りまで修復出来たと答えてから。
「戦闘人形としての機能に影響が残ってるかは分からないから」
斬られた腕と、弾に穿かれた腹部の痕は完全に消えている。
「大丈夫だよ姉さん。両方とも新しいモノと取り換えたからさ」
「そ、そうなんだ?」
人間が手術される時に麻酔を打たれるようなものだと、修復作業中は一時的に意識を停めるようにと弟やヴァルボア教授から忠告を受けて従ったから分からなかったのだ。
シリコン素材の肌には、何らの痕跡も見当たらない。
術後の人間だったら痕跡の一つや二つが残るというのに。
「これが・・・人形の証でもあるんだよね」
違和感という物があるとするなら、人間だった自分の感覚が齎してもいるのだろう。
「私は・・・人形の身体に慣れてはいない・・・まだ」
腕が切断されそうなくらいの傷も、銃弾が食い込んだ腹部も痛みが無かった。
唯、一部の機能が破損したとのデータが表示されただけ。
戦闘力に支障があるとの警告がメインコンピューターに表されただけだった。
「哀しいけど、これが現実なのね」
何もかもを知っている弟の前でしか見せられない弱さ。
自分が人間麗美の記憶でしかないのを見抜いた弟だから見せれる気弱な一面を。
「そうだけどさ、レィ姉さん。
これからはもう少し慎重に立ち回ってよ?
でなきゃぁ、リィンちゃんが悲しむからさ」
「・・・そうだよね」
ロッゾアが亡くなり、心神喪失状態だったリィンを我に返したのは自分の受けた傷を観た時だったのを思い出した。
腕の傷より、お腹の裂けた服を観た瞬間にリィンが絶叫した声を思い出す。
「痛痒が無いって言うのも考えものよね」
拳銃の弾により服が裂かれ、穴が開いてしまった腹部を観たリィンが泣き叫ぶのを、不思議な感覚で観ていた。痛みも苦痛も無いのに、なぜ必死に叫ぶのだろうと。
「人間だったら、きっと死んでいたんだろうな」
ロッゾアの死を目の当たりに観たリィンが、また死に逝くと勘違いしたのを責める気にはなれない。
「不死の身体・・・これが人形って奴なんだろうか」
思わず呟いてしまった。
機械の身体は死をも超越しているのかと。
「違うよ姉さん。人形だからって死なない訳がないじゃないか」
だが、エンジニアでもあるエイジから返されるのは。
「機能が完全に停止して、その上メインコンピューターへの電力が停められでもしたら。
記憶装置を壊されたり演算装置を潰されでもしたら。
それはもう人間でいう処の<死>を与えられたに等しいんだよ」
「人形だとしても・・・死ぬの?」
どんなモノにだって最期は来るのだと教えられる。
永遠の存在など、この世には無いと知らされて。
「そうね・・・リィンの前でだけでは見せたくないわ」
自分の宿命、それは最期を知られずに逝こうと決めていた。
それだからこそ打ち明けられていなかったのだから。
ポツリと溢した姉を観て、エイジが深いため息を吐くと。
「まぁ、不慮の事故ってのはいつやって来るか分からないものだし。
その時の為にヴァルボア博士はセーブしてるんだから」
今回に限らず、何か事ある次第に記憶を残しているのだとエイジが知らせる。
「あ、そうだったわね。
ヴァルボア博士には少女人形の記憶全てを残して貰っているんだった」
もしもの時、タナトスの野望を明らかにするために・・・
でも、弟の言いたかったのとは違うみたいで。
「もぅ。そんな呑気だから危なっかしいんだよ。
姉さんがこうなったのも咄嗟に身体を差し出したからだろう!」
人形に宿る根本原因を造った経緯を思い出せと言われてしまう。
「あ?!あははは・・・そうでした」
姉を知る弟からの忠言として聞かされ、苦笑いを溢すしかなくなる。
