王立魔法軍 旅立ちの秘密 12話
灯りの燈っていない部屋に潜んでいたのは?
油断していた誇美に何者かが襲いかかる?!
異変に敏感な女神ともあろう者が、不意を突かれてしまった。
否。新しい自室に何者かが潜んでいるなんて想像も出来なかったというのが本当の処だろう。
「なッ?!なにをする・・・」
引き込まれた美晴が体制を整える暇も与えられず。
バタンッ!
背後でドアが閉じられる音が。
「・・・のよ・・・って。あれ?」
閉じられたドアの傍らに、見覚えのある影が。
「マ・・・マリアさん?!」
電灯が点いていなくても、窓から零れこむ薄明りで十分だった。
いきなりドアを開けて引き摺り込んだのは、探していた相手のマリア中尉だと分かり。
「今迄どこに居られたのですか?
みんなが待っていたのですよ」
小隊に帰って来なかった訳を訊こうとするのだが。
「すまんけど。暫く付き合うてくれへんか」
暗がりの中、マリアが頼んでくる。
「え?あ・・・うん。良いですけど?」
普段とは違う雰囲気に、違和感を覚えた美晴が応じて。
「何か・・・あったのですか?」
庁舎の方に呼び出されていた間に、何かが起きたのではないかと勘繰る。
「・・・解ってもうたか。
そりゃそうやろ~な。こんな待ち伏せみたいなことされたら」
ドアを背にしたマリアの表情までは見通せない。
でも、言葉の端から感じられるのは、不吉な予感を感じさせるものだった。
「八特小隊についてですか?それとも・・・」
訊いてしまってから言葉に出せなくなる。
「それとも・・・それともなんや?」
それが分っているのか。
言葉を閉ざした美晴にマリアが追及してくる。
「私・・・いいえ。
美晴に関したことでしょうか?」
一旦は言葉を呑んだが、意を決して聴き質した。
「なんで・・・そないに思うたんや?」
「そんな気がした・・・と、答えれば良いでしょうか」
冗談事では無い。真剣に考えて応えたのだから。
「いいえ。
マリアさんが誰にも接触せず、会いに来た位ですから。
私にどうしても話したいことがあるんだと思ったからです」
応えた美晴に、マリアはフッと息を吐いて。
「さすがは女神様って処やな。
そこまで見抜いていはるんやったら・・・聞いて貰いたいんや」
経緯を抜きにして、この場に居る訳を話すと言った。
「・・・聴かせてください」
待ち伏せしてまで聴かせたいと言う話を、美晴は包み隠さずに聞きたいと願う。
二人は薄暗い部屋で向かい合ったまま、暫し声を噤む。
「・・・」
「・・・・」
重苦しい雰囲気に堪りかねたように、美晴が傍の電灯のスイッチへと指先を伸ばして。
「あの。明かりを点けますね」
電源をオンにしようとした・・・が。
「待ってや。暗い方がええんや」
マリアの声でスイッチに伸ばしていた指が停まる。
どうして?・・・と、訊く前に。
「観られとう無いんや。ウチの顔を」
理由を知らされる。
なぜ?とは、訊くつもりも失せてしまう程の小さな声で。
「・・・わかりました」
了承する美晴も、消え入るような声で返す。
これから何を語られるのかを覚悟したように。
立ったまま。
二人は誰の干渉も無い一室で、暗がりの中で向かい合っている。
「・・・上官から呼び出しを喰ろうてしもうたんや。
内容も告げられずに・・・只、呼び出されてしもうた」
「・・・はい」
何度か口籠ってから、マリアが語り始める。
「庁舎の片隅で待っていたんわ、確かに上官やった。
周りを人祓いして待っていた・・・八特小隊の指揮官を。ウチを。
この訓練部隊の命令系統とは別の、他隊の中佐が待っていたんや」
「別の部隊・・・そこの中佐?」
上官から呼び出されたマリア。
この訓練隊の上層部が呼び出したと思い込んでいたマリアの驚く様が眼に浮かぶようだ。
「ああ、コハルは知らんかもしれへんけど。
美晴は何度か会うたみたいやけどな」
しかも、その中佐とは面識があるようなのだ。
そして美晴も・・・と、言うことは?
「中佐だって言いましたよね?
