チャプター1 拗れる思惑 04
美晴に宿る誇美の思い出。
それは紛争地帯へと進出する08小隊の記憶とも重なる。
戦場へと赴く重い空気の中での一幕でもあった・・・
フェアリア国軍の新米士官で、機甲部隊戦車搭乗員として戦車長を拝命したミハル・シマダ少尉。
彼女が所属する八特・・・新規車両が追加配備されて名称も<戦車第08独立特別小隊>に改名され、より本格的な戦闘にも対応出来るように装備を整えられていった。
戦車師団や機動連隊に属さず、個別の任務に対応する独立小隊の規模だが。
保有戦車3両(稼働戦車ではない)に、無限軌道50トン型野戦力作車1両。
この装備車両を運搬する大型特殊トレーラーが、分割状態で3台。
連結時は超大型コンテナトレーラーとして全長50メートルにも及ぶ偉容を誇り、移動基地を兼ねた車体として後方に展開する整備隊に委ねられることとされた。
その他、移動に際しての連絡車両として軽装甲車が2台とハーフトラック(半軌道型トラック)3台。
砲弾運搬用の6輪トラックも2両が随伴するとされていた。
おおよその装備品を受け取り、配車も滞りなく終わったのは、美晴が少尉となった三日後。
出撃準備に大わらわの小隊に、新車両の試験を行う余裕すらなかったのは致し方の無いことだった。
そして・・・
出撃の日が訪れたのは、新車両の配備を受けた・・・僅か4日後の事だった。
ド・・・ドロロロロ・・・
白地に青の部隊章が描かれた大型トレーラーが、3両連なって幹線道路を往く。
トレーラーの車列の前後には、フェアリア陸軍が愛用している軽装甲車やハーフトラックが6両ほど随伴していた。
トレーラーのカーゴ部に描かれてある青い部隊章。
白地に青い枠、その中には二頭の獅子の貌が描かれてある。
<双頭の獅子>とは、旧フェアリア皇国の国旗を表す象徴でもあった。
一両の軽装甲車に搭乗員が詰め込まれて、進出地点へと向かっている。
車窓に流れる風景を眺めるでもなく眼にしていた。
積載スペースに居る5名は語り合うこともまばらで、各々が思いを巡らせているように観えた。
助手席側(注・左ハンドル車両の反対側)に座る美晴が、農耕地を眺めて呟く。
「これから行くのが戦場だなんて・・・長閑なのに」
訓練部隊の在った首都郊外から、装甲車に揺られて8時間も経っただろうか。
その間、何度かの小休止は取られた。
その都度、外気を吸う為に降車して辺りの景色を眺める。
ビルが林立していた首都から、建物も疎らな農村に。
そして広大な小麦畑の平野部から、峻厳な山肌を晒した山地の中へ。
民家も疎らな山地を越えた・・・先に。
観えて来たのは、
「え?!ここって・・・」
車窓に映り込んで来たのは、草原をバックにした小高い丘。
丘の頂には蔦が生い茂る崩れそうな石が積み重なった・・・
「古城?・・・ここは?」
地図に遺跡の標識と地名が記されてあった。
古城と草原の村・・・30年程前、ここにフェアリア軍の基地が在ったとされる。
美晴の声にミーシャが応えた。
「エンカウンター・・・確か伝説の戦車部隊が駐屯していたっていうぜ」
装甲車の窓から見上げる古城。
「エンカウンター・・・」
地名を呟いた時、なぜだか・・・郷愁を感じる。
理由も判らず、立ち寄りたくなる。
「・・・女神様も。願っていらっしゃる」
新車両の中に宿る審判の女神リーンの気持ちが、離れているのに感じられる。
「あのお城は・・・絆の証を残しているのかも?」
だから、このまま通り過ぎてしまうのが惜しくなった。
美晴が独りだけでも良いから立ち寄らせて貰いたいと思ったくらいだ。
ガコンッ
運転手席側と積載部分を隔てていたドアが開く。
「特務隊長さんからの命令だ。
本日の進出行動はここで打ち切りだとさ。
このエンカウンターで一泊するんだそうだ」
入って来たのは八特小隊長のマリア中尉。
本日の移動はこの地で留まり、仮泊すると伝えに来たのだ。
「此処でってことは、野営するのですか?」
美晴の反対側に座っているレノア少尉が、車外の景色を観ながら訊く。
「ああ。この辺りは国の管轄地になっているのでな。
一々煩い地方議会の許可を得る必要も無いからな」
小規模な集落が、鉄道の周りに在るだけの寒村。
農耕で生計をたてて居るのだろうか、畑以外にこれと言ったものも見当たらない。
はるか遠くの丘辺りに、大規模な墓地らしいモニュメントが在るだけだった。
「まぁ、確かに。こんな所に気の利いた宿があるとは思えませんがね」
野営と聞いて少々不満なのか、ミーシャがボソリと愚痴を吐いたのだが。
「野営ですか?
