チャプター4 災危のマリオネット<悪堕ち少女人形は闇夜に踊る>Act2
一昨晩の闘いを経て。
誇美は闇に堕ちてしまった美晴を想い続けていた。
こうなってしまったのは自分の軽率な判断が原因なのではないかと。
マリアと別れた後でも、その考えから抜け出せなかったのだが・・・
カーゴルームに点けられている車内灯で影が出来ている。
魔鋼騎マチハの砲塔に寄り掛かったまま、足元の影を見詰めて思った。
「どうして・・・宿っちゃったのかな」
現世に生きる人の身体を憑代としたのかと。
「あの時は、こうする他に選択技が無いと思ったけど」
魂を失った美晴の死を防ぐ為に執った咄嗟の判断でもあった。
穢れた世界から逃れ、現世に戻った誇美が採れた唯一の救命方法だった筈なのだが。
「今更だけど。
ミルアさんのお母様を救った場所って、病院だったんだよね。
あのまま宿らずに人の手に拠って死を免れていたのなら。
私は・・・なんて独りよがりな馬鹿な真似をしてしまったのだろう」
足元に視線を落とし、精神世界の産物である女神には造れない影を観て想う。
「宿りさえしなければ。
美晴に恨まれることなんて無かったのに・・・」
重戦車から聞こえて来た恨み声。
美晴が放った呪わしい言葉を聴いて、宿ったのが間違いだったと思うようになっていた。
「美晴だって堕ちずに済んだかもしれないのに」
女神の自分を標的とした穢れた世界の王に、美晴の魂を穢させることも無かったかもしれない。
「恨まれるなんて・・・思いもしなかった」
少なくとも、堕とされた美晴に恨まれることは無かっただろう・・・と。
「なんて・・・本当に後の祭りね」
後悔しても時間は取り返せない。
過ぎ去った時間を逆戻ることが出来ない限りは。
「はぁ・・・これで女神だなんて。
ちょっと魔法力が並外れて多いだけの小娘に過ぎないよね」
自分を貶す事で、今が変わる訳ではないのは重々知っている。
だけど、そうでもしなければ自分を保てそうになかった。
「こんな女神、誰が慕ってくれるのかしら」
つい、自暴自棄とも採れる声が漏れてしまう。
たった一人さえ救えず、逆に恨まれてしまうぐらいだから。
「悲観されまするな。この爺が傍に降ります故」
不意に腰に提げたポシェットから、使徒天使のエイプラハムが応える。
「爺や・・・」
思わぬ声掛けに、哀しく辛い思考が途絶えさせられて。
「何か判ったの?」
重戦車との戦闘中も、交戦が終わった後も話しかけて来なかった爺。
「美晴の魂は穢れた世界へと戻ったの?」
その訳は。
「如何にも、その通りでございます。
コハル姫様の御指図に従って監視に徹しましたので。
戦車より抜け出した翳りが。
いいえ、娘の魂が亜空間へ消えたのを確認しておりまする」
重戦車に勝利するのを見越した誇美が、爺に任を託していたからだ。
現れた重戦車に美晴が居ると踏んだ女神が、使徒を放っていたからだった。
「そう・・・なのね。
それで、消えた亜空間ってのは?」
爺からの答えを聞いた誇美は、複雑な心境になって訊き返す。
穢された魂とは言え、滅んだのではないと知って安堵を覚え。
あの恨みの言葉通りに、再び穢れた世界へと戻ったのを悲しむ。
「覚えておいででしょうか、姫。
あの穢れた空間の、邪なる空気を」
「忘れる訳がないわ、爺」
翳りを纏った魂が何処へと帰ったのかを訊いた誇美に、爺が記憶を呼び覚ます言葉を紡ぎ出す。
「腐った肉の匂いみたいに、吐き気がする程の臭い場所だったんだもの」
思い出しても悍ましい。
身の毛がよだつ空間で、巨悪と対峙したのを忘れられる訳も無い。
「一瞬でしたが、間違いなく同じ気を感じ申した。
