チャプター2 明日への咆哮 5
赤紫色に光るのは妖しい車体。
地の底から現われた鋼鉄は、禍々しい姿を晒した。
まるで何かを恨むかのように。
まさに人を呪うかのように進み行くのだ。
ロッソアの陣地めがけて・・・
鋼鉄の機械。
轍を造る無限軌道。
車体の上には、砲身を突き出す装甲板に覆われた砲塔が載せられている。
そう。
近現代より闘う為だけに生み出され、幾たびと変換を経てきた。
現代まで作り続けられている<戦車>そのものだ。
だが、たった一つだけ通常の戦車とは違う箇所があった。
乗り込んでいる搭乗者を表す<紋章>が車体に描かれ。
操る者の異能を示してもいた。
赤紫の光が紋章から溢れ。
禍々しいまでの威圧を感じさせる。
人間は、それを畏怖を込めて呼ぶのだ。
有り得ぬ異能に恐怖を感じながら・・・
赤紫色のオーラ。
魔法を孕んだ瘴気にも思える程の揺らめきに。
「なんだ、あれは?!」
「どこから現れたんだ?」
怪異に気を取られていた見張り達が、挙って目を疑う。
「あんなの味方部隊に配備されていたのか?」
「司令部だって知らなかったのに?」
一兵卒に過ぎない彼等には、敵陣へと進み出した戦車隊が味方であると思い込んだ。
「どの部隊なんだ?」
「知るもんか。でも5両で夜襲をかけるんだ、相当の肝っ玉だぜ?」
現れ出たのは5両の戦車。
そのどれもが赤紫の光を纏っている。
「まるで、先の戦争に現れた魔鋼騎みたいだぞ」
「そう言えば、魔鋼騎も蒼白い光を放ったと聞いたな」
見張り達の前で進み往くのは、確かに光を纏う戦車だった・・・だが。
「赤紫色って言えば。邪な者が操っていたと聞いたんだが?」
「おおっとそうだ。確かにロッソア側に多かったと聞いたことがある」
邪まなる者・・・ロッソア側に多く存在した赤紫色の光を放つ魔法の戦車。
それが今、突如現れ出て来て向かうのが。
「お里帰りじゃぁあるまいし。
ロッソア軍へと砲身を向けてるぞ?」
「もう発砲間際だぞ?!示威行動の範疇を越えてるぞ!」
ロッソアの前衛陣地。
それはもう射程距離内まで入っている。
「どうするんだ?司令部からは何も言って来ないのか?」
「あれが味方だと言う確証がないのか?」
苛立ったように叫ぶ見張り員が、再び双眼鏡を構え直して戦車を観た。
「な?!なんだよあれは。
あんな旧式な戦車だったのか?まるで・・・」
一人が息を呑む様に呟くと。
「確かに。ありゃぁ旧式も旧式。
先の戦争時に造られた・・・4号戦車だぜ?」
傍らの同僚も呆れた様な声で言った。
「まさか・・・アイツ等は」
「戦車達の亡霊が蘇りやがったのか?」
先の一年戦争で闘い喪われた霊魂が、この世に現れたようにも見えるのだ。
再び侵略しようとするロッソアに、怒りの鉄槌を下さんとするかのように。
「旧軍の亡霊達が現世に還ってきたのか?」
「そんな馬鹿なことが・・・あるもんか」
信じ難い光景を見せられ、見張り達は神へと祈ることも忘れてしまう。
「やめてくれ。国を思うのなら戦争を拡大させないでくれ」
「フェアリアを思うのなら、怒りを鎮めてくれ」
このままロッソア軍を攻撃してしまえば、後に控えている部隊に反撃される。
そうなってしまえば最早、取り返しのつかない事態へと発展するだろう。
「敵を追い散らすだけで良いんだ。撃つな、撃たないでくれ」