じゃぁ、あそこの丘に行っても良いのでしょうか?」
眼を輝かせるのは、野営を知らない美晴。
「はぁ?何言ってるんだよミハル少尉は?」
「遠足とは違うんだぞ、勝手な行動が赦される訳が無いだろ」
で。速攻で窘められる結果に。
「・・・しょんぼり」
がっくりと肩を落とす姿に、
「あははっ!娑婆っ気のある奴だなぁミハル少尉って。
そんなにがっかりするなよ、自由時間を有効に使えって」
ミーシャが大笑いして知恵を授けて来る。
「少々肝試しみたいになるかもしれんが。
夜の古城も良いもんだと思うぜ?」
「ほえ?肝試しって?」
就寝前の自由時間が有るのを教えてくれたのだ。
「どうしても行きたけりゃぁ、行って来ればいいさ」
小隊長のマリアが傍に居るのに、ミーシャが焚きつけて来る。
「え・・・えっと。そうですねぇ」
だから、美晴はチラチラとマリアの顔を覗き見る。
「ごほん。
自由時間内でも、自分勝手な行動は慎まねばならん・・・と。
言うのは建前の範囲だな」
それに気づいているマリアが咳払いして、暗に行っても良いと認める。
「やった!ありがとうございます小隊長」
喜びを顔に表した美晴に、ミーシャ達も頷いて応えて。
「もしかしたら。英霊と出逢えるかもなぁ」
「この辺りも戦闘があったらしいからな、意外と本当に居たりして」
お化け話で盛り上げようとするのだが。
「死者に逢えるのですか?だったらお話を聞いてあげたいです」
女神の美晴には通用しなかったみたいで。
「それが供養になるのであれば」
力を籠めて力説する様に、二人の少尉は呆れ顔になるばかり。
「あはは!一本取られたなミーシャ?」
マリアからも上げ足を取られ、ミーシャ少尉は肩を竦めて見せるだけだった。
八特小隊の車列が、古城下の裾野に拡がる草原で駐車している。
大型トレーラーの後部ハッチが解放され、積載されてある車体が観えていた。
「受け持ち車体の確認にあたれ。
異常なければ作業を終わらせて施錠するように」
戦車小隊長マリア中尉の命令を受け、搭乗員が各々の車体へと駆け寄って行く。
<蒼き獅子>の部隊章の下に<3>の番号が描かれてあるトレーラーに駆け寄った美晴少尉が、
「ミルア伍長。操縦装置の確認と、通信機のチェックを!」
カーゴ内に駆け登った操縦員のミルアに命じる。
「了ぉ~解ぁ~い!」
車体前部の操縦員ハッチに身体を潜り込ませるミルアが即答して。
「メインスイッチを点けます!」
車内に入るや、コンソールの起動ボタンを押し込んだ。
キュウウウウウゥーンッ
電源が点けられ、車内灯が燈る。
車内に配された各部のメモリースイッチが明滅する。
砲塔上部のキューポラから車長席へと就いた美晴が、訓練された通りにコンソールへパスワードを入力する。
ポンッ
メイン画面にコマンドを求める表示が現われると、美晴は各部のチェックを開始するようにキーボードを打ち込む。
指示コマンドが開始され、各部の正常が確認されて行く中。
「「懐かしいわ・・・此処は始まりの地でもあるから」」
メインモニターの右下端に小さく映し出された金髪の麗人が、美晴の脳に話しかけてくる。
「やはり、ここのお城には謂れがあるのですね?」
女神の勘というか、美晴の身体が教える血脈と言うべきか。
不思議な感覚を覚えていた誇美が訊いてみた。
「「そう。此処が彼女と逢えた始まりの場所なの。
あなたの宿る身体にも、微かに遺伝されているようね」」
「記憶・・・ですか?」
金髪の女神が教えてくれた。
「美晴の身体に残された記憶?」
この地を訪れたことは無いと思うのだけど、どうやって記憶に留められたというのか。
「「いいえ。
あなたの身体の中に流れる理の命脈に記されているのよ。
美晴の産まれる前に交された約束が次代へも受け継がれているの」」
「次代に受け継がれる・・・約束?」
理の命脈?次代に受け継がれる程の約束とは?
