チャプター2 明日への咆哮 6
迫りつつある初の交戦に、緊張感が増していく。
鋼鉄の嵐が吹き荒れようとする中、人間として戦いに挑もうとしていた。
邪躁戦車5両が、砲撃を開始しようとする。
その様子を観る者は、或いは怯え、またある者は細く笑んだ。
各々の思いが交差する戦場で、一発の弾が放たれる!
赤紫色の光を纏った戦車が、目標へと向かって動き出した。
フェアリア領内に現れた魔法の紋章を浮かべた5両の旧式戦車が向かうのは、国境を破って侵入しているロッソアの先遣部隊の陣地。
不可解な出現だったが、襲われる側からすればフェアリア軍の攻撃としか受け取れないだろう。
しかも、出現して来た車両の型式は、旧フェアリア皇国が先の一年戦争時に実戦で使用した物と酷似していたのだから。
突然の夜襲に動揺する兵士達。
まるで幽鬼のように這い出て来た戦車を観て、ロッソア将兵は受け持ち配置に駆けつけるのがやっとの戦闘行動だった。
「戦車だ!」
「フェアリア共の戦車が来やがった!」
狼狽える兵士が恐怖で叫ぶ。
「落ち着け!戦車と言っても旧式だぞ」
下士官達が怯える兵に喝を入れる。
「しかし軍曹?!こちらにはまともな対戦車砲なんてありませんぜ?」
「持って来たのは手榴弾か、軽迫撃砲くらいなもんですぜ?」
しかし、兵達は口を揃えて訴える。
自分達には闘う術がないことを。
「小銃や機関銃なんかで闘える訳が無いじゃないですか!」
戦車を相手に闘える装備など、この陣地には有りはしないと。
怯えて訴える部下達に下士官は声を荒げて命じる。
「臆病者!我々は今居る陣地を守らねばならんのだ。
自分の周り1メートルを護る為に戦え。
1メートルの土地を死守する為に、敵が戦車であろうとも戦え!」
喩え敵わぬ相手だろうと、一死を以っても闘えと。
そして厳命するのだ。
「後退は赦されない。
如何なる理由があろうとも、逃げることは軍律が許さん」
まるで半世紀前の軍隊みたいに。
理不尽な上官命令を申し渡したのだ。
後退も撤退も許されない、只、踏みとどまって死んだとしても闘うのみだと・・・
ロッソア陣地に悲壮な空気が流れ、後方に控える増援部隊にも夜襲が知らされた。
最前線の部隊が襲撃を受けるのが分っていても、支援に向かおうともしない。
唯、反撃を加える為にか攻撃準備を整えつつあるようだ。
その増援部隊の中に独りの参謀が居た。
彼は部隊司令官に許可も得ず、勝手に戦闘準備を下令していた。
「ふふふ。密告通りに動いたようだな。
フェアリアの内通者が齎した情報は確かだったか」
密書を懐から出して、腹心の部下へと渡す。
「これで紛争に消極的だった司令部のお偉い方も。
坐して観ているだけでは済みますまい。
一挙に攻め入り、エレニア付近まで掌握しようとするでしょう」
参謀と一緒に含み笑いを溢した部下も、戦火の拡大を確信していた。
「しかし、参謀殿もとんだ狸ですな。
この度の勝利を掴めたら、一挙に司令官へと昇進間違いなしでしょう」
密書を鞄へと詰め、参謀が何を企んでいたのかを明かして。
「それにしても、前線部隊を人柱にするとは。
参謀殿にかかれば千名の兵など、物の数には入らないようですな」
今回の紛争が私欲を満たすモノと化しているのも。
「戦争には大義名分が必要なのだよ。
その為には、人身御供は多ければ多い程良いのだよ」
そして更に多くの欲を満たそうと謀る。
「まるで。参謀殿は悪魔のようですな」
辟易したような顔で部下が言うと、
「誉め言葉と受け取って良いかね、大尉?」
参謀は、赤黒い瞳で嗤うのだった・・・
草原を進む5両の戦車。
隊列を組む様子もなく、バラバラの速度で目標へと向かっていた。
それが意味しているのは統制された部隊ではない証。
いいや。部隊どころか連係さえも執れてはいないのだろう。
突如現れ出て来た戦車の群れは、只闇雲にロッソア陣地へ突き進んでいるようだ。
しかし突き進んでいるとは言えど、その足並みは揃わず。
二両の戦車に到っては、まるで戦意が無いみたいに速度を出さなかった。
まるで攻撃を躊躇っているかのように、度々行き脚を停めているようだった。
「戦車は固まって行動する事により威力を発揮する・・・」
一号車の砲塔内で、映し出された目標を観て呟く。
「奴等は。戦闘を知らないようだ」
旧式の戦車が徒党を組んで進んでいたのなら、こうは言わなかっただろう。
「いいや。
まるで戦闘を知らない素人が操っているみたいだな」
蒼い瞳に映る、赤紫色の光を纏った戦車に対して。
「邪操の機械兵だと言うのに、戦争を知らないなんてな」
