Act38 In person
面会・・・
遂にロッゾアとの交渉の場に来たリィン。
広間の中へと足を踏み込むとき、決戦の第一幕が開く・・・
周りを囲んでいた黒服達が連れて来たのは、大広間に通じる扉の前だった。
「ボ・・・会長。御連れしました」
傍らの一人が恭しく頭を下げる・・・と。
ギィイイィ~
重い軋み音を伴いながらドアが開いていく。
「入れ・・・」
ロッゾアらしい男の濁声が聞こえてくる。
「お前達はそこで待っておれ」
しかもリィンだけを招き入れるというのだ。
「は・・・」
4人の黒服は了承して囲みを解く。
「ロッゾア会長の命令だ、リィンタルト嬢だけで入れ」
囲みを解いた黒服が、リィンだけを通すという。
室内に入れるのがリィンだけだとしたら、レイは護衛の任が果たせなくなる。
ー ロッゾアだけ?他に居るの?
咄嗟に少女人形は内部の気配を探る。
人形に納められてある感知装置は、他の人間が居ない事を告げてはいたのだが。
・・・P・・・
部屋の内部からジャミング波が出されているのを検知した。
ー どうやら少女人形が来ると読んでいたみたいね。
遠隔操作された人形が入ったら、通信妨害で身動き出来なくなる・・・
扉の厚さを見ても、この広間が完全密閉空間だと知れる。
ー 外からの介入を阻止するなんて、生易しいモノでは無さそう・・・
ロッゾアがなぜこれほど厳重に守りを固めているのか。
どうしてリィン以外を入れないのかを想像し、不穏な空気を感じ取った。
ー 初めからリィンを虜にする気だったんだ。
逃がす気なんて元から無かったみたい・・・
交渉に応じる気があるのか。リィンを虜にしてどうする気なのか?
最悪の展開を予想しなければならなくなった。
こうなったら何が何でも中へ入らねばならないと、レイはリィンに近寄る。
「リィンタルトのお傍に居ります。
中へ入れるように交渉してください」
周りの者に聞こえても良い様に、機械じみた話し方を取って頼み込んだ。
「・・・うん」
レイが身の危険を察知したように、リィンもまた感じたようだ。
「ロッゾア・・・この子も同伴させて良いでしょ?
私だけでは心もとないから・・・お願い」
何とか連れて入りたいと部屋の主に頼んでみる。
断わられでもすれば、それこそ交渉を打ち切ると言ってみる気でもあった。
だが・・・
「善かろう。連れて入るが良い」
いとも容易く認められた。
「だが、どうなろうが知らんぞ」
中へ入るのは認めるが、結果は責任を取らないと付け加えられた。
「・・・分かりました」
傍らに控える少女人形に目配せするリィン。
大丈夫かな?・・・と、心配しているのが見て取れた。
「はい、部屋の中に入れさえすれば・・・」
目と目を併せて応えるレイが、何気ない振りを装って髪を掻き揚げ耳を見せる。
つまりそれは、通信妨害を受けるかも知れないと教えたのだ。
「どこかからの妨害を受けて、身動きが取れなくなる心配がありませんので」
髪を掻き揚げる仕草と共に、目を閉じて教えようとした。
ドアが閉ざされてしまえば、人形でしかない自分は動きを停めてしまうからと。
「・・・分かった?中へ入るからね」
少女人形の忠告を読んで、<分かった>の処へレイへの答えを滲ませるリィン。
「はい」
伝わったと感じたレイも承諾する。
大広間を区切る大扉を潜るリィンとレイ。
背後に控える4人の黒服が、閉まり始めたドアの蔭に隠れて行く・・・
ギギィ~~
扉が閉じるタイミングを計る。
早過ぎても遅すぎても勘繰られてしまい兼ねない。
ー 電波妨害で人形が動かなくなるタイミングは・・・
ガコォン!
重い閉塞音が響き渡った。
ー 今!
レイは内蔵された殆どの機能を停止させる。
身体中の動力を一時的にオフにし、必要最低限の機能だけを司った。
瞳のカメラ、それに聴力。
人工頭脳でもあるメインコンピューター・・・それ以外は機能を停止させたのだ。
リィンの後ろで突然固まったレイ。
事前にこうなると教えられていても直ぐには気付かない。
ー 後は・・・任せるわよリィン!
これから起きるロッゾアとの交渉を、リィンだけに任せるのは忍び難くはあった。
ー リィンにしか成し遂げれないのよ?
口に出せなくとも伝わっていると信じることしか出来ない。
ー もしも・・・危険だと分かった時には、直ぐに助けるわ!
