チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act12
現実の世界と冥界では時間の流れが違うと聞いた。
それならば、人間界で瀕死の彼女を救うことが出来る?
この冥界から彼女の身体に戻ることが出来るのなら。
だが、しかし・・・
当時の大魔王シキが贖罪を果した後に神オルクスへと昇華し、魔界を改変して造ったのが<魂の国>と呼ばしめる冥界。
古くから魔界の住人だった者。
新たに拠り所として入界して来た魂達にも。
遍く柔らかい日差しが降り注ぐ、暗黒の魔界とは全くの別世界。
非業の最期を遂げてしまった者にも、心残りに身を焦がす者にも。
この<魂の国>では安息が与えられていた。
まるで俗世の穢れを取り除き、再び起つのを促すかのように・・・
宰相タナトスが説明を付け加える。
「誤解がなきように、ご説明いたします殿下。
我が魂の国では陽は沈みませぬが、時は流れます。
永くこの国で住まえば、年恰好も思考も変わるのです」
魂の国として造られ、陽の沈まぬ世界であろうと、時は粛々と過ぎると。
「ですが妹殿下。
現世から来た者からすれば。
我らが異常な速さの時に翻弄されていると観ることも出来ましょう。
転世した時より一か月経ったぐらいでは、現実世界の一時間に過ぎないのですから」
住む世界が違えば、時間の経過具合が違うのだとも。
「この冥界では悠久の時の中に在るのに対し。
人の世・・・現実世界の時はゆるゆると流れ過ぎる?
それって・・・もしかして」
説明を聞いた誇美が質す。
「左様でございます殿下。
招聘致しました時から、人の世では未だ一時間も過ぎてはおりません」
「だったら?!今から直ぐに還れば。
この世界から現世に戻れば・・・間に合うの?」
冥界から人間の世界へと戻れたら、美晴を危機から救えるのかと。
「魂を喪って死の淵に居る美晴を助けられるの?」
再び憑代として宿れるのかと訊いたのだ。
一縷の望みを抱くように。
「今直ぐに、この場から帰還するのは如何なものか。
後の手立てを考慮せず、無闇に帰還を急ぐのは危険を孕むぞ」
現実世界へと帰還を急ぐ誇美に、兄王が忠告する。
「現実世界の美晴の身体を想ってくれてるのは判るわ。
でもね誇美ちゃん。
貴女は自分独りで、何もかも背負おうとしているだけ。
想いを同じくする人を信じてあげるのも必要よ」
人を守るべき女神故の独断専行を戒めるのは、元々の身体の持ち主である美晴本人。
「でも二人共!
こうしてる内に美晴の身体が潰えてしまうかもしれないのよ?!
魂を喪って生命の維持が破綻しかねないのよ?」
兄王と妃から忠告とも戒めとも採れる言葉に、声を荒げて言い募る。
「命の灯が絶えてしまう前に、何とかしなきゃならないの!」
早急に人の世に還って対処しなければいけないのだと。
がたんっ!
「こうしちゃいられないッ!」
心を焦がす誇美が、椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がるのを観ていた王と妃だったが。
「落ち着かないか、コハル」
「そうよ、コハルちゃん。
焦ったって何も解決しないわ」
対照的に落ち着き払って宥める。
その余裕な態度に、当の誇美の方が驚いてしまう程。
「どうして兄上様も美晴も。
そんなに余裕ぶっていられるの?