後部をこちら側に晒したままの、闇から現れた魔鋼騎を嘲って。
すると、車体前方に乗っている操縦員のレノア少尉が軽口を言う。
「それじゃぁ。奴等に教えてやらねばいけませんね」
ヘッドホンを内蔵したヘルメットを被り直しながら。
その仕草を片目で確認した小隊長が、首に填めているマイクを指先で押さえると。
「よし。それでは奴等に戦争を教育してやるか」
砕けた口調で応えるのだった。
ドドド・・・
快調なエンジン音が3両の魔鋼騎から流れていた。
出撃準備が整えられ、いつでも発進することが出来る。
車長用のモニターには、隣に停まっている小隊長車が映っていた。
「あ・・・」
誇美の眼に、小隊長車のキューポラハッチが開くのが観え。
「マリア中尉?」
ハッチからマリア中尉が顔を覗かせたのが分る。
自分もハッチから出ようかと考えた時だった。
「「ミーシャ、ミハル。
敵が攻撃を開始するまでは待機する。
ロッソア陣地への砲撃を確認したら、即時に発進するぞ」」
隊内無線で命令を下して来たのだ。
「「敵はこちらが攻撃するとは思っていないようだ。
5両が全てロッソアへと砲身を向けている。
不意打ちになるが、最初は最前列の一両を仕留めるからな。
後方からの射撃になると心掛けろ」」
相手が5両であることも、初弾で危険な相手を屠ると言って。
「「発進したら敵を捕捉次第に停車。
即刻徹甲弾を装填。命令と同時に射撃しろ」」
作戦の概要を明かしたのだった。
「「ミーシャ。了解」」
それに応じた二号車のミーシャ車長が復唱する。
少し間が開いたが、誇美も了解の旨を声に出した。
「三号車、命令了解です」
慌ててマイクを喉に充てるのも忘れて。
「ミハル少尉。喉に押し付けないと」
様子を観ていたミルアが注意を促して来て、やっと気が付いた程だ。
「そ、そうだった。
車内の騒音で聞き取り辛くなっていたんだっけ」
自分の耳にもヘッドフォンが被さっているのを思い出し、慌ててマイクに指を添える。
「「三号車、命令了解です」」
やっとのことで命令の了解を申告して来た誇美に、マリア中尉が3号車を見詰めて来て。
「「応答は機敏に返せ。返答を遅らすんじゃぁない」」
叱責を叩き込んで来た。
「「す、すみません中尉」」
謝る誇美が、車長席で身を固くしていると。
「「くすくす・・・」」
誇美の前にあるモニターから、噴き出し笑う声が漏れる。
「「あらあら。戦闘における連絡は大事なことなのよ」」
金髪の女神が微笑みながら諭して。
「「女神もマリアちゃんには敵わないようね」」
戦闘の前だと言うのにふざけて来る。
「笑わないでください。リーン様」
モニターの女神へと向かって頬を膨らますのは誇美。
「これから初めての実戦なのですから」
緊張から、固くなっているのを自覚していて。
「「だから・・・よ。
マリアちゃんが気を遣ってくれたんじゃないの?」」
「え?!・・・そうだったんだ」
初陣の誇美に対し、緊張感を解す為に喋りかけてくれたのを教える女神リーン。
「「ありがたいと感謝しておくのね。心の中で」」
「ええ!勿論です」
もう間も無く、喋る事も出来なくなると判るから。
「戻って来たら。マリアさんに感謝を伝えますから」
戦闘中には一切の私事は語れない。
どれほど想おうが、無線を使って話しかけることは出来ない。
戦闘に必要なこと以外、話すのは無駄で無益なのだ。
「「宜しい。それじゃぁ誇美・・・いよいよね」」
微笑んでいた女神リーンの表情が引き締まった。
その途端。
赤紫色の光を纏っていた戦車。
砲身をロッソア陣地へと向けていたのだが・・・
ズドンッ!
一両の邪操戦車の主砲を放つ光が、草原を照らした。
「発砲した?!」
誇美は眼を見開いて実弾が飛ぶ光景に息を呑む。
紅い光の尾を曳く砲弾が、ロッソア陣地へと飛び。
ドンッ!
着弾点に砂煙を昇らせた。
何が起きたのか・・・今、何が起きようとしているのか。
初陣の女神は理解しようにも出来ずにいた。
「「全車・・・突撃態勢!」」
発砲を確認した小隊長マリア中尉の命令が跳ぶ。
「「目標!邪操の戦車隊。
全軍突撃せよ!戦車前進!!」」
戦闘の開始を。
誇美の初陣となる闘いの幕が開かれたのを教えたのだった・・・
始められた砲撃。
最初の一発はマリア達の思惑通り、邪躁戦車が放った。
ロッソア陣地へと向けて発射された戦車砲弾。
それが戦いの狼煙であるのは誇美にだって判る。
最早、交戦は回避できない。
始められた戦に、身を挺するしかないことだって・・・
次回 チャプター2 明日への咆哮 7
撃て!君の指が引き金を絞る時、戦場に鋼鉄の嵐が吹き荒れる!




