Act34 追憶の彼方
リィンの口から紡ぎ出されるフェアリー家の闇。
本当の母ミカエルとロナルドの縁。
それは娘であるリィンにとっては信じがたい絵物語。
真実はどこに・・・
日が傾いた墓所に立っている父ロナルドは、呆けた老人では無かった。
いや、一度たりとも観たことの無い精悍さを滲ませている。
「教えられても信じられなかったよ・・・あたしには」
あの日、オーク社の紋章が刻まれた墓所で。
車椅子から立ち上がった父から知らされたルーツ。
父ロナルドから教えられた言葉を反芻してみる。
<お前はロッゾア・オークの孫娘にもあたるんだよ>
それはミカエル・オークの娘なのだということ。
<私は彼女を愛した。
だから・・・約束を果たさなければならないのだよ>
愛して・・・何を誓ったのだろう。
<ミカエルを喪っても、リィンタルトを愛し続け・・・守るからと>
母だと教えられたばかりのミカエルさんと交わした?
あたしを・・・守る?
それが二人の約束?
一体誰から守ると言うの?
なぜミカエルお母様は亡くなったの?
疑問符を投げかけると、ロナルドお父様は悲し気に答えてくれた。
あたしが産まれたての赤ちゃんだった頃の悲劇を。
そして・・・これから起きるかもしれない悲劇を・・・予感させて。
遠い目を墓石に向けて。
ロナルドお父様が聞かせてくれる。
娘として生を授けた<あたし>へ・・・
厳つい顔の義父ロッゾアが吠える。
「俺は認めんからな!
俺を引き継ぐ奴が財閥の御曹司だなんて!」
「ロッゾアお父さんッ!」
宥めるミカエルが必至に抑えても、義父の怒りは解けそうになかった。
「俺にはミカエルしか居らんのだ。
先立った妻に対しても申し訳が立たなくなっちまうんだからな!
それなのに、お前と言う男は!」
マフィアのボスでもあるロッゾア・オークが娘から紹介されたロナルドへ怒りの矛先を向ける。
「俺のミカエルに子を授けただと?!
死んで詫びても赦しはしないからな!」
「なんて酷い事を言うのよお父さんは!」
父親と娘が罵り合う様を見せられた。
これが本当の親と子なのだろうと、今にして教わった気がした。
「いいか、てめぇ!
俺のミカエルを不幸にしてみやがれ、命だけで済まさねぇぞ」
「お父さ・・・ん?え?!」
ロッゾア・オークは怒り肩のままで後ろを向く。
娘に顔を観られたくないのか、肩を震わせているようだ。
「良いか二人共。
俺は妻を先立たせちまった愚か者だ。
どんなに愛していようが二度と逢えなくしてしまった馬鹿者だ。
だから・・・誓え、俺に。
幸せになると・・・俺が称えられるくらいの夫婦となれよ」
あのマフィアのボスであるロッゾアが・・・泣いて祝福してくれたのだ。
私が家を捨てでもミカエルと添い遂げたいと願ったのを信用してくれた。
始めはどうしても自分が納得できなくて声を荒げていたのだが、娘に子が出来たのを喜んでくれたのだ。
私はその日、本当の父親が出来たと喜んだ。
今迄財閥御曹司として虐げられ続けた親子関係ではなく、義父とは云えど心を通わせられる親を持てた気がしたのだ。
「いいかフェアリーの坊ちゃん。
約束したぞ、必ずミカエルを幸せにしてくれよ」
「はい、ミカエルと産まれてくる子を守ります」
義父と妻を前にして誓った。
フェアリー家からエレオノーラ達を放擲し、離婚して新たに妻子として迎える。
もう一度人生をやり直してみるのだと。
付き添ってくれる最愛のミカエルが居るのだから・・・と。
私はその時、まだ御曹司の甘ちゃんだった。
人の欲と呪いという物を知らな過ぎたのだ。
そう・・・エレオノーラと言う魔女がミカエルを呪わない筈が無かったのを思い知らされてしまった。
私とミカエルはフェアリーの家とは別に居を構え、幸せな日々の中に居たのだったが・・・
「エレンっ?!何をやっているんだ!」
目の前で信じられない光景を見せられた。
「ふふふ・・・あはははは!裏切ったお前に粛罪を与えてやるのよ」
黒装束のエレオノーラ。
嘲笑う魔女はこともあろうに妊婦のように腹を膨らませているのだ。
一体誰の子を宿したというのか?いや、誰の子なんて問題ではない。
「お前は4人目の子を誰に宿らさせた?