現世に裂け目が出来、娘の魂を掴み取って・・・」
「美晴を・・・連れ戻したのね」
穢れた世界の王が、再び美晴を使おうとしている。
現世に逃した女神を葬ろうとして。
「なんて惨いことを・・・」
穢され貶められた魂は、滅びることすら出来ないと云うのか。
悲し気に呟く誇美に、狒狒の縫いぐるみに宿る爺が告げる。
「次なる機会は、必ずや直ぐに参りましょう。
その時、姫様は如何なされる所存か。
この爺めは、如何なる時も傍に付き従います故・・・」
心配しつつも励まそうとしていた。
「ありがとう、爺。
私は大丈夫だから、心配しないで」
その心遣いに感謝で応え、
「私は負けないから。
きっと約束を果たしてみせるからね」
哀しみを振り切るように、笑顔をみせるのだった。
夕陽が沈み、夜の帳が辺りを支配する。
トレーラーの前で佇んでいるミルアが想いに耽っていた。
「私が気が付いた時に観たのは・・・」
直撃弾を喰らった衝撃で気を失ったミルア。
やっとの事で気が付いたのは、どこからともなく臭って来る焦げた匂いを感じた時だった。
「まるで悪夢を見た様な顔をしていた。
苦し気で悲し気な。悲壮感を漂わせているかのようだった」
戦闘が終えられたのを知るきっかけともなったミハル少尉の表情を思い起こし、それが何を意味しているのかを咄嗟に感じ取った。
「助けられなかったんだ。
救出が成し遂げられなかったのが判ってしまった」
撃破された重戦車が燃えているのに気付き、焦げ臭い匂いの元がそこから流れ込んでいるのが判って。
「でも、元のミハル少尉を助けられなかっただけじゃぁない。
それ以上に深刻な状態なのが、漏れる嗚咽から知らされてしまった」
撃破した重戦車に宿っている美晴少尉の魂は、車体が潰えると同時に滅びを迎えるとされていた。
それが故に女神のコハルは接近戦を計り、宿らされた魂を助け出そうと試みていたのを知らない訳が無い。
為に直撃弾を受け、衝撃によって気を失うことになったのだが。
「あの後に何があったかは知らないけど。
あんなにも窶れ果てた顏を観たのは初めてだった。
漏れ出た声を聞いた時には、まさかと思ったけど」
砲手席で咽び泣く声から知った。
「まさか・・・あのミハル少尉が堕ちたなんて。
邪操に屈してしまうなんて、考えたことも無かったのに」
敵対する邪悪なる者に因り、魂を穢して堕ちたのを。
「況してや。
女神コハルを仇として怨んでいるだなんて。
いくら堕ちたと言っても、酷過ぎる」
漏れ出る言葉から、あの後で何かが起きたのを察知できた。
戦闘は勝利で終えられたのだが、救出は成し遂げられなかった。
しかも、その結末はあまりにも惨いと言わざるを得ない。
「助けようとしたのに、助けられず。
必死の思いで闘ったのに、逆に恨まれ。
挙句には再戦を表明されちゃうなんて。
なんて言葉をかければ良いのか・・・分からない」
知ってしまったからには、放置は出来かねる。
しかし、労わる言葉も慰める声もかけられずにいた。
「今もきっと・・・これからのことを考えておられるのだわ」
カーゴルームに籠ったままの誇美を気遣い、ミルアはドアを開けられなかった。
唯、壁を隔てた外で待ち続けている。日の沈んだ今も尚。
「闘うも苦。勝つ事も辛い。
同じ辛苦を伴うというのなら・・・」
室内に籠る誇美が何を想っているのかを考え、
「何度も、何度だって。
誓いを果す時まで・・・」
自分だったら諦めてしまうかもしれない。
だけど女神コハルならば、違うのだろうと思う。
「きっと助ける為の闘いを。
どんなに辛くても続ける。いつ果てるともなく」
人を超えた存在なら、より以上の困難にも屈しはしないだろうと。
