表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆の行方 Kizuna Destination <魔砲少女ミハル最終譚>  作者: さば・ノーブ
第3部 魔砲少女ミハル エピソード8 第2章 Phoenix Field <不死鳥の戦場>終焉を求める君への挽歌 
397/428

チャプター3 戦禍の運命<絶望を希望へと換える為に>Act12

擦れ合う車体が火花を散らし、砲を突きつけ合って走っている。

勝敗を決めるであろう砲弾を番えたまま・・・

側面を擦り、縺れ合って戦闘を継続する二両。

勝敗を決める一発を狙って、発砲するチャンスを窺っていた。


「「鬱陶しいわね!さっさと離れたらどうなのよ」」


俯角の限界まで砲身を下げる重戦車の中で、邪悪の染まった翳りが喚く。


「「離れなきゃ撃てないでしょうが!こっちもそっちも」」


側面に貼り付かれ、装備された自慢の長砲身が中戦車に引っ掛かっていた。

発砲しても、砲弾が当てられない角度で止められているのだ。

それは相手の中戦車だって同じことなのだが。


擦れ合う車体が火花を散らし、砲を突きつけ合って走っている。

勝敗を決めるであろう砲弾を番えたままで。


「「いい加減にしたらどうなのよ、コハル!」」


苛ついた声を挙げる翳りが、軋む車体の音の中に違うモノがあるのに気が付く。


 ギャリギャリ・・・ハル・・・ギャリ・・・ミハ・・・聞こ・・・返事・・・


「「なに?!声が?」」


照準器に映る中戦車の砲塔上部を睨み、聞こえるのが誇美の声だと判って。


「「そんなことが・・・出来るっていうの?」」


砲身を重戦車に着ける中戦車からの呼びかけに驚きの声を放つのだった。



砲塔に装備される観測レンズに映し出された重戦車。

旧フェアリア陸軍に施されていた冬季迷彩色が色濃く残されている。

二国間一年戦争が終結してから、ほぼ30年近くが経つというのに色褪せてもいない。

この重戦車が、過去の遺物ではないことを証明しているかのように。


「これまで何度か、邪操の戦車に試したことがあるのです。

 直に触れずとも語り掛けられるのが解っていますから」


側面を擦る程までに近寄っていたが、完全に横付けしている訳ではない。

ぶつかっては離れ、離れては擦る状態が続けられている。

離れずに擦り続けているのは砲塔から伸びる砲身だけ。

軋み音を絶えず奏でていたのは重戦車を撃つ為に向けられ続けている砲だった。


「答えてくれるかは分かりませんが。

 話しかけたい・・・話してみたいのです」


操作ハンドルを握り絞める誇美が、審判の女神リーンに打ち明ける。


「この躰へと還って来て欲しいと。

 その為には重戦車を破壊しなければいけないってことも」


邪操に堕ちた魂だとしても、約束を守りたい、取り返したいとの想いを話しておきたい。

今ここに誇美が居るのは、一重にその想いからだった。


「「話せたとしても、取り返せるとは限らないわよ。

  堕ちた魂が帰還を果そうとするかは、賭けに等しいわ」」


誇美の想いを知る女神は、そうだとしても通じるかは分からないと断じ。


「「あなたの想いを踏み躙ることになりはしないか、心配なのよ」」


不幸にして失敗になった時には、精神的なダメージが残ると言う。


「そうだとしても!私はやらなければいけないんです。

 このチャンスが最後になるかもしれないのに。

 黙したままではいられないんです!」


賭けに等しいと女神リーンに言われても、誇美は辞める気にはなれなかった。

どうしても。何が何でも。


「還ってくれないとしても。

 私がどんなに美晴のことを想っているかだけは伝えたいのです」


応えてくれなくても。想いが伝わらなくとも。


「だからっ!美晴を悪く言わないでください」


残された時間の限り、説得を試みるのを諦められなかった。



 ガリガリ・・・ミ・・・ハ・・・ル・・・ガリガリ


軋み音の中に呼びかける音声が混じる。


 ギシギシ・・・答えなくても良いから・・・聞いてよ・・・


声色から年若い女性の、必死の声音が。


「聞こえているでしょ美晴。

 私の声が、あなたには判る筈よ」


雑音に混じって語り掛けて来る誇美の声が。


「あの日、穢れた世界から逃れさせてくれたのを忘れたりしない。

 託された願いも想いだって、片時だって忘れていないわ」


通信装置を介さない声が重戦車に届けられる。

どうやってかは知らないが、声は翳りへと繋がっていた。


「直ぐに助け出したいと思っていたのに。

 今日まで何も出来なかった・・・手がかりさえも見つけられなかった」


真剣な声が。

悲痛な少女の声が告げている。


