Act37 姉(にんぎょう)と弟(おとこのこ)
ニューヨークの郊外、ここは裏社会を牛耳るマフィアのボスが屋敷を構えていた。
権勢を誇る軍事企業を隠れ蓑に、裏の社会でも他の追随を許さないマフィアの頂点に君臨する者。
そして、今や世界を牛耳ろうと目論む程に成長した男。
機械兵を生産し、全世界に輸出するオーク社。
カーストの頂点に君臨するのはロッゾア・オーク。
人は彼を暗黒王と呼んだ・・・
屋敷でその時を待っている会長ロッゾアの元へ、子飼いの黒服が現れる。
「ボス、来ました」
一言で意味が伝えられた。
ゆっくりとロッゾアが黒服に顔を向ける。
「ただし、余計な者まで引き連れて来ましたが」
黒服は如何に取り図るべきかを問うのだが。
「構わん、通せ」
意に返さず招き入れろと答える。
「は!それでは・・・」
慇懃に頭を下げて退出する黒服。
身体を埋める椅子で黒服の姿が消えると、ロッゾアが奥に控えている者へ告げる。
「お前は手を出すなよ。
俺が良いという迄は・・・な」
部屋の奥、照明の灯りの届かない暗がりの中に居る者が応える。
「私は命じられるままに動く者・・・」
ハスキーだが良く通る声で返して来た。
「それで良い」
ロッゾアは控える者に顎を引いて応え、
「俺が判断を下す。それまでそこで待っていろ」
目の前に置かれたモニターへ目を向け直す。
そこに映っているのは、広大な屋敷内の一角。
数名のシークレットサービスに付き従う二人の少女だった。
蒼騎 麗美の家に一泊したリィンは、予てからの予定通りにロッゾアの元へと出向いた。
オーク社のエージェントから交渉を持ちかけられ、承諾すると連絡を入れてから二日が過ぎていた。
「焦れたでしょうね、ロッゾアは」
後ろを歩く少女人形へと話しかけるリィン。
「そうでしょうか。老人は気が長いと言いますが?」
二人を囲む黒服を警戒しながら、護衛を続ける少女人形。
「あはは!二日ばかりじゃなく、2か月程待たせれば良かったかな?」
レイとは対照的にリィンは明るく振舞う事に徹しているようだ。
でも、言葉とは裏腹に身体は小刻みに震えているのだが。
ー ロッゾアと対面するのが怖いのよね?
大丈夫よリィン、私が必ず護ってみせるから!
付き従う少女人形は、リィンを気遣いながらも警戒を怠らない。
「それにしても・・・良くもこれだけ傭兵を揃えたわねぇ」
5人の黒服に先導されて屋敷の中を歩いていて気付くのは、
「皆・・・武装しています」
5人の他にも数名の男達の影が見える。
少女人形の瞳が捉えるのは、全員が武器を携帯している事。
拳銃やナイフ、驚いた事に手榴弾も身に着けているのが判った。
「どうやら、少女人形が来るのを予想していたみたいね」
普通の人間が機械人形を相手に闘うとすれば、それなりの得物が無くては歯が立たない位分かっている。
しかし、少女人形を伴って現れると読んだのは分からない。
一体誰が入れ知恵したのだろうか。
「はい。それでも私が自動機械人形だとは分かっていないでしょう」
呟くような小さな声で、二人は話す。
黒服にも聞こえてはいないのは様子を見れば分かった。
リィンは小型の盗聴器を身に着けている。
それに普段は着けないイヤリング。その中には通信装置が潜まれているのだ。
「だけど、油断は出来ないわね。
もしかしたらレイと別行動を執らされる虞だってあるから」
「それは予想の範疇ですよ。
ですから盗聴器と通信機を預けたのではありませんか」
敵も然る者なら、こちらも手抜かりはしないと。
「やっぱり、レイを連れて来れて正解だったわ」
「いいえ、博士やエイジのおかげですよ」
もしも自分だけだったら、とうの昔に捕まっていたのかも。
リィンはヴァルボアの配慮を感謝するのだった。
その傍らに居るレイは、別の意味合いで答える。
「リィンが着けられているは、アークナイト社からの贈り物ですから」
「そうだったね、レイ」
二人がこうして密かに話し合えているのは?
