チャプター2 明日への咆哮 9
交戦が始められた。
フェアリアの戦車小隊対邪操の戦車。
その戦いにどのような意味があったのか。
なぜ邪操の戦車はロッソア軍を襲ったのか。
謎は未だに夜の闇に秘められたままだった・・・
暗がりの草原に炎を噴き出して停まった一両の戦車。
後方からの砲撃を受けて炎上しているのは、邪操機兵と呼ばれる戦車。
5両の内、先頭を駆けていたモノが撃破された。
後方から跳んで来た<数発>の砲弾によって・・・
ロッソア陣地まで、数百メートルに迫っていた邪操の戦車達が一斉に向きを変える。
その時まで鳴りを潜めていたロッソア陣地よりも、遥かに自分達の脅威となる存在へ。
キュラキュラキュラ
無限軌道が大地を噛み、車体が小刻みに撥ねる。
最大戦速を出した二号車が、敵の側面目掛けて突き進む。
「気付くのが遅い!こっちは魔鋼状態に成ってるんだぞ」
車長席でミーシャ少尉が吠える。
4両の敵が反転したのを観て。
「さぁて。左側の二両を惹き付けてやるか」
相手を上回る速度を以って攪乱し、敵部隊を分離させるのが狙いだった。
「こちらに懸りつけになるようだったら。
二両共を手玉に取ってやるからな」
攪乱するだけではなく、分離した敵に痛撃を加えようと目論んでもいた。
「相手は所詮、旧式な車両だ。
魔鋼状態に成った本車の敵にはならんぞ」
赤紫色に発行する相手の紋章を眺め、邪操の敵が既に魔鋼状態にあると睨んで。
「格の違いを思い知らせてやる!」
旧式戦車と新鋭戦車との性能の違いを見せつけると豪語するのだった。
ギュルギュラギュラ!
速度を増し、邪操戦車部隊の側面へと進出していく二号車。
それに正面を向けて応じようとする・・・二両。
それはミーシャの思惑通りに観えた。
「「3号車は小隊長車につづけ!」」
ヘッドフォンから隊内無線で命令が届けられる。
「了解!続行します」
喉頭マイクに指を添え、命令を復唱した美晴だったが。
「マリア小隊長は感じておられないのかな?」
邪操戦車の中には囚われた魂が居る筈だということを知らせるべきか。
それとも既に認識しているのか。知っていて攻撃すると言うのか。
訊いてみたい衝動に駆られそうになる。
「戦車を壊せば、中に居る魂にも影響があるということに」
如何に魔法使いだろうと感じ取れるかは分からない。
自分の神力でも、朧気にしか感じ取れないのだから。
それだから、マリアに知らせるべきかを迷っている。
「いいえ。マリア小隊長は知っておられます。
邪操の機械兵に囚われの魂が宿っていることを」
逡巡している美晴に応えたのは、小隊が開設された時から配属しているミルア。
「初陣のミハル少尉とは違って。
マリア中尉は機械兵との闘いを交えたことがあるのです。
その折に知ったのだと・・・聞いた事があります」
「マリア中尉は知っていたのね?」
女神の異能で微かにだが感じ取った<魂の存在>を、マリアは既に知っていると答えられて。
そう言えば、前に美晴へと回想を話していたのを思い出した。
「そのようなのです。
私はその時、戦闘に参加していなかったのですけど。
戦闘を終えて帰還された折の表情は、
信じられない程苦渋に満ちておられたのを覚えています」
「・・・そう」
ミルアは淡々と顛末を話し、訊く美晴は当時のマリアを想って唇を噛む。
「知らなければ、勝利を収められたと喜ぶ処だったでしょうけど。
中尉は真っ青な顔で戦車から降りて来たのです。
それはまるで、自分の手で知り合いを。
・・・殺めたかのような深刻な顔だったのを覚えています」
「マリア中尉は何を見聞きしたの?」
操縦桿を操りながら、前方を走る一号車を見詰めるミルアに訊いた。
闘いの中で、マリアが何を観てしまったのかと。
「自分が撃破した機械兵から声が漏れ聞こえたんだそうです。
苦悶し、すすり泣くような・・・少女の声だった。
儚く消えて行かざるを得ない・・・魂の叫びを聴いたんだそうです」
「魂の・・・叫び?」
弾を喰らい、破壊された機械の中から。
もはや救う手立ても無い魂の声が聞こえて来る。
死に逝く者の叫びにも似た、痛切な苦悶の叫びが。
「マリア中尉は。
敵から漏れて来た声に気が付いて。
助け出そうとしたの・・・ね?」
「そこまでは知らされませんでしたが。
破壊した機械兵に近寄ったみたいです」
聞いていた美晴は、心優しいマリアが何をしようとしていたのかが瞬時に判る。
機械に閉じ込められて脱出できない少女を助け出そうとしたのだろう。
敵とは言え、死に直面している少女を見捨てられなかったのだろう・・・と。
「それで。機械兵の秘密を知ったのね?」
「苦悶する少女の声に、直接語り掛けたと聞きました。
どうして機械兵に閉じ込められたのかとか。
どうすれば解放してあげられるのか・・・と」
邪操の機械を破壊し、中に囚われた魂を救い出す。
それが叶えられるというのなら・・・美晴を救い出せる契機にもなろう。
「その少女はマリア中尉へ、なんて答えたの?」
平静を装って美晴が聴き質す。
「実際に私が聞いた訳ではありませんし。
これはマリア小隊長からの又聞きなのですけど。
あの日、マリア中尉の顏からは血の気が一切感じられなかったのです。
