チャプター1 拗れる思惑 08
月夜の奇跡。
自ら女神であるのを明かした誇美。
対する王女ルナリィーンは驚きもせずに受け入れているようだが・・・
雲ひとつとして無い晴れ渡った夜空に、満天の星が輝いていた。
そして稜線から昇り始めた月の光が古城を浮かび上がらせる。
「あの月のように。
暗がりに光を溢れさせれるのなら・・・」
見張り櫓の展望台で、自らの正体を晒した二人が見上げていた。
「闇に怯える人達の希望に成れるのかもしれない」
傍らで話しかけるでもなく呟くフェアリア王女ルナリィーン。
神力で変身し、現世で女神の姿に成っている誇美に聞こえているのも構わずに。
「人が作る闇。
その闇は理不尽を振り撒き、不幸へと堕とす。
理屈など通用しない暴虐無人な破壊と殺戮。
なぜ人類は同じ過ちを繰り返そうとするのだろう?」
金髪が星明りと月の光を受けて、まるで白銀に染められたかのように輝いて観える。
夜空を見詰める瞳が、月光を反射して青く蒼く光って。
呟く口元は、答えを求めて震えていた。
「同じ過ち・・・戦争のことですね。ルナリィーン王女?」
同じ様に満天の星を見上げている誇美が訊く。
「ええ。人類の歴史から無くならない・・・悪魔よ」
頷き応えるルナ王女。
彼女の言葉に示されたのは、人こそが悪魔を作って来た元凶だということ。
「人の幸せを願う心が神を創ると言うのなら。
妬み呪う邪悪な魂が悪魔を造った・・・とでも言えばいいかしら」
「その帰着が戦争だと?」
悪魔を創造した人類。
その因果は古く、歴史に刻み込まれて来た。
何百年もの昔から・・・
「そう。一昔前の帝政封建時代なら王侯貴族の欲次第で始められた。
でも現代は違う。
他民族を妬み、物欲に塗れた一部の権力者に扇動された者達が侵略を求める。
そして、領土も資本も何もかもを手にしようとしてるわ」
星空の下、瞳を伏せるルナが溢す。
「それよりも況して。
機械文明が発展した今の闘いは、より凄惨な殺戮を産むの」
戦争に理不尽は付き物。
でも、殺戮を産むには高度に発達した武器がなければ始まらない。
空に顔を向けたまま、瞼を閉じたルナが憂いを含んだ声で続ける。
「銃や大砲だけで闘う時代はとうに過ぎた。
気力や魔法力で補った時代も・・・今は過去の遺物。
大砲の弾が届かない場所へも、空の壁が無くなった現在。
遥か彼方へも破壊を届けさせることが出来るようになってしまったの」
「飛行機械の発展が戦争をより悲惨にすると?」
戦争に使われる武器は闘う度に進化を遂げる。
彼の終末戦争時、神軍の戦闘機械の災禍を受けた各国が挙って手にいれようとした物がある。
それは敵である神軍の戦闘機械。
高度な文明を孕んだ武器を手に入れ、それを元に時代を超えた兵器を造ろうとしたのだ。
「飛行機だけではなく。
強力な発動機も、優れた火砲も。
それに・・・触れてはならない禁断の技術だって。
手を出そうとしている者達がいるって聞いた事があるの」
「禁断の技術・・・それって?」
それまで登り始めた月を見入って語っていたルナが、誇美の問いに顔を向けてくる。
顔の半分は月の明かりを受けて精気があったが、もう片方は影となって死者のように薄青かった。
「嘗て人類は神々をも超えようと目論んだ。
全能の神が放つ雷で数多の街が消えたように。
たったの一発で都市を灰燼に帰す程の威力を秘めた弾を造ろうとしている」
「ゼウス様のケラウノスと同規模の?