「ごめん。本当にごめんなさい。

 こんな戦場で逢いたくはなかったのに」


何も出来なかった不甲斐なさと。


「助けてあげれなかったのも。

 闘わなければいけなくなったのにも」


救い出そうにも手を出す事すら叶わない力の無さを。


「許してなんて言えない。

 だけど、聴いて欲しい。せめて聞くだけでも。

 私がどれだけ美晴を想い続けているかだけでも」


そして、謝罪と想いを告げるのだった。


「美晴の身体に宿っている理由は、滅びを防ぐ為なの。

 魂の抜けた身体を守る為、命の灯を消さない為に。

 穢れた世界から助け出した後、戻るべき身体を維持することなの」


女神の異能で宿っている理由も。

なぜ今も尚、宿ったままなのかを知らせて。


「約束を守りたい・・・美晴との約束を。

 女神である私を護ろうとした貴女あなたの意志も。

 自らを捨ててまでも護ってくれた私の心情だって。

 必ず果たそうと願い続けていたんだよ」


穢れた世界に取り残された美晴を助けたいと願い続けている事を。


「やっと約束を果せるチャンスが訪れた。

 闘うことになってしまったけど、本当は闘いたくなかった。

 出来ればこうなる前に助け出したかった・・・でも」


邪操の戦車へ宿る前に。

敵として対峙しなければならなくなる前に。


「これが現実と言うのなら、私は受け入れなくてはいけない。

 邪操の傀儡に堕ちてしまったのなら、それも受け入れる。

 元通りの光を纏う神子へは戻れないというのなら。

 それでも私は・・・美晴に還って来て欲しい」


かたきとして再会してしまった今であろうとも。

唯、ひたすらに望むのは。


「お願い美晴。

 私の頼みを聴いて。

 貴女の宿る邪操戦車を破壊するから。

 車体が壊れる瞬間に戒めが解かれるわ。

 だから最期の瞬間に・・・この躰へと帰って欲しいの」


穢れてしまっていたにしても、滅ばなくても良いのだと。

堕ちていたにしても還って来て欲しいと。


「その為だけに、私の今があるのだから」


帰還を果せるために、誇美は宿り続けて来た。

その一念を果たす為だけに戦場へと赴いたのだから。


「穢れていたって良いの。

 あなたに生きていて欲しいから。

 人の世で、命の灯を燈し続けて貰いたいのよ」


だから・・・


「還って来て!この躰は美晴に返すから」


心からの願い。

嘘偽りのない想い。

誇美の願いは翳りへと届く・・・かと思われたが。



語り掛けてくる女神の声。

通話の神力を使って重戦車の車内へと言葉を届けて来る。


「「聞こえてるわよ、コハル。

  でもね、言葉を交わす気なんて無いから」」


聞こえてはいるが、応じはしない。

通話するのを拒み、神力を遮断してしまう。


「「嘘・・・嘘つきね、あなたって」」


そして黒い翳りが嘲るように呟く。


「「何が願いよ、何を想っていたっていうのよ。

  そんなハッタリが聴けるとでも言うのかしら」」


誇美の言葉を受け入れず。


「「あたしがどんな目に遭ったかも知らない癖に」」


憎しみの籠った声を絞り出す。


「「コハルがあたしの身体に宿っていたのは知らされてたわよ。

  人の世を謳歌し、仲間に囲まれて幸せを満喫していたのも。

  そして助けにも来ないで、のうのうと生きていたってことも」」


恨み辛みを、敵だと定めた相手に向けて。


「「あたしだけじゃない。

  囚われの子達だって同じだった。

  いつかは助けて貰えると信じていたのに。

  コハルの為に生贄になってしまったのよ」」


声を聞かされて、余計に憎悪を増幅していた。


「「コハルが言ったように穢されたわ。

  どんなに拒もうが。どれだけ抗おうとも。

  魔獣にも、触手達にも・・されたって。

  それでも諦めなかったのに・・・」」


掠れる声だけが、翳りの怒りを表している。


「「最期の瞬間まで、抗ったのにコハルは助けに来てくれなかったよね。

  あの大きな時計の砂が堕ち切るまで。

  耐えられなかった・・・耐えられる訳もない。

  王に挑まれたのならば、狂うより他に道は無かったのよ」」


自己を嘲るかのように微かに嗤い。


「「死ぬことも許されず。

  戒めに苦しみ、責めに悶え・・・狂わされた」」


憎悪に震える声は、艶を孕んでいく。


「「だって仕方が無いじゃない。

  あれだけ闇を浴びせられたら、注ぎ込まれたら。

  光が闇には勝てないって、身を以って判らせられたら。

  堕ちないなんて・・・無理じゃない?」」


囚われていた間に受けた責めを語って。


「「もしもコハルがあたしの立場だったら。

  憎めないとでも言うのかしら?