「だから初めに言ったように、姉さんは自重しなきゃ駄目って事!」
「はい・・・心しておくわ」
弟の気配りに感謝して、微笑みで答えるレィだった。
「それはそうと・・・リィンは?」
部屋にはリィンの姿は見えない。
「ああ、あの人達が厳重にガードしてるから。
いくら死神人形だろうと手が出せないよ」
此処に居ないとエイジから答えられて。
「そっか。もう直ぐ決定が下されるんだよね?」
ロッゾアの死去により会社の経営自体が変えられると思った。
「うん、オーク社もアークナイト社も・・・ね」
「出来れば、戦争に特化した機械兵の生産をやめて欲しいわ」
自身が人間だった折からの願いに添えて欲しいと願うレィ。
「それともう一つ。
月移住計画の変更に加えて貰えたら・・・良いね?」
弟の願いは唯一つ。
伏せる姉の身体を月面の研究システムへ送る事。
「きっと・・・リィンちゃんが成し遂げてくれる筈さ」
「・・・だと良いけど。あの子ってば無理しちゃいそうで怖いわ」
笑い合う二人は、リィンが居るオーク社ビルに想いを寄せた。
そこで開かれている幹部会議の結果に期待を込めて。
・・・ オーク本社ビル ・・・
大会議場に数十名の関係者が集っている。
何名かの者は俯き、またある者は天井に視線を這わせていた。
殆どの者達は場の奥、会場を睥睨出来る椅子に座った少女に畏怖しているかのようだ。
いいや、本当の事を言えば、少女の後ろに掲げられたロッゾアの肖像画に怯えているのだろう。
暗黒王とまで呼び称えられた死せる会長に・・・だ。
存命中の悪行を知る幹部連中はロッゾアの死を信じておらず、どこかから見られているかと思えたのかも知れない。
少女の周りを囲む黒服が、ロッゾアの子飼いの親衛隊だったのも影響していた。
会議は後継者を誰とするか。
また、今後の経営について話し合われていたのだが・・・
「ヘルラー社長、あなたはこのままで宜しいと仰るのですね?」
合弁が為された後、最初の経営会議に臨んだユーリーが発言する。
黒ぶち眼鏡をかけた社長職の男へと質し、
「それでは前会長の遺言に背くと思いますが・・・如何?」
会議の場に呼んだ顧問弁護士へと目を配る。
促された弁護士が大画面のモニターに遺書と思われる一文を表示させると。
「フェアリー財閥ユーリィ氏のお言葉に在りました通り。
ロッゾア会長から委託されておりました遺言状を持参しました。
予てより前会長は事ある毎に書を改められてきましたが、これが最も新しい文面です」
顧問弁護士が示した文面にあるのは、自身の最期を誰に託すか、誰が跡目を注ぐべきかを記してもあった。
そこにはロッゾアが描いていた未来が記されてあったのだ。
ロッゾア・オークは月面基地に移住する。
人類の明日を担うのは自分と連れ立つ者に託される。
地上を支配するのは自分であり他の誰でもないが、連れ立つ者を自分が認めれば。
自分が亡くなった後の地上を託す。
全ては託された者に委ねる。
・・・敢えて名を記しておらず、抽象的な遺書とも取れるのだが。
「前会長は、此処に居られるフェアリー家の令嬢リィンタルト様を欲しておられました。
それは側近であれば知らぬ者は無い事実。
ロッゾア氏が欲されても、オーク家との縁が無いと目されておりましたのも然り」
弁護士はそこで一旦区切ると、場の奥に居る少女へと顔を向けてから。
「ですが、新たに判明したのは。
フェアリー家の4女であるリィンタルト様こそが血縁者であった事実。
ロッゾア会長が唯一人残された、孫娘であったという真実なのです」
リィンこそが<連れ立つ者>を指すと言うのだ。
ざわ ざわッ ざわ!