まさか現実世界の身体が潰えても良いって言う訳?!」
その余裕気な表情を見せられて、訝しむ言葉を吐いてしまう。
だが、落ち着き払った妃は静かに頭を振って応える。
「今も言ったでしょう誇美ちゃん。
急いては事を仕損じるの諺があるように。
急ぎ過ぎたら却って無駄な時を浪費することにもなるの。
そして何よりも、貴女は忘れているようね。
誓いを交わした友の存在を」
その闇色の瞳を女神へと向けて。
「貴女を想う・・・
そして美晴を想ってくれている人のことを・・・ね」
現実世界には友が居ることを教えるのだった。
「友・・・美晴の友。
私を護ると約束してくれたマリアさん・・・」
妃の言葉に我を取り戻した。
「マリアちゃんだけではないでしょ、誇美ちゃん。
現実世界には医療魔法を譲り受けた娘もいた筈でしょう?」
「ミルアさんも・・・それに多くの戦友達も居るわ」
脳裏を過る友の顔。
その誰もが美晴を想ってくれているのを思い出す。
「そうね、光の御子を想ってくれている人達。
それだけじゃぁないよね、もっと頼れる存在が居る筈じゃない?」
「・・・もっと頼れる存在?」
妃の言葉に隠された存在とは?
咄嗟には想いが及ばなかった誇美だったが。
「逢った事はないけど。
貴女が乗る戦車には、古の女神が居るのではなくて?」
「古の女神・・・リーン様?!」
妃の言葉で気付いた。
小隊3号車に宿る女神の存在に。
「マリアちゃんに託した美晴の身体。
きっと救おうと努力してくれているわ。
人として精一杯の誠意を籠め、出来る限りの力を振り絞って」
「マリアさんもミルアさんも・・・命を繋ぎ止めようと」
友の絆を断たんが為。
約束を守ろうと必死に繋ぎ止めようと努力を惜しまずに。
「だからね、誇美ちゃん。
彼女達の努力を無駄にしない為にも、図らなければいけないの。
穢れた悪魔達を食い止める為。
今度こそ・・・打ち勝つためにも」
冥界の王妃となった美晴に悟らされる。
この世界へと招かれた、本当の意味を知らされて。
「悪魔を食い止める?打ち勝つって?」
記憶を失ってしまったから考えも及ばなかった。
この冥界へと転生した訳を知らされたというのに。
「女神の神力を以ってしても傷を負ってしまったのよね。
もしタナトス宰相が私を召喚してくれなかったら。
今頃どうなっていたのか・・・」
悪魔との闘いにより、深手を負ったのは知らされた。
「爺も。エイプラハムもここには居なかったのかもしれない」
闘いに負けた事実が重く伸し掛かって。
そして・・・
「もしも、再び悪魔と闘うことになれば。
今のままならば、今度こそ・・・」
再戦するのなら、次こそが最期となる。
何も対策を講じなければ、今度こそ完膚なきまでに滅びを与えられるのは必定だと言えた。
「穢れた世界の王に抹殺されるかもしれない」
闇堕ちした光の御子を模った悪魔に因って。
椅子から勢い良く立ち上がった誇美だったが、気勢を削がれて崩れる様に座り込む。
「そうだな。行き当たりばったりで闘う相手ではない。
相手に応じた対抗策を練っておかねばならないだろう」
事実を思い知らされて誇美が落ち込む姿を観たオルクス王が。
「それとどうやら、コハルは肝心なことを失念してはいないか?」
傍らに座る王妃を眼で指し示すのだった。
「対策を講じる・・・とは、どのような意味で。ですか兄上様?」
オルクスが妃を垣間見るのに併せて、誇美もまた妃である元の美晴を観て訊く。
「忘れておるのではないか。
現世でコハルが憑代に選んでいたのは誰だと言うのか?