信じられないけど、それほどの威力を持った兵器が造れるの?」
駆け出し女神のペルセポネーには俄かには信じ難かった。
神の異能を人が超越することが出来るなんて。
「発掘されたドーム状の建屋に。
それらしいモノが残されてあった・・・って。
美晴が来た日の本からの秘密情報によればだけど」
「えっ?!日の本で・・・って?!」
なぜ、ルナリィーン王女が他国の情報を知っているのか。
どうしてそんなにまで詳しいのかは女神であっても判り兼ねた。
「昔から。
そうね、ロッソアと干戈を交えるよりも前。
このフェアリアと日の本は友好関係で、戦時にも武器を貸与してくれていた。
そして魔鋼機械の技師の招聘にも応じ、発展開発に大いに寄与したとも聞いたわ」
「その事なら。歴史に詳しくなくても知っています」
美晴に宿り、人の世界を垣間見るだけに留められた誇美であっても知っていた。
日ノ本に居た頃、学校へと通う美晴が歴史を学ぶようになってから。
「魔法力を物質変換に活用する技術を開発したのですよね。
鋼の機械と魔法によって既存の兵器の性能を強化する。
それが魔鋼騎とも呼ばれる魔法戦車を生みだしたんだって」
詳しいことは存じかねたが、魔法と言う異能を以って武具を強化できる技術。
それが魔鋼と呼ばれる魔法技術なのだと聞き及んでいたのだが。
「うん。確かにそうなのだけれど。
戦争を終えるために技術陣はとんでもないモノに手を出した。
如何なる戦場に於いても敵に打ち勝てる弾を造ったの。
それは人の命を奪い去るだけに徹した・・・悪魔の砲弾だった」
「砲弾なら人の命を奪い去るのは当然なのでは?」
武器に精通していない誇美が、首を傾げるように訊く。
「そうでは無いのよコハル。
砲弾なら爆発を起こして周り中に被害を及ぼすのだけど。
その魔鋼弾は炸裂しても爆発を起こさない。
ううん、言いにくいけど爆発したって物的被害は局部に留まるの」
「え?!砲弾なのに爆破威力が無いのなら、懼れるほどでは無いのじゃぁ?」
顔の半分に光を受け、もう片方を翳りを滲ませるルナへと訊き直したのだが。
「言ったよね。
その魔鋼弾は人の命を奪い去るのに徹した、悪魔の砲弾だって」
「え?あ・・・ぅ」
まるで光を受けた側は生きる者で、片側の光を受けない方は・・・
「知っているかしら。
私達が生を受ける前、この世界から魔法が無くなった時代があったのを」
「は?!え?・・・っと。ルマ義理母様から聞いた事があります」
問われた誇美がその顔を観て口籠り、言葉を濁してしまう。
「終末戦争の終わりと共に、数年だけ魔法が使えなくなった。
まるで理不尽にも命を奪われた人の呪いが魔法を奪ったかのように。
魔法が齎して来た恩恵が、人を傲慢にさせて。
それによって神を怒らせ災禍を与え・・・死を迎えた。
そんな末路を遂げた人達の想いが、世界から魔法を消したのかもしれない」
「人の怨念が・・・魔法を失くした。そう仰るのですか?」
光を浴びる側の瞳はマリンブルーに輝き、翳った側の瞳の色は漆黒に染まって観えて。
「いいえ。私は思うの。
亡くなった人達は呪うより願ってくれた。
不幸な連鎖を断ち切り、幸せを願っていてくれているのだと。
大切な人を想う魂達が、魔法を悪用するのを辞めさせたかった。
だから・・・一時だけでも魔法を使えなくさせたんだと思うの」
「我が身の不幸を嘆くより、親しき人を想って?」
月が昇り、光が段々と翳りを消していく。
奪われた瞳の色が徐々に元の青さを取り戻していく。
「それこそが人が人である証。
大切な人を想う心は、魂となっても留まり続ける。
その身が潰えようと、残された想いは延々と繋がる。
あの邪悪な極大魔鋼弾が魔法を失って後。
それ以上の発展が途絶えたのとは対照的に」
「亡くなった人の想いが邪悪を途絶えさせた・・・と」
魔法で人の命を奪い去る時代は終わる筈だった。
それなのに、また再び悪夢は蘇ろうとしている。
翳りを滲ませるルマの表情から、それを嘆いている様子が伺い知れる。
「先にも言ったわよね、私が。
人の闇から産まれる悪魔は無くならなかったって。
いつの時代でも戦争は起き、理不尽なる不幸が撒き散らされるの。
そして今度こそ。
本当の終末戦争に発展してしまうのかもしれない」
「本当の?魔鋼の技術が暴走するとでも?」
この世界に関与するようになった女神ペルセポネーが人であるルナへと質す。
「違う。
最早、魔法も魔法少女も必要としなくなる。
忘却された人類の禍が蘇る時、世界は業火に包まれてしまう。
たった一発の爆弾で都市が灰燼に帰してしまう兵器が復活したのならば」
月の輝きがルナを照らす。
金髪が光を浴びて白く光り、影となった部分は暗く翳りを含んで見せ。
「失われた筈の枷。
人類が手を出してはならない技術。
惨たらしい破壊と殺戮を悪魔へと捧げるだけの武器。
それを使えば何十年もの間、人が生きていけない不毛の地が出来上がる・・・」
「そんな・・・武器の開発が」
言葉の端に窺えたのは、人の業に因って生み出されようとしている不幸を停めたいと思う心根と。
「もう、開発を止めることは出来ないかもしれない。
世界中がいがみ合い、敵視を繰り返すのなら。
神をも畏れぬ人の業が求めてしまうのなら・・・」
「神を・・・超えようとしているの?」
