王立魔法軍 たった一つの誓い 13話
マリアとの対面が好意的に終わりを迎えられた後。
明日の新車両受領式に向けて、自室へと戻った誇美。
これから何を為さねばならないかについて2人の臣下に意見を求める。
一方、彼女等の知らない所で、何かが蠢き始めていた・・・
フェアリア軍に創立された特殊戦車部隊。
魔法使いを擁し、魔法の戦車を装備した<魔鋼騎>特別小隊。
躰に秘められた魔砲の異能を買われて搭乗員に抜擢された美晴。
彼女の人並外れた魔法力が、魔鋼の機械と触れ合う時。
人知を超えた性能を発揮する・・・の、だろうか?
どうやら小隊に溶け込むチャンスを貰えたように思えた。
小隊長のマリア中尉から、仲間に認めて貰えたのが嬉しく感じる。
帰隊した後、明日は新車両の受け入れ準備と言う訳で早々の解散となった。
宿舎の場所は覚えていたから、案内を買って出たミルアの勧めを断って自室まで辿り着く。
「はぁ~~~っ、緊張したわ」
個室と言うこともあって、素を出しても構わないと思った。
「でも・・・良かった。
マリアさんに友って言って貰えたから」
本当なら美晴の部屋だった場所で、別人格の誇美に戻って。
「ねぇ爺?そうよね」
鞄から出した縫いぐるみに向けて笑みを零せた。
「「誠、上々の首尾にござります」」
女神の使徒へと昇華した爺が、狒狒の縫いぐるみに宿っている。
その狒狒の眼は、以前とは違い青味を帯びて光っていた。
「美晴を助ける力になってくれるって。
私を・・・ううん。
この躰を護ってくれるって、約束してくれたんですもの」
もう一つの縫いぐるみも取り出して、ベッドの上に置く。
「「如何にも。
このグランも心強く感じましたぞ」」
獅子の縫いぐるみに宿る、誇美を守護する天使が頷く。
背中に生えた羽根を羽ばたかせて。
「そうだよね。
人の世界に疎い私にとっては、代えがたい味方だもの。
それにこれからの事だってあるんだから」
舞い上がって来た獅子の縫いぐるみを手に載せ、味方を得られたのを喜ぶ。
「明日は新型の戦車がやって来るんだって。
いつぞやの女性中佐軍人が邪魔をしてこなければ良いんだけど」
手に載った獅子の縫いぐるみを、もう片方の指先で撫でて。
「あの女性佐官だけど。
どうしても悪意の塊だとは思えないんだよね。
なにか思惑があって悪巧みに加担してる気がするのよね」
依然に出会った女性佐官のルナリーン中佐を思い出し。
「そして。
戦車で乗り込んで来た若き開発者から感じたんだよ。
私に似た・・・異能を」
造兵局で出会った二人の女性。
そのどちらからも受けたインパクト。
方や美晴を奪おうと目論み、もう片方は美晴に何かを託そうとした。
「姫。いや、我が女神ペルセポネー様。
なにかお気になられる問題でもございますか?」
飼い猫のように顎を撫でられるグランが、困ったような顔で訊くと。
「ううん、別に。
問題と言うよりは懸念かしら」
「懸念・・・で、ございますか?」
少し遠い目をした誇美が言い直す。
答えられた獅子の縫いぐるみが、雉色の瞳を向けて更に訊き直す。
「どれだけの思惑が絡んでいるのだろうって。
美晴として対処ができるのかなって・・・ね」
「なるほど・・・」
何食わぬ顔をしながら、頭の中では未来に向けて思いを巡らせている。
如何なる困難が待ち構えているにしろ、乗り越えてみせるとの想いが溢れているようにも感じられた。
「私が女神であるのを悟られないようにしないと。
思わぬ敵が襲ってくるかもしれないし、仲間に迷惑をかけちゃうかもだし。
それに、それに。
美晴が戻って来れた時の邪魔になるからね」
気丈な想いを隠す為、顔を綻ばせて声に出す。
その健気さに使徒たる二人は。
「お任せあれ、我が姫コハル様。
この老いぼれが、御守り致しますれば」
「我が剣に誓って。御身の盾となります」
縫いぐるみに魂を委ねてはいるが、時が来れば身を投げ出す覚悟を示すのだった。
「うん、ありがと・・・ね。
二人が居てくれて心強いわ」
手にする狒狒と、羽ばたく獅子を模る友に、願いを籠めて頼んだ。
「でもね、二人共。
異能を表すのは、私が独りっきりの時だけだよ。
飛んだり喋ったりしちゃえば、存在を明かす事になるんだから」