魂の抜け殻となっているのは、一体誰の身体と言うのだ」
王の言葉が誇美の頭に衝撃を与える。
ハッとなって妃に納まった淑女の顔を観た。
「美晴の身体は・・・本来そこに在るべき魂へと還すべきモノではないか?」
「あッ?!」
押し黙ったままの妃を眼で示した冥界の王が、一つの事実を思い出させる。
「美晴の身体は、此処に居る美晴に還すのが妥当だと仰るのですね」
王と王妃から会談冒頭に打ち明けられた今に至る経緯。
現実世界において二年前に起こった事故で二つに分断された美晴の魂。
死の狭間で女神に拠って一計を託されたのが、此処に居る冥界の妃に納まった美晴。
不幸な事故に因って一時は生命の危機に堕ちたが。
女神から人類の危機を聞かされ、自ら望んで闇へと身を堕とした。
闇に生き、過酷な運命を背負うことも厭わず。
そして光の御子に全てを託した後、人の世の為に禁忌の術を放った。
もう二度と人へは還れない。希望を抱く事も出来ない・・・かと思えたのだが。
闇の中に希望が燈った。
そこ居る筈の無い人が、救いの手を指し伸ばしてくれたのだ。
絶望の最中、救いの手を伸ばしてくれた<彼>が。
自ら闇のプリンスとして帰還したのが・・・
幼き折に出逢った、闇魔法を操った少年。
オルクスを名乗る前の識だったのだとも教えてくれたのだ。
ジッと妃を見詰めたままで訊く。
「望むのであれば・・・だ」
オルクス王が肯定とも否定とも受け取れる言葉で繋ぐ。
彼の言葉には<望む>のが、<誰>なのかを表してはいない。
だが、誇美にだけ向けたの言葉では無いことは判る。
「だけど。
そうなったのなら・・・」
王妃が応える前に、誇美が訊き返そうとする。
「穢れた世界で囚われている娘の還る身体が・・・」
助けても戻る事が出来なくなる・・・と、懼れるのだ。
「コハルはまだ、諦めていないのだな」
「?!」
兄王の問いが、誇美の迷いを断ちきった。
「諦める?!どうして!
あの娘は決して諦めたりするもんですか!
どんなに苦しくっても、どれほど絶望に襲われたって。
絶対に!ぜぇ~たいにぃっ!諦めたりしないわ!
だからっ私だって!諦められないのよ!」
忘れていた想いが蘇る。
彼女の為にも再び起ち上がらねばならないとの想いが沸き上がったのだ。
「諦めない・・・諦めてはいけない。
そうね、貴女もそう想うのね・・・コハルちゃん」
今の今迄、押し黙って二人の言葉を聞いていた妃が呟いた。
「悪魔に魅入られた娘を救うのは容易くは無いわよ」
「・・・え?」
そして次には、はっきりとした口調で誇美へと告げる。
「イシュタルとか云う悪魔に勝つのは容易くは無いって言ったの」
「え?!え?」
突然に語り掛けて来た妃の口調が、全くの別人のように変わったのにも驚いたが。
「理の女神様が居られない今なら。
尚更に万全の準備を怠れないわよ、コハルちゃん」
キラリと輝る、闇色の瞳に瞼を開かされた。
「貴女・・・やっぱりミハルなのね」
忘れてはいない。
自分と言う存在に気付かされた幼き日から、ずっと一緒だった人の眼差しを。
「うん・・・半分だけだけど、ね」
「半分?」
だが、返って来たのは意図しない言葉。
「もう半分を。
本当の<美晴>を。
取り戻してやろうじゃない!」
「え?!あ?うん?」
青紫色の髪に闇色に輝く瞳。
嘗ての魔法少女では無いが、言葉の端々に伺い知れる。
この妃は。この淑女は。
やはり、間違いなく。
「やってやろうじゃないの、ミハル!」
ミハル。
魔砲の使い手だった美晴。
そう・・・負けず嫌いな魔砲少女のミハルだと判った・・・
救い出すと誓いを交わす妃と誇美。
嘗て二人は強大なる敵と対峙し、力を併せて戦った経緯を持つ。
今、再び立ち上がり、困難な救出劇に挑もうとしているのだ。
それにはもっと深く心を通わせあわねばならない。
互いに蟠りを捨て去るためにも・・・・
次回 チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act13
紅く光る王の瞳。彼が本当に望むのは何なのか?冥界に誇美を連れ込んだ真意とは?




