チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act14
王妃と誇美は二人だけで会談する。
誰にも邪魔されず、誰の眼も耳も気にしない状況で。
密室で語られるのは何か?
冥界の王妃となった昔の美晴と、早春を司る女神の誇美。
果たして二人は?
二人が連れ立って入って来たのは、宮城の主が住まう奥の間。
王と妃、それと僅かな側近者だけに入ることが赦される界王の居室だった。
「どうぞ、お入りになってくださいな」
扉の外を衛士が護り、側女が恭しく扉を開く前を、王妃と誇美が通り過ぎる。
豪奢な部屋に入ると、室内に控えている数名の女官に王妃が下がる様に命じる。
「王妹殿下との会談です。
室内に控える必要はありません。お退がりなさい」
王妃の言葉に、居合わせた数名の女官が恭しく頭を下げ、間を置かずに退出していく。
キィ・・・パタン
最後の一人が扉を閉じ、室内には妃と誇美だけが残された。
「さて・・・と」
退出する女官を見送った妃が、扉へと向かって手を差し出して。
「音響遮断!」
室内の声を外部へと漏らさない魔法が放たれる。
「これで・・・良しっと」
防音魔法を張り巡らせた妃が、女官達が居る時とは全く違う声色で。
「やっと。二人きりになれたね」
王や宰相の前では見せなかった笑顔をみせる。
「ね・・・コハルちゃん」
まるで幼かった時の頃の様に。
「王妃陛下?」
艶やかな淑女の雰囲気はそのままで、表情はあどけなさの残る少女のようで。
「いいえ。その声は、やっぱり?」
青紫色の髪と、闇色と言える黒碧色の瞳。
魔法力を発現しているかのように染まった髪と瞳を観て、不思議な感慨が湧いて来る。
「髪や瞳の色は違うけど。貴女は美晴なのね?」
現実世界に居た時には、黒髪で青味の混じった黒い瞳だったのを記憶している。
一旦魔法力を発現したのなら、蒼い髪色に成って瞳は碧く染まったのも覚えていた。
だから最初に邂逅を果した時、美晴とは別人だと思い込んでしまったのだ。
それは大人の姿に成っていたのにも少なからず影響があったのだが。
「まだ信じ切っていないみたいねコハルちゃん。
そりゃぁそうだよね、再会したら6歳も年上になっちゃってるんだし・・・」
問い直された王妃が、肩を竦める仕草を見せて。
「闇に一度は染まった魂の色が。
あの頃みたいには、まだ輝を取り戻せていないから」
闇色の長い髪を手に採って微笑んだ。
「識君と6年もの間、粛罪に務めたのにね」
微かに翳りを滲ませて。
その僅かに哀しみを含んだ笑みを観て、6年の年月の長さに想いを馳せた。
「ねぇ美晴。
あなた達は愛し合って王と妃になったのよね。
贖罪の間で過ごした年月は・・・幸せだったの?」
その想いの行き着いた先に、一つの疑問符が浮かんだ。
「え?」
今迄、本物の美晴なのだと言う事を証明しようと話していた妃に突然問いかけた誇美。
「大魔王と魔王妃。冥界の王と王妃。
界王神と成った夫に寄り添う妻・・・そうであったとしても?」
身の丈に不相応な身分。
傅く獣臣、平伏する重臣達に若き王と妃は君臨し続けねばならなかった筈。
「成り振舞を身に着けるだけでも大変だったろうに。
隔絶された空間で心を休ませる暇もなかったんじゃないの?」
最初に再会した時の印象は、大人な淑女で艶やか。
お転婆だった幼き姿は鳴りを潜め、正反対の物静かな女性だと感じた。
それは王妃であるが為に学んだ処世術に思えたのだ。
「それに・・・身も心も。
愛し合える時間があったのかしら?」
先程感じた憂いとも哀しみとも採れる笑みを観てしまったから。
二人が仲睦ましく、愛を謳歌出来ているのかを訊いたのだ。
真摯な表情で訊く誇美に、顔を向けた妃が一瞬だけ瞼を見開くと。
「ふ・・・ふふふっ!
急に何を聞くのかと思ったら。
識君との仲を疑っているの?」
破顔一笑して。
「そうね。
最初は好き・・・からだったと思う。
危難から救ってくれた大切な幼馴染。
アタシの為に大魔王に成り、禁忌までも冒して守ってくれた。
好きにならない方が可笑しいじゃない?」
馴初めの一部分を披露した。
「それはタナトス宰相からも伺ったわ。
前大魔王の譲位と、王位の継承。
それに妃に選ばれた謂れの一部として。
私の聞きたいのは、その後で二人がどう歩んだのか。
今の美晴が幸せなのかってことなのよ?」
妃がはぐらかすのに対し、誇美が言い募って訊く。
今の美晴が愛を享受できているのか、二人は幸せだと言い切れるのかと。
「一時は光の御子に全てを託して滅びを受け入れる処だったのよね?
死に絶えた英雄を呼び覚ます為に、強大な闇魔法を放った。
二人が魂の禁忌を犯して罪を背負い、贖罪に6年もの年月を費やした。
その間で二人が夫婦として愛し合えたのかって訊いてるのよ」
今一度、誇美は妃となった美晴へと問い質した。
「好きと言うだけで夫婦には成れないじゃない?