  呪えない筈が無いでしょうに!」」


邪気を孕む言葉を吐いて。


「「還ろですって?!

  一体何様のつもり?

  よくもまぁ、御託を並べられたものね」」


怒りを一方的に増幅させただけだった。


「「この戦車を破壊するですって?!

  やって貰おうじゃない、出来るモノならね!」」


女神の乗る中戦車に、敵愾心を向け直し。


  

心の限りに語り掛け続けた。

真摯に、真心の言葉を投げかけたつもりだった。


「お願いだから・・・帰って来てよ美晴」


だけども、返って来ない。

一言も。


「聞こえていない?繋げられなかった?」


通話の神力が不発だったのかと思ったのだが。


「「相手には届いて居る筈よ。ただ・・・」」


モニターの女神リーンが繋げられたのを肯定した。


「「答えられない。若しくは答える気が無いようね」」


その上で、重戦車に宿る魂が拒絶していると告げるのだ。


「そんな?!ミハルが私のことを嫌っているとでも?」

「「そうは言っていないでしょう。

  答えられない理由があるかもしれないってことよ」」


返されないのには、何か特別な事情があるのではないか。

女神リーンの言葉に、深い意味があるのが判らず。


「そうだとしたって。

 この後の一発で全てが決してしまうんですよ。

 破壊と同時に脱出して貰わないと、何もかもが終わってしまうから」


重戦車に必勝の一撃を与えて破壊を齎す。

その瞬間を捉えて、魂の束縛を解き。

誇美の宿る身体へと帰還を果すのが目的なのだ。

それを事前に伝える為に、こんな無茶な接近戦法を執ったのだから。


「もしも美晴の魂が破壊を受け入れてしまえば。

 重戦車と運命を共にして滅びることにでもなるのなら。

 私は今迄、何の為に戦い続けて来たのか。

 何もかもが無意味になってしまうのです」


肯定も拒否さえも返って来ない。

聞こえているのなら、何らかのアクションがあっても良いのに。

それすらも無かった。


「「無意味など有り得ない。

  こうして貴女は巡り合えたのだから。

  だけど、邪操の呪いは強大で罪深い。

  大切な人と、大事な想いをも奪おうとするのだから」」


審判を司るという女神リーンが優しく諭す。


「「この闘いの末、ペルセポネは何を知るのか。

  邪悪なる者と対峙し続ける為のいしづえと成るか。

  心を病み、目的を失うか。

  全ては結果が示してくれるでしょう」」


今は只、希望を信じて勝たねばならないと。

だから・・・誇美へと告げるのだ。


「「撃ちなさい、希望を信じるのであれば。

  勝ちなさい、命を繋ぎ止める為に」」

「・・・リーン様?」


モニターからの声に、誇美はハッと気づく。


「勝つ・・・私が美晴に?」


破壊を齎す一撃を放てと言われて、


「助けられなければ勝利には・・・」


勝利を掴む事にはならないと答えようとしたが。


「「このままでいれば、貴女の神力は底を尽く。

  そうなる前に、闘えなくなる前に。

  誇美の手で、重戦車を破壊するの。

  そうでなければ、あのは助けられないわよ」」

「でも?!答えてくれていないのです」


何度呼びかけようとも、一言たりと返って来ない。

そんな状況が誇美の決断を妨げているのだ。


「「先に貴女が言っていたわよね。

  この闘いには必ず勝たねばいけないと。

  重戦車を倒し、あの娘を取り戻すって。

  だったら撃たねばならないのではなくて?」」

「・・・だけど。失敗したら」


斃してしまえば、元も子もない。

滅びを自分の手で与える事にもなりかねないと。


「「忘れてないかしら。

  邪操に囚われる魂は、滅びを受け入れなければどうなるかを。

  宿ったモノが滅んだって、消滅したりしないのを」」

「?!」


しかし、女神リーンが言った。


「「完全に堕ちてしまったのならば。

  きぼうを奪われ尽しているのなら。

  憎しみと憎悪で魂を穢しているとすれば。

  滅びを簡単に受け入れるなんてことは無いわ」」

「あ?!」


堕ちた魔砲少女の魂が滅びを受け入れないと。


「「恨みを募らせるだけ。

  更なる憎念を増幅し、次なる機会を求める。

  もしもそうだったら、邪悪なる存在に堕ちた証」」

「そんな・・・酷い」


邪悪なる存在に堕ちてしまったと。

・・・つまり、人の呼ぶ<悪魔デーモン>たる者に。


「「でもね、誇美コハル

  悪魔に身を堕としても、救いが来ないとは限らないわよ」」

「え?」


悪魔と化してしまった者にも救いが?

