王立魔法軍 たった一つの誓い 10話
帰隊した後。
美晴として隊員達に接することに決めていた女神の誇美。
そんな彼女に声がかかる・・・
美晴に成り代わって八特小隊へと来た誇美。
何食わぬ顔を装ってはいるものの、内心は冷や冷やの連続だった。
「・・・おい、候補生。聞いているのか?」
目の前に停められた戦車を見上げて考え込んでいる背後から、ビガーネル少尉が呼びかけた。
「へ?!あ・・・え?」
全く聞いていなかった美晴が振り返って口籠ると。
「あ~だからだな。
ミルア伍長が呼んでいるって言ったんだよ」
惚けられたと感じたのか、それとも美晴がそもそも呆けっ子だと認識しているのかは分からないが、ビガーネル少尉・・・ビッグは車庫の奥を指して声をかけた訳を教えるだけに留めた。
「はい?ミルアさんが・・・」
整備長から呼んでいた相手の名を知らされた美晴が、何かを思い出したかのようにハッとして。
「そう言えば、ミルアさんも八特小隊員だったわ」
ビッグの観ている前で、顔を引き攣らせてしまう。
「?何を言ってるんだよ候補生。お前の操縦員だろ~が」
ピクピクと顔を引き攣らせる美晴に、怪訝な顔になる整備班長。
「おら。サッサと伍長の所に行きな」
戦車の前から追い払うように、美晴を車庫の奥へと向わせる。
「え・・・あの。その・・・」
整備班長に追い立てられ、渋々車庫の奥へと足を運ぶ。
言われた通りに車庫の奥側へと歩いた先に居たのは。
「あ。ヤッバ・・・一昨日の今日だもん。
絶対に怪しまれちゃう・・・どうやって誤魔化そう?」
あの光の御子喪失事件が起きる元を作ったとも云えるミルア伍長。
そして現実世界へと戻った自分と美晴が入れ替わっていたのを知っているのだ。
「ここは正直に誇美ですって告げて・・・駄目だよね。
やっぱり内緒にしておいて貰えるように交渉するべきかな?」
美晴と入れ替わっているのを明かしてしまえば、きっと所在を訊かれてしまうだろう。
そんなことになったら、事実を打ち明けなければならなくなる。
光の御子である美晴が穢れた空間に囚われ、身体を維持する為に女神の自分が入れ替わっているのを。
「もしも真実を知られてしまえば、仲間達はきっと美晴を返せと迫ってくる。
身体から離れろって。女神なら返せるだろうと・・・今は未だ無理なのに」
真実を打ち明けるのが怖いと思った。
誰かに知られてしまえば、責めを負わされる虞がある。
只でさえ救出が難しい状況なのに、問題を増やしたくはない。
「だから・・・ミルアさんとキュリアお母様を病院で助けたのを秘密にして貰いたい。
他の皆さんに知らせて欲しくないって、言ってみるべきよね」
ミルア伍長に呼び出された誇美が、会う前に考えを纏めようとブツブツ小声を溢していた・・・
「美晴候補生!ありがとうございました。
おかげさまで母の容態も良くなりましたから!」
・・・の、だったが。ミルアに先を越されてしまう。
「あ・・・いやあの?!ちょっとミルアさん」
これ以上喋られたら、うやむやに出来なくなりそうだ。
「まさか女神コハルと協同して悪魔をやっつけてくださるなんて。
さすがは魔砲の乙女って処ですよね!」
「嫌ぁ~~ッ!これ以上喋らないでぇーっ・・・って。ほへ?協同?!」
お礼を述べるミルアの言葉には、女神とは思っていないのが伺える。
目の前に居るのが美晴だと考えているようだった。
「そうですとも。
女神を宿らせられる身体も凄いですけど。
神力を発揮させられる魔法の威力も猛烈ですよね」
「え・・・っと。もしも~し、ミルアさん?」
まるで自分の事のように自慢気に話すミルアに、トチ狂った美晴が突っ込む。
「あの。私のことを・・・覚えていないの?」
穢れた空間から還った時、美晴ではない存在なのを明かしたのに・・・と、言う意味合いで訊いてみたのだが。
「はい?・・・ミハル候補生を忘れる筈が無いじゃないですか」
怪訝な表情になったミルアが応える。
「私が記憶喪失にでも罹ってると?」
何を言わんとしているのかと訝しんで。
その表情を窺う美晴が、
「どうやら。私の取り越し苦労だったみたい・・・ね」
ぼそりと呟く。
巧く誤魔化し通せると油断してしまい、癖を忘れていた。
「?・・・どうかされましたか」
美晴の呟きが耳に届いたのか、ミルアが小首を傾げる様にして訊いて来る。
「ううん。こっちの話だから」
いらぬ疑いをされては元も子もない。だから誤魔化し通そうと決めた。
「それよりキュリアお母様のお身体が良くなってよかったね。
回復には魔法療養師の技を活用したの?継承したんだよねミルアさんが」
「・・・どうして知ってるんですか?