朗らかに。柔らかに・・・そして。
「美晴を取り戻す、その時までは」
決意を胸に。
「この躰をミハルに還す迄は!」
諦めないと誓っていた。
明日は早朝からの受領式ということもあり、早めの就寝についた訳だったが。
「人間って不便だよね。
眠らないと身体が疲れてしまうなんて・・・」
精神世界で存在する女神は、眠るという概念が無い。
だが、宿っている身体が人間なのだから眠らない訳にはいかない。
それは身代わりとなった美晴の身体を考えれば仕方が無いことなのだが。
「姫・・・」
ベットに横たわる誇美に、獅子の縫いぐるみが小声で呼びかける。
「うん。気付いてる」
薄く瞼を開けた誇美が答えて。
「何者かは分からないけど、足音を忍ばせて近寄って来るみたいね」
常人には聞き取れない音でも、天界の住人には聞き分けられる。
その使徒でもあるグランは、元を正せば魔界髄一の剣士だったから。
「悪意があるかはわかりませんが。
用心なされるに、越したことはありません」
注意を喚起してくる。
「判ってるわ、それくらいは」
呟くように答え、そのまま寝たふりを続けることに決めた。
キシ・・・キシ・・・
床を踏む音を忍ばせ、近寄って来た者の気配が停まる。
暫し、足音が途絶え静寂が支配した。
夜分遅く美晴の部屋の外まで来た相手が中の気配を探っているのか。
カタ・・・カシャ・・・
ドアノブが不意に廻され、鍵が掛けられているが解ったようだ。
「無理に押し通るようなら・・・」
鍵を抉じ開けて侵入を図るのなら、敵意が無いにしろ放置はできない。
眠った振りを続けながらも、即応できるように身構える。
シュ・・・
と。
「ん?あれ?!」
てっきり鍵を破って侵入を図るかに思えた相手だったが。
キシ・・・キシ・・・
元来た方へと還って行く。
「何が・・・やりたかったんだろ」
足音が聞こえなくなる。
それは訪ねて来た相手が居なくなったのを表していた。
「てっきり侵入を図ると思ったんだけどな」
鍵が掛かっているのが分った相手が、何もしないで帰ったのを不思議に思った。
・・・思っていたのだが。
「姫、姫様。あれを」
獅子の縫いぐるみが羽ばたき、ドアの下部を指す。
そこにはドアの隙間から差し込まれたと思われる手紙のような物が。
「なんだろ?」
危険な物ではない。
観た限り、普通の便箋に思えるが。
ベットから起き出し、投げ入れられた封筒を手に取る。
「差出人は・・・書いてないわね」
表書きにも、裏にも名が書かれていない。
中身を観なければ誰からの手紙かは分からない。
「さっきの訪問者からだとは思うんだけど」
足音を忍ばせてやって来た相手が置いて行ったのは間違いない。
只、それが誰だったのかは手紙を読んでみない事には分かりようも無い。
だから、手に取った手紙の封を切るしか方法がなかった。
「姫様。ご用心を」
獅子の縫いぐるみが誇美に寄って警告する。
「大丈夫だよ・・・多分」
軽く答える誇美が封を切り、中に納められていた文面に目を通す。
「・・・そう来たか」
文面から視線を外した誇美が、溜息とも採れる言葉を吐く。
「姫、姫様。如何されましたか?」
今迄黙って成り行きを見守っていた狒狒が訊いてくる。
「うん、あのね。
この手紙を送って来た相手がね。
気を付けろって・・・書いてきたんだよ」
「ふむ?気を付けろとは、これ如何に?」
ぶっきらぼうに応える誇美に、爺が続けて訊ねる。
「どうやら、何かを知っているみたい。
出動に際しての警告だとは思うんだけど」
文面を爺に見せ、肩を竦めるようにして答える。
「ふむふむ・・・差し出し人も宛先も記されてはおりませぬな」
書面を覗き込んだ狒狒の縫いぐるみが腕を組む。
「筆跡から考えて、女性のように見受けられますが」
走り書きで記された文面には、
「確かに。
<要人警護では気を抜くな>と、記してますが」
羽ばたきながら書面を観たグランが、頭を捻るようにして読んだ。
「うん。
どうやら敵意が在っての行為ではないようだけど。
なぜ、こんなまどろっこしいことをしたんだろう?」
ちゃんと会って話してくれれば済む事なのに・・・と、誇美は思ったのだが。