本当に愛し合っていたから一つになりたかったのじゃないの?
身体も・・・心だって。睦み合うのが夫婦の筈でしょ」
先程僅かに感じた翳りの訳を知る為に。
それは誰よりも美晴を想い、何よりも愛を尊ぶ女神の表れでもあった。
「夫婦・・・ね。
そんなことをコハルちゃんに訊ねられるなんて。
アタシだけではなく、大人になったんだねコハルちゃんも」
相好を崩して笑っていた妃が、感慨深げに言葉を繋ぐ。
「ちゃんと身体だけではなく、考え方も大人になっていたのね」
ドレスを纏う乙女と成った女神の姿を観て。
「現世の時間で二年か。
天界で過ごした二年で、こんなに大きく育ったんだね」
最後に観た少女の姿を思い出した妃が、女神に相応しい女性美を纏った誇美を眩し気に見詰める。
「凛とした表情も。
均整の取れた美しい身体も。
誰が観って女神に映るでしょうね。
母性と慈愛に満ちた女性の鑑だから」
最初に表した翳りを含んだ笑みを溢して。
「アタシには無理でも。
コハルちゃんにだったら・・・できたのかもね」
意味深な言葉を答えに換えて。
「妃に出来なくて、私になら出来る?
何が出来たかもしれないって言うの?」
隠された意味を知りたがる誇美に、微笑んだ妃が返す。
「訊いたじゃない。
愛されて一つになれたのかって。
だから・・・答えたんだよ」
「はい?答えになっていないじゃ・・・」
なぞかけの答えとして妃が応えたのは、女神とは言えども男女の逢瀬には疎い誇美には咄嗟に判ろう筈も無かった。
だけど・・・
「どんなに求め合おうと、どれだけ願おうと。
赦される筈もなく、授かる訳も無くて。
時に我が身を嘆き、神をも呪ってしまいそうになったわ」
今迄微笑んでいた顔には、哀しみと寂しさが混じり合った翳りが浮かんだ。
「これが禁忌を犯した罪人への刑なら。
贖罪を果した後には・・・授かるかとも思ったんだけど。
どうやら違ったみたい・・・この世界では神の子を宿せない。
いいえ、只の人でしかないアタシには・・・産む資格なんて無いんだよ」
「あ?!」
妃の顔に浮かんだ翳りの正体。
それは愛し合おうとも、睦み合っても叶わなかった夫婦の願い。
「処女を捧げられて。女性の幸せを知って。
心を情熱に燃やして、身を快感に委ねて。
時に優しく、時には激しく求め合ったわ。
只、愛の結晶を宿したかっただけ。
だけど、今居る世界では無理だと判ったんだ」
元々が大魔王ルシファーの子である識と、魔法少女だったとはいえ人の子でしかない美晴が精神世界で幾度逢瀬を交わしたとしても、子を授かれなかった。
例え精神世界から抜け出せたにせよ、人間が神の子を宿せる訳が無かった。
それは美晴を救う為に大魔王に成ってしまった識の苦悩。
愛を誓い合った神と人の宿命に嘆き悲しむ美晴。
子を授からないと判った時の絶望が、妃の翳りとなって表れていたのだろう。
「子供が・・・できない。
人の子である美晴にはできなくて。
兄上様と同じ神格化された私には・・・宿せる?」
妃の言葉から、まるで自分が兄の子を宿す必要があるのかと錯覚した誇美だったが。
「違うわよコハルちゃん。
アタシが女神だったら・・・って、意味だから」
「へ・・・あ。そう、そうよね」
妃が、あっさりと一蹴したら。
「なんだか、昔みたいに憑代化するのかと。
身体を貸して欲しい・・・とか、言われるかもって。
一瞬、兄上様に抱かれる姿を妄想しちゃったじゃない、あはは」
焦ったように髪を掻く誇美が答える。
ぽんっ
と、手を叩く妃が。
「それも名案ね」
冗談めかして誇美を揶揄う。
「じょ?!冗談じゃないわよ。
いくら美晴の頼みだとしたって、相手は冥王で。
しかも会ったばかりの兄上様なんだよ?ぜぇ~ったいに無理!」
「あれ?妄想したって言ったじゃない?」
二人は視線を併せて、
「それを言う?」
「アタシだって。いくらコハルちゃんでも譲る気はないよ」
ぷ!
「あはは!」
「あははっ!」
二人揃って噴き出すのだった。
二人が笑いあったことで、それまでの重い空気は無くなった。
立ったままで話していたのに気が付き、妃の勧めで向かい合ってソファーに座ると。
「そっかぁ~。美晴も愛を語る様になったのね」
「そう言うコハルちゃんだって。好きな人ができたのよね」
がたんっ!