相手の出方次第では、闘う事も辞さないと決めていた。
何せ此処は敵であるロッゾアのホームグラウンドなのだから。
どんな仕掛けが隠されているのかも分からない状況だったのだ。
「はじめてお目にかかります。
私はフェアリー家の4女、リィンタルト・フェアリーです」
この部屋に居ることは想定できるが、何処に居るのかは見つけられていなかった。
自己紹介を述べ、軽く会釈するリィンへ。
「待って居ったぞ、フェアリーのおてんば娘」
嘲るような声が返って来る。
広い室内に木魂するような大きな声で。
「お前が少女人形の操手でもある事は知っておる。
だがな、もはやお前の分身は身動きできないぞ」
後ろに控えるレイの状態を教えて来たのだ。
「え?」
振り向くリィンの眼に、レイが動きを停めているのが映る。
「どうして・・・」
こうなるのはレイから知らされていたが、実際に観て見ると心細く思えてくる。
「この部屋に居る限り、外からの妨害は受けんのだ。
俺が何をしようが、何を話そうが誰にも邪魔はできんのだ」
嘲笑うかの声がリィンへ降った時。
目の前にあった壁がゆるりと回って・・・
「このロッゾア・オークの手に堕ちたのだ、リィンタルトよ!」
白銀髪で小太り、そして醜く笑うロッゾアが回転させた椅子の上から見下ろして来たのだ。
室内を睥睨できる位置にある椅子の上で、たった一人の少女を眺め降ろす魁夷。
その顔には憎しみと呪いが渦巻き、これから起こす復讐劇に驚喜している風だった。
「さぁ・・・もっと近くへ来い。
俺の前に来て話を着けようじゃないか」
偉丈夫とは言えない。だが、老人と言うには脂ぎっている。
一体どうすれば、このようにエネルギッシュな身体を維持できるのか?
少女が近寄れば、忽ちにして獲って喰われそうなほどだ。
まさに半獣人オークとでも呼んだ方が良さそうに思えてくる。
だが、リィンは後ろに控えているレイを一目見た後。
「分かりました、そちらへ参ります」
しっかりとした歩調で、前へと進み出る。
その姿はおてんばな少女ではなく、まるでどこかの姫君のよう。
ー いきなり襲い掛かる訳でもなさそう・・・
視力を残しているレイが、不測の事態に備えている。
ー でも、他にも何らかの気配を感じるんだけど?
ロッゾアだけを注視している訳にも行かなくなっていた。
どこかに何かが潜んでいる気がして、相手の動きを図るしか手が無い状態だった。
先に手を出してしまえば、横合いから痛撃を喰らう虞があったからだ。
ー ここは・・・我慢の為所ね
ロッゾアの前へと歩むリィン。
固く結んだ唇が、心なしか震えて見えるのは恐怖の表れだろうか?
椅子に沈み込んでいるロッゾアの前まで辿り着いたリィンが、意を決したかのように振り仰ぐと。
「交渉に来たの、捕えられに来たんじゃないわ!」
勇気を振り絞った一言で応じる。
「あなたの言う月面基地へ連れて行って貰いたいの!」
決死の表情を露わにして。
凛とした声で。聡明な眼差しで。
見上げるリィンの表情は、邪な復讐に手を染めようとするロッゾアへの対決を意味していた・・・
が?!
「おおッ?!馬鹿な・・・こんな事が?」
顔を上げるリィンを見た瞬間だった。
ロッゾアの口から驚嘆とも驚愕とも言える叫びが毀れた。
「画像で観るよりも・・・もっとだ。
資料で観たのよりも、遥かに・・・・」
明らかにロッゾアは驚いている。
いいや、感激しているとも言えた。
「お前の髪に括られたリボンも。
その麗しい蒼き瞳も・・・何もかも!」
吠えるロッゾアの身体が椅子から立ち上がる。
「この手に出来る!今やっと」
ゆるりと手を伸ばして、リィンを手にしようとするかのよう。
見つけた宝物に手を出そうとする魔物のように。
「俺の・・・モノだ!俺だけのモノだ!
誰にも手出しさせない。誰にも渡さん!」
狂気に満ちた貌で、ロッゾア・オークはリィンへ掴みかからんとしていた!
自分より30歳も年を重ねている相手だというのに。
リィンは臆することなく立ち向かう。
まるでそれは寓話に出てくる賢姫のよう・・・
暗黒王と賢姫が今、互いの宿命に立ち向かう!
次回 Act39 慙愧
少女はいつの間にか賢者と成っていた。運命を自ら切り開く賢き令嬢となった・・・