チャプター3 戦禍の運命<絶望を希望へと換える為に>Act6
遂に、くるべきモノが来てしまった。
懼れていた戦いの幕が開こうとしている。
既に覚悟を決めている誇美は、車上の人となるのだった・・・
宵闇の中、地表を割って現れた邪操機兵。
警戒を怠らなかった八特小隊の見張り員により早期に発見されたのは、一両の戦車型機械兵だった。
「車両型機械兵一両、速度30キロ程で当方に接近中!」
事態が緊迫しているのを続報が知らせる。
「このままだと、後10分も経たず会敵することになります」
敵、邪操の戦車は真一文字に八特小隊へと突き進んで来ていると。
「現れた邪操の戦車は一両だけなのか?」
「突っ込んで奇襲でもかける気なのか?」
小隊に戦慄が奔る。
発見した敵の意図が計れなかった。
偶然こちらへと向かって来ているのか。
しかしそれは考え難い。
偶然を装うには無理があり過ぎる。
何故なら、目標とされるフェアリア軍防衛部隊が控えている場所からは離れすぎていたからだ。
防衛部隊を目標として居ないのならば、狙うは唯一つ。
標的を八特小隊に。
魔鋼騎を扱う魔法戦車部隊に絞っているのだ。
今迄に散々のこと邪操機兵を駆逐して来た小隊へと。
それならばどうして、たったの一両で闘いを挑んでいるのか。
そして陣地を隠蔽している小隊の位置を、どうやって察知したのか。
則ち、その理由とは・・・
「誇美?!待て、待つんや!」
報告を受けていたマリアの眼に、魔鋼騎マチハへと駆ける姿が映る。
「発進は命じておらへんで!」
咄嗟に追いかけ車上へと駆けあがっていた美晴を呼び留めるが。
車長ハッチに手を伸ばしていた美晴が振り返りもしないで答える。
「だったら。今、命じてください」
感情を押し殺した声で。
「私の三号車だけで迎撃しろって。
中尉の一号車も。ミーシャ少尉の二号車だって。
完全な状態にはないのですから」
単騎で迎撃すると言って返すのだ。
「馬鹿言うな!そんなん認められへんで」
それに対して車体によじ登ろうとするマリアが、許可しないと応じれば。
「今、即応出来るのはマチハだけです。
それは小隊長が一番分かっておられる筈ではないですか」
「う?!しかしやな・・・」
車両状態を理由に単騎での出撃を迫られてしまって、言葉を詰まらせてしまう。
二人が押し問答を繰り広げている横で、車付き操縦員のミルアが車体前部の操縦員ハッチへと飛び込む。
「ミハル車長!発進準備にかかります」
命じられてもいないのに、サッサと配置に執りついてしまうのだった。
「お、おい。ミルア?!」
美晴だけではなく、操縦員のミルアもまた発進するのを辞さない構えなのを知り、マリアは戸惑いを隠せなくなる。
「相手が一両だけだと多寡を括っていないか?」
マチハの戦績は、確かに群を抜いてはいたが。
それは八特小隊の3両が揃って戦ったことによるもの。
今迄、3号車単独での交戦は一度たりとも無い。
今回、相手がたったの一両だからと言って一騎討を許して良いものか。
逡巡するマリアが押し留めようとするのは、上官として当然のことだった。
「それに敵が今迄の邪操機兵と同じとは限らへんのやで?」
たったの一両で突っ込んで来る敵の力量を推し測り、危険だと教えるマリア中尉。
そして自分が発した言葉で気が付くのだ。
「まさか・・・誇美?」
そう。
それは誇美が言っていた<相手>が現れたかもしれないという事実に。
車長ハッチを開け放った美晴が、キューポラへ半身を跳び込むと。
「もう時間がありません。
これよりマチハで邪操機兵を迎え撃ちます。
発進の許可を・・・お願いします」
車体の前方を睨んで許可を求める。
「そやけど・・・それだったらウチも一緒に」
辿り着いた結論に、マリアは戸惑いながらも同道を求めたが。
「先に話し合いましたよね。
もし・・・もしもの時には、手を出さないって」
「・・・そやけど・・・もしもあの子だったら」
遠くの目標を睨んでいる美晴。
前々からこの時が来るのが分かっていたからこそ、マリアに告げていたのだ。
「もしも宿っているのが堕ちた御子だったら。
マリアさんは闘うことが出来ますか?
