チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act8
オルクス王との謁見に挑む誇美。
初めて逢う兄とは、どんな存在なのだろうか。
冥界を創造した王は、自分に何を想うのだろうか。
黄泉の国での出逢いは何を意味するのだろう・・・
開かれた扉の先に観えたのは、旧魔王城とは懸け離れた煌びやかな広間だった。
漆黒の魔界では設えられていなかった大きな窓。
そこから差し込む外光が、室内を明るく照らし出している。
仮初の陽光だとは言えど、自然光にも近い明かりが差し込み。
天井から提げられてあるシャンデリアとも相まって広間を光で満たしていた。
そして何よりも魔界の城と違うのは、華美な装飾品で飾られてあることだろう。
この冥界が魔界とは別の世界に変わった証とでも言わんばかりに。
ザッ!
開かれた扉の両脇に控える近衛の騎士が、招き入れられる二人へ敬意を表す。
抜き払われた剣を逆さに持ち、敵意の無いことを示す。
スッ・・・
近衛の騎士達が見守る真ん中を、紅い絨毯を進む二人。
「王妹殿下ならびに旧臣エイプラハム卿。陛下の御前までお進みくださいませ」
予てより、この日が在るのを予見していた宰相タナトスが澱みなく進言する。
「近衛の兵は扉の外で控えるように」
衛士の務めは、この場では必要ないと命じるのも忘れずに。
サラ・・・サラ・・・シャラ・・・
絨毯を誇美が歩む。
歩が進むたびに、ドレスが衣擦れの音を奏でる。
押し黙ったままの誇美が真っ直ぐに見据えるのは。
「その場でお留まりくださいませ、王妹殿下」
タナトスの声が室内に響く。
「我が王にして魂が国の創造主。
冥界を創りし神でもあらせられる・・・オルクス陛下」
宰相タナトスは慇懃に王を称え、
「御妹君の伺候を御受けになられます」
深々と王座へと向かって頭を垂れる。
御簾が提げられた王座は、赤い絨毯の先に在り。
一段高くなっている奥に設えられてある。
臣下との謁見に使われているのだろう王座は二つ存在し、一つにはスーツのズボンと靴が観え。
もう片方にはロングドレスの裾と靴先が覘いて観えた。
謁見を取り仕切るタナトスの言葉を受けて、王座の前で立ち止まる。
垂らされた御簾の先に居る王を見据えたままの誇美と、付き従う爺を宰相と僅かな側近が見守っている。
「ごほん・・・陛下の御前ですぞ」
無言のまま王座を見据える誇美に、側近の一人が忠告する。
いくら王の妹とは言えども、無礼に思えたのだろう。
ぎろり
その途端、旧臣エイプラハムが小言を放った者を睨みつける。
まるで無礼を働いているのはお前だと謂わんばかりに。
無言の圧を放ち、この場に居る者全てを黙らせる。
シ・・・ン
謁見の場は静まり返り、唯一人の一挙手一投足を見守った。
勿論のこと、それは王の妹である誇美のことだった。
フッ!
御簾の向こう側で、王座に動きが観えた。
するするする・・・
その途端、御簾が巻き上げられ始める。
「陛下の御前である。最敬礼」
察した宰相タナトスが下命する。
全員に平伏するようにと。
サッ!
宰相以下、側近達が一斉に頭を深く垂れる。
それと同じくして爺やであるエイプラハム卿は膝を床に着けて臣下の礼を捧げた。
スッ
一歩前に控えていた爺が膝を屈するのを観た誇美は、ドレスを摘まみ上げて淑女の礼を執る。
見据えていた瞼を閉じ、微かに頭を下げて。
巻き上げられていた御簾の音が無くなった一呼吸後で。
「頭を挙げるが良い」
重厚だが年嵩には思えない声がかけられる。
「我が妹にして、女神のコハルよ」
自分を妹と認める声が、王座の上から。
ー これが冥界を造った王の声。
オルクス神の・・・兄上様の声なのね・・・
瞼を閉じたまま、聴覚に神経を集中させていた誇美が思った。
ー どこかで・・・聞いた事のあるような?
初めて聞くのに、なぜだか懐かしく想えるのは?
