チャプター2 明日への咆哮 18
動けなくなった邪操の戦車に手を添える女神コハル。
神力によって魂へと語りかけるのだが・・・
果たして邪悪に染められた魂が答えてくれるのだろうか?
鋼鉄に触れる右手から光が溢れていた。
邪な翳りと対峙する女神の異能が光となって噴き出しているのだ。
「聞こえているでしょ?あなたを咎めたりしないから」
噴き出す神力で、白桃色の髪が舞う。
「私は罰する為に来た訳では無いの」
女神ペルセポネーの聖なる蒼き瞳が訴えかける。
この場に来た訳を語り、問い掛けに応えて欲しいのだと。
「聴かせて欲しいの。
あなたが何故、この戦車に宿らなければならなかったのかを。
あなたを貶めたのが誰なのかも・・・そして」
未だに反応を返して来ない邪操戦車に宿る魂へ、応じる様に求め続ける。
「あなたが居た場所に現れなかった?
光を纏った子が、虜にされて来なかった?」
敢えて滅びを与えず、対話を求めた本当の理由を知らせて。
「お願い。教えて」
右手に更なる神力を集中させる。
シュゥオオォ~ッ!
聖なる輝きが、邪悪な翳りを抑え込んでいく。
光を纏う誇美の姿が光へと解け込んで霞んで行った。
「う・・・ううっ・・・うぅ~っ」
唸り声が飛び込んで来る。
「苦しい・・・痛い・・・助けて・・・」
掠れた声が助けを求めている。
途切れ途切れだが、人の声が聞こえた。
邪悪に染められている筈の魂が、人の言葉で訴えているのだ。
「もう、嫌だ。お終いにしてよ」
いっそのこと、滅ぼして貰いたいと。
苦しさからか声が掠れ震えて聞こえ、その声から感じられるのは。
「あなた・・・魔法少女ね?」
姿が観えないから歳は判らないが、擦れる声からうら若き少女だと想像して間違いないだろう。
「邪操の戦車に宿った、魔法少女なのね?」
誇美が魂へと語り掛ける・・・と。
「誰?聞こえるのは人の声なの?」
「ええ。私も魔法を使えるの」
声が届いたのか、藻掻いていた少女が訊き返して来た。
「嘘よ。人がこの中に入って来れる筈が無い」
「うん。確かに中ヘは入れないけど。話し合うことぐらいは出来るの」
車体に手を添え、神力を以って語り掛けている。
内部に閉じ込められた魂に、外側から訊ねていた。
「外からにしては、はっきりと聞こえるわ」
「勿論、魔法だからね。聞こえて貰わなければ意味がないから」
邪操戦車に宿る魂には分からないのだろう。
普通の魔法力では話す事も聞く事も叶わないだろうことを。
女神が宿った魔法少女だからこそ、語り掛けれたのを。
「魔法・・・あなたも魔法使いだと?」
「ええ。一応は」
苦しむ相手が何を求めているのか、即座に分かってしまう。
何を求めて来るのか・・・解っていた。
「だったら・・・ここから出して。魔法使いなら出来るでしょ?」
魔法に因る救出。
閉じ込められて苦しむ魂が求めて来るのは当然とも云えるが。
「私には鋼鉄の中に宿った魂を救える術が無いの。
魂の転移は、人の為すべき範疇を越えているのよ」
今の誇美では叶えてあげることが出来ない。
魔王姫だった頃ならば、可能性が無くは無いのだろうが。
「人もそうだけど。
聖なる輝を纏う神だとしたって叶わないの」
女神でも禁忌に触れる転移の禁呪。
魂を弄ぶ闇の異能であれば、己に降りかかる罪を受け入れさえすれば行使出来る。
強大なる闇の異能を誇る魔王ならば、魂を抜き取り容れ物へと移すのも出来よう。
「魂を転移させることが神に出来るとしたら。
死した魂を管理する黄泉の王の外には居ないの」
誇美は、天界で聴き齧ったことのある<黄泉の国>を喩えて言った。
死者の魂を管理すると云う<黄泉の王>だけが闇の異能を使わずに転移させることが可能な事を思い出して。
「・・・助からないんだ」
閉じ込められている魂が、悟ったように言った。
「ご、ごめんなさい」
あっさりと受け入れた魂に、驚かされてしまう。
「どうして・・・抗わないの?