突拍子もない妃の言葉に椅子からずり落ちそうになる。
「な?!なっ?な、なにを?」
図星を突かれた誇美が慌てて言い返そうとするのを。
「誤魔化そうとしたって駄目なんだから。
現実世界に居る時から想っていたんでしょ」
「だっ、だからっ!好きな男なんて・・・」
悪戯っ気に妃が窓辺へ視線を移すと、釣られて宮殿の庭が観える窓へと顔を向けてしまう。
「ずっと一緒だったもんね。
アタシには観えなかったし聞こえなかったけど。
傍でずっと見守ってくれて、今も・・・離れずに居てくれて」
窓から覘く庭に、先程まで居たテラスが垣間見れる。
そこにはオルクスと宰相タナトス、それに女神を守る使徒天使の姿が。
「好きになるのに年齢の差なんて関係ないし。
況してや年嵩を経た漢の魅力を好む女性も居るわよ」
コハルの視線がエイプラハムに惹き付けられているのを観て取った妃が付け加える。
「それに。
彼だってコハルちゃんを想っているのよ。
単に主従関係というだけで命を張れる訳がないでしょう?」
「だ、だって!
爺やってば、私のことを孫か子供としてしか観ていない・・・」
片想いの関係だと思い込んでいる誇美に、妃はクスッと笑みを溢して続けるのだ。
「ふふふっ。遂に好きだと認めちゃったね。
エイプラハム卿は応えてくれているのかしら?」
「それは・・・告白してもいないし。
いい雰囲気になっても茶化されちゃうから・・・」
真摯に付き従う爺に、女神の立場から好きだと言える気にはなれない。
態度から好きだとアピールしようにも、爺が受け入れてくれない。
そう感じていたから、焦れったくもあり歯痒く思ってもいる。
「あれ?
相思相愛の二人だと思ってたんだけどなぁ。
あれだけ想いを呟いていたのに、気付けないのかなぁ?」
「へ?冥界に居た美晴に判る訳が・・・」
頬に指を添えて観て来たような事を話す妃に、思い当たる節のある誇美が言い返そうとすると。
「現実世界で光の御子に宿っていたんでしょう?
だったら指に填められている指輪を知っているよね」
「あ。あの翠色の指輪ね。それが?」
不審気に答える誇美に、大人の余裕を表情に浮かべた妃が放つ。
「ぜぇ~んぶ!筒抜けになってるのよね。
周りで何が起きてるのかも、コハルちゃんが拗らせちゃってることだって」
「げ?!まさか・・・盗聴?!」
現実世界で填め続けていた翠の指輪。
光の御子が肌身離さず着け続けていた指輪だったから、誇美も填め続けていたのだが。
「あの指輪にはね、魔法で守護と連絡の術式が刻まれてあるの。
でも、それだけではなくて。
美晴と識君との記憶が残されてもいるの・・・」
「御子・・・もう一人の美晴。
貴女ではない、もう一人の記憶?」
コクンと頷く妃が、光の御子に代わって身体を使うようになった誇美へと知らせる。
「御子とコハルちゃんが穢れた世界へと入ってしまった時。
どれだけ救いに行きたかったか。
コハルちゃんだけが戻らざるを得なかった時。
どんなに慰めたかったか・・・後悔しても言い訳でしか無いね」
「そんな!美晴は何も悪くない」
謝罪する妃に誇美が必要が無いと断るのだが。
「贖罪を終える為には、人間界への接触を断たざるを得ず。
邪悪なる者達へと対峙する事も叶わずに。
只、只。我慢をし続けるだけだったの。
識君が魔界に終止符を打ち、冥界主になるまでの間」
「なるほど。冥界を創れたから私を危地から救ってくれたのね」
間に合った転界。
間に合った救出劇には、そのような訳があったのかと誇美が今更ながらに合点が行き。
「こうしてまた逢えたのも。
こうやって話していられるのも、美晴が居てくれるからこそなの。
私からの感謝はあっても、美晴に謝られる必要なんてないんだから」
謝罪の言葉を吐く王妃に、女神のコハルが慰める。
「だからね美晴。
これからは幸せになることを願うの。
望みを叶えるのに、力を尽さなきゃいけないのよ」
それは識との子を欲しがった美晴に贈った言葉であり、また自分への戒めとして放った言葉だった。
「そうしなければ。
囚われた光の御子に報いてあげれないじゃない」
「コハルちゃん・・・」
そっと手を差し出す誇美に、妃は手を重ねると。
「判ったわ。後悔なんてもうしないと約束するから」
「それでこそ私の幼馴染で魔砲少女よ。
私だって約束するから、後悔しないって」
二人は頷き合って応えるのだった。
王城の一室で高貴な乙女達の絆が深まる。
王妹と妃という関係としてではなく、女神と魔法少女の心が交わり。
次なる物語を紡ぎ始める為に、これから始まる新たな未来の為に立ち上がるのを決意した。
誰の為ではない、己の願いの為に。
二人は昔日の想いを取り戻した。
嘗て伴に在った日を思い出し、絆は閉ざされていないのを知る。
そして今。
二人が幸せを願うのは、愛を語り合えるだけの歳になった証。
願いを遂げれるその日まで。
供に立ち上がるのを誓う・・・絆の証。
次回 チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act15
君達の未来には愛が満ちているか?希望を叶えるには自ら進まねばならないのだ!