後に訊いてみたら、こう仰られたのです」
操縦桿を倒し、前方の小隊長車に併せて転舵するミルアが一呼吸だけ間をおいて。
「救出は無理。
魂を解放しても、蘇りにはならない。
何故なら彼女等の肉体は・・・黄泉の闇にあるのだから」
「?!」
衝撃を受けた。
魂を解放しても救出とはならないと聞いて。
「そ、そんな?!助けられないなんて」
魂が途切れそうになっている少女が、嘘偽りを申し立てる訳が無い。
助けようとしてくれる人に、わざわざ嘘を言う必要もあるまい。
「それともう一つ聞いたんです。
仮にですが、宿らされた兵器から抜け出すには。
強大なる闇の異能が必要だそうです。
それこそ・・・魔王級の強力な魔力に依ってのみ。
魂を転移させることが出来るのだそうです」
「魂の・・・転移?」
ミルアの言葉が脳裏を過った。
闇の異能・・・それは、昔のコハルが持っていた魔力。
魔王・・・それは昔の父が修まっていた支配者の位。
それと・・・もう一つ。
「魂を転移させられるのは、強大なる闇の異能だけ」
ポツリと呟いて、グッと拳を握る。
「忘れていたわ。そのことを」
女神と成った今は、手にする事が出来なくなった。
聖なる者となった女神には、行使できない禁呪だから。
「だから・・・か。
マリアさんが強く美晴を停めようとしたのは」
人である美晴達には、どうする事も出来ない異能力。
助けたくても、手を拱かざるを得ないと言う事実。
「ですから・・・闘うのなら完全な破壊を。
苦しみを与えずに逝かせてあげる方が・・・良いんだって。
そう、マリア小隊長が仰られたのを覚えているのです」
一号車の後ろに就かせたミルアが、先の会話を補正するように教える。
戦闘に突入させたからには、邪操戦車を葬らなければならないのだと。
そうしなければ、囚われの魂に安らぎが訪れることはないのだとも。
「・・・そうなのね。
私が思っていたのよりも、遥かに深刻な状況なのね」
助けることが出来るかと思っていたのに、無理なことを気付かされた。
仮に闇の異能を手にすることが出来たって、全ての囚われた魂を救済出来る筈もない。
でも、たった一つだけは。
一人だけでも。
なんとしても救わなければならないと思う。
「助けられないと分かっていても。
微かな希望が残されているとしたのなら。
私は助ける為にも闘うと誓うから」
それが願いではなく、やり遂げねばならないのだと表情を引き締めて。
「だってそれが。
今、私が此処に居る理由そのものなのだから」
戦場を移すモニターへと視線を向けて、
「それこそが私の・・・明日への絆になるの」
金髪の女神に誓うのだった。
「「そう。それが戦女神の矜持。
あなたが為すべき、未来への咆哮だもの」」
審判を司る女神リーンも応える。
明日へと繋がる闘いに、女神は挑まねばならないと。
「「悲しみを伴うとしても。
あなたは避けて通ることは出来ないの。
彼女を救う為だけではなく、邪悪から人々を救う為にも。
闘うのよ、力の限り・・・誇美」」
金色の光を纏った女神リーンが祈りを捧げる。
聖なる祈りを以って、戦に挑もうとする少女へ加護を与えるように。
光の加護を受け、黙して頷く美晴。
その蒼き瞳は、力強い意志を秘めて。
「敵は邪操の機械兵!
目標、紫の紋章を浮かべる敵魔鋼騎。
高速徹甲榴弾(APCR)装填!
砲撃戦準備よろし。これより・・・突撃します!」
一号車に後続しつつ、砲塔を敵に向けて旋回させる。
「了解ミハル少尉!
全速前進!突撃します」
命令を受けたミルアが即応し、アクセルを踏み込んだ。
途端にグンと加速し始める新式魔鋼騎マチハ。
主砲の10センチ砲が鎌首を擡げて目標を狙う。
「マリア小隊長!
砲戦準備よし。射撃の許可を申請します」
隊内無線にアクセスし、攻撃の許可を求める。
敵が魔鋼騎だろうと、長砲身10センチ砲ならば倒せると踏んで。
「「本気で闘うと決めたんだな、美晴。
よし、それじゃぁ奴等に闘いの厳しさを教育してやれ」」
「はい!マリア中尉」
今の今迄、マリアからの射撃命令が発せられなかったのは。
美晴が迷っていると踏んでいたからだろう。
女神になら、あの戦車が秘めている謂れに気が付くと読んでいたのだ。
「「一撃で。一発で引導を渡してやれ」」
「解っています」
だから。
誇美からの求めに、全てを悟った。
邪操戦車を撃滅させることで、哀しい結末となってしまうのも。
女神を宿した幼馴染の手が、自分と同じように穢れてしまうことも。
そうだと分かっていても、微かな希望がそこにあると思えてしまう。
人では無い女神と言う存在に。
未来へと歩めるようにと。
「「明日への咆哮を放て!ミハル」」
射撃命令としては異例の言葉を以って、命じるのだった。
助けられないと知りながら、誇美は闘う事を決める。
一人の魂だけでも、救いを与えてあげたいと願う。
それがどんなに難しいとしても・・・
魔鋼騎にチェンジするフェアリア戦車の中で、美晴の搭乗する三号車にも当然命令が下される。
その時、女神の瞳に映るものとは?
次回 チャプター2 明日への咆哮 10
蒼き魔法の光に満ちる車内。君はその時何を観るのか?




