チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act6
色彩の乏しい城内の片隅で。
再び逢えたのは奇跡なのか。
誇美の瞳に飛び込んだのは、忘れもしない人の姿。
どんなに引き剥がされても切れなかった絆・・・
茶褐色の世界に色彩を放ったのは、白と碧のドレスを纏うピンク髪の誇美と。
「まさか・・・嘘」
翠のローブを靡かせた年嵩の紳士。
「ホントに?」
冥界の王城で、会う事になるとは思いもしなかった。
白銀の髪。
蓄えた髭も。
金色に輝く瞳だって。
一度しか観たことが無くても忘れる筈が無かった。
「じ・・・爺や?
爺やなの・・・ね?」
背筋の伸びた、上背のある漢の身体。
風にそよぐ白銀の髪と、優し気な目尻。
そして思慮深さを表す顏を観たのなら。
タッ!
感情が爆発したかのように走り出す。
「爺っ!爺ッ!爺や!」
ドレスの端を摘まみ上げて駆ける。
でもそれではもどかしい。
バッ!
はしたないなんて、考える余裕もなく。
唯、一秒も早く駆けよりたい一心で。
「爺!逢いたかったの!爺っ!」
ドレスの裾が捲れ揚がるのも気にしない。
しなやかで艶やかな足が観えようと、もう手で押さえてなんかいられない。
その両手は心を表すかのように拡げられ、手にしたいモノを欲するかのように突き出されて。
「爺っ!エイプラハムゥーッ!」
その漢の許へ。
トンッ!
跳びつく。
「姫様。我が姫・・・女神ペルセポネー様」
手を伸ばして跳びついた先で、髭面の漢が呼んだ。
誇美を女神と、そして我が姫だと言い切って。
「もう!今迄どこに行ってたの。
主人を独りにして・・・って・・・はっ?!」
抱き留められた誇美が、悪態を吐こうとして気付く。
「爺?どうして・・・この世界に?」
ここが冥界だということに。
記憶を失ってしまったから、何が起きてしまったのかが判らなかった。
どうして冥界にエイプラハムが居るのかも、こうして再び逢えたことも思い出せずにいた。
飛び込んだ誇美をしっかりと抱き留めた髭の爺。
問われた意味を推し測っているのか、しばし沈黙していたが。
「我が姫を、どうして独りにしておけましょうか。
この爺は、姫様の傍に仕える命を大王陛下から与えられました故に」
抱き着きながらも困惑している誇美を、ゆっくりと降ろして。
「冥界主たる御兄上陛下に登城を許されましたが故に。
こうしてお逢い出来た次第でございます」
「爺?」
降ろされた誇美が、頭一つ背の高い髭の爺を見上げて訊く。
「私が聞きたいのはね。
どうして爺やも冥界に来てしまったのかってことなのよ」
ここが冥界と呼ばれる黄泉の国であるのを判った今だから。
側女役のミントが教えてくれた、魂が来る場所との一言が脳裏から離れなかった。
「もしかして・・・私の為に?」
脅えと困惑で声が震えた。
「私が死んだから?
後を追って来てしまったの?」
先程の答えを聞いたから、忠臣の爺は身を捨てたのではないかと思ってしまったのだ。
「・・・姫様」
怯えるような顔で見詰める誇美に、爺は思案するように口籠り。
「記憶を失われたのですな」
漸くにして言葉を続けた。
それは正しく的を得た一言。
「え?あ・・・うん。
此処に来る前からの記憶が・・・思い出せないの」
言い当てられた誇美は、素直に認めてから。
「確か、光の御子たる美晴を助けに戦場へと出たのは覚えてるけど」
抜け落ちた記憶を呼び覚ますかのように、淡々と答えてはみたが。
「どうして冥界へと来てしまったのかが。
思い出そうすればする程、頭が割れそうなくらい痛くなって・・・」
自分の身に何が起きているのかを教えることに留めた。
「姫様・・・不憫な」
誇美を想う髭爺は、何を思い考えたのか。
吐露した言葉には、どう言った意味が込められているのか。
「記憶を失われておられようとは、思いもしませんでした」
思慮深く考え込んで、誇美を見詰めていた眦を僅かに緩めて爺が言った。
「心細かったでしょうに。
良くぞ今迄の間耐えられましたな、我が姫様」
その緩められた瞳に、誇美の顔が映り込む。
真っ直ぐに見詰めてくる爺の眼を観て、言葉を聴いたからか。
「ううん。ずっと・・・ずっと。
ホントはね、白髪の爺やに逢いたかったんだよ?