「そしていつの日にか。
あの美晴少尉を取り戻して。
邪悪に染められた魂を浄化してくださるのよね」
あの日、女神に全てを託した魔砲少女を、甦らしてくれると信じているから。
それと、そうなって貰わなければいけないと思う。
何故ならば、この悲惨な状況に至らしめた自責の念からでもあった。
「お母さんを悪魔から救う為に、美晴少尉の異能を求めたのが始り。
伝説の女神を伯母に持つ魔砲の異能者に近付き。
あの日の訪問に漕ぎつけた。
まさか、美晴少尉の魂が還らなくなるとも知らずに・・・」
ミルアは病に臥せる母を救う為に美晴へと接触を図った。
いみじくも同じ部隊に編入されてきたのをきっかけに、不慣れな美晴に好意を示すことにより信頼を受けるまでになった。
そして、あの日に到ったのだ。
戦地へと出征が決まっていたのも手伝い、焦るミルアは半ば強引に美晴を誘った。
その結果は・・・
「姿形は美晴少尉そのもの。
だけど、話す内に判ったの、中身は全くの別人だって。
話しているのが美晴少尉の言っていた女神だって・・・ね」
顔形は美晴。でも、話振りを聞いた時に知らされた。
人では無い存在を。
憑代として宿るより他、美晴の命を維持できない女神なのを。
「それが・・・今のミハル少尉。
いいえ、自らの約束を守ろうとする女神。
想い人を救おうと藻掻く、悲運の女神コハル」
人に宿らざるを得なかった女神コハル。
想い人の身体に憑依し、想い人の魂を取り戻さんとする。
非願成就の時が来る迄、闘い続ける運命の女神。
そうならざるを得なくした張本人のミルアに、只一言さえも恨み辛みを溢さず。
変らぬ信頼を寄せてくれていた。
「あなたが闘うのならば、私だって同じ。
あの日喪った笑顔を取り戻したいのは、私も同じ。
だから。誇美の傍に居続けたいのです、私は」
美晴との関係は母を救う為に築いたもの。
でも、誇美との関係は求める物が同じ、同志とも云える親近感から成り立っている。
それだからこそ、ミルアは誇美から離れようとは考えない。
いつの日にか、手繰り寄せることが叶うまで。
陽が落ち、暗がりが駐車場を夜の静寂へと替えた。
淡い月の明かりがトレーラーを照らす・・・ミルアの前で。
ずっと独りで佇み、待ち続けていた。
キィ・・・
カーゴルームのドアが開く。
マリア中尉と別れて1時間以上も経った時、開かずの扉が漸く開いた。
「ずっと・・・待っていたの?」
開いたドアに姿を現わした誇美の声。
「私が出て来るのを?」
いつも通りの、優し気な声。
「こんな夜になるまで?
そんなに大切な用事でもあったの?」
相手を思いやる、温かな声が。
「美晴少尉・・・」
思いを巡らせていたミルアに染み入る。
「はい。とっても・・・大切なことです」
トレーラールームのドアを閉じた誇美を観て、ミルアは頷く。
「私にとって、代えがたい大事な・・・大切な。
想いを同じくする人を待っていたのです」
目の前まで近寄った人を見詰めながら。
微笑みを湛える人へと笑顔で応えて。
光の化身である女神。
希望も絶望も手にすることになる、人と云う存在。
闇と戦うのなら、共に手を繋げられると言われた。
一つの願いを叶える為、共にあるべき存在なのだとも。
それこそが友。
<<絆>>と呼ぶべき仲間なのだと知らされた。
闇に堕ちた美晴が再び現れるまでに、闘いへの準備ができるのだろうか?
その時は何時?どれくらいの猶予があるのだろう?
次回 チャプター4 災危のマリオネット<悪堕ち少女人形は闇夜に踊る>Act3
温泉と言ったら、やっぱり大きな湯船。誰も浸かっていないのなら、やっぱりヤルよね?