それは昨晩、研究所から届けられた人形補修装置の中にあった。
リィンが寝た後の事、人形のレイは眠らずにいた。
いや、機械の身体は寝ることを知らない。
電源をオフにしてもいくらかの装置は停まらず動くものだ。
アークナイト社のトラックが横付けし、荷物を運び入れて来た。
そう・・・エイジによって。
「リィンタルトは眠りましたが?」
突然、玄関が開けられてエイジ達が入って来たのを訝しむレイへ。
「そう?じゃぁ静かに運び入れるから」
そう言って搬入するエイジに、レイは手を出せずにいた。
弟だけだったら話し合えるかもしれなかったのだが。
「しぃ~、じゃな!」
ヴァルボアの姿も見えたから。
「ヴァルボア博士?こんな夜更けに何の用でしょう?」
他にも何名かの要員達が機械を運び込んで来る。
「ちょっと贈り物を届けにじゃよ。
それと君が此処へ留まるのに必要じゃとエイジが言うんじゃ」
ヴァルボアが機械をリビングへ添え付け、
「動力源は基礎台ごとチャージ出来るように変えておいたぞぃ」
充電器を兼ねるように変えたのだと言い、
「それに・・・少々の傷ならば自動で治せるんじゃ」
補修迄こなすと。
ニヤリと笑い、電源を入れて稼働体制へと持っていった。
「後はのぅ、エイジに任せたわぃ」
数か所のチェックを手短に終わらせると、リィンの寝顔を一目だけ観てから要員達とトラックへ足早に帰って行く。
「あ?!ちょっとヴァルボア博士?」
礼を言う暇も無く立ち去るのを停めたが、博士は片手を上げて応えるだけだった。
「少女人形・・・あのさ?」
残ったのは麗美の弟であるエイジだけ。
レイにとっては記憶の弟であるエイジが、
「頼みがあるんだ。必ず守って欲しいんだけど」
そっと手を差し出して来ていうのは。
「約束して欲しいんだ、弟と」
「?!お、弟・・・」
小指を起てて誓わせようとする。
「弟・・・とは?なぜそう仰られるのかが・・・」
「嘘が下手なのは小さい時から変わらないよね麗美姉さん」
愕然とエイジを見詰めるレイに。
「知らないとでも思ってたのかい?
リィンと手を握った時から確信してたよ。
ああ、やっぱりあの実験は成功していたんだってね」
弟だから、エンジニアだから。
人形ではない意識が宿っているのを知っていた?
「いいや、本当はね。
博士とのやり取りがハードの中に残されていたのを見たんだよ。
レィというフォルダの存在・・・姉さんしか居ないだろ?」
「あ・・・・」
もう誤魔化し通せなくなった。
弟には隠し通せる筈も無かったと思い知った。
「エイジ・・・ごめんね。
私は・・・記憶だから・・・本当の魂ではないと思うから」
「思うから?それで自分を捨てて巨悪に立ち向かうのかよ?」
ログを読んだであろうエイジには、秘密にしておいたこれからの事さえも知られていた。
「どうしてレィ姉さん?
なぜ独りで背負おうとするのさ。
タナトス教授の企みを人形の身体を壊してでも明かそうとするんだよ?」
「そう・・・するしか方法が見つからないのよ」
もう誤魔化せないと踏んだレィが応える。
「人の記憶を脳波から読み取り、人の魂として機械の中へ閉じ込める。
神の手でしか為せない転移を人であるタナトスが取り仕切る。
それは、神を冒涜する者。
その行為は、自らが神へと成らんとする者を意味しているの」
人為らざる者へ、タナトスは変わろうとしているのだと。
「知ってるよ、その事は。
実験を観たから・・・悪魔のように嗤っていたから」
エイジはタナトスが為そうとしている技を見てしまった。
だから、レィが此処に居るのだとも言うのだ。
「あの技術を人の為に使えたら。
昔のタナトス教授に戻ってさえくれたのなら。
姉さんも教授に憧れていたじゃないか。
あの人なら人類に蔓延る病から救ってくれると」
「そう・・・遠い昔の話。
確かに蒼騎麗美は教授に憧れていた・・・過去の話だけどね」
レイとして蘇った今は?
