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絆の行方 Kizuna Destination <魔砲少女ミハル最終譚>  作者: さば・ノーブ
第3部 魔砲少女ミハル エピソード8 第2章 Phoenix Field <不死鳥の戦場>終焉を求める君への挽歌 
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チャプター3 戦禍の運命<絶望を希望へと換える為に>Act5

束の間の休息が八特小隊に訪れていた。

明日には補給と整備の為に後方へと向う予定だった。


戦況はルナリーン司令官の率いた別働隊の作戦により膠着状態へと成った。

両国で伝説を生んだ、大昔の闘いを彷彿とさせる旗によって。

国境を巡る紛争は新たなる展開を迎えることになる・・・


ロッソアの侵攻部隊と対峙しているのは、フェアリアの防衛部隊だけでは無かった。

かつての国境から10キロ程前線が進み、これ以上占領地が拡大すれば戦線が瓦解してしまう虞が拡大した時。

それまでは侵攻正面だけに注力していたロッソア軍の隙を突く形で、突如側面からの攻撃に踏み切った部隊があった。

ロッソア軍は不意を突かれて混乱し、部隊同士の連携を欠いた結果。


「陣形を立て直す必要がある。

 このまま進めば、補給を断たれて戦線の維持もおぼつかなくなるぞ」


先頭を進む大隊長が連隊本部へと意見を具申する程、動揺が広がり。


「既に後方との連絡が取れなくなったらしい」

「このままの位置を確保するのは困難だ」


情報が錯乱し、正確な判断が困難となる。


「後退だ!直ちに部隊を転進させろ」


小隊は中隊の。中隊は大隊の。

それぞれの命令に従ってはいたが、どれが正しい命令なのかが判然としないまま後退を余儀なくされる。


「攻撃して来たフェアリア軍に翻った旗を観たか?

 あれは大昔のフェアリア国旗なんだそうだぜ」

「俺も聞いたぞ。なんでも旧フェアリア王家の紋章らしいぞ」


攻撃された部隊からの連絡が、混乱と噂を巻き起こす。


古くから仇敵だったロッソアとフェアリア。

数多の伝説と物語を生んで来た歴史が現在も尚、両国民に根強く息衝いていて。


「あれは<双璧の魔女>と呼ばれた始祖女王の旗だ。

 古来フェアリアの民が<我が姫>と呼び称えるリィン王妃の御旗だぞ」


仇敵のロッソアでも知らぬ者が居ないくらい有名な逸話。

それと現在の状況を照らし合わせる将兵が、一様に思い描いた。


「伝説の始祖女王が降臨したとでも言うのか?