頭を挙げよと命じられ、思いを確かめようと瞼を開く。
「漸くの事、逢えたなコハル。
いいや、今は女神ペルセポネーと呼ぶべきだろうか」」
瞳に映ったのは、妹との邂逅を喜ぶ男の顔。
ー 白銀の髪に紅い瞳。
面長で整った顔立ち。
まるでルシファーお父様の若い頃みたいに思えるわ・・・
ひと目観ただけで父の面影を継いだのだと思った。
自分の名を呼んだ声が、優しさを含んでいるのを聞き取った。
それだけではなく、どこか懐かし気に思えるのは何故だろうと感じた。
「冥界の王オルクス陛下へ、ご挨拶申し上げます。
現世での通称は誇美と呼ばれ。
天界では女神としての名を頂き、春の芽生えを司る者。
太陽神様から与えられた名はペルセポネーにございます」
ジッとオルクスを見詰めたまま、名乗りを上げる誇美。
「突然の伺候にも関わらず、謁見の場を設けて頂き感謝します。陛下」
そしてもう一度、淑女の礼を捧げるのであった。
その姿は、冥界の王へと向けられる余所余所しいものにも観えた。
「ならば・・・どう呼べば良い。
女神の名か。それとも育ての両親から贈られた名か?」
傅いた誇美にオルクスが問う。
「我が妹は、どう呼ばれたい?」
「え?私を・・・ですか」
突然の問いに、答えを返せない。
コハルと呼ばれようが、ペルセポネーと言われようが自分は構わないと思うからだが。
「コハル・・・」
答えられずにいた誇美の耳に、独りの声が届く。
「え?!」
呼びかけた相手に漸くの事で気付かされる。
「コハル・・・で、善くて?」
オルクス王に注目していたから気付けていなかったが、王座は一つでは無かった。
王の傍らには、もう一つの玉座が据えられてあったのだ。
「あ?えっ?!」
王の傍らに居るのは・・・
「ふむ。敢えて女神の名称は呼ばぬと云うのか、妃よ」
「はい。私達には呼び慣れぬ名に思いますので」
王と並列に並べられた椅子に座る王妃。
華麗なる純白のドレスを纏い、闇色の瞳を向けて来る。
青紫の髪には妃を表すティアラが輝き、聡明な顔には優しさが観て取れる。
それが誰なのかが解らない誇美ではなかった。
「ミント?!」
この冥界に来てから、ずっと傍で観てくれていた彼女。
単に王命に服している侍女かと思い込んでいたが。
「まさか・・・あなたが王妃陛下だったなんて」
他者から観れば、不敬に当たると思えた。
例え王の妹であろうとも、王妃に向けて<あなた>と呼ぶなんて。
ざわっ!
誇美の言葉に、側近達が色めき立つ。
王と妃に臣従する者の眼が、鋭く向けられて。
「もしも王妃だと告げていたら。
快復の妨げになるかと思いましたの。許してくださいね」
場の雰囲気が強張ったのを見抜き、王妃が間を執る。
「それと。
私が逢いたいと願ったから、陛下へ王命を賜ったの」
「逢いたいって、私とですか?」
周りに居る側近達に遠慮もせず、王妃が打ち明ける。
「ええ。そう・・・コハルに」
微笑む王妃がオルクス王に視線を向ける。
「・・・ああ。良いとも」
それが何を意図するのかを読み取って、王が認める。
「ありがとうございます・・・陛下」
頷いた王へと感謝を述べた王妃が。
スッ
王座から立ち上がり、
シュル・・・シュル・・・
衣擦れの音と共に、高座から歩み始めた。
「王妃陛下?」
その歩みが何処へと向かっているか。
固唾を呑んで見詰める誇美が、
「ミント王妃陛下?」
王妃の名を呼んで停めるつもりだったのだが。
フリフリ・・・
呼ばれた王妃は首を振って。
「本当の名は・・・ミントとは云わないの。
野に咲くありふれた草ではなくて・・・」
階段を降り、誇美の前まで近寄る。
「良く見てコハル。
思い出してくれないの・・・私を?」
そして・・・呼びかける。
「少しだけお姉さんになってしまったけど。
ううん。義姉になっちゃったけど・・・あたしなんだよ?」
「へ?!え?えっと・・・え?」
闇色の瞳に映り込む誇美。
碧と紫が入り混じる光彩の中で、コハルの顔が滲んで観えた。
「あなたにとっては二年前のこと。
でも、あたしには6年もの時が経ったんだよ?」
「二年前・・・って?!もしかして」
ジッと王妃の眼を見詰めれば、想いの丈が滲んで見える。
「まさか?!あなた・・・美晴?
嘘でしょ?!どうして・・・冥界の王妃に?」
瞬時に悟れたのは、女神の神力に拠るものか?
それとも心を通わし合った絆の証なのか。
「そうよコハルちゃん。
やっと逢えた・・・漸く語り合えるのね」
ぎゅっ!
王妃が王妹殿下に抱き着く。
初めての邂逅だと思えるのに、王妃が涙ぐんで喜んでいる。
「美晴・・・ホントに。
あの・・・ミハルなんだよね?」
それに対して女神の誇美は呆然と見詰めるだけだった。
眼を見張って驚く誇美。
女官だとばかり思っていたミントが?
まさかの<美晴>だったとは?!
淑女となった<美晴>との邂逅が、何を教えると言うのか?
オルクス王と妃のミハル。
この王宮で何が語られると言うのだろう?
次回 チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act9
まさかの再会?!あの少女が淑女になったなんて・・・幻覚かしら?