助かりたいって嘆いていた筈なのに・・・」
そして訊いてみたくなった。
何故、あっさりと助かる道を諦めたのかを。
「聞かされていたから。
あんな過酷な世界に閉じ込められ続けるくらいなら。
奴等の言う通りに・・・魂を堕とす方が楽になれると思ったの」
「や・・・奴等?」
何の気無しに語られた言葉に、反応した誇美。
「奴等って?あなたが閉じ込められていた場所で、何が?」
思い出されるのは、穢れた空間に浮かぶ怪異な姿。
「言うのも悍ましいくらい。
人の尊厳までも穢し、魂に闇を注ぎ込むの・・・奴等が」
「ッ?!」
その怪異が群れだって襲い掛かる様な幻覚を味わう。
魂からの言葉に、悍ましいまでの不快感に襲われ、鳥肌が立つ思いだった。
思わぬ感覚に車体に触れていた手が離れそうになるのを推し留めて。
「そいつらが言うの。
安息を求めるならば、言う通りに魂を差し出せって。
現世で生きる人間達へと恨みを晴らせって。
滅びこそが安息。現世で滅ぶ事で一時の安息が得られるって」
滅ぼされることが安息に繋がるのだろうか?
そこには一体どんな理由があると言うのか。
「滅んで安息を得られるの?
安息を得ても・・・一時的なものなの?」
今度は誇美が訊く番だった。
「苛まされて堕とされた挙句が。
魂を捕らえられて宿らされ、人に仇為すことになって。
最期には滅ぼされて終わるなんて・・・悲し過ぎる」
非業の最期を迎えて。
それでやっと安息を得られるのかと不可解に思えて。
「滅びを受け入れれば・・・終われる。
だけど、諦めないでいれば・・・再び陰鬱な世界に戻される。
肉体を虜にされた私達には二つしか選択技が無いの」
「魂を穢され続けるか、滅びを受け入れるしか道が無いと?」
非業の最期を迎えるか、死を受け入れずに穢され続けるのか。
肉体を穢れた世界に囚われた魔法少女の運命は、余りに惨いとしか例えようがない。
「魂が滅びを受け入れたら、肉体はどうなるか分かる?
抜け殻となった身体は、生命の糸が絶たれて生ける屍と化すの。
何人かの身体が朽ちて逝くのを・・・観てしまったわ」
「魂が滅んだら身体もまた・・・本当の滅びを迎えるのね」
魂は、自ら滅びを受け入れなければ肉体は生存し続けれると教えた。
その答えは誇美も熟知していたから、目新しいとは言えなかったのだが。
「今、何人かって言っていたわよね。
それなら囚われている人の凡その数が分るかしら?」
忌まわしい穢れた世界に囚われている人数が分れば、救出時の目安になるかもしれない。
そう考えた誇美だったが、返された答えに表情を曇らせる結果となる。
「私が閉じ込められていた場所には・・・三十人ほどが居た。
だけど、もっと多くが囚われているんだと思う。
私達を穢す獣達が言っていたもの。
まだまだ多くの獣人が居るんだって。複数の部屋で宴が催されてるって」
「そんなに・・・多くの魔法少女達が?」
想像していたよりも遥かに多くの人間が捕らえられている。
予想を越えた数の虜囚を、如何にして救い出せるのかを考える間も無く。
