チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act7
遂にオルクス王との会見を望んだ誇美。
供にエイプラハムを従え、王城の奥へと歩む。
兄王とは如何なる存在なのか?
初の邂逅に心を揺さ振らせるのだった・・・
誇美の兄だと云う冥界の王オルクス。
この黄泉に来てから一度たりと会ってはいない。
その王は兄妹の対面だというのに、妹の心身が快復した後に会うとだけ告げるに留めていた。
既に殆ど快復しているのをミントから聞いている筈だったのに。
「ねぇ爺。
王は私に会いたがってると思う?」
王との接見に臨むエイプラハムを説き伏せて同道を認めさせた誇美。
だが、未だに会見の場を用意しないオルクス王に一抹の不安を抱いてもいた。
「突然に押しかけても会ってくれないかも」
どうして今迄一度たりとも会いに来てくれなかったのか。
体調を気にかけてくれているにしろ、再会を希望するのなら部屋まで来てくれたって良かったのに。
「本当は逢いたくないのかも・・・」
生き別れの兄と妹。
産まれた時から逢ったことが無く、本当の初対面だと思うからこそ。
「本当の妹かを疑っているのかしら」
しかも誇美が兄の存在を知ったのは、最近の事だった。
「ねぇ爺。兄上様は会ってくださるかしら?」
心細さから幾度か目の問いかけとなった。
同道を願ったのに、今更のように不安になる。
もしも、会う事を拒否されでもしたら・・・これからどうすれば良いのかと。
髭の爺は誇美の前を進む。
先程までの凛々しさは影を潜め、俯き加減で後を歩む誇美に。
「心配なされますな、姫様。
陛下が姫様を邪険になされる訳が在ろう筈がありません」
心配無用と励ますが。
「なぜ爺やは、そう言い切れるの?
それならもっと早くに会見の場を作ってくれたって」
不安から否定的な言葉を吐いてしまう誇美。
すると爺は立ち止まって振り返り。
「陛下が御自身から逢わずにおられたのは。
姫様が会う気になられるのを待っておられたのです。
無理強いせず、お逢いに為りたいと御自身で仰るまで」
諭すように柔らかな声で語るのだった。
「この爺も。
コハル姫が強き心で望まれなければ、断ったでしょう。
瞳に宿った決意を感じたからこそ、陛下の許へとお連れしているのです」
「爺・・・」
誇美の決意に報わんとしたのを。
「ありがとう。
初めての対面に不安になって、つまらないことを訊いたわ」
それが判ったから、今一度顔を挙げて爺に言う。
「オルクス王・・・いいえ、兄上様は謁見に臨まれるのよね。
それは爺にだけ?それとも他の方にも会われるの?」
どさくさの対面になりはしないかと。
「大勢の前で兄妹の名乗りなんて。
陛下の名声を下げてしまわないかと・・・心配なの」
不興を買ってしまわないか、悪い印象を与えないかと不安を打ち明けた。
「謁見は少数の者だけに留まります。
陛下の肝入りだけですので、御心配には及びませぬ」
「そう。それなら・・・良かった」
フッと溜息を漏らす誇美に、爺が眼を細めて。
「我が姫を蔑む輩が、もしも居たのならば。
この爺めが懲らしめてやりましょう。
尤も、陛下が赦す筈もございませぬが」
まだ顔を固くしているのを観て取り、冗談めいた言葉をかけた。
「も、もぅ。爺ったら」
爺が掛けてくれた癒しの言葉に、やっと笑顔を溢した誇美。
「でも逆に、私が失礼な言葉を吐きそうになったのなら。
直ぐに窘めてね、頼んだわよエイプラハム」
「ははは。承りました」
気心の知れた主従に笑顔が戻る。
それは確かに、姫と直近の臣が交わす言葉にも採れるが。
「私の緊張を解そうとしてくれたのよね。
やっぱり・・・私には爺やしかいないわ」
誇美は感謝しつつも違う感傷に浸った。
「あなたも・・・そう感じてくれたら良いのに」
ポツリと漏らす。
それが恋心にも似たものだとは知らずに。
「さて。それでは玉座へと参りましょう、姫様」
だからエイプラハムの勧めで我に返って答える。
「ええ!兄上様の許へと」
先程までの不安が嘘のように朗らかな声で。
臣下の者の伺候を受ける謁見の間。
最奥部に在る一段高い王座へと向かって、黒髪の側近が奏上する。
「陛下。旧臣エイプラハム卿が参りました」
深々と頭を垂れて。
「そうか。来たか」
応えるオルクス王が頷くと。
「小春神様のお供を担ってです」
側近が恭しく報じた。
「うむ。とうとう会う気になったということか、タナトスよ」
「御意にございます」
黒髪の側近、魂の探求者タナトスが肯定して控えの位置へと後退る。
「漸く。その気になったようだな、妃」
それを見届けた王が、傍らの王妃へと問う。
「いいえ、陛下。
私には、こうなると解っておりました」
青紫の長い髪を揺蕩わせる王妃がオルクスへと顔を向けて。
「エイプラハム卿を謁見にお呼びに為られたのも。
促す為だったのではございませんか、陛下?」
オルクス王が誇美の決断を促す為に謀ったと見抜いていると返した。
「はっはっはっ。
流石はミハルと言うべきか。その通りだ」
笑いながら否定しない王。
それが解っていたからこそ、ミント・・・いいや、王妃は誇美に正装させたのだろう。
リハビリ代わりに部屋の外を歩かせるだけの為なのに、煌びやかなドレスを纏わせたのだ。
王との会見に似つかわしい姿に着飾らせたのだろう。
「それならば。私にもお話しくだされれば宜しいのに」
「いや。正式な紹介の場は別に設けようと思っているのでな」
内密にしていた王へと文句を告げる妃に、この会見は公にはしないと答える。
「なぜ・・・で、ございますの?」
疑問が過り、咄嗟に問い質した妃へと王が言う。
「なぜかって?
