チャプター1 拗れる思惑 09
名乗ったのは王女ルナリィーンと思われていた不思議な人。
女神の異能を放っている誇美と同等な神秘力を感じる未知なる姿。
金髪は月明かりで輝き。
瞳は蒼い空のように眩しくて。
まるで現世の者とは思えないほど・・・
それは正しく女神の如き人の姿か。
作者注)本編の後に、おまけストーリーを載せてございます。
どうぞ後書きもお読みくださいますように!
昇った月からの淡く蒼い光が照らしている。
夜風に靡く金髪は白銀色に染められ、白い肌は透き通るばかりに光に溶け。
宝石のような碧い瞳は、月を映すかのように眩く輝いていた。
人を超えた存在。
神と成るのを拒む魂。
只、世界の趨勢を見張り、最期の刻を計る。
それは審を司る者であり、理べき者を意味していた。
月明かりに佇む姿を傍で見守りながら思う。
ほんの僅か前まではルナリィ―ン王女だとばかり思い込んでいた相手が、全くの別人格を有していたとは考えも及ばなかった。
「女神たる・・・人?」
女神でもなければ人でもない。
女神が人に宿った姿を指しているのでもない。
訊き返す女神誇美に、
「そう・・・私は。
繰り返される歴史を眺め続けるだけ。
悲劇も奇跡にも思える出来事にも干渉できず。
唯出来るのは、私が託した子達に語るだけ。
この世界に散らばる縁の地で・・・月夜の晩にだけ」
白く輝く髪を靡かせる月夜の女神が答える。
「繰り返される輪転の世界を終わらせ。
本当の未来を取り戻してくれると信じて。
永き時の間、微かな希望に縋って待っているの」
自嘲を籠めたような笑みを浮かべながら。
「希望に縋って待っている・・・いつからなのです?」
瞳に浮かんだ哀しみを読み取った誇美が、重ねて訊いた。
「それに本当の未来って?
この世界には間違った未来しか無いとでも言うのですか?」
今居るこの世界では本当の未来がやっては来ない?
だとすれば、どうすれば本当の未来に辿り着けると言うのか?
「あなた達が生み出されるよりも、ずっと昔。
千年輪転が始った悲劇の時代。
この星が巨悪に支配されかけた暗黒の時代から・・・」
笑みを消した顔で応える白髪のルナリィ―ンが、
「試され続ける人類が、繰り返される悪夢を祓ったのなら。
人が悪魔を打ち破り、真の和を手に出来るのなら。
その希望の為に闘い続けたのなら・・・いつの日にか」
求めた問いに答えを返した。
「繰り返される世界。繰り返された悪夢。
それを打ち破れたのなら・・・本当の未来を手に出来るのですね」
淡く蒼い月明かりの中、女神モードの誇美が顎を引きつつ促す。
それこそが月夜の女神が話したかったことなのかと。
「言うは易し、行い難しって言うけど。
何世代にも亘って実現出来なかったのよ、今迄の人類では。
だから最期を・・・あなた達に委ねるの。
この星の命運を。女神達と・・・その仲間に」
「星の命運を?こんな私みたいな下っ端女神に・・・ですか?」
託されたのは世界の命運、そして地球の運命。
今の今迄、美晴を助け出すのを第一義としていた誇美なのに。
「言った筈よ、私は女神達だと。
そして絆を繋ぐ人達と共にだとも。
想いを同じくする友と、志を貫き通して。
悪魔を地上から消してくれるのを待っているの誇美」
「この地上から悪魔を・・・悪魔・・・」
女神が悪魔と対峙するのは当然とも言えるが、目の前に居るルナリィ―ンが何かを喩えているのに思い当たる。
「悪魔・・・それは。
初めに仰られていた戦争を意味しているのですか?」
戦争の理不尽さを説き、人が神にも悪魔とも成る可能性を示唆していた。
歴史上、繰り返される悲劇の抽象でもあり、失くせなかった汚点でもある。
「悪魔を消す為に闘うのは否定されませんでしたよね。
希望を求める為の闘いは、戦争では無いと仰るのですか?」
「その行為が本来の世界への道だと言うのならば。
自らの欲に溺れず、同胞の為に尽すのなら」
この世界を眺め続ける女神の如き人が、現世に降りた女神に応えた。
「それじゃぁ私の闘いは、どうでしょうか?
女神が闇に囚われた美晴を助ける為の闘いは?
人同士が疵付け合う戦闘は、戦争とは呼ばないと?」
約束でもあり、美晴を救い出す為に闘うのは戦闘行為と言っても戦争とは呼ばないと言うのか?
