チャプター1 拗れる思惑 07
誇美の前に現れたのは、フェアリア一等尉官のリィタだった。
彼女の本当の名はルナリィーン。
フェアリアの第1王女にして皇太子姫。
その彼女がどうして古城に現れたのか?
なぜ誇美に付いてくる様に促したのか?
今、一夜の奇跡が始まろうとしていた・・・
暗がりの中、懐中電灯の灯りだけが頼りだった。
古城は石で造られていて、外部の光が入るのはほんの僅かな明り取りの窓だけ。
それも今は夜。星の明りが差し込んでも足元さえもおぼつかない位なのだ。
「待ってください一等尉官殿」
先に歩くリィタは、懐中電灯を持参していない。
それなのに、まるで見知っているかのように迷いなく歩いて行くのだ。
「こんなに暗いっていうのに、どうして?」
電灯でリィタの姿を照らし、追いかけるので精一杯な誇美。
女神の異能を使えば、同じように歩くのは可能だったが。
「もしかして前にもこの城へ来られたのですか?」
城の内部に詳しくなかったら、こうも迷いなく歩ける筈が無いとも考えた。
「いいえ。一度たりとも立ち寄っていないわ」
振り向きもせずに応えるリィタの足は停まらない。
そのまま廊下の突き当りにある階段へと辿り着くと。
「この上よ。そこで話すから」
一旦立ち止ると、目的の場所を知らせて来る。
「この階段を昇った所?」
釣られて立ち止り、懐中電灯を上へと向けて訊く。
だけどリィタはそれには答えずに階段へと足をかけた。
「あ、あの?一等尉官殿は私に何を話すというのですか」
慌てて追い縋り、螺旋状の階段を昇り始めた誇美が訊いたが。
「聞けば・・・解る筈よ」
一向に内容を明かしてはくれない。
「・・・」
相手にして貰えないもどかしさと、他には誰も居ないのに話す場所を選ぶ理由がわからなくて。
少し戸惑いに苛立ちが混ざってしまった誇美も、リィタ同様に黙り込んでしまった。
無言のまま、石の螺旋階段を昇りつめた・・・所とは。
階段の先から淡い光が差し込んでいる。
今迄の暗がりとは違う光が待っていたのだ。
サァー ー ー
星の光を感じたのと同時に、城の中で感じていた湿った空気とは違う清々しい風を感じた。
「展望が素晴らしいです。
空も地上も・・・見晴らしが良い所ですね」
頭上に拡がる星空が一段と近くなったような錯覚。
見下ろせば野営をしている小隊の明りが眼を惹き、そこから視線を伸ばせば平野部の先にある山々が稜線を描いている。
「そうね。この景色を何人が観たのかしら。
先の一年戦争の時も、こうして夜空を見上げていた・・・のよ」
石の城壁に囲まれた展望台とも呼べる見張り櫓で、誇美の横に立つリィタ。
「戦争という理不尽に巻き込まれて。
戦友と語り合ったのでしょうね、自分達が闘う想いを」
城壁に凭れたリィタが星空を見上げて語る。
その声は、覇気を失い擦れている。
「どうして闘わねばならないのか。
戦争だからという理由だけでは収まらなくなって。
人同士で疵付け合う意味を求めて・・・見上げていたのかもね」
「一等尉官殿?」
星空を見上げているリィタの声。
想い悩みに擦れてしまっているのに気付かない訳がなかった。
「あなたは何を思い悩まれておられるのですか?
ここに私を連れて来たのは戦争の理不尽さを説く為だったのでしょうか」
戦争というモノを知らない女神に、人間界での戦いの醜さを知らせようとするのか。
いいや、そもそもリィタには美晴だとしか認識されていない筈だ。
美晴の身体が女神ペルセポネー、すなわち誇美の魂と入れ替わっているなんて知らないだろう。
それならどうして、戦争の理不尽さを説こうとしているのか。
「思い悩み・・・か。
そう聞こえたのなら語り方が悪かったようね。
私は戦争の理不尽さを説こうとしたのではなくて。
あなたが何故、闘おうとするのかを聴こうとしていただけなの」
だが、返って来たのは思いもかけないリィタの問いかけだった。
「え?!私が・・・ですか?」
問いかけに問い掛けで答えられ、即座に返答が出来なかった。
「そう・・・美晴に訊いてるの」
スッとリィタの指先が向けられてくる。
「人として、軍人として。それに魔砲の使い手としてよ」
向けられて来たのは指先だけではなかった。
星明りを反射するマリンブルーの真摯な瞳も、射るように美晴へと向けられて。
「あなたが闘う理由と、その意味を。
知りたいと思うから・・・知らなければいけないと考えたから」
先程からの擦れたままの声で、美晴に答えを求めて来た。
サァ~~~~
夜風が二人の間をすり抜ける。
二人の髪が靡く。
指先を緩やかに向けられて返答を待たれる美晴だが。
「どう答えよう?誤魔化したほうが良いのかな」
頭の中で使徒の爺に訊き質してみる。
「「いいえ姫様。この古城に入る折に申し上げました通り。
女神の異能をお示し下されまするのを願いたてる所存」」
それに応えた爺からの返事は、あたかも抽象的と思えて。
「私の神力を使うって?それってどういうことなの」
「「お判りになられませぬか。
