チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act4
冥界の王<オルクス>は想いを廻らせる。
それは過去の誇美だけではなく、美晴との記憶。
嘗ての悲劇を思い起こして今を想うのだった・・・
冥界王オルクスの脳裏に流れたのは、現実の世界での記憶。
神はおろか、まだ大魔王にも成っておらず、人として過ごしていた頃。
男子学生として美晴の先輩の位置に在り、魔法少女隊にも在籍していた。
そして邪悪なる大魔王との決戦に美晴達が勝利した後に。
束の間の平和を手にしたと思えた二年以上前。
突如として遭遇してしまった、日の本の国での凄惨な出来事が蘇った。
その日は、美晴の幼馴染で親友のマリアが帰国する為に発つと聞かされていた。
旅客船が接岸している埠頭へと、見送りに行こうとしない美晴。
辛い別れに臆していたのだが、仲間達に勧められた結果。
出航時間ギリギリになって、港へと駆けることになったようだ。
港へと走る美晴を見つけた時、シキと名乗っていた頃の俺は彼女等の後を追い始めていた。
どうして?・・・だったのかは思い出せない。
急に誰かから急かされたような気がした。
周りには誰も居なかった・・・筈だったのに。
だけど、見過ごしてはいけない気がして追いかけた。
制服を靡かせ、スカートを翻して駆ける美晴。
長い黒髪が躍る少女の後ろ姿を、付かず離れずに見守っていた。
もう少しで帰国の途に就くマリアと、最期の別れを交わし合うだろう・・・そう思っていた。
美晴の先に観えて来た道路を越えられたのなら。
ギャッギャッギャッ!
不意に。
全く予想すら出来なかった。
角の向こう側からタイヤが軋む轟音が聞こえた。
そして間を置かずに、美晴の叫びが・・・聞こえた。
誰かを庇う、必死の叫びが・・・衝突する激音の瞬間に聞こえた。
駆け寄った時には、仲間の少女達がすすり泣いていた。
路面に倒れたままの美晴に縋り付いて。
その顔には苦しみの翳は無く。
身を挺して助けた子が無事だったのを喜ぶように、安らかに観えた。
だけど、近寄った俺には感じられなくなっていた。
息を吐いていない・・・脈拍が感じ取れない・・・
そう・・・もう。美晴とは感じられなくなった。
邪悪なる者を打ち破って生還した、魔砲少女とは感じられなかったんだ。
<嘘だ・・・これは、悪夢だ>
突然の事故。
だけど、刎ねられたのは魔法少女の美晴なんだ。
悪の大魔王を斃して生還した魔砲の使い手なんだ。
その勇者少女が暴走車に命を盗られるなんて・・・
<赦される訳がないだろうが!>
二人の友人が放心状態で泣いている。
それを押し退けた<シキ>と呼ばれた当時の俺は、封じられていた異能を使った。
<死なせるものか!死んだって呼び戻す!>
幼き時、美晴に出逢い。
美晴の中に宿っていた娘に気付いてからは、封じ込めて来た魔力を解き放った。
<喩え妹に会えなくなっても。ミハルを死なせない!>
幼き折に、初めて美晴と出逢った時から感じてはいた。
魔砲の少女には<妹>が宿っているのだと。
幼き時に呼び馴染んだ<コハル>。
妹が憑代としていたのが美晴だと、幼いながらも気付いていた。
<天界へと昇ったコハルが宿っていたのなら。
こんな事故には遭わずに済んだ・・・の、かも>
大魔王姫だった妹の存在。
あの日、邪悪を斃して天界へと昇って行った。
もしも・・・美晴に宿っていたままだったら?
一瞬、頭を過ったのは。
何故、このタイミングで事故が起きたのか?
どうして美晴がこんな悲惨な目に遭わねばならなかったのか?