女神であるが人の姿を維持するのには、人間として銃火を交えなければならないのに。
「戦争ってね。
人が他人を傷付け合うだけじゃ呼びはしないのよ。
国家や民族同士が対峙し、それぞれが不幸になってしまうのを指すの。
そこには正義なんて存在しない。
戦争は敵も味方も無く、唯、理不尽をばら撒くの」
「戦争に正義はない・・・」
教えられた言葉を噛み締める。
戦争には己の正義を振りかざして勇猛果敢に闘う者もいる。
正義の旗の下、敵を討ち破り勇者と呼ばれる者も居ただろう。
だが、対する相手から観れば憎んでも余りある、鬼のような存在になる。
味方からは勇者と褒め称えられても、敵側からは鬼畜の蛮行と非難される。
そして戦闘が終焉した後に待っているのは。
勝って勇者と呼ばれるか、負けて悪鬼と嘲られるか。
もしも力及ばずに国が破れたのなら、称えていた同胞からも貶される。
正義だと信じて戦い抜いた勇者だろうとも冷遇するだろう。
どれほどの軍功を打ち立てたとしたって、勝たなければ虚しいだけ。
<勝てば官軍負ければ賊軍>・・・戦争とは虚像の正義が罷り通る物だから。
故に。
月夜の女神が言っていた通り、戦争には正義など在りはしないのだ。
「敵が負け、味方が勝利しても。
反対に敵に屈して終わろうとも。
双方共に悲しみと恨みが残る。
正義を信奉して闘おうとも、結末は変えられない」
「戦争には本物の正義なんて、在りはしないのですね」
合点がいったように誇美が応えると、コクンと頷くルナリィ―ン。
「もしそこに正義という物があるのなら。
戦禍を防ぐように務めることこそが正義だと思うの」
「闘わずに平和を求めるのが正義?」
思わず訊き返した誇美に、今度は首を振ってみせて。
「平和を求める闘いもある。
私が言いたかったのはね、コハル。
双方に無益となる闘いは避けなければいけないということ」
「無益な戦闘を慎む。でも意味のある闘いは辞さない・・・」
未来を求める闘い・・・生き残る為には闘わねばならないと言う事なのか。
「生きることを諦めないのなら。
明日を求めて生きるのならば。
未来を手にする為に進み続けなければならない。
どんなに苦難が道を塞ごうとも、歩み続けなければいけない。
それが本当の闘いであり、未来への希望なのだから」
「未来への・・・希望」
明日を求めて闘うことは戦争とは呼ばない。
それが理不尽なる戦いの中であっても尚、生きる為に闘うと言うのであれば。
「私の曲解かもしれないんだけどね」
「・・・いいえ!私も。そう思えてきました」
未来を求めて闘うことは、希望へと繋がっている。
希望は、いつの日にか手にしたい物であり目標として掲げ続けるモノ。
そして、暗く閉ざされた中に在って輝けるモノ。
「この星の世界を箱に例えるのなら。
箱から飛び出して行ったのは禍。
そしてあなた達女神と呼ばれる者は。
審を受ける禍達とは違い、人が求める者となる。
箱を手にした人間に与えてあげなければいけないの。
未来を・・・命を・・・そして希望を」
月夜の女神は<パンドラの故事>を准えて話す。
パンドラの箱から溢れ出した禍が世界を蔓延る時、救いの希望と成るのは闇と相反した者なのだと。
則ちそれこそが光の神子を指す。
聖なる輝を宿した女神と呼ばれる者こそが、災いを討ち払えるのだと。
「それが。
私達、女神と呼ばれる者の務めだと仰るのですね」
スッと月明かりを受ける誇美が顔を挙げて応えた。
「大切なことを教えて頂き感謝します。月夜の女神様」
その横顔を見詰めるルナリィ―ンが、優しい笑みを浮かべて。
「そう思ってくれたのなら。
この子を借りた甲斐があったというもの。
エンカウンターの城に降りて来て良かったと思えるわ」
「え?!借りたって?降りて来たって?」
月夜の晩にどこから?
ルナリィ―ンの身体を借りたって言った?
驚く誇美に微笑んだまま、女神の如き人が言うのは。
「本来なら月の中から語り掛けるの。
でも、あなたと直に話してみたかった、聴きたかった。
大魔王と女神の両方を経験した稀代の女神に・・・ね」
類まれなる経験を経て今を迎えた誇美を知っていると。
「どうして・・・私を知って?」
上級女神だろうと昇華する前の自分を知る者は少ない。
見ず知らずの過去が分る知恵を持っているのかと訊いたのだが。
「言ったでしょう?