「人を救うべき研究が悪魔と変わった。
教授はいつの間にか悪魔に身を貶めていたのよ。
人類全てを憎み、人類を滅ぼす悪魔へとね!」
それだから?
「停めてみせるわタナトスを!
人類を再生するだなんて・・・無謀極まる所業を辞めさせる!」
少女人形に宿れた今出来るのは・・・
「この人形にインプットされたのが魂だとほざくのなら。
この身を滅ばせても、タナトスの陰謀を未然に潰えさせるまでのこと!」
「・・・駄目だよ姉さん」
レイとなったからには停めてみせると言ったのに対し、エイジは否定する。
「そうなったらリィンちゃんはどうなる?
あんなに姉さんを心配し、どれほど生還を期待しているか。
分かっていないのは姉さんの方じゃないか」
「う・・・」
弟の忠告は姉を黙らせる。
「良いかい姉さん、リィンを想うのなら。
タナトスを崩壊させるよりもリィンを考えてあげなきゃ。
本気で愛しく想うのなら、リィンから離れたら駄目なんだよ」
「そ、そうだけど。誰かが停めないと」
弟に糺されるレィ。
「その誰かって言うのが、レィ姉さんでなくったって良いじゃないか。
人類全体の窮地なら、他に居るんじゃないのかメシアって奴が・・・さ」
救世主と弟は言う。
神の御使いを名指す者が、現れるのだとも教えたのだ。
「そう・・・だと良いけど。
だけど私が生き証人なんだから」
まだ諦めようとしない姉へ、エイジは小指を差し出して。
「もぅ、言い出したら引き下がらないのは変わらないじゃないか。
だったら約束しなよ、絶対リィンを護るって」
小指を絡めて約束しろと迫る。
「それは・・・そうしたいけど」
「約束・・・しなよ、麗美姉さん」
ズィっと迫り、無理やり少女人形の手を取る。
「ほら・・・指切りげんまん!」
交わす指の感触を確かめる・・・二人。
「絶対守れよな、レィ!」
「あ?!言ったなエイジ!」
これが人の情という物か。
人形でさえも心が通えるという証なのか。
「分かったわエイジ。約束する・・・から」
堪らなく切なかった。
姉だと知られた今でも、身体を交わす事が憚れたから。
だけど・・・
ギュッ!
エイジは姉を宿した人形を抱きしめた。
「エ?!エイジ?」
人間だった時でも抱き寄せられた事が無かった。
「もうすこし・・・もう少しだから」
弟はレイに呟く。
「宇宙の病院に行けたら・・・治せるからさ」
リィンの想いと同じように、エイジも考えているのだと分かった。
「きっと治してあげられる・・・だから待っててよ」
素直に嬉しかった。
弟に抱しめられるのが、こんなにも嬉しく思えるなんて知らなかった。
「うん・・・待つわ」
だから・・・信じることにした。
二人を。リィンとエイジを・・・
そう・・・一夜の奇跡。
復讐に凝り固まった悪夢を消してくれる聖夜の如く。
そして・・・エイジが去り際に手渡してくれたのだ。
二人が離ればなれにならないようにと。
ー ありがとうエイジ・・・
昨夜の弟がくれた笑みを思い出す。
ー 約束は守るわ!
護るのはリィンとの絆。そして・・・愛。
だから今、自分は此処に居るのだと考える。
ロッゾアとの面会を希求するようになったリィンと共に在るのだと。
「もう直ぐだよね・・・復讐を辞めて貰うのは」
補聴機械に因りリィンの声が届けられる。
「辞めてくれるのなら・・・お爺ちゃんと呼べるかな?」
「はい・・・必ず」
そうなるようにと願い。
「お力になれるのなら・・・なんなりと申し付けてください」
守り通す・・・力の限り。
それが少女人形の務めなのだからと、レイは前を向くのだった。
いよいよ面会場へ。
相手は暗黒王とまで呼ばれるロッゾアだ。
復讐の為にリィンを我が物と狙う魔物だ。
さぁ、護りし者よ。
決戦のときだ?!
次回 Act38 In person<面会>
君の前を阻む者・・・それは魔物ではないのか?