余りにも理不尽な世界に、怒りを感じただけだった。
その憤りが突き動かしたといっても良い。
<還せ!俺の大事な美晴を・・・返せ!>
眠っていた属性の魔力。
隠して来た、闇のプリンスとしての魔法属性。
それは・・・魔王にも匹敵し、魂に転移を則す強大なる魔法力。
<黄泉の門番よ。俺に美晴を渡せ!>
魂を求める魔法を放った。
人の姿を被った・・・闇に属した者が。
人の魂を操るなど、闇の術でも禁忌に値する。
況してや魔王でもない<シキ>と名乗る小僧が・・・だ。
冥途の河を渡る前に美晴を呼び戻すことが叶うと信じて疑わない小僧が・・・だ。
「あの時は。本当に必死だった」
記憶が一瞬途切れて呟く。
「助けたい一心で・・・頭に浮かんだ呪文を唱えた」
それがどんな魔法だったのか。
如何に危険な魔術だったのかは、今となっては思い出せない。
唯、どこかから聞こえて来た声に被せて詠唱したような気がするだけだ。
「頭の中へ直接語り掛ける声に導かれたとも言える。
魂の帰還を求めるにしては穏やかな。
まるで・・・人の理を謳ったような優しい声だった気がする」
うろ覚えの記憶。
必死だったが故に、はっきりとは言い切れないが。
あの時、確かに俺は誰かに導かれた・・・そう感じている。
その結果は・・・美晴が九死に一生を得ることへと繋がるのだが。
「どうかなされましたか。陛下?」
陽を受けながら思い出を辿っていたオルクス王・・・昔は識と名乗っていた青年王に、王妃ミハルが気遣う。
「ん・・・いいや、なに。
思い返したら、あの時に聞こえた声に似ていると思ってね」
フッと、我に返ったオルクスが、紅い瞳を王妃へと向けて微笑む。
「あの時?それはいつの事でしょうか?」
その笑顔に小首を傾げて訊く王妃へ。
「ああ。もう一人のミハルが生まれた時だよ」
微笑を崩さずにオルクスが答えた。
「君とは別の、もう一人。
光を授かった筈の美晴が・・・産み出された時の事だよ」
「光の・・・御子。もう一人の<私>・・・」
微笑むオルクスに対し、妃は声を詰まらせる。
「今は穢れた世界で虜にされ続けている・・・美晴」
未だに助けられてはいない、もう一人のミハルを想ったのだろう。
「あの娘のことを、お考えになられていましたのね?」
少しだけオルクスの視線を外し、言葉少なに問う。
「まぁね。
確かに光の御子のことも考えたが。
一番に考えたのは、此処に居るミハルのことなんだ。
小さな時から一緒に過ごして来た・・・君の事なんだよ」
その妃に、界王でもあるオルクスは手を指し伸ばせて言う。
「あの日、あの時。
一番に救いたかったのは、此処に居る美晴。
君を、君だけを救いたかった・・・二つに分割されるのなら」
掴んだ掌を手繰り寄せて、
「光を与えられた御子ではなくて。
小さな時に出逢ってから、ずっと一緒だった方の子の。
妹のような幼馴染の、美晴を助けたかったんだ」
白いドレスを抱えて言った。
「出逢った頃の記憶を保持っている美晴が、本当の本物だと思うから」
抱えた手を、更に身近へと引き寄せて。
「自らを犠牲にしてまで愛に殉じようとする健気さ。
友を、絆を一番に考える魔法少女で。
その心の清らかさは聖女にも匹敵するよ、ミハル」
頬を赤く染める妃を称えた。
「も、もぅ!陛下ってば・・・意地悪」
褒め称えられた妃は、頬を染めて抱かれるままに身を委ねる。
「そうさ、初めて逢った公園で悪戯したのも。
此処に居るミハルだったからこそなんだよ」
「そ、そうね。あの頃から悪戯好きだったよね」
不意に昔噺を振られた妃は、戸惑いながらも応じる。
「覚えてるかいミハル。
鉄棒でグルグル廻らされたのを?」
「ええ、勿論。眼が廻って気絶させられたんだから」
邂逅した日のことを話すオルクスに、妃も相槌を打つ。
「そうだった・・・かな。
そんなに酷いことをしてしまった気はしないのだが」
「しましたとも!マリアちゃんに後から聞きましたから」