縋るように5両の戦車へと頼む。
だが、進み往く赤紫色の光を纏う戦車隊は砲身をロッソア陣地へと向けるのだった・・・
受け持ちの機体に最後の調整を続ける整備員。
燃料と弾薬の補給を終えて、各部の点検腔を閉じていく。
「急げ!のろのろしてやがると只じゃおかんぞ!」
ビックこと、ビガーネル整備長が吠えたてる。
「一号車は終えたのか?!」
小隊指揮車に振り返り、整備が終えられたかの確認を執る。
「小隊指揮車、整備完了!」
取り付いていた掌整備班長が、車体から飛び降り様に申告する。
「よし!ミーシャ分隊士の二号車はどうだ?」
続けて右隣に停められている二号車へと振り向きざまに質す。
「全て完了!車体およびに発動機に異常なし」
既にスターターモーターへと動力を伝達し終えた班長が、電線ケーブルから手を放して応じる。
「うむ!バッテリーも補完を終えたようだな」
頷いたビッグがもう一両の戦車へと向き返り。
「三号車はどうだ?新式魔鋼騎の初陣なんだぞ」
未だに整備兵が取り付いている三番目の車体に声を放つ。
その車体には部隊標識以外の絵が描かれてあった。
整備員達に描かれた<それ>は、迷彩塗装の上にくっきりと浮き立って観える。
「双璧の魔女様の御出陣なんだ。
つまらねぇ整備をしやがったら承知しねぇぞ!」
ビッグが吠えたて、機付きの整備兵達に発破をかけた。
「解ってまさぁ!今ちょうど終えた処ですぜ!」
三号車の掌整備班長が顎に流れる汗を拭いながら応えた。
「こいつの初出撃なんですからねぇ。
何が何でも完璧に整備したかったんですって」
車体の上から、顔を綻ばせて。
「よぉ~し!これにて出動準備を終える。
各員各車より離れろ!整備員整列ッ!」
満足げに頷いた、鬼の整備長が部下へと命じた。
号令に機敏に動く整備兵達も、善く統制が取れて練度の程を示している。
ビガーネル少尉の前に並列に整列し始めた部下達を観て、頼もしく想える位だ。
整列を終えた整備兵を前に、整備長ビガーネル少尉が後ろへと振り返って敬礼を贈る。
「各車、整備完遂。即時の出動に異常ありません」
一段高い位置に立っている、八特小隊搭乗員達に向かって。
中央に立って整備を見守っていた小隊長へと申告するのだった。
「御苦労。これより我が小隊は敵への攻撃を敢行する。
諸君の真摯な整備に感謝し、我々も懸命に任務を遂行すると誓う」
ビッグからの申告を受けて、先ず開口一番にマリア小隊長が労った後。
「出撃に際し、一言皆へと申し送りたい。
この度の出撃における敵は、同胞を攻撃する者だ。
我らと同じ人を攻める者を主敵とし。
敵が退散しなければ、これを殲滅せんとする。
フェアリアにとって不利となるのを防ぎつつ、
ロッソア側の口実となるのを防ぐ。
よって我等が敵は、赤紫色の紋章を掲げた邪操の機兵である」
敢然と敵の在処を示したのだ。
敵はロッソアではないと。
人に仇為す、呪われた戦闘機械達が敵なのだと。
居並ぶ整備員達も、ミーシャやレノア少尉も。
ただ口を噤んでマリアを見詰める。
「付け加えたい。
この攻撃は味方を欺くものでも利敵行為でも無い。
ロッソアを助ける為でも、勿論のこと違う。
先にも述べた通り、フェアリアの為にあるのだ。
邪操機兵の狙いは、膠着状態の紛争を激化させるにあると読む。
