チャプター4 災危のマリオネット<悪堕ち少女人形は闇夜に踊る>Act4
ミルアの言葉に心が癒された。
絆の名の下、友情は掛け替えのないものだと教えられる。
そして二人の前にマリアが現れる。
美晴の幼馴染で想い人は、何を語ろうと言うのか?
魔法少女達と共に巨悪と闘った時代に想いを馳せていた誇美へ、不意に話しかけたのはマリアだった。
「あ?マリア小隊長」
横合いからの声に振り向いたミルアが湯舟の中で畏まる。
そのまた横で、美晴の顔姿をした女神コハルが。
「あの時って仰いましたが。
それは何時の頃を指すのでしょうか、マリア中尉?」
怪訝な表情を作って訊き返すのだった。
「うん?」
作られた表情を観て、それに如何なる意味があるのかとマリアは躊躇する。
そして、湯船に浸かっている誇美をまじまじと見詰めて。
「よっこいしょ」
二人が居る横へと腰を屈めて。
ザブン・・・
「ふぃ~~~」
誇美の横で湯に浸かった。
「マリア小隊長?」
二人が見つめ合い、独りだけ浮いてしまったミルアが困ったようにマリアを観て。
「あ・・・の。私ってお邪魔ですよね?」
ここは二人だけにしておかなければいけないような気がして。
「あ~、私。露天風呂に行って来ます~」
答えより先に湯船から出て。
「どうぞ、ごゆっくり~」
逃げ出すように屋外の露天風呂へと足を向けるのだった。
その時になって、漸く誇美が気付いて。
「あ?ミルア」
出て行ったミルアへ声をかけたが。
「あいつも気を遣ったんやろ」
マリアは我が意を得たとばかりに頷いてから。
「昔話を聞かされたって面白くもないやろうしな」
再び誇美へと視線を向ける。
「昔話・・・ですか?」
マリアの顔に浮かぶ笑みを観て、その真意を測りかねて。
「先程仰られた、あの時ってことでしょうか?」
これから何を話されるのかと身構えてしまう。
「そやなぁ・・・随分前の様に思えるけど。
ほんの2年くらい昔のことなんやけどな」
「二年前って。美晴が日の本に居た頃ですよね」
現世での二年前。
誇美が答えた通り、まだフェアリアへと来る前のことなのは間違いない。
「そうや。ついでに言うと、ウチもアッチに居たんやけどな」
「あ・・・そうでしたね」
少々ぎこちない答えになったが、忘れていた訳ではない。
何をマリアが謂わんとしているのかが分からなくて、ぼやけた返事になっただけ。
「覚えとったんやな。
美晴が大活躍した決戦のことも?」
「忘れる訳が無いじゃありませんか」
昔のことを話し始めるマリアの視線をはぐらして、天井を見上げる誇美。
「この子が身を挺して闘ってくれたからこそ、今の私が在るんです。
あの壮絶極まりない巨悪との決戦を忘れる筈が無いじゃありませんか」
そして手を胸に添えて、憑代である美晴へと感謝を表すのだった。
「そっか。それを聞いて安心したわ」
仕草を観ているマリアは、微笑みを浮かべたまま軽く頷き。
「もう二年も経っちまったからなぁ。
それに女神に昇華しちまったしなぁ・・・」
しみじみと思い出を口に出してから。
「別れる前の美晴は、こないに大人びた肉体をしとらへんかったし」
ニタッと笑って揶揄って来る。
「ウチが日の本を発つ前の美晴は。
無乳を売りにした魔法美少女やったんやけどなぁ」
「そうそう。天界に昇るまでは未発達で・・・って」
昔話に花を咲かせるマリアに乗せられて、思わず応えてしまう誇美。
でも、ニマニマ嗤っているマリアに気が付いて。
「こないに豊乳ちゃんに大変身するなんてなぁ」
「これはね、女神である母性の顕れなんだ・・・じゃぁない!」
ムキになって声を荒げる。
「折角の思い出話が台無しじゃぁないですか!」
ニタニタ笑い続けるマリアとは対照的に怒る誇美。
「もっと深い意味があるのかと思ったのに!」
馬鹿げた話に呆れ、これでは気を遣ってくれたミルアに申し訳なく感じて。
「思い出話はこれでお終いですか。そうでしたら私も・・・」
話しを打ち切り、ミルアの行った露天風呂へと向かおうとして立ち上がるのだが。
「ホンの二か月程前のことや。
女神と入れ替わる前の美晴を抱いたんわ」
ポツリと溢したマリアの言葉に。
びくんっ!