「足音を忍ばせて近寄って来たのを鑑み。
どうやら相手は自分を知られたくは無かったようですな」
「なぜ・・・よ?」
理由が分らず、爺へと訊き返す。
「一つは、姫との面識があるからと思われます。
そしてもう一つの仮説ですが。
警告を与えるように見せかけ、何かを謀っているかと」
「私に会いたくは無かった?何者かの陰謀が仕組まれている?」
魔界きっての知恵者エイプラハムが導き出した仮説。
そのどちらもが多くの謎を秘めていると言えた。
「姫が女神ペルセポネー様だと認識しているのであれば。
益々以って不可解な書面だと言えますでしょうが。
相手が美晴殿だと思っているのであれば別でしょうな」
「うん?それはどう言う意味合いで言ってるの?」
ベットの上で腕を組む狒狒に、意味を訊ねると。
「相手が美晴殿と思い込んでいるのであれば。
警告を与えることにより、警護活動をより慎重に行うとみる筈です。
その隙を見て、何かを狙ってくるものと思われます」
「なるほどね。警告を受けた美晴が執るべきなのは警護重点だもんね」
魔法軍にあって通常の軍事行動よりも警護を優先させようと目論んだか。
それにより、何らかの目的を達成させるのを目論んでいるかもしれない。
「まだ一部の人しか、私の正体が明かされていないからかも」
本当の事は分かりかねたが、仮説としては成り立っていると思えた。
「ですが、姫を認識した相手だとすれば問題ですぞ」
「・・・どういうことよ?」
女神の使徒に任命された爺からの忠言を改めて訊く。
「先ず一つ目は、これ程早く正体を見破ったということですな。
ミルアという娘とマリア殿。
それに義理母ルマ様の3名だけだと思われていたのですが。
この他にも見破っている者が居るとすれば・・・
今後の行動にも支障をきたす恐れがございます」
「それは・・・そうだけど」
魔砲使いではなく、戦女神であるのがバレれば周りからの反応も違うものとなる。
人では無いのが明かされれば、いらぬ横槍を受ける虞が高い。
「もう一つは、女神が仮初めの身体を持っているのを知りながら警告を寄越して来た。
このことから導き出すに、女神が護るに値する者が居ると告げているようにも執れます」
「私が守るべき者?」
人の世界で女神が守るべき者。
女神ならば人を護って当然だとも思えるのだが。
「それは・・・この国に居るのね」
「御意にございます」
爺が頭を下げて肯定とする。
「それは・・・人だと言うの?それとも」
「姫はいつでも賢くございますな」
誇美の疑問に、再び頭を垂れて。
「人でありながら人を越える者・・・に、ございます」
現実世界にあっては超越者だと、仮説を肯定してみせた。
「私と・・・同じってことか」
人を越える者。
このフェアリアに在り、人を超越する異能を保つ者。
「・・・聖なる異能を抱く者」
誇美は気付く。
このフェアリアという国に残されて来た言い伝えに描かれた伝説を。
「・・・気高く大いなる者」
その中に残された女王の名を。
「・・・リィン。この地に平和を齎した双璧の王女リィン」
そして、その末裔の名を。
「フェアリア第1王女・・・ルナリィ―ン」
爺によって導き出された仮説。
この文面を書いた相手が、何を求めるのか。
何を企み、何を欲しているのか。
「まだ確証がある訳じゃないけど。
いくつもの想いが絡み合っているのは分かった。
沢山の想いが紐解かれ、数多の欲望が絡んでいる。
このフェアリアには、私を必要としている人がいるのも判ったわ」
出撃が迫った夜、美晴は想いを新たにして気を引き締めた。
これから何が起きようとしているのか。
如何なる困難が待ち構えているのか。
女神としてだけでは無く、人間として立ち向かわねばならないと考えた。
そう。
美晴を取り返す。その想いと共に・・・
妖しげな投げ文。
そこに記されてある怪文面?!
その意味は、どこに?誰に?!
女神コハルと2人の使徒が辿ろうとしているのは棘の道なのか・・・
次回から、いよいよ受領式の幕開け。
新車両と新たなキャラが・・・そして新たな運命が?
次回 王立魔法軍 旅立ちの秘密 1話
基地に現われたトレーラー!その中には新車両が?