私はこの世界を見守る者だって。
この星で起きることを見定めて、図らねばならない者。
月夜の晩にだけ、姿を表すことが出来るだけだから」
「女神たる者・・・人であり続けたい女神」
知りたく思った、これほどの知識をどうやって手に出来たのかを。
聴きたく思う、ルナリィ―ン姫に仮宿りした者の名を。
「次に逢えたのなら。
あなたをどう呼んだら良いのですか?」
敢えて顔を観ることをしないで訊いてみる。
昇った月を見上げて乞うてみる。
「・・・月夜の女神ルナリィ―ンでは物足りない?
フフフ、それじゃぁ教えてあげる。
私はリーン・・・女神を指す名ではなく。
リーンタルトを親しく思うのならば、そう呼んでも良いわ」
「リ?!リーン?
審判の女神様と同じリーンだなんて。
教えを頂いた方なのに、軽々しく呼べませんよ。
・・・リーンタルトって名乗られましたか?」
話の中に紛れ込ませた名前に気付いた誇美が訊き質すが。
「また。
逢えれば良いね、ペルセポネー。
いいえ、人同士として逢えると良いね、誇美ちゃん」
急にそれまでの大人びた口調を改めた<リーン>が応える。
まるで人間ならば17歳の美晴と同年代のように。
それが<リーンタルト>と名乗ったのを否定していない証でもあるようなのだが。
「戻られるのですね?」
城壁の上、見張り櫓の上に立つ二人が夜空を見上げる。
「さよならは言わないよ、誇美ちゃん。
また・・・いつの日にか逢おうね」
擦れていくルナリィ―ン王女の声。
月夜の晩、有り得ない奇跡の晩。
その時が終わろうとしていた。
「・・・リーン様?」
昇り行く月を見上げながら、横に立つ人影に訊いた。
「あの・・・もう、行ってしまわれたのですか?」
「・・・・う・・・う~ん」
先程まで感じられていた神々しいまでの異能は消えている。
何故だか知らないが、あどけなくも感じられる声が漏れ聞こえて。
「リーン様?」
視線を傍らに居るリーンタルトに向けると。
「あぅ・・・う。もしかして私を呼んだの?」
額を押さえて目を伏せている一等尉官が眼に入って来た。
「え?」
「え?!」
瞼を開けた一等尉官と目が合う・・・
「リーン・・・様?」
「へ?!どうして私がリーンだって解った・・・の?」
パチクリ・・・
二人が同時に瞬き合って。
「あ?!え?えっとぉ?!」
「ど?!ど?どちら様でしょうかぁ?」
白桃色の髪を逆立てる女神の魔法衣を着たままの誇美と。
「あわわッ?こ、これは。そのあのッ!」
「どうして私がルナリィ―ンだって知ってるのッ?
それに!あなたはどこの誰なのよぉッ?!」
意識が戻ったと思えば、何がどうなっているのか皆目分かっていない金髪のルナリィ―ンが、錯乱状態に堕ちて喚いている。
「い、いやあのですね。これには色々と訳があって」
「だからぁ!ここはどこであなたは誰なのって訊いてるんじゃないッ」
・・・訊いていなかったじゃないですか、ルナ王女?
なんて、突っ込める余裕が誇美にある訳も無くて。
「ど、ど、どうしよう爺?」
解決策を狒狒爺に求めるのだが。
「「そうですなぁ~。ここは逃げの一手にございましょう(達観)」」
半ば呆れ果てた様な声が返って来る。
「そ、そうね。正体が暴かれる前に・・・」
慌てふためく誇美は、爺の進言を鵜呑みにするしかないようで。
見張り櫓を見回して逃げ道を探すのだったが。
「もしかして、ルナリィ―ンだと知って連れて来たの?