マリアの声に身体が反応してしまった。
今から二か月前と言えば、まだ美晴の魂が奪われる前のことだろう。
「別れてから、たったの二年。
その僅かな間で美晴も女の子らしく成長しよった」
「・・・そうですね。確かに」
先程までの揶揄うような口ぶりは消え、少し悲し気な口調に変わった。
その声に引き留められた誇美が、再び湯舟へと腰を降ろす。
「さっき誇美が言ぅた通り女神の異能が表されたからやろう。
言葉遣いが丁寧なのも、身体が大人びて感じるってのも・・・や」
「え?あ・・・ありがとうございます」
褒められたように感じた誇美が、はにかむ様にお礼を言うと。
「あの日、日ノ本での魔王戦では共闘した二人が。
どうして対峙し合う間となったんやろうな。
しかも、誇美が光で・・・あの美晴が闇に堕ちたやなんて」
知っている筈が無いと思われていたマリアからの言葉。
それまでの会話が、全て伏線であったと判らされて。
どくんっ!
一昨晩の闘いを見抜いた発言に、心が一気に騒めく。
「いつ?どうして知ったのですか」
今の今迄、美晴の幼馴染で想い人であるマリアには教えなかった。
真実を告げられるだけの心の強さが、誇美には無かったから。
「話していないのに。
なぜ美晴が穢れた王に堕とされたと判ったのです?」
知られてしまったと感じた誇美が、思わず事実を明かしてしまった。
「やっぱり・・・な。
戦闘から戻って来た誇美を観た時から感じ取ったんやが」
するとマリアは微かに声を震わせて。
「美晴の魂を連れ戻って来ぉへんかった。
いいや、出来へんかったのは何故なんやろうって。
その訳を考えたんや。
そして行き着いた先にあった答えが・・・」
魔砲の使い手で幼馴染。
大切な友であり、心を通わせた想い人。
誰よりも美晴を想い、何よりも還ってくれることを願っていたマリアの言葉が誇美の心を苛む。
「ごめんなさい。
黙っていて・・・真実を伝えられなくて」
美晴が穢れた世界で虜になっているのはマリアにも教えていた。
光の御子が異世界で如何なる状態にあるのかは一昨晩まで、女神の誇美にも分ってはいなかった。
だが、戦いを経て知ってしまった。
現れ出た邪操の重戦車に宿っていたのは、邪悪に染められた魔砲少女の魂だったのを。
穢され堕ちた、美晴の魂だったということを。
「本当のことを伝えるのが怖かったんです。
美晴の魂が堕とされ、邪悪に染められただなんて。
マリアさんには知って欲しくはなかった・・・から」
辛さのあまり、唇を噛み締めて呟くように話す。
「助け出せなくてごめんなさい。
今は謝る事しか出来なくて・・・ごめんなさい」
知らず知らずに、頬を涙が伝う。
瞼を閉じれば、二年前の栄光に満ちた日と真逆の悲惨な現状が交差して走馬燈のように流れて。
すぅっ
零れる涙が、温かな指先で拭われる。
「泣かんでもええ。
ウチは誇美を責める気はないんや。
それよりも、打ち明けてくれて感謝しとるんやで」
「え?」
涙を拭ってくれたマリアの言葉で我へと還る。
「どうして?感謝だなんて・・・」
助けられなかったのに、感謝してると言うのかが分からずに訊いてしまう。
「最悪の場合、美晴の魂が喪われてしまっていた可能性だってあったんや。
手がかりが全くない状況やったんやで。
それが闘う羽目になったとはいえ、巡り合えたんやろ。
まぁ、闇の手に堕ちていたんは想定外やったけど・・・な」
「あ・・・はい」
諭すように語るマリアの優し気な表情は、誇美の潤んだ瞳に映り込んでいる。
「それだけやないやろ?