異能には異能を以って応じねばということに」」
誇美の神力に拠って分かる事。
それは人を超える異能を使い感知できる領域を指す。
「まさか?!リィタ・・・いいえ、ルナリィ―ン姫が?」
爺が言ったのは、誇美の神力で相手が何者であるのかを知ろうというもの。
女神本来の異能を現し、リィタが何者であるのかを探ろうということ。
「名を騙っているのは私もだけど。
ルナリィ―ン姫は審判の女神様が宿られていないのよ。
今は只の人間だと思っていたのに?」
「「先ずは目の前の事実に目を向けるべきですぞ、姫」」
意外にも、爺から諭されてしまった。
調べもしないで真実が分かりもしないということが。
「分かった。やってみるわ」
夜風に靡いていた髪が舞い降りて。
「答える前に。一つだけ教えて頂けませんか?」
突きつけられた指先を見詰めたまま訊いた。
「なに・・・を?」
一等尉官のリィタが訊き返す。
「一等尉官殿が尋ねられたのは。
私を美晴として訊かれたのですよね?」
「・・・そう。違ったのかしら」
一瞬の間が、答えになる。
もし、それが問い掛けの理由だとしたのなら。
「違うんです・・・って、答えたら。
王女様は、どうされますか?」
互いに探りを入れて、相手の出方を窺う。
最初に問うたのはリィタを騙るルナ王女。
美晴とは思えない仕草や対し方を不自然に思えたのか。
顔躰は見知った魔砲少女なのだが、どこかに違和感を覚えているらしい。
対して誇美は、ルナの問いに真摯に応えるべきかを悩んだ末に爺の進言を受け入れて試みようとしている。
女神の異能を発現し、ルナに何が秘められているのかを知ろうと欲して。
「・・・知っていたのね、私がルナだと」
「はい。式典で本物の・・・リィタ嬢とお会いした時から」
正体を知っていたのかと確認する一等尉官に、美晴に宿る女神が応える。
「そうなのね。任官式でリィタから何かを感じ取っていたか。
さすがは魔砲の使い手・・・いいえ。
女神を宿す魔砲少女って処かしら」
フッと口元を緩めたリィタが認める。
いいや、今はもうルナ王女と言う方が良いだろうか。
「それであなたの方は?
美晴とは違うって答えた・・・違う?」
「・・・はい」
相手は正体を明かした。
それに応えるのが真摯に対する答え。
「じゃぁ。あなたは・・・誰だと言うのかしら?」
「・・・私は。美晴の身代わり」
応える瞬間、少しの間を空ける。
その僅かなタイミングを見計らって発動させた。
「チェンジ・・・春神モード」
シュワンッ!
春を表す花弁が舞う。
早春の花弁が美晴に舞い降りて・・・
スゥ・・・ン
フェアリア軍の制服姿が白の魔法衣へと変わり。
「これは美晴のもう一つの姿。
いいえ、これが私。誇美の神威・・・」
白と青の魔法衣。
黒かった髪色も、流れるように白紅色へと変わって。
戦闘女神モードとは違い、胸部の装甲が無い緩やかな羽衣状の魔法衣姿。
神話に出てくるような白い衣装を身に纏い、
「美晴の魂の代わりに・・・此処に居るのです」
真実をルナへと晒したのだった。
「今、あなたの着ているのは魔法衣。
しかも神威だとも言ったわよね?」
「はい。これが私を表す異能。天界の神衣なのです」
見詰めるルナの前に居るのは。
神の異能を現した女神ペルセポネー。
人に宿る事で現界するのが叶えられた女神の姿。
「女神・・・あなたは美晴とは違うのね」
「悲しいですが・・・その通りなのです」
言い質された女神が応え辛そうに首を項垂れて。
「こうなったのには訳が・・・」
真実を明かそうと話し出そうとしたが。
「やはり。
私の知っている美晴とは違うと感じていたの。
だから・・・真実を知りたくて」
眼を瞠って魔法衣姿に驚いていたルナの声が割って入る。
その声は先程までの擦れた感じは消えていた。
「何があったのかは聞かない。
どうして美晴が居ないのかも。
でも、これだけは教えて貰いたいの・・・あの子は還れるの?」
質して来る声は生還を希望して輝いているように感じた。
「必ず。女神の威信にかけて誓います」
その声に押されて、求めに力強く答える。
「喩えどんなに困難だろうと、必ず助け出してみせますから」
蒼く染まった瞳に力を滾らせ。
芽吹きの女神がルナの希望に応える。
「女神の誓いだよね?
だとしたら、それがあなたと私の約束。
今はたった一つだけの約束だから・・・ね」
頷くルナが、誓いは約束になったとコハルへと告げる。
「約束?そうですね、ルナリィーン王女」
認める誇美も頷いて。
「名を伏せる同士の約束ですね」
他人には明かせない正体を秘める者同士の約束だと笑って応える。
「ええ。願いを果す迄は・・・ね」
ルナも応えて。
「この夜空だけが知ってるけど」
微笑むのだった。
正体を晒す誇美。
女神の姿を現し、ルナリィーンが求めている何かを探ろうとするのだが。
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彼女こそ現実世界に居るはずの無い存在なのか?王女に隠された秘密とは?