それは如何にして?誰が救えると云うのか?

誇美が驚くのも頷けるのだが。


「「光の中で生きて来たのならば、どんなに闇に染められようと。

  在るべき場所を覚えているでしょうから。

  誰かに元へと帰る道筋を示して貰えれば・・・」」

「在るべき場所・・・帰るべき道」


美晴は光の御子と成って生きて来た。

苦難を越え、人として育ち、人の愛を知った。

今は穢れた世界で囚われ、穢されて堕ちたが。

本当の姿は、在り日のままの筈で。


「「女神ペルセポネならば分かってくれるわよね。

  あの娘を信じるのであれば解るでしょう。

  今、貴女が闘っているのが邪悪なのを。

  勝たねばならない相手が悪魔であるのが」」

「美晴が相手ではない。あの中に居るのは闘うべき敵」


神の敵は、邪悪なる存在。

聖なる者の仇は、不幸を撒き散らす悪魔。


「敵から美晴を取り戻すには、倒さなければいけない。

 今は取り返せなくったって、いつかは・・・いつの日にか。

 必ず連れ戻す日が来る。きっと」


今回に果たせなくとも、次の。いいや、何度だって挑める。


「勝ち続ければ、チャンスはきっと有る」


この躰を滅ぼそうと目論む、穢れた世界の王が諦めない限り。


「「一言だけ付け加えてあげるわ。

  邪悪な奴等はね、執拗に狙い続けるの。

  ほんと~に諦めが悪い奴等なのよね~」」


誇美が決心したと感じ取った女神リーンが仄めかす。

悪魔と化した娘を使い続けるだろうと。

それに立ち向かうことこそが勝利への道だと。


「勝ちます。勝ってみせます!

 だって、美晴を救うのが私の。

 女神の務めなんですから!」


ハッキリと心に刻んだ。

迷うのも悩む事も最早、霧が晴れるように消え去った。


「撃ちます!討ってみせますから悪魔を」


そして、それを最後に高速通話を辞めた。



 ギャリギャリギャリ・・・


車体を擦っていた砲身が重戦車から離れる。

僅かに速度を落とし、次いで急激な旋回を始める。


「「同調シンクロ率、70パーセント。

  残り30秒で操縦系統が維持できなくなります」」


センサーで計測された神力の低下が報じられる。


「やってみせる」


だが、誇美は信じている。


「「シン・魔鋼騎状態を解除しますか?」」


「する訳がないじゃない!」


勝利を完全なものとする為に。


「「残り20秒。カウントダウン開始」」


「うっさい!勝ってやるんだから黙ってて」


モニターに映る重戦車を睨みつつ。


「射撃用意、安全装置解除!」


握るハンドルへ全能力を集中して。


「装填中の魔鋼弾へ、私の神力を注ぎ込むわ」


先に女神リーンが為したと同じように。


「車体の制御を放棄してでも。

 この一発に・・・賭けるわ!」


この一発で終わりにすると。

必殺の一撃を以って終焉を告げる為に。


 ズザザザッ!


車体が急停止する。

僅かな傾斜を与えられて。

前進を続ける重戦車から十メートルと離れていない場所で。


「照準よしッ!狙いは・・・外さないわ」


モニターに映し出される照準環に捉えられた場所へと狙いを定めて。


「これが私の全力全開!

 戦女神ヴァルキュリアコハルの放つ弦

 ペルセポネア・バスタード!」」


神の業たる偉能いのうを解放するのだった!


必死の説得も功を奏せず。

最早、必勝の信念のみで撃たねばならなくなった。

強力な魔砲の異能で挑みかかる重戦車に対し、誇美は照準環で狙いを絞る。

果たして勝利はどちらの上に?


次回 チャプター3 戦禍の運命<絶望を希望へと換える為に>Act13

戦禍は少女の心を弄ぶのか?闘いの結末は希望を呼び寄せられるのだろうか?!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