救出のチャンスは、これ以後もあるのとちゃうんか?」
「・・・わかりません」
頬に添えていた指先を引き、マリアが問う。
助け出すチャンスが、未だ有るのかどうかを。
「判りませんが、再び現世へと現れる筈です」
曖昧な答え方になってしまう。
再び穢れた世界から現れるのは、あの言葉から間違いないと思えるのに。
それは助け出す決め手に欠けているからだった。
「そうか。
闇堕ちしているんやったら、闘う他に道は無いんやな」
頷くマリアの言葉も、先ずは間違っていないだろう。
光と闇が対峙するのならば、闘うより方法が無いと思うから。
「その時が何時なのか。
今日なのか明日なのか。
女神にも分からないというんやろ?」
「・・・はい」
闘うことは辞さない。
だけど、どうすれば邪悪から救い出せるのか。
何をすれば魂を浄化することになるのか・・・分かっていなかった。
「恨みを晴らしてあげれば善いのか。
それとも・・・願いを叶えれば良いのか」
そのどちらもが誇美にとっては破滅を意味する。
美晴を救う事にもならず、女神が喪われることを指すのだから。
「闘って勝っても同じ事を繰り返すだけ。
もしも負けてしまえば、美晴は二度と蘇れないから」
勝っても救えず、負ければ全てが無に帰す。
かと言って闘いを固辞する事は出来ない。
答えに窮した誇美を観たマリアは、そっと両肩へと手を置いて。
「女神でも臆するんやな。
人間と同じように怖く感じるんやな」
そっと震える身体を抱き寄せる。
「あの時の美晴も同じなんや。
怖くても、大切な想いを抱いて闘った。
勝つか負けるかなんて考えもしないで。
力の限り精一杯、自分を信じて。
仲間と共に立ち向こうたんや」
「あの時・・・私を助ける為に」
二年前のあの日。
誇美は邪悪なる王に捕らえられ、巨悪に呑まれかけた。
それを救い出してくれたのが美晴。
それと・・・多くの仲間達。
「そうや、誇美。
独りでは不可能だとしても、仲間が居るのであれば。
信じられる友が一緒やったら、超えれるとは思えへんか。
それがどんなに小さな力だと判っていたって」
「信じられる友・・・」
マリアの温もりを感じながら、誇美は気付く。
かけがえのない友情という名の絆を。
「独りだけで闘おうと思うんやない。
想いを同じくした友が傍らに居るのを忘れてくれるなよ」
「はい・・・ありがとうマリアさん」
心の中に、温かい想いが拡がる。
たった独りで思い悩み、辛苦を耐え続けて来た。
女神だから・・・責任は自分が背負わなければ・・・そう思い続けて来た。
だけど、マリアの言葉で拭われる。
「ありがとうございます」
ほんの僅かだが、安らぎを感じられて。
「ああ。解ってくれたんなら、ええんや」
抱き寄せたマリアが微笑む。
誇美に昔話を始めたのは、友が居るのを思い出させる為にあった。
女神になったとはいえ、少女の心は傷つき喘いでいたのを判っていたから。
これからも続く闘いに必要だと感じたからだった。
「なぁ誇美。
ウチ等も、その闘いに参加させてはくれへんか?」
そして、肝心な話を始めようとした時。
「・・・」
再び黙り込む誇美。
「こう見ても魔法使いの端くれなんやで?
邪魔には成らへんつもりや、せやから・・・」
「・・・」
戦闘に加担したいと告げるマリアに躊躇したのか、誇美からは返答が無い。
無いと言うか、無言を続けているので。
ぐい!
抱き寄せていた誇美を引き剥がし、答えを迫ろうとするけど。
「す~や~・・・・」
「ん?!なんや?」
紅く上気した顔。
身体はふやけたように力が無くて。
「湯あたりしたんかいな?!」
眼を廻しているのが判って、マリアは呆気にとられ。
「あちゃぁ~。
ホンマに損な女神ちゃんやで、誇美って娘わぁ~」
誇美を抱いたまま、天を仰ぐのでした。
思い出させてくれたのは、友情の強さ。
立ち塞がる壁を乗り越える為に。
挑むのならば友が傍にいるのを忘れるなと・・・
どれ程小さな力であろうとも、力を合わせれば抗うことが出来るのだと。
心からの言葉に、女神コハルは人の強さを思い出した・・・
次回 チャプター4 災危のマリオネット<悪堕ち少女人形は闇夜に踊る>Act5
露天風呂で見上げる月は艶かしく輝く。まるで魔が舞い降りてくるかのように・・・