だとすれば、あなたは私を誘拐しようとしているの?」
それがルナの要らぬ猜疑心を煽った様だ。
「へ?!誘拐ぃ?」
とんだ濡れ衣。いや、極端な妄想。
いくら自身が乗っ取られていたとはいえ、目の前に居る女神を誘拐犯に仕立て上げるとは驚きの極み。
「そうよ!私をルナと知っていたのが証拠。
突然意識を奪い、こんな場所へと連れ込んだんだから。
これが誘拐じゃなかったら、何だって言うのッ!」
ズイズイと責めて来るルナに、タジタジと後退る誇美。
いつの間にか見張り櫓の端に追い詰められ、逃げ場を失ってしまう。
「え?いやあの。
私が誘拐したのではなくてですね?」
追い詰められて、訳を説明しようとするのだが。
「この期に及んで。逃げ口上を?」
意識を奪われて連れ込まれたのが、相当に癇に障りでもしたのか。
賢王女とまで呼び称えられたルナリィ―ンが、誘拐犯を逆に捕らえんとするかのように追い詰めて。
「それじゃぁ、首班がいるのね。
白状しなければ、少々痛い目に遭うわよ!」
びしりと指先を突きつけるのだった。
「・・・ぜんっぜん。さっきまでのリーン様とは違うよね」
「ふん?私は今、目を覚ました処なのよ?」
思いっきり落胆の面持ちで話す誇美に、突っかかるルナ。
「それじゃぁ訊きますけど。
王女様が気を失われたのは何時ですか?」
「はんッ!そんなの野営陣地で夕飯を食べ終えた後ぐらいよ」
返答を受けて記憶を呼び戻し、誇美が思い出す。
「そう言えば。お一人でテントに向かわれる姿を観た気がします。
その後で身体に宿られたんですね、リーン様が」
「はんッ!宿られたのではなく。私がリーンなのよ」
これで、どの時点でリーンタルトがルナと入れ替わったのが分った。
「すると、審判の女神様は予見されて。
古城に行くように強く求められていたんだわ」
「ジャステス・リーン?どうして女神様のことを知ってるのよ?」
思わず口に出していたのを聞き咎められた誇美が、しまったとばかり顔を強張らせると。
「まさか、あなた!私を人質にして魔法戦車の秘密を暴こうと?」
ギロリとルナに睨まれてしまった。
「ち、違います!誤解なんです、信じて」
「信じられるものですか!こんな観たことも無い白髪の魔女を」
一方的な誤解と侮蔑を受けて。さしもの女神も諦めざるを得なくなる。
このまま時を看過していれば、騒ぎを聞きつけた者が現われるのは必定。
「もうこれまでよね。逃げるしか道は残されていない・・・か」
「「さようでございますな(達観)」」
女神だと明かしてしまえばそれまでの話だろうが、宿る美晴に迷惑を掛けたくはない。
幸いにルナには正体を見破られてはいないようだったから。
「ここから跳んで降りよう」
古城の見張り櫓頂部から草の生い茂る城外へは、高低差10メートル程。
女神には容易く降りられる筈だった。
「「お?お待ち為され姫」」
爺の諫めが届く前に。
「ルナリィーン姫。
私はあなたを御守りする者の一人です。
今夜この城で逢えたのは、一つの奇跡だと覚えておいてくださいませ」
「なんですって?あなたは私を護ってこの場に居たんだと?」
身を翻し、城壁の上へと飛び上がる。
「そう!私は早春の芽吹きを司る女神であり。
今は戦場へと向かわれる姫の加護を委ねられたのですから」
「へ?!あなたが・・・女神ですって?」
口上を垂れる誇美に、驚きの声を挙げるルナ。
「嘘では無いのが分って貰えるように・・・願っています」
月明かりを背に受ける誇美を見上げたルナの青い瞳に、映るのは女神の魔法衣姿。
「嘘・・・本当に?」
月を背景にした白い魔法衣が透け、女神の妓体が宙に舞う。
「と、飛んだの?!」
魔法衣の裾が風に舞い、白桃色の髪が靡く。
それは夜空に溶け込む様に、僅かな残影を残して消え去った。
「ほ、ホントに?女神様だったのかしら?」
それは月の中へと姿を消したかのよう。
「あ・・・そうだ。名前を聞きそびれていたわ」
呆然と月を見上げて、ルナはポツンと呟くのだった。
「嘘ぉおおおおおお?!」
格好良く、別れ際を締めた筈だった誇美なのだが。
「「じゃからお留めしましたものを」」
狒狒爺に、思いっきり駄目出しを喰らっていた。
ひょおぉお~
地上には万有引力という物がございまして。
「お?堕ちるぅ~!」
「「お忘れでございましたな、ここが現世であるのを」」
城壁からダイビング・・・もとい、飛んだのは良いが。
「「いくら女神モードに変身したとて。
現世では魔法靴を履かねば飛べませぬぞ」」
宿った人間が飛べない限り、いくら女神であろうと飛べないのが必定。
「聴いてないぃ~~」
それで・・・落ちていた。
でも僅か10メートルとは思えない程の会話時間なのですが?