(作者注・詳しい描写は、拙作
<<魔鋼少女<マギメタガール>ミハル・Shining!>>
ep21黒の魔鋼 シキ にて、ご覧くださいませ)
恍ける王に妃は拗ねる。
青味を滲ませる長い黒髪が靡いて、オルクスの腕に載る。
その美しい髪を愛でる王が言った。
「あの時から。
一目観た時から、興味を惹かれた。
そして、あっという間に恋焦がれたんだよ」
「ま、まぁ・・・私も。恋愛には疎かったですけど」
ツンとデレを交互に表す妃を、微笑ましく想っていたが。
「あの事故の後だ。
意識を取り戻した美晴が、以前とは違うように感じた。
姿は同じだったが、別人のように思えたのが始りだったんだ」
「・・・はい。私とあの子は同じで別。
事故の後遺症で記憶を失ったのではなく、私と記憶を二分したから。
闇の中に潜む私と、現実世界で暮すあの子とで分け合ったから」
大魔王に成って、闇のミハルを娶ってから知らされた。
夫婦の契りを結んで、漸く過去のミハルを教えられた。
あの事故で二人のミハルが誕生したのを。
現実世界で生きる美晴と、死を目前にして立ち止まらざるを得なくなった闇に生きるミハルの事実を。
「あの時に、フューリー様と会えなかったのなら。
死の河を渡る前にシキ君の声が届かなかったのなら。
そして何よりも。理の女神様から頼まれなかったのならば。
私は黄泉よりも深く堕ちていたかもしれないの」
事故で臨死状態だった時に、美晴は生と死を別つ試練を受けたと言う。
それぞれが奇跡にも思えることが重なった上での生還だった。
いや。
光の御子を誕生させるきっかけだったのだろう。
二人の内、一人は光を与えられ。
此処に居る美晴は死の淵からは逃れたが、闇の中で独り使命を果たそうと苦しむ道を選んだ。
光の御子を覚醒させる為に、何度も現実世界のもう一人の自分を助けながら。
もう一人に全てを託して消滅してしまうかもしれない恐怖と闘い続けて。
消滅してしまう恐怖を思い出したのか、身体を固くした妃に王が告げる。
「喩え地上から消えたとしたって。
俺は絶対に取り返してみせる。
大魔王に成ってでもミハルと共に在りたいと願ったように・・・」
真摯な顔で妃を観て。
「光の御子となった美晴から感じられた気を手繰ったように。
幼馴染の君を取り戻したいと願って・・・今が在るんだ」
此処に居る妃を選んだ訳を語るのだった。
「はい。でも・・・あの子は、何も知らない筈」
選んでくれたのを嬉しく想うが、光の御子は訳を知らない筈だという妃に。
「知らなくても良い。
知ってしまえば存在すらも疑うことになる」
オルクスは非情とも思える言葉を吐く。
「光も闇も。
そのどちらもが俺にとっては大切な存在なんだ。
王だろうと簡単には選べない相談だよ」
けれども、その声に冷たさは感じ取ることが出来ず。
逆になんらかの希望が滲んでいるような気がした。
「その為に魔界は冥界と変わったんだ。
微かな希望を手繰り寄せる為にも。
俺だけじゃなく、もう一柱の異能が必要だったから」
誰かを謂わんとして。
「陛下?
その日は近いのでしょうか」
オルクスの考えを理解したいのか、妃が求める。
「この地が冥界に変わった真の訳を。
あの子が本当の神力を使う日が来るのでしょうか」
誇美を黄泉に連れて来た真の意味を問うて。
「ああ。
間違いなく、その日は・・・近い」
「はい。叶う日がやって来るのですね」
頷く妃も、王の視線の先を観て言った。
全ての報いが遂げられる日が来ると・・・
その時は、もう間も無くやってくるのだと。
漸くの事で体を癒せた誇美。
部屋に籠もっていると退屈を感じ始めてしまう。
そこでミントに城内の案内を願うのだったが・・・
次回 チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act5
部屋から出るだけなのに?どうしてこうなった?!取り巻かれた誇美は如何に?