それって・・・あのルナリーンって呼ばれる金髪の士官ですか?」
誇美も知らない訳ではない。
美晴に害を与えるかもしれない存在という認識で覚えている。
しかも、偽者のアクアとの剣戟の後、美晴の前に現れたこともあったから。
「知っとったんか・・・その通りや。
陰では<我が姫>と、呼び習わされているようやけどな」
肯定するマリアが吐き捨てるかのように言った。
「ウチは奴等に利用されそうになったことがあるんや。
美晴を奴等・・・ブラックボーンに渡すところやった」
「ブラック・・・ボーン?」
初めて聞く名称に、美晴が小首を傾げて問いかける。
「ルナリーン中佐が集めたとされる秘密結社みたいなもんや。
中佐を崇め奉る、悪事さえも辞さない危ない奴等や」
「その集団の名がブラックボーン・・・」
まさに悪事を生み出す者達を名指しているかに思えるが。
「ブラックボーンって名の意味なんやけど。
闇を以ってしても新たな世を産む・・・って、意味やで」
「闇で新たな世界を?」
女神の誇美には理解し難い考え方だった。
闇が世界を作り替えるのなら、とてもじゃないが人間にとって幸せには程遠いと思ったから。
「そこや、コハル。
普通に考えるんやったら、邪悪に染まる世界を想像するやろ。
でも違うんや、ルナリーン中佐が考え付いたんわ」
「どう違うって言うのです?闇の異能で世界を替えたりしたら・・・」
魔王姫として誇美は経験して来た。
どんなに強力な闇の力を誇っていても、使い方を誤れば不幸を齎すのだと。
闇の異能は人の世界で使うべき物では無いことを知っていたから。
「闇を以ってと、言うたやろ。
その意味やけど、邪悪なモノってのとは違うんやで。
強力なる闇の魔力を以って、新たなる武具を持つってことなんや」
「・・・闇で。新しい武具を・・・造るのですか?」
だから、マリアの言葉の意味を図りかねたのだ。
「知らんかもしれへんのやが。
その昔に、闇の邪法を以って機械に魂を宿らせた前例があったんや。
人の造った機械に、人の魂を籠めてしもうた・・・」
「機械に魂を宿らせた?」
前例があるとマリアが言う。
どれ程前に話かは分かりかねたが、人智を越えた業だとは知れる。
「人の魂を機械へ宿らせるんには・・・や。
闇の魔力を以ってしか、為されへんみたいなんや。
しかもや、魔王級の強力な異能でしか無理らしいんやで」
「・・・魔王級って。そんな強力な魔力をどうやって手に出来ると?」
宿らせる業の在処に、誇美が訊ね返すと。
「なぁコハル。
なぜ美晴がフェアリアに召還されたんか、考えてみたことがあるか?
どうして軍隊に入らされたのかを考えてみたことは無いんか?」
「・・・それと繋がりがあるのですか?」
逆に美晴がフェアリアに戻らされた意味を問われる。
「確か、美晴がフェアリアに戻ったのは。
ルマ母様が呼び戻されたからで・・・軍隊に入ったのは。
マリアさんに逢いたい一心からだったような?」
覚えている経緯を教える。
日ノ本で天界から下り、美晴に宿ってからフェアリアへ着いての記憶を辿って。
「美晴の中から観たら、そうやったかも知れん。
せやけどなコハル。真実は違うんやで。
フェアリアの女神様が呼んだ・・・っちゅぅのが事実なんや。
本物の王女殿下が魔砲少女を招聘したってのが真実なんやで」
「フェアリアの・・・女神様が?」
耳に飛び込んで来た女神と言うフレーズに、誇美は一柱の面影を脳裏に描く。
「そぉやでコハル。
王女殿下に宿られている女神様が、ユーリィ陛下に頼んだらしい。
もはや一刻の猶予も無いと・・・理不尽な闘いを停める手段が無くなったからって。
魔砲の使い手に託さなければいけなくなった・・・ん、やってな」
「魔砲少女・・・美晴に・・・託す?」
今の自分ではない、魔砲の異能者に託す?
「いいや。
美晴ではないミハルに託そうと考えられたんやと思う」
「・・・まさか。理の女神様?」
意図しない名に、誇美は声を呑む。
あの審判の女神が求めるのは、人の世界を一度救った女神だと言うのだから。
「だから・・・美晴を呼び戻し、闘いの場に最も近い場所へ?」
「・・・そうやと思うんや」
応えるマリアは歯切れ悪く肯定した。
召還されたのは、フェアリアの意思だと告げられ。
軍人になったのは、美晴の意志ではなく女神の求めからだと。
そして。
「それに乗じたのがブラックボーン達やったんや。
女神級の異能を誇る魔砲使いを闇の異能で・・・」
「魂を何かへと宿らせ、非情な闘いを強いる・・・」
なぜ。
そうまでして闘わせようとする?