フェアリアに扮して攻め、ロッソア側に被害を齎す。
そしてこの後、戦火を拡大させた罪を被せる気なのだろう」
戦火を拡大させる為に現れた邪操機兵こそが、本当の敵だと踏んでいた。
今迄の紛争も、邪操の機械兵が始めた可能性があるとも匂わせて。
「それをみすみす見逃すことはならない。
出来得ればロッソア軍に事実を見せ、これ以上の侵攻を辞めさせたいが。
そう易々と事は運ぶとは思えないし、無駄な行為とも採られかねない。
しかし、我々が正義の闘いに挑めば、心ある者は賛同するだろう」
戦いに赴いても、仲間達からは認められないかもしれないと告げ。
ロッソア軍との紛争は終わらないとも言った。
唯、マリア小隊長が言ったのは<正義の闘い>だという一言。
その一言が齎した影響は。
ざわつく隊員達が誰とは為しに呟き合う。
「正義・・・」
「俺達はフェアリアの為に尽したい」
「ロッソアの為ではなく、フェアリアの為なんだ」
「いいや。これは邪悪と正義の闘いだ」
各々が想いを吐き、誰もが母国を想う。
郷里に居る、大切な人々を想いながら。
整備員達が騒めくのを観て、搭乗士官達が頷き合う。
「マリア中尉。我が小隊長に従います」
レノア少尉が口火を切ると。
「私も。中尉の指揮の下、闘おうと考えます」
ミーシャが胸に手を添えて誓う。
二人の顔に浮かぶのは、闘志を秘めた凛々しき眦。
「ああ。頼むぞ二人共」
それに応えるマリアも。
そして、最後に残っていた彼女が。
「邪悪を倒す闘いへ。
マリア小隊長、出撃命令を」
蒼き瞳で訴えかける。
闘いを辞さないと誓っていた女神の瞳で。
「ああ、美晴。
それじゃぁ・・・往こうか!」
頷き返したマリアの瞳は、力強く輝いて。
「これより我が八特小隊は、邪操機兵との決戦を求めて出撃する!」
全員に対して下令したのだった。
ザッ!
総員が中尉に敬礼し、小隊指揮官が答礼した。
そして整備長ビッグが兵員達へと振り向きざまに発令する。
「かかれ!」
唯の一声。
その声に、弾かれたように皆が走り出す。
受け持ちの戦車へと向かって。
統制が取れた兵達の機敏さに、搭乗員達も追いかけるように走り出す。
その中に在って。
二人が言葉を交わし合った。
「私は良い部下を持った・・・そうだよな誇美」
「はい。私も同じように思っていました」
ほんの僅かな会話に、二人の想いが込められている。
「これが初陣なんや。無理は禁物やで美晴」
案じるマリアは<彼女>へと言葉を贈り。
「解っていますから。マリアさん」
頷く誇美は、マリアが誰を想っているかを悟らされて。
「美晴に、この躰を返す時まで。くたばりませんから」
少し、笑って応えるのだった。
先に車体へと辿り着いたミルア伍長が、車体前方にある操縦員ハッチへから車内へと潜り込む。
「三号車操縦員、搭乗!」
座席に腰を降ろすやいなや、ハッチの外で待機している整備員へと大声で知らせて。
「只今より通信機のチェック、ならびに各装置の最終点検を行います!」
置かれてあったヘッドフォンをヘルメット替わりの軍帽の上から填め。
続けて首の後ろから喉頭マイクを装着した。
「メインスイッチを作動させます」
操縦席の左前方に設えられた計器盤にある緑のボタンを押し込み、車内の装置へと電力を送る。
ブゥン!
