チャプター2 明日への咆哮 8
後部を射抜かれて燃え上がる戦車。
不意を突かれた邪操の戦車達ではあったが、直ちに交戦相手に向き直る。
目的を邪魔する相手との決戦を求めて・・・
二発と遅れて飛んで来た砲弾に拠り、一番ロッソア陣地へ近寄った邪操戦車が燃え上がる。
装甲の薄い後部を射貫かれ、エンジンを破壊されて炎上した。
目前まで迫った戦車が、突如として飛んで来た紅い火の玉に貫かれた。
それを観ていたロッソアの兵達は、恐怖と驚愕に囚われたのだ。
「なんだ?!あの弾はどこから跳んで来たんだ?」
「奴等が同士討ちでもしやがったのか?」
5両の戦車はバラバラに進んで来ていた。
最前方の一両を破壊したのは、後方に続く4両の内のひとつかと思った・・・のだが。
「敵戦車の後方から、別の3両が迫って来るぞ!」
状況を把握しようとした見張り員の声が辺りの空気を震わせた。
「な?!なんだって?」
「敵戦車の後方だと?」
「後方と言えば、フェアリア軍の方角だぞ?!」
陣地に籠っていた兵隊が、挙って夜の闇に支配されている草原を観た。
残り4両の敵戦車を通り越し、まだ肉眼では見えない遠方を見詰める。
「まさか?」
「フェアリアの戦車が?」
「同士討ちを演じたのか?」
兵士達は思い思いに呟く。
陣地へと迫り、砲撃寸前だった戦車を破壊したのがフェアリア軍だと分かって。
「いや。3両は俺達を守ろうとしたのかもしれない」
独りの兵士が呟いた。
恐怖に引き攣っていた顔を緩ませながら。
しかし傍らに居る戦友は、何を馬鹿なことを言うのかと嘲るように返す。
「フェアリアが俺達を守るだって?
あれは手柄を横取りしようとしやがったに過ぎない」
「抜け駆けした一両を処罰したに違いないぜ」
迫る5両を追い縋る3両が攻撃したのは間違いない事実。
それを知った上で、このように断じたらしい。
「そうだろうか。
俺には同士討ちには見えないんだがな」
独り同士討ちと睨んでいない兵士が言い返す。
「だって・・・ほら。
奴等が後方の3両に向けて転回し始めたぜ?」
仲間を破壊された残りの4両が、後方から迫る3両に向かって進路を変え始めたのを観て。
「同じ軍に所属しているのなら。
無線で警告してから発砲するだろう?
相手が聴かなくても、至近弾で警告するに留める筈だ。
それなのに・・・問答無用で命中させたんだぜ?」
「ま、まぁ。そうだな」
同士討ちではないと言い切った戦友が、その理由を仲間へと告げて。
「それに5両の内で最も俺達に近寄っていた戦車を撃破したんだ。
後方からの一撃は、一番離れた奴を狙ったんだぜ。
まるで危機に瀕している俺達を庇うかのように」
「そ、そりゃぁ・・・まぁ、偶然だろ?」
戦友が認めることが出来ずに言い返すのを遮って、彼が続ける。
「偶然か当然なのか。
これから起きることを観ていれば良い。
本当の敵が何なのかが分るだろうさ」
「本当の敵だって?そいつはどう言うことなんだよ」
一人の兵士が感じた違和感は、正解なのか。
ロッソアの陣地に居る千名の中では稀な例だっただろう、この時点では。
だが、引き続いて起きた戦闘を観た者は、<彼>が言ったのと同じように感じることになる。
そう・・・闘いは始まったばかりなのだ。
「初弾命中!敵戦車沈黙ッ!」
小隊長車の横を進む二号車で、照準鏡を睨んでいるミーシャ少尉が吠えた。
ロッソア陣地に最も近寄った邪操の戦車を狙い撃ち、モノの見事に命中させられたのは、八特小隊の練度の程を表していた。
「次は?!残りの4両をどうやって駆逐する?」
照準鏡から眼を離し、傍らを走る一号車が映ったモニターを垣間見る。
「こちらは3両。奴等は4両。
掻き回すには、この二号車の足が有効なんだ」
真面に撃ち合えば、数の有利は敵に在る。
正面切っての砲撃戦は、少なくない被害を齎す虞があった。
「こちらに近い2両を惹き付ける役目こそ。
この<野良猫>に任せて貰いたいもんだ」
小隊長車を横目で見て、自慢の速力で攪乱してみせると豪語した。
そして続けて言うには。
「勿論のこと、攪乱するだけでは済まさないけどな」
二両を相手取り、手玉に取ってみせるとも言い放った。
「さて。マリア小隊長の命令や如何に?」
戦車戦に自信を窺わせ、作戦命令を待つミーシャのヘッドフォンから隊内無線が呼ぶ。
「「二号車は敵を分断、攪乱しろ」」
小隊長マリア中尉が指示を下してきた。
思う通りの命令を、ミーシャ少尉に与えて来たのだ。
「了解!後方の2両を惹き付け。分断します!」
即座に命令を復唱し、作戦命令を執り行う旨を返した。
「「魔鋼状態に移行するのを許可する」」
「待ってました!二号車はこれより魔鋼騎状態へと移行するッ!」
命令を受領したミーシャに小隊長が許可を与える。
魔法の異能を秘めた戦車が、本当の<力>を発揮させる状態へ。
喜び勇む魔法軍戦車少尉が復唱し、
「我、これより魔鋼状態へと突入す!」