 敵の部隊には、聖女王リィンが蘇っているとでも言うのか?!」


双璧たる女王の伝説が今、再び甦ろうとしているかのように懼れたのだ。



眼下の平原で、敵の部隊が撤退を始める。


「支隊長。敵軍が撤収を開始します」


指揮所へ向けて、情報参謀が無線電話を片手に報告する。


「前線全てにおいて、ほぼ同時にです」


歓喜に満ちた声が、指揮所に居る者全てへ知らせる。


「おお!見事に作戦が成功したぞ」


作戦参謀が、我が意を得たとばかりに頷く。


「これでロッソアも簡単には侵攻出来まい」


情報参謀からの報告で、指揮所は歓声に包まれる。

その中で、二人だけが押し黙っていた。


「司令官の命令が功を奏したのですね、オークト参謀長」


指揮所の奥に座る二人へ向けて作戦参謀が讃えると、


「ロッソアも、御旗みはたの意味が分かったようですな」


情報参謀が正規の軍旗とは別の存在を明かして。


「奴等にとっては悪夢の再来。

 我等には救国の神話が蘇ったようなものですからな」

「正に。救国の女王リィンが現代に復活したのを知らしめたのです」


司令官と参謀長が座る背後に掲げられた旗を見上げる。


「我らが姫を表す御旗。

 千年の時を越え、現在いまに蘇りし女王の御印みしるし

 蒼き獅子が表すのは、敵を討ち破る孤高のおう


青地に白く獅子が描き出された、旧王制時代のフェアリア皇国を表した国旗。

始祖王から脈々と千年も受け継がれたフェアリア王家の象徴とも云えた。


「やはり支隊長は我らがフェアリアの姫君。

 救国の女王となられるべき、唯一人の姫君だ」

「そうだ!ルナリーン中佐こそが王位継承者に相応しい」


御旗を背にする司令官を、我が姫と称える参謀達。

作戦が上首尾に終わったことで、尚更に気勢を上げているのだが。


「お前達は何も分かってはいない」


司令官の傍に控えるオークト参謀長が、ぼそりと呟く。


「中佐が目指す処は、侵略者の排斥ではないのだぞ」


その眼を<我が姫>と崇められる司令官へと向けて。


「それに。今の王家には政治力も権力も無い。

 只のお飾りで象徴という名目だけで存続しているのだからな」


民主国家へと変貌した皇国フェアリア。

選挙により国民から選ばれた議員が国政を担い、国王は国民の象徴としての位置づけと成った。

民主国家となったことを国民の多くは歓迎したが、旧体制下で特権階級だった者達には不興を買った。

その多くは貴族と呼ばれた支配者階級、そしてそれに従う豪商家達。

身分階級を背景に領地を与えられ、多くの財を為していた者達だった。

ロッソアが国民により帝国を瓦解させられたのを観ても、古い特権にしがみ付いていた者達だったのだ。


「民は強大なる王に依って導かれるのが妥当。

 各々が自己主張を繰り広げるなど、国を亡ぼす元凶なのだ」


オークト参謀長はロッソア軍に攻め込まれた原因を国政の乱れに在ると言う。


「議員達には何も観えていない。

 いいや、観ようともしなかった・・・現実というものを」


国民から選ばれた議員に幻滅し。

国を、そして民を救えるのは強大なる主導者だけだと考えている。


「我が姫ルナリーン様こそが、フェアリアを導いてくださる。

 始祖女王リィン様の御力おちからを以って、偉大なる国へと戻るのだ」


サーベラ・オークトという女性参謀は、ルナリーン中佐を以って復活を目指していた。

フェアリアに王政の復古を。


「馬鹿げている」


だが、司令官ルナリーン中佐は顔を顰めて呟く。


「只の一度。惑わすのに成功しただけなのに」


湧きかえる指揮所の面々を観て。


「戦争は簡単に終わる程、生易しいものではない」


吐き捨てる様に呟く。


「仇敵が撤収したとしても。

 この国に蔓延る闇は、手を退こうとはしないだろう」


傍らで何事かを呟き続ける参謀長を垣間見て。


「ロッソア軍が退いたのなら。

 真の闇が攻めて来るだろう。

 なぜ、そんな容易いことさえも判らないのか」


増援部隊を率いている司令官は、部下達へ叱責もせずに自問する。


「この場に、あの子が居たのならば。

 私を諫めただろうか。不甲斐ないと嘆いただろうか。

 あの夜みたいに・・・姫と呼んでくれただろうか」


軍帽から零れる金髪が、風も無いのに靡く。


 ガタッ


すっくと立ちあがった中佐が、その場にいる者を睥睨した後。


 スタスタスタ・・・


何も告げずに指揮所を出て行く。

その光景に参謀達はオークト参謀長へと訊いた。


「司令官は何をお考えだったのでしょうか?」


きつい目で睨まれたのを怯えていたのか。

次の作戦を考えているのかと、自分に都合のよい考えを抱いたのかは知らないが。


「さぁな。その内に判るだろう」


冷めた声が参謀長から返され、今の今迄湧きかえっていた指揮所に沈黙が支配した。



別働隊司令官ルナリーン中佐が足を停める。

指揮所から50メートルも離れた所に在る森の中、木立の切れ目から月光が堕ちて来る場所で。


「月よ、聖なる月よ。

 なぜ、私は此処に来てしまったのか。

 どうしてあの子に逢えずにいるのだ・・・」


月を見上げて呟いた。

沖天に昇った月は、淡い光を地上へと放っている。


「まだ時が満ちていないと言うのか。

 再びめぐり逢うには、奇跡を待たねばならないのか」


誰かを待ち焦がれ、何かを為そうと秘めている。


「邪悪が目覚めた今。

 対するには、あの子の異能力ちからが必要。

 女神に授けられた偉大なる魔法力が不可欠・・・」


ルナリーン中佐が月夜を見上げて呟く。

淡い月明かりに照らし出された髪色が、金色に輝いて観える。


 ザワ・・・ザワ・・・


夜風が木立をざわめかせ、軍服姿のルナリーンに吹きつける。

軍帽を眼深に被っていたルナリーンが、夜風を受けて髪を解き放つ。

帽子を外し、束ねていた髪を振り払う。


 サワ・・・サワワ


閉じた瞼を開くと、キラリと輝くマリンブルーの瞳が。

月の明かりに照らされるルナリーンの姿は、凛々しさと貴賓を併せた美しさ。

まるで王城に設えてあった始祖女王を描いたタペストリーから抜け出して来たかのよう。


「あなたは今、何処に居るの。

 私が此処に居るのを・・・解らないの?」


木立の陰が揺れ動く。

空に流れる風が雲を運び、月の光を翳らす。

木立の切れ目から見上げているルナリーンへも翳が忍び寄って。


「私には感じられる。

 闇に染められた者が現われるのを。

 光を憎み、光を奪わんとする者が近付いて来るのが」


雲が光を奪い、ルナリーンの表情を隠す。

その声は、未来を予測するかのように冷たく。


「邪操の機械達を退けた部隊へと。

 聖と邪として・・・仇敵として対峙している小隊へ。

 欲するものを手中に収めようと」


はっきりと名称を出していないが、指しているのが何処の部隊なのかは想像できる。


「それが如何なる結果を齎すと言うのか。

 世界の運命を左右する程のものなのかは・・・解らないけど」


やってくる闇が何を欲すると言うのか。

何を求め、何を齎すと云うのか?