途端に場がざわめきで埋まる。
中でも跡目候補である社長ヘルラーの顔が引き攣った。
「馬鹿な?!今迄一度たりとも聞いてはおらんぞ!」
社長に組みする派閥から、弁護士へと罵声が浴びせられる。
「勿論、私も事前に聞かされてはおりませんでした、が。
真実であることは紛れもございません。
この通り、出生証明書もございますれば」
モニターへロナルドとミカエルとの間に出来た子だとの証書が映し出されて。
「ミカエル様の子・・・だと?」
古くから幹部だった者達が、一斉にリィンを観る。
「おお?!よく見ればミカエル様に生き写しだ」
「お懐かしい・・・我が姫が蘇ったかのようだ」
ロッゾアの腹心達が挙って認めるのに反し、
「偽造されたにすぎん!」
社長派閥の新参者は認めようとはしなかった。
「お疑いならば、DNA鑑定の結果をお見せしましょうか。
遺伝子レベルでさえ、お二人が血縁者だと告げておりますが?」
罵声を受けた弁護士が、真実だとの裏付けを怠っていないと返すと。
シ~~~~~ン
場に居た全ての者が押し黙った。
「皆様へ申し上げるのは以上でございます」
遺言状とリィンの立場を知らしめた弁護士が席を立った。
「か、会長の遺言であろうとも経営者は社長が引き継がなければ」
途端に場が荒れ始める。
「馬鹿なことを言うな!これは我がオーク家の跡目だぞ!」
社長派閥と前会長に傅く者とが言い争い始めたのだ。
「社の方針は社で決める!」
「黙れ!儂らの一家に口を出すのなら潰してやっても良いのだぞ!」
表社会と裏社会に位置する者達が互いに牽制し合う姿を見せられて・・・
「喩え誰であろうとも・・・お爺ちゃんを貶めるのは赦さないわ」
ポツリと少女が溢した。
ロッゾアの肖像画を後ろに、リィンが真っ直ぐ前を向き。
「私はロッゾアお爺ちゃんを看取った。
私だけが最期を・・・死に直面しても微笑んでいたのを知ってる」
言い争う大人達を前にして、
「亡くなる時に言ったのを忘れはしない。
私をいつまでも護ってくれると、死んでも護りたいと言ってくれた。
あんなに優しいお爺ちゃんだとは思わないでしょうね、あなた達は」
罵声を浴びせ合う男達に、恥ずかしくないのかと問うのだ。
そして睥睨するかのように見廻した後。
「私はリィンタルト・フェアリーである前に、ロッゾア・オークの孫。
ミカエル・オークの娘としてこの場に臨んだのよ?
誰か文句があるの?!あるのなら言いなさいよ!」
敢然として言い放ったのだ。
「おお?!我が姫が蘇られたかのようだ!」
「ああ、これぞオーク家の跡目継ぎ。俺は従うぞ!」
幹部は文句なしで遺言に従うと宣言する。
だが、社長達の派閥からは何らの答えも返されない。
むしろ反発を顔に出し、リィンを睨んで口を閉ざすのだった。
「リィンタルト嬢の後見人を誰にするかだが?」
幹部から意見が出されると、即座に立ち上がるのは。
「私達全員にて。誰がと言う事では無くに」
ユーリィの一言に、場に居合わせた幹部が頷く。
「なるほど!納得出来るな」
個々に因りではなく、幹部が一丸となって盛り立てると。
「我々が嬢を支えるのだ。
それに拠ってのみオーク家の未来が造られる」
「おおぅ!」
古くからオーク家に仕えて来た者達が気勢を上げる。
裏社会で云う血の結束が齎した団結なのだろう。
「ちッ!」
舌打ちするのは金と権力を欲する輩達。
表の社会で立ちまわる邪なる男達。
社長に傅く者が耳打ちするのは。
「まだ下克上のチャンスはありますよ社長」
「奴を利用して死神を送り付けてやりましょう」
社を牛耳ろうと画策しているのを教えるのだった。
「そうだな。あの子娘にも死を与えてやれ」
ヘルラーは細く笑む。
あたかもロッゾアの死が自分の手に因って為されたかのように。
「タナトスと連絡を取ります・・・」
幹部は水面下で連絡を取ると告げる。
「急がないと計画が漏れる虞がありますからね」
後継者に選出されたリィンにも知られるのを懼れて?
「間も無く竣工するタワーの秘密も。
我々だけが君臨できる世界の秘密も、知られない内に」
自分達だけの栄華を横取りされるのを怯えて?
ヘルラーは嗤いを停めて言った。
「そうなる前に・・・始末するのだ」
悍ましき声で、リィンの殺害を命じるのだった。
「もぅ!ついて来なくったって良いんだから」
会議場を後にしたリィンは閉口していた。
周りを囲む黒服達に・・・だ。
「そのような訳には。
我々の務めだとお分かりください、リィンタルト嬢様」
黒服のリーダーであるスキンヘッドが慇懃に教えて来ると。
「ぶぅ・・・おトイレにもついて来る気?」
「はッ?!これは失礼を」
何を思ったのか、トイレに行くのだと言う。
「それではドアの前でお待ちします」
「入って来たら・・・殺すわよ?」
危ない一言を残してトイレに入る・・・や、否や。
「逃げちゃお~っと」
ニヤリと嗤うリィン・・・
だが?