お母さんから魔法属性を受け継いだのを」
誤魔化そうとした美晴が、墓穴を掘る。
あの晩、女神のコハルだからこそ知っていた母娘の継承劇を喋ったのだから。
「えッ?!あ、いやそれはその。
女神から聴いていたんだよ~・・・あはは」
「・・・じとぉ~」
笑って誤魔化そうとした美晴に、冷めた視線を向けるミルア。
「まぁ・・・いいです。
今日の処はお礼が言いたかっただけですので」
フッと口元を歪め、ニヒルな笑みを零したミルアが答えて。
「そうそう。
もう一つ言い忘れていました」
ポンっと手を打って言うのには。
「気を付けた方が良いですよ。
ミハル候補生は自分を表す時には、私って言いませんから」
秘密を見つけた悪童のような笑みを零して。
「それじゃぁ、また。誇美候補生」
誤魔化そうとして墓穴を掘っていたのを明かすのだった。
「・・・あ」
バレてしまったのを感じ、血の気が退いた美晴が声を詰まらせる。
「う・・・嘘。なんてこった」
茫然自失の美晴を置いて、ミルアは車庫から出ていく。
残された美晴の横を過ぎる時、
「これから宜しく。女神様」
一言だけ付け加えて。
加えられた言葉で、ミルアが何も忘れていないのが分る。
女神と人が入れ替わってしまっているのも、美晴の存在が奪われているままなのを。
「何を喋っていたんだ?」
指揮所で寛いでいたレノア少尉が、通りかかったミルア伍長を呼び止めて。
「なんだかショッキングな出来事でもあったのか?」
顔色の悪い部下を気遣う。
「い、いえ。少し・・・驚いてしまって」
俯いたまま答えるミルアに、傍に居たミーシャ少尉も加わり。
「・・・候補生の事か?」
気になっていた件を切り出す。
「えッ?!なぜ」
ズバリと言い当てられたミルアだったが。
「いいえ、違うんです。
彼女は・・・今の候補生では・・・」
答えにするには唐突すぎて、混乱が言葉を選べずに濁してしまう。
「すみません少尉。お答えできません」
軍務に関する問い掛けではない。
だから答えなくても問題にはならない。
「そうか・・・わかった」
服務違反にはならないのを判っているからミーシャも追及しなかった。
尤も、何かを勘ぐっているのは一目瞭然。
「よし。行って良いぞ」
だが、これ以上の無理強いをする気も無いと、ミルアを放免する。
「はい」
顔を併せないように背けたまま、ミルアは走り去って。
「おい、ミーシャ?」
「ああ。知っているようだなミルアは」
レノア少尉が問いかけると、ミーシャは肯定して。
「何が候補生に起きているのかを」
自分が考えている通りだと、不信感を募らせる。
魔法力の込められた瞳で、美晴を見詰めながら。
「どうしよう。少なくてもミルアさんには正体がバレてる」
折角のなりすまし作戦が、端から崩れ去ったのを痛感し。
「他の人達だって、いつかは別人なのを感じ取るかもしれない」
このままだと、美晴とは別の存在だと分かってしまう。
そうなれば責任を追及され、存在自体を否定されかねないと思った。
時にバレてはいけないのは・・・
「あのマリアさんにだけは・・・知られたくはないから」
この躰の持ち主に好意を寄せている娘の存在。
日ノ本に居た頃からの幼馴染で・・・愛を謳い合える人。
「もしもバレちゃったら・・・身体から追い出そうとするに決まってる」
美晴を護り切れなかった責めを受けるのは良いとして。
本当に身体から追い出されてしまえば、息絶える結果になる・・・今は。
「それだけは・・・絶対に避けなければいけない。
だから・・・バレないように務めるつもりなのに」
美晴を救い出せたのなら、いつでも追い出されたって問題は無い。
身体を支配する魂が還れたのなら、仮初めの魂なんて必要も無いのだから。
「私・・・嘘を吐き通せる自信なんて無いよ・・・美晴」
美晴を取り戻す闘いも、身体を保持する為の戦闘にも臆することの無かった誇美。
だが、偽り続ける自信は無く、正体を知られてしまえば存亡の危機を招くのを懼れていた。
「マリアさんにだけは・・・知って貰いたくない」
そう呟いた美晴の瞳に、司令部から帰って来た小隊長の姿が映えた。
目論みは端から綻んだ。
内情を知っていたミルアに身バレしてしまい、前途に暗雲が垂れ込む。
このままだと、いつかは知れ渡るのも時間の問題。
だが、美晴の親友でもあるマリアには知られたくは無かった。
小隊員が駐機場に集まっていた時、集合が命じられる。
集まった隊員達に下される命令とは?
次回 王立魔法軍 たった一つの誓い 11話
眼を併せないように勤める美晴に、小隊長は何かを感じ取っていた?