その果てに在るのが新しい世界だと言うのか。
「判らへん。
なんでルナリーン中佐が闇を以って闘わせようとするのかが。
新しい世を求めているのかも・・・何もかもや」
「そうですよね」
そこで一旦、話を区切ったマリアだったが。
「話が脱線したんやが。
元の話に戻らせてもらうで、コハル」
「え?あ・・・はい」
中佐に呼び出された件に話を戻して。
「今度の出撃に特務要員の3名が同道するやんか」
「そう・・・みたいですね?」
唐突な振りに意図を読みかねて訊き返すと。
「それとは別に、もう一隊が進出するようなんや」
「は?別の部隊が・・・ですか?」
益々以って話が観えなくなってくる。
「そぉや。
中佐の率いた別働隊が別ルートで進出するらしい」
「別動隊?
何の為に・・・でしょうか?」
違う部隊が、同じ場所へ進出する理由が分らない。
「知らせてはくれへんかったんやが。
どうも胡散臭ぉてな。
意味不明な嗤いを見せられたら・・・尚の事」
「笑っていたのですか、中佐が?」
進出する理由も知らせず、只単に別働部隊を送ると知らせるからには。
「罠でも張っているかもしれませんね」
狙いが何かは分からないが、気を付けなければいけないと思う。
「まさか。特務要員の邪魔を目論んでいるのかも」
「強ち有り得んとは言い切れへん」
肯定とも否定とも採れる言いぶりをするマリアを観て。
「・・・そっか。それで」
昨晩、部屋に投げ込まれた手紙の意味を悟る。
特務要員を守れとの意味で書かれてあったのを思い出す。
「なんや?思い当たる節でもあるんか?」
「い、いいえ。別に」
要らぬ疑心暗鬼をマリアにまで与える必要は無いと考えて。
「王女殿下からも忠告を頂きましたから」
「?」
美晴は任官式で聴いた王女の言葉を指したのだが。
「ルナリィーン殿下から・・・かいな?」
「は、はい」
明らかにマリアの声色が変ったのを聞き逃さなかった。
「皇太子姫殿下から任官を賜りました折に」
「な・・・な~んや。そっちの王女様かいな」
あからさまに撫で下ろした声が返されて、
「マリアさん。知っておられるようですね?」
「な?なんも知らへんけどぉ」
あの白軍服の王女と金髪の特務要員の正体を知っていると察知した。
「そう言えば。マジカ参議閣下と面識があるそうですね?」
「し?!知らへん。なんも聞いてへんさかい」
追及されたマリアがしどろもどろになるのを観て。
「で?」
「で・・・って。なんや?」
このまま真相を追求したってマリアが困るだけだと思い、話を振り出しに戻す。
「どうして顔を観られたくなかったんですか?」
「・・・いや。それは・・・つまり」
薄暗い部屋で、取り留めも無い話をするだけが目的では無かっただろうと。
「本当は。
私の顔が美晴だから?
美晴と話したかったからではないの?」
「う・・・」
声を詰まらせるマリア。
それが表わしているのは?
「誇美にではなく、幼馴染で想い人の美晴に。
打ち明けたかったのではありませんか?
この後、どんな苦難が待ち構えているのかを。
取り戻せるか分からないって、再びこの世界で逢えるかも分からなくなって」
「・・・そうや」
苦渋の声が漏れた。
なぜ待ち伏せのような真似までしても、話したかったのか。
心の迷いを打ち明けたかったのかを表して。
「そうや!二度と逢えへんかもしれんのや。
この目で・・・この手で・・・掴めんようになるかも。
そないに思うたら・・・辛抱出来へんやんか」
薄暗い部屋で、マリアが。
ぎゅぅ~っ
突然、美晴を抱きしめる。
「・・・マリアさん」
少しだけ背の高いマリアに抱かれた美晴が、
「いいの。良いのですよ。
だって・・・この躰は。美晴なのだから」
抗わず。
想い人の求めに応じる。
「コ・・・。美晴っ!」
マリアが聴いたのは、美晴の言葉。
だが、心に届いたのは美晴の声。
「きっと。
美晴に届いているから。
マリアちゃんが待っていてくれるって信じているから」
そっ っと。
包まれるように抱かれていた美晴の手が、掴み返した。
想い人の心情が届きますようにと・・・願いを籠めて。
「必ず・・・還らせてみせるから」
いつの日にか。
本当の美晴に逢える日が来るから・・・と。
仕官に昇進した美晴。
遂に初陣の戦場へと旅立つ時がやって来る。
戦う相手はロッソア国軍だけではない。
紛争を足がかりに理不尽を振り撒こうとする者達が居るのだ。
第08小隊はルナリィーン王女を守り抜けるのか?
ルナは紛争を解決へと導けるのだろうか?
いよいよ次章から戦闘場面へ。
シン魔鋼騎の闘い様を御覧あれ!
次回は第1章の総括と次章展開についてを記そうと思います。