「私は只、見守るしか出来ないのだろうか」


夜風が黒雲を運び、月を完全に押し包む。

淡い光さえも奪われた地上は、闇夜と化していく。


「願わくば、あの子が現れることを望むわ。

 絶望を希望へと換える能力ちからを持つ娘が来てくれるのを」


漆黒と化していく森の中で、ルナリーン中佐の声が流れて行った。




夜風が草原に流れていく。

夏だと言うのに、肌を冷やす風が吹いた。


「明日の晩には撤収やな、誇美コハル


一応の整備が終わり、小隊が後方へと後退する事になったのを指して。


「はい。マリア中尉」


気兼ねなく話すマリアに対し、誇美は少々ぎこちなく返す。


「何を心配しとるんや。

 明日の晩には温泉に浸かっとるんやで」

「そ、そうですよね」


二人っきりで話す時には、日の本語で喋り合うことに決めていたマリアが笑うのを余所に、誇美は強張った表情を崩せずにいた。


「何か気になってるんか?

 心配せぇへんでもええって。明日は戦闘行動にはならへんって」


顔色を覗き込むマリアが、友に接するように部下である誇美に言った。


「うん。そうだね・・・そうだよね」


応える誇美は頷くのだが、どことは無く心痛な表情のままで。


「闘わずに済むのなら・・・それに越したことは無いよね」


闘うことを畏れているように観えた。


「何言うとるんやねん。

 撤収が決まっとるんやで、今更出撃なんて出来へんやろ」


明日には撤収することになっている小隊に、敵対行動を求めてくる者など居ないとマリアが言った。


「数日は戦闘の事なんか忘れて休めるんやで。

 休暇やあらへんから実家には戻れへんけど。

 骨休めにはなるやろ、温泉に浸ってのんびりしたら」


撤収は補給と整備の為に行われるとされているが、実際には数日の休暇扱いになっていた。

武器弾薬の補充と戦車の不具合を修繕するのが根本としてあるのだが、隊員の慰労を兼ねての後退だということが公認されている。


「温泉ですか。いいですね」


まだ取り繕うように応える誇美の表情は硬いまま。


「そないに心配なんか?

 なんで撤収するのに心配せなアカンのや」


それを汲んでマリアが訊く。


「まるで今夜も邪操機兵が襲来するのが判るみたいに見えるで」


未来を予知したのかと。

訊かれた誇美が首を横に振るだろうと思いながら。

気休めとなるように、軽い冗談としてのつもりで。

だが・・・


 コクン


顔を強張らせている誇美が・・・頷いてしまった。


「へ?嘘やろ」


冗談のつもりで訊いたマリアの方が驚かされる。


「明日には撤収やってのにか?」


此処が戦場だったのを思い出させられて。


「女神の異能が感知したって言うんか?

 敵が現われるのが判ったっちゅーんか?」


このタイミングで?明日には前線から後退出来るのに?


「現れるんがどれぐらいの規模かも分かるんか?」


強張る表情を鑑みて、生易しい敵ではないと看破したマリアが問い直す。


「ううん・・・」


その問いに、誇美は首を縦には振らず。


「規模は分からない・・・けど」

「けど?けど、なんなんや?」


掠れる声で応えて来た。


「審判の女神様から聞いたんだ。

 今夜現れる敵は・・・私にとって最悪だって」

「な?!なんやとぉ?」


自らの異能ちからで知ったのではない事も。


「最悪やと?」


知らされた敵が女神コハルへの災いとなることも。


「そう・・・おっしゃられたの」


風が黒雲を呼び、輝いていた月を隠す。

月光を浴びていた誇美の顔が、明かりを失って翳って行く。

それはこれから起きることの前兆のようにも感じた。


「誇美は女神なんやろ。

 そん所そこ等の機械兵が敵う相手やあらへん筈・・・」


そこまで言って、マリアが気付く。


「まさか?!そんな訳が・・・」


誇美にとっての最悪が、何を表すのかを。


驚愕に震えるマリアの叫びが夜闇に流れた時だった。


「敵機襲来!

 車両型の邪操機兵が現れました!」


見張りに配置されていた隊員の叫びが轟く。


「ロッソア軍方面にではなく、本隊の正面へ向かって来ます!」


敵の襲来と、尋常ならざる情勢を伴わせて。


「なんやと?!」


見張り員に向き直ったマリアが叫ぶ。


「とうとう・・・来てしまった」


その後ろ姿を観て、誇美が覚悟を決めた・・・

忍び寄る翳。

出現した邪操機兵に緊張が奔る。

誇美の言葉から迫る敵が何を意味しているのかを悟るマリア。

果たして本当に彼女が来たのか?

現われた機械兵に宿っているのは<美晴>なのか?

もはや交戦を避ける事は出来ないのだろうか。


次回 チャプター3 戦禍の運命<絶望を希望へと換える為に>Act6

出撃!現われた重戦車を邀撃せよ!決戦を前に、君は秘めた想いをひた隠す・・・

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