一人ぼっちだって思って、寂しかった」
知らず知らずに涙が湧いて、見詰める漢の顔が滲んで来る。
「本当の爺やを観たのは一度きりだったけど。
エンカウンターの古城で観た爺やを想って。
縫いぐるみや魔獣なんかじゃない、漢を忘れられなかった」
ぽろぽろと頬を伝う涙を拭きもせず、真っ直ぐに爺を見詰めた誇美。
「ここに来て・・・黄泉に来て。
やっと好きだったと判ったの。
姫と爺やとしてではなくて。
ずっと、ずっと傍に居て欲しいと思えるようになったの」
涙で声が霞んでも、言葉にするのを躊躇わなかった。
心から想う漢に逢えた今なら。
「姫様・・・」
微かに浮かんだ誇美の笑みが、年嵩の臣を戸惑わせる。
まだ少女にも譬えられる純真さに、思慮深き老臣が言葉に詰まる。
「・・・如何にも。爺は傍に居り続けまする」
歳の差は爺と孫にも相当する。
姫と老臣とは、身の丈が違い過ぎた。
大魔王として君臨したルシファーの娘であるペルセポネー。
そして側近だったエイプラハムは姫の傍に傅く臣に過ぎなかった。
大王の命に因って、幼少期より見守り続けて来た・・・姫を。
人と共に育っていく過程も、困難に堕ちた後に女神へと昇華したのも。
何もかも全て見届けて来た。
だが、しかし。
それもこれも、王命だったから・・・だけだったのだろうか?
「姫様がお望みだと申されまするなら」
臣下として、いいや。
今は女神の使徒として、命に従うと言うつもりなのか。
サッ!
ドレスを着た誇美の前で、白髭の爺は臣下の礼を以って応える。
膝を地に付け、頭を深く垂れて。
「爺・・・違うの。
私は。私が言いたいのは・・・」
その仕草に戸惑う誇美が言い直そうとするが。
「お美しい。まさに女神と言うべきですな。
魔法衣姿とは違い、貴賓に溢れておられますぞ」
先に爺やから褒められて、
「只、残念至極なのは。
このように殺風景な所には、女神は似つかわしくありません」
城内へと視線を逸らされてしまった。
スッと身体を起して立ち上がる爺。
見詰めたままの誇美から、ワザと視線を逸らしたままで。
「さぁ、姫様。
城内へと戻りませんと。
爺めは、これより若・・・いいえ。
冥界の王に拝謁を賜る所存ですので」
「・・・あ?!」
すっと誇美の手を取った。
ピクンッ!
手と手が触れた・・・その瞬間。
「あ?ああ・・・」
女神の異能だったのか。
それとも使徒が主に尽くす為のモノだったのか。
いいや。
想いに報いようとする心が起こしたのだろう。
「流れて来る・・・染み込む様に」
爺からの想いが。
人の容へと戻った漢からの心が、伝わって来たのだ。
ー 想ってくれているのよね、エイプラハム?
私を孫のような関係では無くて。
大切に想ってくれているのが伝わって来るよ・・・
そして、想いと共に流れて来る。
ー 現実世界で闘いが起こったのね。
光と闇。いいえ、女神と悪魔が闘った。
そして爺が。
私は・・・何も守れなかったのね・・・
髭の爺が遭った記憶も。
何かを伝えようとしながら、潰えてしまったのも。
ー 逢わなければいけない。
兄を名乗る神に。
そうすることで、闇を祓うことにも繋がる・・・
現実世界で最期に伝えられたことが思い出されて来た。
「そうだったのね。
私は・・・兄上様に・・・会わねばならない。
会って・・・昔日の想いを伝えなければ」
ハッとなった誇美が爺を見上げる。
僅かな瞬間、二人の瞳が交わし合った。
「あの子は未だに・・・穢れた世界で。
悪魔は未だに目論見を捨ててはいない。
そして私は・・・まだ滅びてはいないから」
記憶の欠片が爺から届けられた。
全てでは無いにせよ、忠臣の観て来た物が流れ込んで来たのだ。
そして女神の誇美は決意する。
「ねぇ、爺。
私も・・・王に会ってみたいわ」
すっくと爺の横顔を見詰めて。
「兄と呼べるかは、会ってみないと分からないけど。
でも、この世界を造ったという王には会わねばいけない。
なぜ、私をこの世界へと招いたのかも。
訊き質さなきゃ・・・いけないのよ」
女神を連れて来た、本当の訳を訊く為にも。
兄と妹という関係以前に、神として会わねばならないと気付かされたのだった。
爺から伝わったのは、記憶の欠片だけでは無かった。
どんなに離れていても互いを想う心は切れてはいないと。
エイプラハムは兄であるオルクス王に伺候すると言う。
いずれ冥界の王とは会わねばならない。
それならば今、エイプラハムを伴って会うべきなのではないか?
この世界に連れて来た訳も、現実世界で何があったのかも。
知らねばならないと女神ペルセポネーは思うのだった・・・
次回 チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act7
覚悟の会見に臨む誇美。冥界の王は妹女神に何を求めるのか?何を語ると言うのだろう?