「フェアリアだけではなく世界中から捕らえて来たって言っていた。
高位の魔法少女を捕えて閉じ込め、穢しては堕とす。
魔法少女の魂を堕として武具に宿らせ、現実世界へと放つ。
そして不幸の連鎖を撒き散らすの」
「穢れた世界で・・・魂を穢され堕とされる。
高位の魔法少女でも・・・抗いきれないの?」
訊き返しながら、誇美の心は不安を拭えなくなってくる。
もしも、あの日に観た美晴が捕えられているのだとしたら・・・
そして。
誇美が最初に求めていたことの答えが返される。
「あなたが初めに訊いて来たのと関係があるかは判らないけど。
私がこの戦車に宿らされる数日前、奴等の一匹が言っていたわ。
<砂時計の謀>に処せられる者を捕らえた・・・って」
「砂時計のハカリゴト?それって何を表しているの?」
意味深な言葉に反応する誇美。
心がザワつくのを押さえられなくなって訊いてしまった。
「気高い魔法少女が抗うのを逆手に取った陰謀。
巨大な時計の砂が落ち終わるまでの間、抗い通せれば助かる。
でも、その奸計に嵌ってしまえば。
どんな魔法少女だろうと、いつかは堕ちる。
喩え魂が死を迎えることになろうと、何度も。
何度も何度も甦らされて・・・穢し続けられてしまうの」
「なんて・・・酷いことを」
<砂時計の謀>とは、死ぬ事さえ許されない極刑。
否、死を繰り返しても終わらない無限の拷問。
喩え強大な魔法力を誇る魔法少女であろうとも、抗いきれるかは判らない。
「奴等が話していたわ。
何十匹もの獣にも屈しない魔法少女だったから、王が直々に穢すのだって。
あなたの話していた光を纏った子なのかは分からないけど。
いくら抗っても、穢れた世界の王の手で邪悪に染め抜かれてしまうわ」
「う・・・」
嘘だと思いたい。
あの邪な獣の手で、美晴が堕ちてしまうのなんて。
「だけど、まだ美晴だと決まった訳じゃぁない。
堕ちてしまった確証なんて無いんだから」
衝撃の言葉を聞かされた誇美は、頭の中が白く染まってしまうのを止められず。
拒絶する言葉を呟くのが精一杯の抵抗だった。
「私はあなたの求めに応えたわ。
今度は私の求めに答えてくれないかしら」
「・・・あなたの求め?」
呆然となった誇美へ、宿らされた魂が頼んで来る。
「ここから・・・抜け出させて。
こんな忌まわしい鋼鉄の中から・・・消して欲しいの」
滅びとは言わず、消して貰いたいと・・・願って来た。
「このまま死ぬ事も出来ず。
何時果てるとも分からない苦痛の中に居たくは無い。
このままでは<砂時計の謀>と同じだから・・・」
闘うことを諦めた魔法少女が、最後に願ってきたのは・・・自己の清算。
「助からないのは分かっていた。
どれ程強力な魔法でも、元通りには復活できないって。
それに・・・奴等の思惑通りに事が運んじゃったから」
「奴等の?それってどう言う意味なの」
この闘いの結末は、邪悪な奴等の陰謀だったのだろうか。
「もう直ぐ・・・判らされるわ。
両方の国に災禍が訪れてしまうことになる」
「そんな馬鹿なことが?!」
ロッソアを急襲する邪操戦車と戦い、これを覆滅したというのに?