命令一過、コンソール側面に設えられた赤いノブを力一杯叩き込んだ。
僅かに先を進む二両の後塵を被りながら走るのは三号車。
初めての射撃で実弾を命中させたのだが、傾斜のかかった砲塔を擦っただけにとどまった。
「命中は命中ですよ、ミハル車長」
走行ハンドルを操りながら、ミルアがマイクを介さずに喋っている。
「え?あ・・・うん」
初弾を放ってから、いつもに増して口数が少なくなった美晴。
緊張からか、それとも命中はしたものの大したダメージを与えられなかったのを悔やんでいるのか。
ずっと眼前のモニターを見詰めていた。
「誰も脱出してこない。
後部を壊されただけなのに・・・」
ポツリと呟き、尚もモニターに映し出される撃破された邪操の戦車を観ていた。
「燃える車体・・・破壊されて停まったのに。
何も・・・誰も出て来ない。出て来れないの?」
モニターには、後部を破壊されて停止したまま炎上する戦車が映っている。
エンジンを壊されて停止したが、搭乗者が脱出するだけの時間があった筈なのに。
「エンジンを射貫いた砲弾が、搭乗していた者も斃したって言うの?」
高貫通力の徹甲弾なら、装甲の薄い後部を射貫いて搭乗スペースまで届く可能性が有る。
だけど仮にそうだとすれば、車体後部に格納されてある予備砲弾が無事に済む訳が無い。
忽ちにして誘爆を引き起こし、爆発炎上してしまうだろう。
それこそ瞬時にして車体をバラバラにする位の激しい破壊が起きる筈だ。
だが、美晴の観ている邪操の戦車は単に燃えているだけ。
エンジンを壊され動けなくなった後に、燃料に発火したのだ。
もし搭乗した者が居たのなら、逃げ出すタイミングがあった筈。
・・・だが、ハッチから飛び出して来る者は居なかった。
「ミハル車長。あれは邪操の機械なんです」
独り呟いていた美晴に、ミルアの声が届く。
「呪われた機械で、人に仇為す鋼の兵。
あれには乗っている者なんて存在しませんから」
人を呪い、人を殺める機械の兵器。
搭乗しているのは、人では無い存在なのだ。
破壊されても、誰も出ては来ない・・・あれは悪魔の化身なのだとミルアが言う。
「誰も乗っていない・・・本当に?
ホントに誰も乗っていないのかしら」
しかし、女神の異能を隠している美晴には感じられていた。
「あの中に、閉じ込められているように感じたの。
邪悪なる闇の異能によって、魂を転移させられた人が・・・」
鋼鉄の中に。
人に仇為す兵器の中に。
無理やりに囚われ、封じ込められてしまった人の存在を。
「ミハル車長?」
ヘッドフォンから、はっきりとしたミルアの問いかけが流れ出す。
「誰かの魂を感じたのですか?」
低く重い垂れ籠めた声が。
「いいえ。確証は無いけど、そう思ったのよ」
応える美晴も、喉頭マイクへ指を添えて。
「あれにだけじゃなくて。
残った4両全てに・・・誰かの存在を感じるの」
スゥっと、モニターへと向き直り。
蒼い瞳を向けて、
「邪操の戦車には、囚われた魂が載せられているみたい」
「囚われの魂・・・ですか」
女神の異能で感じてしまったのを告げて。
「だから・・・僅かだけ照準がブレたんだ」
初弾が命中しながらも貫通できなかった訳を明かした。
「砲塔を貫通させたら、搭載砲弾が誘爆しかねないから」
「そうだったのですね、車長」
狙って外れたのではなく、狙って外した。
感じた違和感に咄嗟で対応した結果が、初射撃の結末だったのだ。
「だとしたら・・・どうするのですか?この後」
戦闘を回避する事も、逃げ出す事も許されない。
砲撃戦を続けるのなら、囚われの魂に危害を加えることにもなろう。
「出来ることをするわ。
少なくとも、私だけでも救いの手を差し伸べたいの」
戦闘は継続する。
邪操の機兵が企てたのを阻止する為にも。
だけど、自らの手で囚われた魂を葬ることはしたくはなかった。
「分かりました!
車長の志に従います」
頷いたミルアが了承した。
戦闘を継続したにしても、救いだすのを諦めないと。
「うん。ありがとうミルア伍長。
残りの内、一両だけでも救ってあげたいの」
「はい!」
破壊すれば魂がどうなってしまうかは分からない。
だとしたら、戦闘不能に陥れさせれば何とかなるかもしれない。
「よぉし!邪操の戦車だけをやっつけるからね」
囚われの魂を解放する為に、美晴は闘おうとする。
目指すのは人に仇為す機械の兵を殲滅させること。
それと同時に、囚われた魂を解放しようと言うのだ。
果して、女神コハルの想いは届くのか?
戦闘は思わぬ事態へと転がり始めていたのを、女神でも感知するが出来なかった・・・
誰も逃げ出さない戦車。
既に死に絶えてしまったのか?
だが、女神には邪操機械兵に隠された秘密が感じ取れていた。
哀しい結末となるかもしれない戦いの行方を察知して。
次回 チャプター2 明日への咆哮 9
君なら撃つ事が出来たのか?そこにある魂の存在を知るのなら・・・