「ふんぬぅ~~~」
それは堕ちたくない誇美が女神の異能を放出していたからで。
「とぉ~まぁ~ってぇ~~~~」
落ちたら身体のどこかが地上に激突する。
「痛いの~やぁ~だぁ~」
確かに、ぶつけたら痛そう。
バタバタと藻掻き、どうにかして衝突を回避しようとするのですが。
「ひっ?!」
もう地上は目と鼻の先。
「た、たしゅけて爺ぃ」
恐怖で呂律がおかしくなった・・・
シュン・・・どごっ!
激突音が耳を打つ。
「・・・」
間違いなく地上へと・・・落ちた。
「・・・・あ?あれ?」
激突した筈なのだが、
「どこも・・・痛くない?」
痛みは奔らなかった。
「けど・・・これって?」
横たわる様な姿勢で、
「え?えっと?!」
身体を支えられている・・・いや。
「爺?」
「「少々お灸を据えねば・・・姫様」」
軽々とお姫様抱っこを決めている白髪の老将。
しかめっ面をしているが、声は何時も通りに優し気で。
「「姫の使徒なれば。
救いを求めるお声に、我が身が反応した模様ですな」」
人の姿を取り戻した爺が言った。
「爺・・・爺なのね?」
抱きかかえられたまま、思わず髭面を両手でなぞり。
「これって・・・奇跡?
これが月夜の女神様が贈ってくだされた奇跡なのね」
思わず目尻に熱いモノが込み上げて来るのを感じて。
「縫いぐるみでもなく、魔獣でもなくて。
これがエイプラハム本来の姿なんだよね?」
貫頭衣を纏った、年嵩で精悍な髭の老将に縋り付いてしまった。
「「斯様なる姿へ戻れる日が来るとは。
爺やも思いもしませなかったですぞ、姫様」」
「うん!うん!善かった・・・ほんと」
見上げる誇美。
優し気に見下ろすエイプラハム・・・
たゆんっ
・・・ぽ
見下ろしていた爺やの顏が紅くなる。
「?」
そうなったのが、自分が抱き着いて見上げているのが原因とは思いもしない初心な女神。
潤んだ蒼い瞳で見詰め、小首を傾げる麗しき姿を間近に観ては・・・もういけない。
「「ぬほっ?!」」
ぼふんっ!
・・・謎な煙が二人を包み込んで。
どたん!
「きゃんっ?!」
支えを失って尻餅をついた誇美の声が煙を消した。
「あいたたたぁ~・・・爺?爺?!」
今の今迄、抱きかかえてくれていた賢臣の姿は消えていたのだが。
「「これにございますれば」」
狒狒の縫いぐるみが応える。
「・・・どうして元の姿にもどっちゃうの?」
「「どうやら。姫の危険が無くなったからのようですな」」
なるほど。
爺が使徒の姿に成れるのは、誇美が危機に瀕した時に限られるようだ。
「そうなんだ・・・残念だね」
「「そう気に為されますな。この姿も慣れれば善きものですぞ」」
縫いぐるみが?
「「この姿は、姫がお生まれになった折に主君ルシファー様から与えられし物。
我が誇りにして誉の証なのですからのぅ」」
そうだったのですか。
ある意味、もったいないですね。ナイスシニアですのに。
「ん~。そっか、それならまた戻れるかもね。
私っていっつも危機に瀕しているから・・・てへ」
「「・・・てへ。ではございませんぞ姫」」
怒るとも呆れるとも採れる溜息を吐き、悪戯姫を護り続けると誓ったエイプラハム。
「じゃぁ帰ろうか、爺」
主人で女神の誇美に抱きかかえられて。
「「そうですな。我らが友の許へ」」
変身を解き、黒髪姿に戻った美晴と共に居ることを願っていた。
この主従に幸多からんことを・・・
ここから後書き部分となります。
それは月夜の晩におきた奇跡だったのだろうか。
王女の身体を使って誇美に話していた相手。
注)「絆の奇跡」冒頭部「魔砲少女ミハル・シリーズ」のエピソード1零の慟哭をお読み下された皆様にはお分かりでしょう。時を越えて現われたのです、彼女が。それが意味しているのは、いよいよ物語が最終譚へと向い始めた証・・・なのでしょうか?
女神も知らない不思議な人。
終焉の女神と誇美は呼んだが、彼女はルーンタルトと名乗ったのだ。
宙へと帰って行ったかのようなリーンタルト。
そして目覚めたルナ王女に女神の姿を晒す結果となった誇美。
想いは各々(おのおの)。
古城の奇跡は、新たなる絆を産んだのだろうか・・・
次回 チャプター1 拗れる思惑 10
野営地では平和な晩を楽しんでいた。だが彼女に知られずにいられるのか?