冷酷なまでに迷わず、闘い抜けると断言できますか?」
「それは・・・」
黒髪を夜風に靡かせる美晴が訊くと、マリアは還す言葉を失った。
「そやけど。誇美に万が一があったら」
闘いだから。
交わして来た約束もある。
揺れ動く心情が、言葉になって表されると。
「そうですよね。
心配なんてありません・・・とは、言い切れませんものね」
頑なだった美晴の声が、柔らかさを取り戻す。
「でもねマリアさん。
私も女神の端くれなんですよ。
邪悪な奴等に負ける訳がありませんから」
「誇美・・・」
それでも心配気な声をかけるマリアに、
「それと。
この躰は美晴のモノなんです。
傷を付けて返す訳にはいかないでしょ?」
振り返って笑いかけるのだった。
「コハル・・・お前って娘は」
闘いに自信がある訳ではない。
必ず勝って来るとも言ってはいない。
だけども、誇美は闘うと言っている。
負けないと言った。
だとすれば、今言うべき事は決まっている。
目の前に在る、幼馴染の笑顔を観たのなら。
「よぉし!いっちょ、ぶちかまして来いや美晴!」
闘いへの手向けに。
とびっきりの茶目っ気で命令を下すのみ。
「はい!」
応えるのは女神としての矜持か。
それとも心を同じくする者への返礼か。
誇美が挙手の礼を贈れば、マリアもまた答礼する。
それが当たり前のように、二人は決別を交わしたのだった。
嗚呼。果たして二人は再び逢うことが出来るのか・・・
ギャラ・・・ギャラギャラ・・・
無限軌道の音が草原に響き渡る。
草を毟り、地面に轍を付け。
分厚い装甲を持った車体が駆け続ける。
長大な主砲が擡げられた先に観えるのは、八特小隊の駐屯地。
幾許か後には、射程距離内に入るだろう。
ドルルルッ!
何個かの窪みを越え、真っ直ぐ目標目掛けて突き進んで来る邪操の戦車。
既に魔鋼状態に移行しているのは、車体から発せられる赤紫色のオーラからも観て取れた。
その車体は、これまで現れて来た車両型機械兵のどれとも違う。
今迄は前時代の4号戦車のF型か、若しくはH型だったのだが。
今、草原を駆けて来るのは、遥かに大きく・・・強固な装甲を誇っていた。
車体の前面装甲板は斜めに傾斜し、重装甲の上に対弾性能を大幅に向上させている。
その車体の載せられた砲塔は、主砲の突き出した正面を窄め、側面から後部へとなだらかに傾斜させて被弾面積を極めて少なくしている。
そして・・・突き出した砲は。
これまでの4号型の75ミリとは趣が違った。
長く、太く。敵の装甲を喰い破る為に載せられた、対戦車戦に特化した砲。
長く突き出す砲の口径は10センチ。
その砲身長は60を超えている。つまり6メートルもの長大な砲身を誇っているのだ。
もし、戦車に詳しい者が観たのなら、畏怖の念を抱くだろう。
もしもフェアリアとロッソアが干戈を交えた前大戦に従軍した者が観たのなら、思い起こすかも知れない。
フェアリアにっては<無敵の勇者>の復活を。
ロッソアにとっては<恐怖の獣王>の再臨した姿を。
そしてこう呼ぶだろう・・・<キングタイガー>王者の虎だと。
前大戦で無敵を誇った、魔鋼の戦車が蘇ったのだと・・・
「まさか・・・旧式とは言え最強の戦車を繰り出すとは」
草原を見下ろせる小高い丘の上で、オークト参謀長が眼を瞠っていた。
「しかも、あれは既に魔鋼状態になっている。
倒すには重砲の水平射撃でも骨が折れるぞ」
長大な砲身を持つ重戦車の存在に。
記憶の隅にあった旧軍の偉大なる重戦車によって打ち立てられた伝説を蘇らせて。
「いくら新型の魔鋼騎と言えど、倒すには難敵。
あの小隊が束になって挑まねばなりますまい」
進行方向の先へと視線を移して言うのだった。
その視線の先に在るのは八特小隊の陣地なのは言うまでもないが。
「下手をすれば荒れ狂う<虎>に蹂躙され兼ねません。
ここは我々も手を差し出すべきかと思いますが?」
オークト参謀長が夜間双眼鏡を降ろして傍に居る人影に具申する。
「サーベラ少佐。あれが何を狙って現れたのかを知っているのか」
しかし反対に問われてしまう。
「狙い・・・ですか?」
「そうだ。何を希求していると思う?」
オークト参謀長の傍らに立つ金髪の中佐が質し直す。
「我が軍の各個撃破・・・では、ありませんか?」
「違う。奴は的を絞って来たのだ」
マリンブルーの瞳を重戦車へと向けたままで。
「奴の狙いは、あの小隊に居る者。
その者へと滅びを齎そうとしている」
私怨を晴らそうとしていると看破していた。
「個人的な闘いを狙って来たと?」
だがオークト参謀長は、その意図が分からずにいた。
「そうだ、奴は仇とも呼べる相手に勝負を挑む。
それ故に、他の者が手を出すことは適わないと知れ」
「は?はぁ?!」
戦闘に関与すべきだと言ったオークト参謀長は、ルナリーン中佐の反論に従うよりはなかった。
「この勝負が何を呼ぶのか。
勝者がどちらとなるのか。
その先に待つのが光なのか、それとも・・・」
「それとも?我が姫は何をお考えで?」
真意を問うオークト参謀長。
しかし我が姫と呼ばれるルナリーン中佐からは、答えが返されることは無かった。
ドルルルッ!