計器盤に灯りが燈り、各種の装置が作動準備体制へと変わる。
それを一瞥したミルアが、異常の無いのを確認して。
「各装置、全て異状なし。
エンジン、駆動装置、トランスミッション全てオールグリーン!」
燈っているランプが青色なのを知らせる。
「了解!三号車に異常は認められず。
発動機の点火用意を為せ!」
取り付いている整備員が復唱し、エンジンの始動準備にかかる。
「バッテリーへのケーブルを外します!」
車体後部で充電を続けていた電線ケーブルが外される。
「車体止めを解除!只今より行動自由となります」
両側面の無限軌道の間に挟み込まれていた鉄の杭が抜き出された。
「全ての制御を解除。
これにより三号車は駆動可能。
作戦の遂行の為に発動するものとす!」
機付きの整備班長が片手を突き上げ、エンジン始動の合図をミルアへと示した。
「了解!三号車を発動させます」
準備を整え終えた戦車に火が燈されようとしていた。
「シマダ少尉、頼みましたよ」
「頑張ってくださいよ、魔砲の少尉殿!」
整備員達の声援が、ミルアの耳にも届いて来る。
小隊長との会話を終えたらしい三号車の車長が車上へと登って来たらしい。
「ありがとう、皆さん。
期待に沿う為にも頑張って来ますね」
声援に応える美晴少尉の声が、キューポラから流れ込んできて。
「お待たせ。ミルア伍長」
するりとハッチから身を踊り込ませて来るのは。
「車長!ずいぶんごゆっくりでしたね」
「ごめんごめん。ついマリア中尉と駄弁っちゃったわ」
緊迫していた車内の雰囲気を一瞬で変えてしまう美晴の声に、ミルアは振り向いて車長席を見上げる。
砲手兼、車長席に座るのは、黒髪をピンクのリボンで結った少尉。
黒色の中に青味が差す、不思議な色の瞳。
それが表わしているのが魔砲力だと分かっていても、魅了されるのを感じてしまう。
「それって、神託って奴じゃぁないでしょうね?」
知っていたから、尚さらに感じているのだ。
「まさか。女神だからって未来までは教えられないわよ」
美晴の中身が女神だから。
戦場へと向かう自分達に、加護を齎してくれるのだと。
「それに今は。美晴として闘いに臨むのだから」
だが、彼女は言う。
現世に居るのは<人の運命から逃れられない>女神なのだと。
銃砲弾に晒されたら、無傷で済む訳が無い・・・人間に過ぎないのだと。
「なるほど。
確かに魔砲少女だって人なのですものね。
完全無欠なチート能力なんて存在しませんもんね」
数少ない秘密を知る者でもあるミルアは、美晴の姿を見上げて言う。
「でも。
この戦車の能力を最大限に引き出せるんですよね、誇美様って」
魔法力の多寡が、魔鋼戦車の優劣に関わっているのも知っていて。
「ま、まぁね。美晴の異能力に併せて造られたって聞いてるから」
魔法力と女神の神力とは違えども、肉体は同じ、声だって同じく変わらない。
「それに。リーン様だって傍に居て下さるんだから」
加護するのは自分だけではないと呟いて。
「彼女も言ったように。
この闘いが正義だと想えばこその出撃。
邪悪なる者を赦さない神の加護があるのよ」
車長用のモニターに目を移して、ミルアへの答えにした。
「そうですよね!我々の闘いは正義ですよね」
本当に求めていた答えを受け取ったミルアの顏が綻ぶ。
「そう!必ず勝たねばならない戦なんだよ」
邪悪に正義が負けてはならない。
明日の為にも勝たねばいけないのだ。
「だから・・・私達は往かねばならない!」
車長用のメインスイッチを押し込み、モニターに映り込ませる。
「そうですよね。審判の女神様」
金色の髪を揺蕩わせる・・・女神を。
「「お往きなさい。あなたの信じる道を」」
人を愛する女神が告げた。
これこそが<神託>。
この言葉こそが未来へと続く<誠>なのだと。
コクンと頷いた美晴が命じる。
「三号車起動!これより合戦準備とする!」
エンジンの始動を命じ、戦いへと動き始めようとする。
「了解!発動機始動ッ」
間髪を入れず、ミルアがスターターボタンを押した。
「魔鋼騎発進!戦闘準備ッ」
裂帛の気合を籠め。
初陣の戦場へと羽ばたいたのだった・・・
遂に動き始める新型魔鋼騎。
初陣となる戦場へと、女神を宿した娘が挑む。
果たして戦場に舞い降りた戦女神は勝利を掴めるのか?
次回 チャプター2 明日への咆哮 6
初陣の時が迫る!敵戦車の発砲が開幕の鐘を鳴らした?!