この国へと連れて来られた訳を訊くだろう。
それに現世で何が起きたのかも。
悪魔と戦った女神として質すだろうからさ」
これまで会う事に消極的だった誇美を見抜いての言葉。
そして今、どうして逢おうとしているのかも見抜いているのだ。
「陛下は・・・お答えになられるのですか?」
洞察力に驚いた妃が言葉少なに訊くと。
「嘘を言っても仕方があるまい。
真実を隠しても、いつかは明かされる。
ならば、コハルに知らしておくべきだと思う」
オルクスは偽りを告げる気は無いと答えてから。
「最終的には。
光の御子が未だに救出されていないのも告げねばならないだろう」
妃へと覚悟を促す様に求めるのだった。
「それは。
私と御子の因縁もお話になると言うのですね?」
「妹が求めたのなら・・・な」
今の今迄、女神と言えど知り得なかった事実。
光の御子が生まれた事件に纏わる真実を、誇美が求めるのならば教えると言うのだ。
それは冥界の王の妃となった<ミハル>が誰なのかを教える事にもなる。
そう、此処に居るのが本当の<美晴>だと知らせることになるのだ。
「そうなれば、コハルちゃんも。
御子の救出を躊躇うことにならないかしら」
女神のコハルを<ちゃん>付けして呼ぶ妃。
それこそが王妃が誇美を誰よりも知り、仲の良い証でもあるのだが。
「私が理の女神様に託された謀を。
闇の中で我慢して過ごした二年間の苦労も。
分割された魂を、元に戻せる日が来るのを待っているのも。
ペルセポネーと名乗る女神様に判って貰えるのかしら」
魔界の王妃に召し上げられ、今は冥界の王妃となったミハルが心配する。
真実を受け入れて貰えるかを不安に感じて。
「不安かいミハル?
もしも妹が聞き分けなかったのなら。
君の知っている事実を語れば良いんだ。
そうすれば、必ず。コハルは君を信じるだろうさ」
「ええ、そうよね。
あの子との思い出は、私だけにしか語れないから」
王は妃の手を取り力添えを約束する。
妃たるミハルは、自身の記憶を頼りに打ち明けると告げた。
「そうか。
ならば・・・逢ってみようではないか。
幾年月を経た、魂の邂逅を求めて」
「はい。陛下の御心のままに」
オルクス王と王妃ミハルは頷き、側近タナトスへと命を下す。
「扉を開け。
余は、妹である小春神との接見を求めるものなり」
「ははっ!」
王命に服した黒髪のタナトスが近衛の騎士へと合図を送る。
「陛下の命である。
旧臣エイプラハム卿を通せ。
また・・・王妹殿下をお招きせよ」
稀代の術者、魂の探求者でもあり、王の側近。
宰相タナトスの命で、謁見の間の扉が開く。
大扉が開き、そこに観えるのは二つの影。
「供はエイプラハム卿。
おみえになられしは・・・黄泉の太陽である陛下の御妹君。
女神ペルセポネー姫殿下に在らせられます」
姫と側近。
若き女神と使徒臣。
誇美と爺や。
この黄泉の世界で生きる女神ペルセポネー姫と賢臣エイプラハム卿の姿だった。
冥界の王オルクスと妃が待つ謁見の間に進む誇美。
従う爺に先導させて絨毯を歩む。
其処には宰相タナトスを初め幕臣達が居並んでいた・・・
兄との邂逅に誇美は何を求めるのか。
女神コハルに冥界の主は何を欲するというのだろう?
次回 チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act8
白銀の髪に紅い瞳。オルクス王との会見に臨む誇美に呼びかけたのは?