ドルンッ!ド・・・ドドド・・・
発動機の音が轟く。
魔鋼騎マチハに命の灯が燈る。
「3号車発進!出現した邪操戦車を迎撃する」
指揮所で小隊長マリア中尉が発令した。
「我が小隊は3号車の支援を行う。
他に出現するかもしれない邪操機兵へと対処するものとする。
対戦車戦闘、用意!」
小隊全般の指揮を執り、残った2両を固定砲台と化して防御戦闘を準備した。
「美晴少尉、頼みますよ!」
整備員達が3号車に手を振り激励する。
「ミハル!勝って来るんだぞ!」
ビッグ少尉が手を振り上げて帰還を願う。
その3号車のキューポラに居る美晴は、重苦しい空気をはぐらすかのように。
「それじゃぁ、往って来ます」
軽く頷き、笑顔で応える。
ドルルッ!
エンジンが嘶き、排煙が排気管から噴き出す。
それこそが出撃の準備が整えられた証だった。
「ようし!魔鋼騎マチハ発進。パンツァーフォー!」
喉頭マイクに指を添えた美晴が下令する。
「「戦車前へ!発進します」」
アクセルを吹かし、ギアをローに入れたミリアが復唱する。
ギャラ・・・ギャラギャラ・・・
クラッチが繋がり、駆動輪が廻り始めると、キャタピラが砂を噛んで進み始める。
「目標!敵戦車。第1戦速!」
「「了解!速度30キロに上げます」」
陣地から抜け出して直ぐ、車長の美晴が命じる。
「本車は直ちに合戦準備と為す。
対戦車戦闘、合戦用意!」
「「戦闘!各部合戦準備よろしい!」」
現れた邪操の戦車との砲戦を求めて。
最早、戦闘の回避など求めようが無いとばかりに。
「敵は魔鋼状態に移行中。
マチハも直ちに魔鋼機械を発動する」
「「魔鋼機械の発動を準備。発動用意よろし」」
闘いを自ら求め。
「魔鋼機械発動!」
「「スイッチオン!」」
決戦を求めて。
蒼き水晶が魔法の機械の中で回転を始める。
美晴の神力を与えられた魔鋼機械が動き始めた。
グオオオォンッ!
高位の魔法力を与えられた機械が、猛烈な勢いで車体に変化を齎す。
装甲が、車輪が、エンジンも・・・そして砲が進化した。
長距離でも貫通力が落ちない魔鋼弾を撃てる砲身へと。
そして、魔鋼騎マチハに宿る女神の存在が、砲手の身体を変えるのだ。
「「あなたのあるべき姿へと」」
女神リーンが誘う。
美晴から誇美の姿へと。
闘うことを辞さない、戦女神コハルの魔法衣姿へと・・・
現われし重戦車に宿るのは美晴なのか?
もしも本当にそうだとするのなら、狙いはどこにある?
なぜ闘おうとしているのか?
戦闘を回避する方法は残されていないのだろうか・・・
次回 チャプター3 戦禍の運命<絶望を希望へと換える為に>Act7
接近を試みる魔鋼騎マチハ。最初の弾はどちらが放つのか?!