いいや、そもそも二度と子を宿せられない体に堕ちていた筈。
子宮を摘出したお前が子を造れる筈が無いのだからな」
暗闇の中、魔女が嘲笑い続けて私に言った。
「フェアリーの財はみんな私の物よ!
ロナルドが全てを奪うと言うのなら、先に手を打っておくだけ」
嘲るエレオノーラが吠える・・・まさに悪魔か魔女の如く。
「お前が愛した女はねぇ・・・ここよ」
暗闇に稲光が奔る。
その光が映し出した光景は、一生忘れることはないだろう。
なぜならば・・・
「ミカエル?!ミカエルーっ!」
産まれたばかりの娘を守るかのように倒れているミカエルを観たからだ。
「なぜ?なにが?」
混乱した私が駆け寄った時、ミカエルは既に虫の息だった。
揺さぶり眼を開けてくれと叫ぶ私へ、魔女が言った。
「私を蔑ろにしようとした罰を与えてやっただけ。
富と名声を奪う奴を殺してやっただけの話よロナルドの坊ちゃん」
殺した?お前が・・・ミカエルを?
私はその時初めて後悔した。
先にこの魔女を始末するべきだったのだと。
「ミカエルを・・・殺しただと?
この阿婆擦れ魔女めが!」
憎しみと怒りが私を鬼へと堕とした。
怒りに我を忘れ、魔女が自ら膨らませた腹部を蹴りつけたのだ。
内蔵の一部を改造し、胎児を宿したかのように膨らませていた腹部を。
「ぎゃぁッ!」
断末魔の叫びを聴いたが、私の耳はか細い声を捉えていた。
「あなた・・・リィンタルトは?娘は?」
ミカエルが気付き、娘を探している。
倒れ込んでいるミカエルの傍らに、幼き我が娘は眠っていた。
「居るよミカエル。ほら此処に」
抱き上げて手渡そうとした私へ、妻ミカエルはこう言ったのだ。
「あなた・・・リィンタルトだけは・・・護ってください。
私のように不幸な目に遭わせないで・・・約束ですよ?」
ハッとなった。
義父との誓い、ミカエルとの約束を私は果たせなかったのだと知らされたからだ。
「死ぬなミカエル!死んだらリィンタルトはどうなる?!」
なんとしても命を繋ぎ止めなければ。
そう願った私に、ミカエルは首を振った。
「あなたに託します。
娘を幸せにしてやってね・・・お願いですから」
最期の願いを口にした後、ミカエルの瞼は二度と開くことは無かった。
私は最愛の人をも護れず、己の過ちに嘆くだけの愚か者だった。
娘をこの手に抱き、ミカエルと誓った約束を忘れまいと願う。
そして、今迄の粛罪を果す目的でエレオノーラを離縁しようとしたが。
不幸を振り撒いた魔女は・・・復讐を果す前に自ら滅んでしまった。
身体を異常なまでに改造していたエレンの最期は、まさに魔女の最期にも思える程の惨めさだったと云う。苦しみ藻掻き、最期は神への言葉も無く死んだという。
それにより、私に掛けられ続けて来た魔女の呪いは潰えたかに思えた。
だが、魔女の呪いは解かれてはいなかった。
死しても尚、エレオノーラの呪いは私を苦しめ続けたのだ。
そう・・・義父ロッゾアの怒りとなって。
「キサマぁああああッ!」
ミカエルを喪った翌日、私は事の次第を告げに義父の元へ来たのだったが。
「赦さんぞ!俺のミカエルを返せぇッ!」
涙を溢し叫び吠えるロッゾアに謝罪を繰り返しても。
「覚えておけフェアリーのロナルド!
いつの日にか、同じ想いをさせてやるッ!
お前の愛する娘達を、悉く苦しめ殺してやるぞ」
恨みを呪いと変えて返されるだけだった。
最期に聞いた声を、今でも忘れてはいない。
「ミカエルは子を産んでいたのか?
もしも生んでいたのなら差し出せ!」
生まれたばかりのリィンタルトを知らせる前の悲劇だった。
ミカエルから頼まれていたのだ。
娘が生まれたと知らせるのは、身体の落ち着く翌週にしよう・・・と。
「俺のモノとして一生傍から離れさせない!
俺はお前とは違うんだ、約束は守ってみせる。
死ぬまで愛し抜いてやる!