「逃がしたりしないわよリィンタルト」
逃走を図る前に掛けられた声があった。
「あ?ユーリィ姉様?」
いつの間にか先回りしていたユーリィの姿がある。
「ど、ど、どうしてトイレなんかで?」
待ち構えることが出来たの?って、訊く前に。
「何年姉妹やってるのか忘れたの?
あなたの考えそうなことぐらい分かるわよ」
「ニャはは・・・ばればれ~」
会議の場では堅苦しくて表情さえも硬かったのだが、姉妹だけになると本来の顔に戻れた。
「良くやったわリィンタルト。
これであの娘も月に送れるわよ」
表情から察して、麗美を指しているのが分かる。
「ホント?!それじゃぁ?」
「ええ、後はいつになるのかってだけ」
聞いた瞬間にパアァっと顔が緩む。
「良かった!約束を守れるんだねあたしは!」
「そう。頑張ったもんねリィンタルトは」
ユーリィから知らされた吉報。
それはオーク社が開発した月面基地へと行ける事。
残り半年にまで迫っていた麗美の死を回避出来るようになったのを意味してもいた。
「レィちゃんに知らせてあげたら、喜ぶだろうな」
「ええ、きっとね」
にっこりと微笑んでいたリィンの顔が、少し寂し気になるのに気が付くユーリィ。
「どうかしたの?」
もっと飛び跳ねるくらい喜ぶだろうと思っていたユーリィには不思議でもあったのだが。
「ううん。何でもないよ・・・」
翳を纏わり着かせたかのように感じてしまう程、リィンは寂し気に観える。
「月に行けさえすれば、病気は治せるだろうから」
「え?どういう意味なのよ?」
訊かれたリィンが俯いてしまったのを観た瞬間。
賢いユーリィは妹の言葉に含められた意味を見抜いた。
「まさか・・・リィンタルト?
あれ程一緒に行くって言ってたのに?」
「うん・・・任せようと思うの」
寂し気に俯いたリィンから返されるのは。
「一番近くに居るべき人へ。
レィちゃんを守るべき人に託そうと思うの」
月へ一緒に行くのは、自分ではないと言ったのだ。
「どうしてよリィンタルト?
あなたが一番望んでいたのではなかったの。
彼女が眼を覚ます瞬間に立ち会うっていうのが?」
麗美を月の研究システムへ送り届け、瀕死の躰を回復させるのが望みだと知っていた。
だからいの一番で知らせに来たというのに。
「そう・・・だったけど。
あたし・・・行けなくなっちゃったの。
託されちゃったから、ロッゾアお爺ちゃんに」
ユーリィから顔を背けて、身体に手を添える。
「何を?会社の事なら・・・」
先程の会議で決まったように、後見人達に任せておけば済むであろうにと続けようとした。
だが、何かを秘めている妹が返した声にユーリィは声を噤んでしまう。
「違うよユーリィ姉様。
あたしはね、地上から出て行けない体になってしまったの。
地球から離れられない体になったの」
妹の口から聞かされた秘密。
一体何がリィンの身体に起きているのか?
訳も分からず聞くだけに留めるユーリィに、哀し気に笑う少女が。
「あたし・・・世界を託されちゃったんだ。
タワーにある装置を司る鍵。
破滅か存続かの鍵になっちゃったんだよ」
オーク社が造った<バベルの塔>の秘密に触れる。
哀し気に自分の身体を視る妹の姿に、ユーリィは言い知れぬ恐怖をも感じ。
「あなたは・・・世界の鍵となったと言うの?」
唯、懼れるように妹だった者を見詰めるだけだった。
リィンはこうしてフェアリー家とオーク家、双方の間で令嬢となるのでした。
会議の結果によって、月面基地への道が開かれるのです。
待ち望んだ麗美の治療が行える・・・
リィンは喜ぶのと同時に、運命の重さを知っていました。
約束を反故にしても、やり通さねばならない宿命を感じ取っていたのです。
思いを抱いた人にも打ち明けられずに・・・・
次回 Act45 愛すればこそ
もし、あなたが願うのならば。何もかも奪っても許しますか?