「邪操の者達だけが邪悪なる存在とは限らないわ。
現実世界にだって巨悪は有る筈よ」
「巨悪・・・それって、人間を指しているの?」
教えて来た邪操戦車の魂が、一瞬だけ押し黙ると。
「現実世界にだって・・・獣は居るんだから」
一呼吸だけ間をおいて、自分達を穢した者を喩えに出して答えて来る。
「・・・獣か」
その例えを反芻した誇美が思い至ったのは。
「美晴も。言っていたっけ」
フェアリアに着いてから、何度か聞かされたことのある単語。
男を指す言葉かと思っていたが、それが違う意味だとは思ってもいなかった。
「獣・・・それは邪悪なる者を指していたんだ」
あの日、あの時の姿を思い返す。
穢れた世界に、たった独りで踏みとどまった少女。
邪悪にも屈しない気高さを瞳に秘め、凛とした表情で送り出してくれた。
「美晴・・・」
あの日を忘れたことなんて無い。
何としても取り返さねばいけない。
それが託された者の務めでもあるから。
「もう穢されたくはないのね・・・判った。
苦痛を与えることなく・・・葬ってあげるわ」
もしも救出が叶わないとするのなら・・・
「死を振り撒く武具に宿りし人よ。
あなたの魂に安息を与えてあげます」
この手で。
女神の御力を以って。
「ありがとう・・・」
最期を悟った魂が感謝を告げる。
「あなたの名前は?」
呼ぶべき名を求め乍ら。
「誇美。
あなたは?」
名を明かした女神を前にして、魔法少女が応える。
「ハーネット。ルシェル・ハーネット。
フランソワの魔法少女、ハーネット・・・」
「フランソワからここまで連れて来られたのね、ハーネット」
欧州中部に位置するフランソワ国から北欧のフェアリアまでは遠い。
そんな他国で終わりを迎えさせられるのも酷だが、肉親はどんな想いだろうか。
「御両親や家族に・・・知らせる方が良い?」
最期を前に、死別を教えるかを問うと。
「いいえ。
親不幸だとは思うけど、知らせないで。
私が生きているのを拠り所にしている気がするから」
「・・・判ったわ」
死別を告げるには早いと断られて、納得せざるを得なかった。
そして最期を前に、一番確かめたかったことを訊いた。
「最後に、もう一つだけ。
ハーネットが現実世界へ送り出された道があるのなら。
教えて欲しいの、その道を辿って行きたいから」
これが本当に聴きたいと願っていた事だったから。
穢れた世界に往ける情報を求めていたから。
「それには答えてあげられない。
私自身もどうやって機械に宿らされたかが分らないんだもの。
身体から魂を抜き取られて穢され、堕ちた後のことは覚えていないから」
「そうか。ごめんね最後に辛い思いをさせて」
苦渋に満ちた声を聞いて、誇美が謝る。
「いいえ、あなたこそ。
助けに行きたいのでしょうに。
力になれなくてごめんなさい」
苦渋に満ちていた訳は、最期を与えてくれようとしている恩人に報えないことからなのだろう。
謝意に謝意で答えて来るハーネットに、誇美は漸く心を決めて。
「ありがとう。いつの日にか、必ず成し遂げてみせるから」
神力を注ぎ出していた右手を車体から離す間際。
「さようなら・・・ハーネット」
魔法に関係の無い別れを言葉にして。
ツンッ!
交信を終えるのだった。
女神の神力を放出して交信していた時間は短かった。
聖なる異能に因って、邪操の戦車から悪意は消えて。
「必ず・・・辿り着いてみせるからね」
踵を返して魔鋼騎マチハへと歩む、白桃色の髪を靡かせる美晴。
「待っていて。助けに行くから」
求めていた情報は入手できなかった・・・けど。
「だから・・・堕ちないで」
救出に時間の制限があるのが判った。
「どんなに・・・苦しくったって」
惨い目に遭わされているかもしれないのも。
だからと言って、目の前にある惨劇を止めずにいることなんて出来ない相談だった。
「ミハル!諦めないで」
希望を求めて。
明日を信じて。
女神コハルは声を限りに吠えるのだった。
危惧されるのは大切な人の安否。
囚われた後に待っているのは、悲壮なる責め苦なのか。
今も彼女は抗い続けられているのだろうか?
穢れし世界の王に因る責め苦に屈せずにいるだろうか?
邪操戦車に虜とされた魂が言った。
現実世界に災禍が近付いている・・・と。
その意味が分るときがやって来ようとしていた?!
次回 チャプター2 明日への咆哮 19
紅い光が舞い降りる時。戦闘は新たなる局面へ向う・・・