そうだとも・・・俺の愛する孫としてなぁッ!」
ロッゾアには悪いが、私はミカエルと約束したのだ。
私自らの手でリィンタルトを守り、幸せにすると。
だから・・・教えなかった。
そう。
だからこそ、身内にも知らさなかったのだ。
誰かの口から漏れるのを懼れて。
リィンタルトの出生の秘密を。
ミカエルとの間に産まれた娘ではなく、死んだエレオノーラの子と謀ったのだ。
もしもロッゾアが知れば、リィンタルトを奪われると懼れたから。
墓所に花が添えられてあるのを見詰めたロナルドが声を閉ざす。
そして娘を見据えて続けたのは・・・
「昨日ユーリィが一通のメールを処分したんだが。
お前には必要なのではないのかね・・・」
端末を取り出し、確かめるように促して来る。
「あの蒼騎家の娘。
私が招いた災禍の巻き添えとなった娘だよ。
助けたいのだろうリィンは?」
「え?どう言う事なの?」
ロナルドから手渡された端末に表されていたのは・・・
<あの蒼騎という娘を助けたいのならば、末娘を寄越せ。
娘を寄越せば月移住計画に参加させても良い。
宛て ロナルド・フェアリー
発 ロッゾア・オーク >
短い文章に匂わされていたのは・・・
「ロッゾアは最期の復讐に手を染めようとしているのだよ。
二人の姉を死に至らしめ、ユーリィは苦難の道を選んだ。
そして私が最も愛しんでいるリィンには・・・」
ロナルドが覚悟を仄めかし、
「父親が娘を蔑ろにされた恨みを・・・果たす気だろう」
娘を奪われた復讐を遂げようとしていると教えられた。
「あたしを?ロッゾアが・・・いいえ、祖父が?」
相手の言いなりになれば、どんな悲劇が訪れるのか?
交渉とは名ばかりの恐喝。
でも、リィンは・・・
「ちゃんと話せば・・・解って貰えるかな?」
自分がミカエルの娘なのだと教えれば。
「だがリィンは二度と表には出られなくなるかもしれない。
ロッゾアの寵愛を受け続ける事になるのだろうから」
孫だと理解したとしても、もう籠の中の鳥になってしまうだろうと。
「ミカエルは籠の中の鳥には戻りたくないと願った。
私との夫婦生活を親元に頼らず続けるのだとも言った。
ロッゾアの寵愛とは・・・偏愛の賜物だろう」
「それが・・・愛する人に先立たれた過去を持つ人だから?
だとすれば・・・あたしはそうは成りたくないと言ってあげる。
レィちゃんを助けられるのなら、どんなに辛くても我慢するからって」
返されたリィンからの言葉に、ロナルドは大きく頷いた。
「そうだねリィン。
お前はこんなにも大きくなった。
あんなに小さな赤ちゃんだったのに・・・こんなにも強くなった」
端末を返されたロナルドはもう片方のポケットからピンクのリボンを取り出すと。
「あ・・・それって。
小さな時に似合うから結いなさいって勧めたよね?」
今も同じ色のリボンを結っていたのだが。
娘から質された父は頭を振ると、
「あの日・・・ミカエルが着けていたリボンだよ。
ミカエルの母も同じモノを結っていたらしい。
・・・御守り代わりに持っていきなさい」
リィンがどうしてピンクのリボンを結っていたのか。
その訳が改めて知らされる。
「うん・・・ロナルドお父様」
娘の手に渡されるのは、母が想う娘への愛情。
「あたし・・・帰れなくとも頑張ってみる。
レィちゃんを宇宙まで連れて行って貰えるように頼んでみる」
そう・・・それが出来るチャンスが来たのだと。
孫であるのを知れば、暗黒王だろうと願いを叶えてくれるだろうと。
ロナルドからの勧めに、リィンは心を決めた。
だが、暗黒王が闇に心まで染まってしまっているとは考えもしなかった。
永年の恨みが募った狼へ、赤ずきんが自ら進み出る様なものでしかなかったのに・・・
変わらない想い。
麗美を救うと誓ったリィンの想い・・・
「きっとまた・・・逢えるから」
健気につぶやく姿を見たレイの心は?
次回 Act35 生まれ変わった謂れ
心に秘めるのは巨悪との対決なのか?それとも愛しき人への想いなのか?
生まれ変わった身体を明かすのは・・・まだ早い?