不幸の連鎖が繰り返し世界を覆うのを停めれなかった歴史を知って。
「神・・・か。
私が思うのは、人が悪魔と化してしまわないかと懼れるの」
「神か・・・悪魔か。文明はどちらを選ぶというのでしょう?」
夜空に瞬く星々。
煌々と光を堕とす月。
闇の中でも人へ灯りを与えてくれる・・・宙の果ての希望。
人が築き上げてきた文明が、光と成るか闇へと堕とすのか。
求めるのは不幸ではなく希望であって欲しいと、女神の誇美は思った。
「人は文明を手にして発展を遂げてきた。
産み出した機械を活かして自らの幸せを求めるのは当然のこと。
だけど欲に溺れ、他人を貶める為に使うのであれば。
いつかは何もかもを失う自滅への道を歩むでしょうね」
だが、王女ルナリィーンの答えは正反対の絶望を表す。
「未知の文明が滅びを迎えたように。
今度は私達現代の人間に因って・・・終末へと転がり落とすかも」
「そんな?!人はそこまで愚かではない筈です」
自嘲するかのように、ルナの声が女神へと放たれる。
人を信じ、世界の安寧を齎すという女神を前に。
「なぜ、王女はそのように卑下するのです。
人類が選択を誤ると判っているのなら。
そうならないように手を尽くすべきではありませんか?」
天界で二年もの間、現世の人を護る術を磨いて来た。
辛く厳しい戦女神へと変われる修練も。
人を癒し人を愛する術も学んできたというのに。
「私は・・・人がそんなにも愚かだとは思いません。
喩え神を凌駕する武具を手にしたとしても。
同じ人同士で破壊を繰り返すなんて愚の骨頂だと判る筈です」
人が自らの過ちで滅びを迎えると言ったルナに抗う誇美。
「どんなに強大な力を持とうが。
どれほど傲慢になろうとも。
人間が世界を滅ぼすなんて・・・神をも畏れぬ悪行。
そんな蛮行を許す筈が無い・・・心ある人達がいる限り」
一部の狂信者が文明を迷走させた挙句、世界を滅ぼそうとするのであれば。
対する聖なる者達が立ち塞がる。
邪悪から世界を守る、勇者達が蛮行を停めてくれると信じてもいた。
「・・・そうね。
女神のコハルが考えた通りだと思いたい。
滅ぼす前に止めたい・・・そう思うわよね。
それが人の情であり、想いを通わせる絆なのだから」
抗う誇美からの言葉を聞いた王女のルナが頷く。
微かに口元を緩めて。
「戦争が目覚めないように。
憎しみや妬みで、誤りを繰り返さないように。
この世界を邪悪に染めないように・・・そして。
数千年前からの贖罪が終えられるように」
まるで悪夢から醒めたかのように繰り返したのは。
「聴けて良かったわ。
この世界にも絆を繋げようとしてくれる娘が居てくれて。
あなた達に委ねることが出来るのなら・・・」
希望を託すかの如く微笑を浮かべて語った。
「あなた達?ここには王女と私しか居ない・・・」
星の明りと月の輝きが照らし出す。
金髪が揺らめき輝く様を。
「は?!
まさか・・・ルナリィーン王女に宿って?」
この古城で出会ってからの違和感。
見知っている一等尉官のリィタから受け続けていた不思議な感じ。
それにも増して思い至るのは、女神の姿を曝け出した誇美を観ても動じる事さえも無かったということに尽きた。
「あなたも・・・女神なの?」
女神ペルセポネーが同族なのかと問うが。
「王女ルナリィーンに宿っていたのは審判の女神様だと思っていたんだけど?」
その審判の女神リーンは、新型戦車の魔鋼機械に宿っている。
「だとすれば?王女だと言ったあなたは・・・誰なの?」
金髪が光を受けて白く見える。
透き通るかのように・・・真っ白に光り輝いて観える。
「こんな世界を望んでいた訳じゃないの。
あなた達が希望を手にするのを観ていたかった。
この月の輝きのように、暗闇を照らす希望を与えてあげたいだけ」
スッと顔を挙げ、月へと手を指し伸ばす王女の姿は・・・まさに。
「神にも悪魔にでも成り得る、私という存在。
人の行く末を見守り続け、最期には審判を下さなければいけないの」
「それは審判を司る・・・女神ということですか?」
月光を浴びるルナの姿は、女神にも観える・・・だが。
「いいえ。私も人であり続けたいと願う者。
でも永久の罪を背負った贖罪者。
間違った世界が終わりを迎えるのを待っている・・・女神たる人間」
「終わりの・・・女神?!」
天界で聴いた事がある。
世界の終わりを統べる女神の存在を。
終焉の邪神として懼れられ、世界を混沌へと向わせるとも聞いていた。
「まさか・・・本当に?存在していたの」
エンカウンターの古城で。
現世へと舞い降りた芽吹きの女神と、世界に終焉を与えると思われている終焉の女神が邂逅する。
それはまるで幻の中での出来事のように。
月夜の晩に起きた奇跡の一幕だった・・・
終焉の女神・・・終わりを齎すと畏れられた死の女神。
人の世を図り、堕落した世界を破滅させるとも云われている。
本当にそうなのだろうか?
月の明かりに照らされた仮初の姿は、光り輝いているかに思えるのだが。
命の芽吹きを司る、早春の女神ペルセポネー<<誇美>>と。
女神たる人と名乗った彼女が語り合う。
この世界を護るにはどうすれば良いのか?
囚われた美晴を救うには、歩み続けなければきけないのだから。
次回 チャプター1 拗れる思惑 09
奇跡の晩。あなたは真実の希望を観れるのか?