「「さすがの女神でも分からないみたいね。
本来の魔砲少女だったら、記憶の片隅に残されていたかもしれないけど」」
「・・・すみません。審判の女神様」
教えようとしてくれた女神リーンに、分からないと応える美晴が謝るが。
「「あなたの所為じゃないわ、誇美。
だけど、あそこに何が残されているかを知ってみるべきだと思うのよ」」
「残されてあるモノを・・・ですか?」
女神は行くべきだと勧める。
城に何かが残されていると教えて。
「「誇美なら・・・ペルセポネーだったら。
きっと、その何かを見つけられる筈だから」」
「・・・わかりました。行ってきます」
最初から城に寄ってみようとは考えていた。
何故だかは分かりかねたが、寄らなければならないと感じていたのだから。
それがこうして女神リーンにも勧められて、なお一層行かねばならないと思えるようになった。
「「エンカウンターの古城・・・この子達は知らねばならない。
闘わねばならない者の心根も・・・喪う者の心痛も。
命の尊さに穢れ無き魂の在処も。
その全てがあそこには残されているのだから」」
金髪を揺蕩わせる審判の女神リーン。
彼女が願うのは、彼女等が真実を知ってくれること。
闘いへと向かう今こそ、人の真理を知らねばならないと想ったから。
「「この子もあの子にも。知って貰わなければ・・・」」
意を決したかのように顔を挙げる美晴を観たリーンが、モニター上から姿を消す。
その僅か一瞬の後。
「ミハル車長。異常が無いようですのでスイッチを切りますね?」
操縦席からの声で我へと還る。
「あ?うん。こっちも異常は無し」
メイン動力を切断されても、車長席へは通電されている。
戦闘中に操縦者が倒れても戦闘が継続出来るようにされていたのも、この新車両の特徴ではあったのだが。
「少尉の方でもスイッチを切ってくださいね。
そうしないとバッテリーが消耗してしまいますんで」
「はいはい。分かってるわよ」
車両の蓄電池には限りがある。
スイッチを切り忘れて消耗させれば、充電にいらぬ時間を取られることに繋がるのだ。
点検を終えた二人が、トレーラーから降りて来ると。
「おい、ミルア伍長。
テントの設営を手伝ってくれないか?」
整備班の方から声をかけられて。
「はい。了解です」
ミルアがビック少尉達の居る方へと駆けだした。
「ミハル少尉は配給の手配を手伝ってくれ」
ミルアが走り出したのを横目で見ていた美晴に、マリア小隊長が呼びつける。
「あ、はい」
皆がそれぞれの分担を熟し、野営の準備が進められる。
山間の野に、戦車部隊が一夜の安息を求めて留まる。
彼等の上には、既に宵闇が迫って来ていた・・・
丘の上に建つ古城。
そこは先の一年戦争時に、とある部隊が駐屯していた場所だった。
女神リーンが懐かしいと言っていた意味。
そして「この子もあの子にも知って貰わなければ」と呟いたのは、どのような意味があるのか?
真実は古城のどこに秘められているのだろう?
次回 チャプター1 拗れる思惑 05
夜の城内で見つけたのは?先人達が残した痕跡・・・




